第二五話 反響音
「……面倒な敵だな」
本当に。
サハギンは思っていたよりも少し、やっかいな敵だった。
行動パターンとしてはプレイヤーを中心に半径七、八メートルほどの範囲に入ると、槍を引きずるのを止めて攻撃。その後、すばやく遠くまで離れて、また槍を引きずりうろうろと彷徨うという、ヒットアンドアウェイ方式だった。遠距離攻撃を主体とする職業ならば難なく倒せるモンスターかもしれないけれど、近距離戦闘職だと相手のタイミングに合わせて上手く攻撃を当てないとダメージを与えることすら侭ならないだろう。
ちなみに、ボクの職業であるインフェクターは、遠距離用のスキルや魔法がわりと潤沢している方だ。とはいえ、メインタイプである雷属性はおおむね燃費が悪い傾向にあるから、サハギンと何度も戦っているとすぐにMPが枯渇してしまうことは容易に想像できた。そうなるとMP回復薬の使用数も増えて、いっきに赤字狩りになる恐れがある。ボクはお金がたくさんあるわけじゃないから、コストパフォーマンスの悪いサハギンとは正直あんまり戦いたくないのだけど……だからといって無視ばかりしているといきなり槍で突かれるし、そうなったら痛いし、吃驚するしで、かなり鬱陶しい。結果的に、ボクはいやいやながらもサハギンと戦うことを選択せざるをえなかった。
「あ――」
サハギンの一匹がスカイに向かって走り出した。
スカイに攻撃するつもりだ。
ボクも急ぎ、スカイに飛び掛かる。
脇腹に痛みが走った。
見ると三叉槍が深く、ボクの脇腹に突き刺さっていた。
ボクは槍をがしりと掴んで、剣を振う。
鈍く輝く切っ先は空気を切り裂き、最短ルートでサハギンの首元を捉えて――そのまま。そのまま、綺麗に弧を描いた。
サハギンは、即死した……と、思う。
ボクはサハギンの死体を横目に、突き刺さった槍を脇腹から引っこ抜いて、投げ捨てた。
からん、という高い音が洞内に響いた。
穴の開いた脇腹を、ボクは手でさすった。
「現実だったら、死んでるね」
まあ、ここは現実じゃないから、無意味な独り言だけど。
ずりりり。
ずりりり。
「まだいるのかよ……」
いったい、何匹いるんだろう?
ボクは無数の卵を想像して、気持ち悪くなった。
だけど同時に、サハギンたちにも親がいることを思いだして、少し、脱力する。
狩りをしていると、誰もが思うこと。
どうしてボクは、戦ってるんだろう?
その問いの答えは人それぞれだけど、ボクの場合はスカイのため。
だけど、スカイのためにボクがこいつらを殺す必要性はあるのだろうか?
それはなんだか、矛盾している気がする。
スカイのために生きることと、サハギンを殺すことは相反することでもないのに。
なんで、こんなことしてるんだろう?
「ギャフー!」
スカイがボクのことを引っ張った。
何? と思ったけれど、勢いよく突かれた穂先がボクの鼻先を掠めたから、言葉を呑み込んだ。
ボクは大きく息を吸って、それから吐いて、腰を低く落とす。
今は、集中しよう。
そういった哲学は、暇な時にすればいい。
ボクは剣先を逃げるサハギンへと向けて、片手を頭上へ突き上げる。
ライトニングアタック。
眩い閃光と共に、ボクのこの剣はサハギンの躰を貫く。
同時にサハギンの首を片手で掴み上げ、心臓付近にもう一度、剣を深く突き刺した。
「ごめんね」
そう云って、ゴミでも捨てるみたいに、ボクは剣を払った。
サハギンの死体は、地面に崩れ落ちた。
ボクは、溜息を吐く。
もしかすると、ライトニングアタックはこのエリアに於いて、かなり有効なスキルなのかもしれない。そういった手応えを、ボクは感じていた。ボクの主軸魔法であるサンダーボルトと比べ、現状ライトニングアタックはMP消費がかなり少なかった。まあ、基本、物理スキルはMPよりもSPに依存しているからそれは当たりまえのことなんだけど、とにかく、サンダーボルト一本で戦うよりも、ライトニングアタックを併用して行けばかなり消費効率よく戦闘できる感じがした。そうすればもっと、この先に進める。最奥まで、難なく突き進める。そう思ったけど、やっぱり簡単にはいかなかった。
MMOでは基本的に、マップに配される敵は一属性に偏ることはない。たとえば魔法攻撃に滅法弱いモンスターがいたとしたら、そこのエリアには必ず対魔法使い殺しに特化されたモンスターも配置される。そんな感じに、何かしら弱点を持った敵がいればその弱点を補うための敵もセットで配されるため、なかなか効率よくレベル上げができる狩場は少ない。だからこそプレイヤーは狩場の選択に慎重になるし、狩場内での立ち振る舞いも勉強したりしなければならなかった。
じゃあここには、どんなモンスターがいるんだろう?
サハギンのセットにされるモンスターとは、どんなのだろう?
突然、目の前に巨大な亀が現れた。
全長三メートルほどだろうか。
その甲羅は、ぎらぎらと輝いている。
爪もだ。
牙も、とにかく至る所すべてが結晶でできていた。
クリスタルタートル。
それは、防御力に特化したモンスターだ。
ボクは、そのクリスタルタートルへと向けて、ライトニングアタックを繰り出す。
剣は、無防備な頭を貫いた。
叫声。
クリスタルタートルが叫んで、じたばたと暴れた。
ぐらぐらと地面が揺れて、天井からつつら石が降ってきた。
それでもボクは構わず、攻撃を続ける。
ボクと敵との間に、まだレベル差はあるから、ごり押し。
とにかく、こいつだけは素早く片づけた方がいい。
こいつに手間取れば手間取るだけ、周りにサハギンは集まってくる。
そうなれば四方から槍で突かれ、ボクの躰は蜂の巣になるだろう。
まあ、だからといって死ぬまでの窮地に陥ることはないとは思うけど、痛いのはごめんだ。
とどめを刺すため、ボクは剣を大きく振りかぶる。
しかし、その攻撃は甲羅によって防がれた。
鈍い音がした。
手も少し、痺れた。
クリスタルタートルはボクに背を向けて逃げ出した。
ボクはもう一度頭上に手を掲げ、そして、ライトニングアタックを放った。
剣は亀の後頭部に突き刺さる、その予定だった。
しかし、またしても甲羅に阻まれて、
ガギン。
そんな音が、洞内に響いた。
剣が壊れた音だった。




