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メロディアス・スカイ  作者: 玖里阿殻
chapter 02:yellow moon
37/82

第三四話 パーティーの結成

 ユーフと一緒にお店に入り、一人ボクはクエスト一覧を眺めた。ここ数日の間でかなりの数のクエストをこなしたので、残っているものはボクにとって難易度の高いものばかりになっていたけれど、一応で簡単なものもまだ残っていり。しかしそれはかなりの時間を必要とするクエスト――レアアイテムの蒐集クエストであって、まあ運よければ二、三日で終わるかもしれないけれど、逆に運が悪ければ一週間かけても達成できないようなものだった。

 ボクはあまり、自分の運に自信をもっていない。

 というか、運に任せるということにちょっと不安を覚えるタイプだから、そういったクエストはあまりやりたくなかった。まあ、確率系魔法が主体となっているインフェクターを選択しているボクがいうのもおかしい話ではあるけれど。

 ともかくとして、レアアイテムの蒐集は基本的に集めようとして集めるものではなく、集まったから達成するというものなので、狙ってレアアイテムを蒐集するなんてことはかなり無謀というか、時間的にも無駄だと思った。

 本来なら。

 主軸となる剣さえあったのならば、ボクのレベルでも挑めるようなクエストはいくつかあるのだけれど、武器が詠唱補助用剣<テトラムーン>しかない状況ではちょっと手を出しにくかった。無理に上ランクのクエストを受けるくらいならばいっそのこと普通に狩りをしてその拾得物を店売りしたほうがいいんじゃないかと思ったけれど……やっぱり狩りついでに報酬のでるクエストのほうがいいんだろうか?

「うーん……」

 ボクは腕をつかね、思案する。

 その横でユーフはスカイと戯れている。

 ユーフはスカイを上げたり下げたり抱きかかえたまま頭を撫でたり話しかけたりと、まるで赤ちゃんをあやすようなことをくり返していた。すこし、微笑ましい。だけどとてもボクには真似できないような芸当だった。仮にボクが子どもの世話をするとなったとき、ボクは彼女みたいに子どもを上手にあやせるだろうか。そんなことをすこし、考えてみる。なかなかイメージに繋がらない。じゃあと、経験則から考えてみる。そういえば昔、ボクよりもずっと小さい親戚の子どもが家にきてお世話を頼まれたことがあったのだけど、これがなかなかにやんちゃな子で、いたずらばかりするものだから叱ろうと思ったのだけど、その瞬間に言葉が詰まったことを思いだした。意識的に叱ろうとした瞬間、なにかがボクに抑止をかけた。ニュースとかで子どもを叱れない親が増えているとは聞いていたけれど、ボクも同じタイプの人間だったらしい。まあ、各家庭の環境がおなじということはないんだし、叱らない理由というのにも十人十色の答えがあるわけだけど、とにかくボクは、人を叱ることが怖いと思うようなタイプだった。

 やっぱり、ボクは親になるべき人間ではないだろう。

 テレビのコメンテーターとかがそういった躾のできない人間を非難していたのを見たことがあるし、非難されているとわかっているのにボクは人を叱ることが恐らくはできないだろうから、これはもう、絶対に子どもを持つべきじゃないだろう。恐らくは子どもを持っても、誰かに迷惑をかけるような子に育ててしまうだろう。

 まあ、そもそもでボク自身が既に迷惑をかけるような存在だし。

 ダメ人間だし。

 その点ユーフはそんな子じゃなさそうなのに、

 どうしてボクに似ているなんて思ったんだろう?

 思ってしまったんだろう?

 うーん……。

「なにを悩んでいるの?」

 ユーフがボクに尋ねた。

 一瞬、人生哲学的な問いかけかと思ったけれど、そんなことはまあ、ありえない。

 ボクは答える。

「どのクエストがいいかちょっと悩んでて」

「わたしも眺めていい?」

「いいよ」

「結構クエストこなしてるね」

「まあここ十日間くらい、ずっとクエスト処理してたから」

「あ、このクエストまだやってないみたいだよ」

「これはちょっと無理かな」

「どうして?」

「主軸の武器が壊れちゃってるから、たぶん、苦戦する」

「え? 武器を壊したの!?」

「……君も驚くんだね」

 そんなに武器を壊すことは珍しいのだろうか……。

 いやまあ、たしかに耐久度をチェックしないというのは初心者じみてはいるけれども。

「だけどね、ほらユーフ。たしかに、ボクは基本的に説明書とか読まないタイプだし、そういった管理が苦手ではあるけれど、本気っていうのかな、真面目に数値管理とかしだすと遊びがなさすぎっていうかね、ほらそういうのってつまらない感じがね、してねほら」

「ソウナンダ……」

 と、ユーフは何か得心のいったという顔を浮かべてみせた。

 完全に、ボクを侮蔑している目だった。

 家畜を見る目だ。

 ボクは家畜ではない。

 思えば、ボクに家畜ほどの生産性があるのか甚だ疑問ではあるけれど。

 ともかく、ひどく悲しい気持ちになった。

 まあこれ以上は弁明するのもめんどうだし、とくに反論する気はないのだけれども。

「とにかく、剣がないから今はそこそこでも強い敵とは戦いたくないんだ。攻撃回数を増やしたり、魔法オンリーにすると回復アイテムをいっぱい消費するし」

「えっと、スカイ……はまだ、戦えるまで育ってないの?」

「というより、スカイはあんまり戦わせたくない」

「そうなんだ。それじゃあわたしが手伝ってもいい?」

「ユーフが?」

「うん」

「どうして?」

「手伝いたいの」

「うーん……」

 いまさらだけど、ほんとうにどうしてユーフはボクに懐いてしまったんだろうか。

 家に泊めてくれたり、ごはんをつくってくれたり、手伝いを申し出たり。

 いやまあ、助けた恩があるからそこまでおかしいことじゃないけど、なんか積極的というか、壁がなさすぎるというか。

「そういえばユーフってレベルいくつなの?」

「たしか63」

「たしか? 自分のレベルなのに?」

「63です!」

「63ね。ボクのちょっと上だ。職は?」

「魔剣士!」

「魔剣士、か」一瞬、脳裏が赤く染まった。「たしか魔剣士って大器晩成で、レベル100超えるまでは使えるスキルが全然ないとかって訊いたことがあるけど、ほんと?」

「ほんとといえばほんとですけど……足はひっぱらないから」

 だから。

「だから、パーティー組もう?」

 と、ユーフは続けた。

「パーティー、ね」

「……嫌?」

「ううん。そういうことじゃなくて、パーティーの結成とか、そういうのよくわかんないだけど」

「え?」

 と、ユーフは小さな口を小さく開けて、そのまま静止した。

 なんとなく、ボクはユーフの頭と顎を押さえ手動で口を閉ざしてあげた。するとユーフはスイッチが入ったみたいに動き出して、言葉を紡いだ。

「パーティー組んだことないの?」

「ない。ついででいえば、現実世界でもないよ」

 ホームパーティーとか。

 そういうの。

 よばれたことない。

「ついででそんな悲しいことをいわないで」

「べつに、悲しいこととは思ってないけど」

「その考えたかたがもう悲しいです」

「まあ、そういうこととして受けとっておこう」

「本当にいままで一度も組んだことないの?」

「誘いはあったよ。だけどほら、無言で逃げたりとかしてたから」

「……」

「いや、絶句しないでよ」

 というか、ボクはユーフをぼっち属性だと判断していたけれど、こうして会話を交えてみると色々と経験が豊富そうだった。となるとユーフがギルドにも入らず、一人でこの町に住んでいる理由はなんだろう? ちょっと興味がでたけれど、それを尋ねるまでには至らなかった。

 ボクは云う。

「とりあえず、パーティー組んでみようか」

「わあ。ありがとう」

「いや。パーティーを組むとどんな恩恵があるのかとか、そういうこと調べたいだけだから」

「それでもだよ」

 と、ユーフは胸の前で手を合わせて笑った。

 屈託のない笑顔だった。

 それから彼女は人差し指で三回ほど空中に円を描き、とりあえずためしに作ってみましょうと云ったので、わかったとボクは頷いた。

「さてと……」

 パーティー。

 パーティーの結成、ね。

「……」

 …………。

 ………………。

「ねえユーフ」

「なに?」

「どうやってパーティーってつくるの?」

「……あ、ほんとにつくったことなかったんですね」

「ボクは嘘はつかないよ」

「嘘、ついたよね?」

「そうだったね……」

 これに関しては、弁明の余地がなかった。

「えっと、一応はウィンドウ操作からでも作れるけど、簡単なのはコマンド入力のほうかな?」と、ユーフ。

「コマンドはなんて打つの?」

「スラッシュの後にパーティーと書いて、半角スペース、それからチーム名を入力」

「チーム名ってなに? 適当でいいの?」

「適当で大丈夫だけど、できれば可愛い名前がいいな」

「ええっと、じゃあチーム名は<cute name>で」

「そういう意図じゃなかったかなあ……」

「あれ? パーティつくれないんだけど」

「もういちどコマンド入力して、みせてもらってもいい?」

「ええっと…………OK、いいよ」

「うんと……あ、ここ、つづり間違ってます。eじゃなくてa」

「あ、そう」

 ふうん……。

 なんだか、とても死にたい。

 そんな気分になった。

 ちらりとユーフのほうに視線を向けてみると、ユーフはにこりとわらってみせた。

 それがなんか、機械操作が苦手なご年配をみるような眼差しだったので、また悲しい気持ちになった。

 ボクは正しいスペルをコンソールに入力し直すと、今度は経験値の分配方法についてという言葉がポップアップされた。

「これは?」

「パーティー内での経験値の扱いをどう分けるか、という質問だね」

「経験値を頭割りするかどうかってことね。それで、どっちのほうがいいの?」

「どっちの方がいいかは状況次第だけど、公平に分配でいいと思う」

「わかった」

 ボクは画面をタッチする。

 するとパーティーが結成されましたという文字と共に、パーティーメンバー一覧というウィンドウが開かれた。そこには当然ボクの名前しかなく、なんだか一人でパーティーしているみたいな感じでちょっと滑稽だった。ボクはくすりと笑った。

「つくれました? そうしたら次は」ユーフが言葉を云いきる前に、ボクは彼女をパーティーに誘った。「ありがとう。それじゃあ加入するね」

 パーティー一覧にユーフの名が追加された。

 ついでにいうと、ユーフの頭上にライフゲージも表示された。

 どうやらパーティーを組むとメンバー内でHP残量を確認し合えるらしい。

 これなら連携はとりやすいな、とボクは思った。

「どのクエストを受けるの?」ユーフがボクに尋ねる。

「そうだね、協力プレイってことなら群れよりは一匹一匹が強い敵を狩ったほうが経験値効率がいいのかな? いまはボク、魔法支援が主体になると思うし」

「それじゃあこの肺胞と毛玉集めなんかはどう?」

「デビルフロッグとラビットウォーリア? べつにいいけど、ウサギの方ってけっこうクリティカル痛くない?」

「わたしたちのレベルなら大丈夫だと思うの」

「うーん……」

 以前、ボクがラビットウォーリアと戦った時はたしかレベル40台後半だったはずだけど、その時はなんどもこいつのクリティカルに殺されていたので、ちょっと怖いというイメージが残っていた。というのもこのゲームでクリティカルは防御力をけっこう減算されてダメージが通るので、どれだけ装備を固めていてもクリティカルだとダメージが大きくなる仕様だった。そしてラビットウォーリアは他モンスターと比べてクリティカル率が高く設定されているので、運が悪いと二、三回連続してクリティカルが発生することもあって、そうなるとまず致命傷は免れないだろう。いまこの世界で死ぬことは多分にリスクがあることだから、運が絡むと死ぬような場所ではあまり、戦うべきではないと思うのだけど……。

「けど、報酬もいいよね」

「……うん」

 その通りだ。

 デビルフロッグとラビットウォーリア狩りは、すごく効率の良さそうなクエストだった。報酬金額はまあ普通だけど、このクエストは1日毎に受注することが可能だったから継続的な収入が見込めるのだった。それは達成できるクエストが少なくなってきたボクにとって、かなり美味しい話だとは思う。

 ボクはユーフを一瞥する。

 彼女には、不安はないのだろうか。

 もしかしてまだ、ゲームオーバーになっても普通に復活できると思っているんだろうか。

 だけど、まあ、ボクがぼこぼこにされた時は昔の話で、しかもソロ狩りだったわけだし、今回はあの時からレベルも10以上もあがっていてしかもパーティー戦ともなれば、あきらかにボクが心配しすぎているような感じもする。

「……よし」

 決めた。

 ちょっと悩んだけど、結局ボクはこのクエストを引き受けることにした。

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