第二話 争いごと
人間、危機に瀕すれば身を寄せ合うのは畢竟であり、この世界ではギルド活動が隆盛を極めていた。プレイヤーがある半径まで近づけば名前と所属ギルドを視認することができることもあって、片手間にログインしていた層や、孤高をつらぬく層、ギルドを脱退させられた層などのソロプレイヤーは手当たり次第に勧誘されていった。いまやギルドは気の合う人、知己の枠を超えて、とにかく多くのプレイヤーをばくばくと増やしていった。また、ギルド間ではつぎつぎと友好条約が結ばれていったから、勢力の全容を知ることは難しい段階へと入った。
とはいえ、ギルドの加入メンバー数は決まっているし、その枠を増やすには多大なお金がいることと、友好を締結できるギルド数も五つと定まっていたから、その盛り上がりもすぐに頭打ちとなった。上限さえなければいずれ、この世界の総てが統一されて、みんな平和に暮らせたかもしれないのに、とボクはひとりごちる。渇いた笑いがでた。
とはいえ、ゲームに閉じ込められたからといって、ここまで大規模に仲間を増やすだろうか、とボクは考える。
とはいえ、そもそもでオンラインゲームをやる層には人とのつながりを求めるタイプも多くいるから、その人達が接着剤となって人がまとまっていったのかもしれない。そんなことを考えたけど、たぶん、違う。いや、違うこともないし、実際そっちの理由が大半を占めているの可能性はあるけど、ボクには他の要因が多分に関係しているように思えた。
いつかにこの世界で死ぬと、リアル魂も消滅するという話が流布された。情報のもとがどこの誰かもわからなかったし、信憑性はかなり薄い噂だったけれど、その話が伝播していった先々でギルドの勧誘が盛んになっていたと、そう感じた。
ボクの主観だ。
だけど、たぶん、合ってる。
皆は恐怖を感じたから、まとまった。
仲間を増やした。
プレイヤーキラーも現れたと、そういった情報もあった。
さっきの情報が正しいのならば、殺人者だ。
本来、この世界のPKゾーンは特定マップにしか用意されておらず、町やダンジョンではプレイヤー間の争いは一切できない仕様になっている。たとえ狩場で大範囲攻撃スキルを使用しても、ダメージ判定は敵だけに行われていた。だけど、今はそうじゃない。これは実際に実験した人間がいて、その様子はボクも生で確認していた。
非戦闘エリアの街中でも、プレイヤー間ダメージが発生した。
しかし、ダメージが発生しないケースも存在した。
そのケースのひとつが、同ギルドプレイヤーへの攻撃だった。
「ねえ、うちのギルドに入らない?」
声をかけてきたのは女の子だった。
恰好からすぐにヒーラーだとわかった。
髪は長く、羽根のついた帽子を被っている。
どこかおっとりとした感じの女の子の名前を確認してみると、メグミンというらしい。たぶん、ボクのことを男の子だと思って、勧誘している気がする。
彼女の仕草には、そんな所作が多くあった。
彼女のそういった対応をすこし腹ただしく眺めている男がいた。職業は射手<アーチャー>だ。アーチャーはめぐみんのすぐ後ろにいた。
名前はイグニス皇帝。
メグミンとはギルドが同じみたいだし、おそらく護衛だろう。
ボクがすこしでも気に食わない態度をとったら、目とか平気で射抜きそうなほど怖い顔をしていた。
ボクは答える。
「いい、はいらない」
「どうして?」
「面倒だよ、きっと」
「面倒? なんでそう思うの?」
「君、そこのアーチャーさんとはお友だち?」
「うん、長い付き合いだよ。ね?」
彼女は振り返って相槌を求めると、男は愛想笑いを浮かべた。
このギルドは、人間関係がぐちゃぐちゃしてそうだと、ボクは思った。
「知り合いが他のエリアにいるんだ。ボクはそこのギルドに入れてもらおうと思っていたから、ごめんね」
「そう、ちなみになんてギルド?」
「どうしてそんなことを訊くの?」
「同盟になれたらうれしいなって」
「もこもこ青空ってギルド」
もちろん、そんなギルドは存在しないけれど。
「もこもこ青空? ほのぼのギルド?」
「攻城戦には参加してないから、そうかも。ミニゲーム大会になら参加してたみたいだけど」
「君は、そういうのには参加しないの?」
「しないよ。弱いし」
そういうと彼女はボクの足元から頭上へ視線を移動させる。
装備を確認しているんだろう。
武器防具には装備条件として最低レベルが設定してあるから、着ているもので大体のレベル帯を推察することができる。
「レベルは……五〇台だね」
「うん、当たり」
「どこで狩りしてるの? やっぱり、場所変えた?」
「狩りはもうしてない」
「様子見組?」
「完全アウト組。復帰する予定はいまのところないかな。まあ、ペットの食糧が尽きたら、狩りにいかないといけないけど」
そういうとボクの後ろでスカイがギャブーと鳴いた。
少し間抜けな声だった。
「ブルークラウド? 卵、ドロップしたんだ。まだ珍しいよね」
「だけど、使えないだろ」
そう、イグニスがいった。
ボクは頷く。
メグミンがボクに問う。
「この子、スキルなんだっけ?」
「スキルはないよ」
「ん?」
「支援系とか、憑依系じゃなくて、戦闘系。一緒に闘ってくれるタイプのペット」
「へえ、そうなんだ」
「だから、使えないんだよ」
またイグニスがそういった。
なんだろう、この人。
さっきから使えない、使えないって。
少し腹がたったから、ボクは云う。
「この距離ならアーチャーぐらい、一呑みだよ」
イグニスの目が光ったのが判った。
次の瞬間、ボクの躰は射抜かれていた。
ノックバックはない。
その場で仰向けに倒れる。
腹に矢が刺さっていた。
一瞬で、ライフゲージが真っ赤に染まった。
ギリギリ、死は免れたみたいだった。
だけど、矢は火炎属性が帯びていた。
ギリギリのライフゲージが、熱傷ダメージによってジリジリと減っていく。
ボクは指を動かす。
なかなか動かない。
ジリジリ。
それでも、指を動かす。
ジリジリ。
左の小指。
それをツータップ。
万能薬を消費。
火傷状態の治癒。
淡い光に包まれた。
ぐんぐんとライフが回復していく。
メグミンのヒールボムだった。
彼女の装備からおおよそ判断がついていたけれど、彼女は高速詠唱主型姫系ヒーラーだった。
ボクのライフはそこまで多い方じゃないから五回ぐらいで全回復したけれど、彼女は計八回ヒールをかけた。
「もう、悪戯はだめじゃない」
メグミンは笑いながらいった。
「冗談だよ」
イグニスも笑いながらいった。
冗談で殺されそうになった身にもなってもらいたい。
「たてる?」
「うん」
ボクはすぐに立ち上がる。
「悪かったな」
イグニスがそういった。
ボクを射抜いたくせに。
狂ってるのか? こいつ。
「本当に悪いよ」
ぐい、と襟元を掴まれた。
「謝ってんだろ、なんだその態度」
「悪いと思ってるなら、怒らないでよ」
そう云うとイグニスはメグミンの方を見て、口角を上げた。
なんの合図かしらないけれど、二人の間でなにかがやり取りされたのは確かなようだった。
「やめようよ」メグミンがいう。「見てる人、多いよ」
そういう理由らしい。
ボクのことなんて、これっぽっちも心配していない。
「構わねえよ。ほんとに死んだら、こいつが因縁ふっかけてきたっていえばいいだけだろ」
「……ボクを殺して、本当に死ぬのか試すのか」
「いま謝れば、赦してやる」
「赦す? 慈悲深いんだね」
「ふざけてんの?」
「どっちが?」
「本気でやるぞ?」
「なにを?」
「みろよ、こいついまから死ぬぜ」
「はやく殺れよ」
イグニスの瞳孔が開いた。
彼はボクをドンと突き飛ばす。
ボクの体勢が崩れ、泳ぐ。
その間に、イグニスは弓を構えた。
鏃がボクをまっすぐに睨んでいる。
その切っ先が。
鋭い切っ先が。
ボクを。
ボクをの額を――。
声が、訊こえた。
子どもと大人の、ちょうど真ん中。
まだ間抜けで、頼りなくて。
だけど綺麗で、哀しい声。
慟哭?
違う、咆哮。
スカイが、口を大きく開けていた。
スカイはそのままばくん、とイグニスの腕を食いちぎった。
イグニスの表情が苦悶に変わる。
けれどもそれはほんの僅かな時間。
イグニスは残った方の腕で、スカイを殴りつけた。
スマッシュという技で、弓士の近距離緊急用の打撃スキルだった。
威力はほぼ皆無で、少しノックバックさせるだけのスキル。
だけどスカイは派手に吹き飛んだ。
それを横目に見ながら、ボクはスキルを発動させる。
イグニスの周りに、暗雲が生じた。
スキルレベルは無駄に最大。
暗闇発生確率は六割。
かからなければ、ボクは殺される。
はやく殺せと云った癖に、ボクは状態異常にかかることを願う。
スキルは、成功した。
イグニス皇帝の頭上に、サングラスのマークが表示される。
「――光よ」
メグミンが声を上げた。
きっと状態回復魔法だ。
彼女の存在を、ボクは忘れていた。
急ぎ走って、メグミンの肩を突っぱねる。
ダメージは皆無といっていい。
だけど魔法を唱えている最中にダメージをうけると詠唱キャンセルが発生するから、メグミンの詠唱はこれでキャンセルされる。
はずだった。
「――穢れた魂を、深く、穿て!」
光球が三つ、現れた。
それがボクに向かって放たれる。
ダメージは大したことがなかった。
あたりまえだ。
DEX型ヒーラーは基本、INT振りはしない。
魔法攻撃力は皆無。
ボクはダメージを気にせず走った。
「逃げるな!」
背後からの声。
そんなもの、応じるわけにはいかない。
ボクは遠距離攻撃を防ぐ効果のある小さな簡易煙幕を設置して、スカイのもとへと駆け寄る。
「ギャフー、ギャフー」
と、スカイは鼻息荒く、たぶん背後に見える、イグニスを鋭くにらんでいる。
頼もしいけど、今はそんなことをしている場合ではない。
イグニスのレベルは、どう見積もっても百は超えている。
ボクではまともな相手にすらなれない。
まだ柔らかいスカイの手を握って、ボクは町を駆けた。
路地に逃げ込む。
「おっと」曲がった先で、痩身の男とぶつかった。「危ないなあ」
ぎょっとした。
男もまた、メグミンやイグニスと同じギルドに所属していたから。
男は笑っている。
人当りのいい人相だと思った。
ボクは剣を抜いた。
この人も、状態異常にすべきだ。
そう判断した。
だけど、手が動かなかった。
「なに? なに?」
男は挙動不審ながらも、慌てて武器を構えようとした。
ボクはその隙に脇を抜けて、駆け抜ける。
後ろは振り返らない。
彼が攻撃してくるなら、それで構わない。
彼が攻撃してくるまで、ボクは構えない。