表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メロディアス・スカイ  作者: 玖里阿殻
chapter 02:yellow moon
24/82

第二一話 小さな火種

 きらきら輝く海面を眺めていると突然、叫びたい衝動に駆られた。人が消えて、この世界にボクとスカイ以外、誰も存在しないことが証明されたならば、ボクはきっとこの感情をそのまま吐きだしていたかもしれない。それは意味不明な言葉になっていたかもしれないけれど、だけどそれを実行したらとても気持ち良さそうだと思った。だって、あの海に向かって。綺麗な空を映す、あの大海原へと向かってこの感情をぶつけることは、原始的なものだと思うから。人にとって、根源的なものだと思うから。だから、思うがままに叫んでみたいと思った。だけどやっぱりここはパブリックな場所で、この世界にはたくさんの人がいることをボクは知っているから、すぐに冷静になった。

「綺麗だね」

 ボクはもう一度、耳を澄ます。

 潮騒がはっきりと聞こえた。鼻をすんとさせると、風に磯の香りがほんのり混じっているような気がして、海が近くにあるという実感がじんわりと胸に染みた。

 突然、スカイが鳴いてボクの衣服を引っ張った。

 なんだか、とても興奮している。

 どうしたんだろう?

 小首を傾げていると今度、スカイはしきりに向こうを見はじめた。

 スカイの視線の先を眺めると、砂浜が見えた。

「あそこの砂浜に行きたいの?」

「ギャフ!」

「ボクは早く町に行って、アイテムを補充したいんだけど」

「ギャブ、ギャブ!」

「……どっちが先にあそこの砂浜に着くか、勝負がしたい?」

「ムフー」

「なんでそんなテンションの高いことをしなくちゃいけないんだよ。まあ、やるけど」

 それがスカイの願いなら、ボクに断るという選択肢はない。

「砂浜がゴールじゃ漠然としてるから、砂浜にあるあの大岩にタッチにしたらゴールにしよう」

「ギャフ」

「準備運動は済ませた?」

「ギャフ」

「よし、っと……それじゃあそろそろ始めようか」

「ギャフ!」

「じゃあボクがスタートって云ったら、スタートね」

 途端、スカイは元気よくスタートをきった。

 どうやら、二回目のスタートという言葉に反応したらしい。

「……まあ、お約束だよね」

 とはいえ、なんだか肩透かしを食らった気分になって、ボクはしばらくの間、突っ立ったまま低空滑空で移動するスカイの後ろ姿を眺めた。だけど、このままこうしてても意味がないと思うと、しぶしぶとスカイの後を追いかけ始める。

 山道は次第に緩斜面になって、突然下りになった。いままで山の死角になっていた景色が眼前に広がって、遠くに町が見えた。自然の中に存在するその集落は人の巣と形容したくなるほど異様に感じた。感じたけど、やっぱり理路整然としたその街並みは綺麗だとも思った。しばらく眺めていたい気分だったけど、すぐに道が狭隘な切り通しに入ったから、町は視界から消えた。

 スカイの姿はまだ見えない。

 潮風の影響を受けて一定方向に曲がった針葉樹が林立している。

 それらをぼんやりと眺めながら、走り続ける。

「ショートカットを探すか」

 おおよそ山道というのは急斜面にならないようにうねうねと蛇行するように作られている。だから悪路になってしまうけど、側面にある急斜面を下っても通常のコースに回帰することはできる。幸い、ここらの斜面はまだ緩やかみたいだし、ボクは思い切ってコースを外れてみた。

 作戦はうまく行ったようで、ボクはスカイのかなり先に躍り出ることに成功した。いや、成功はまだ、していない。通常の山道に回帰するにはニ、三メートルほどの高さから下りなければならなかった。ボクは少し躊躇したけど、ボクが先にいると知ったらスカイはきっと驚くだろうと思うと、自然と足が岩肌を蹴っていた。

 高所からの飛び降り。

 その決断が間違いだった。

 ボクは着地と同時に派手に転倒して、顔面をずりりと地面に擦りつけた。

 痛かったし、落下ダメージで鼻血がどくどくと出た。

 かなり恥ずかしかった。

 こんな姿、とてもじゃないけどスカイには見せられない。

 すこし悩んだけれど、ボクは結局、見栄の為に少なくなった回復アイテムを使用しようとした。

「こんにちはあ」

 声をかけられた。

 まさか。

 空耳だろう。

 そう思いつつボクは衣類についた土埃をほろっていると、目の間に痩せた男が立っていたから吃驚した。

 吃驚して、死にたくなった。

 プレイヤーだ。

「どうもお、えへへえ」

 そう挨拶する男の顔は終始ニヤニヤとしていて、大変気持ち悪かった。

 きっとボクのことを馬鹿にしているんだろう。

 そう思っていたけれど、その感想は数十秒後に否定された。

 その笑顔に侮蔑の意図はない。

 彼は生粋の商売人だから、笑顔を絶やさないだけだった。

 名前はカールといって、ここらで行商をして生活しているとのこと。それを訊いて、ボクはいたくショックを受けた。このゲームの職業に行商人なんてなかったし、ゲーム時代でも行商行為をしているプレイヤーなんて訊いたこともなかったからだ。ゲーム時代だった頃には転送サービスといって、少額の金さえ払えば特定地域に移動するのは一瞬だったけれど、そのサービスが無くなったからといってそこから行商人になろうとするプレイヤーが現れることは想像すらしていなかった。

 もしかすると、数か月後にはすこしずつ、現実に即したサービス業が発展していくのかもしれない。

 それを考えたら、いろんな可能性が脳裏に浮かんだ。

 間違いなく、ボクの頭じゃ想像できないようなシステムがこの世界に構築されていく。

 それがとても、怖かった。

 ギャフー、という変な声がして、気が付くとスカイがボクの足元にいた。

 だれこの人、という表情をしている。

 だれだろうね、という表情をボクは浮かべた。

「そのペットはなんですかあ?」

 と、男が云った。

 ボクはしぶしぶと答える。

「ブルークラウドです」

「へええ、拝見したところ、戦闘タイプのようですねえ」じゃあとカールはアイテムを取り出し、「ペット用ポーションがありますけれどお、どうです? 買いませんかあ?」

「おいくらですか?」

「一つ、一二〇エニーです」

「店値よりかなり安いけど……」

「手作りですからあ」

「ふうん……」

 錬金術師<アルケミスト>製のポーションってわけね。それなら確かに、安価に提供はできると思うけど……それにしたって安い。これでどう商売しているんだろう? すこし考えたけど、よくわからなかった。

「今なら通常ポーションもお安くできますよお」

「うーん……」

 欲しい。

 正直欲しいけど、手持ちの金が少ないことがかなりネックになっている。

 そろそろ次のレベル帯装備を一式揃えようと思っていたし、そうなると無駄金はそうそう使えなかった。とはいえ、回復ポーションは必需品ともいえるアイテムなのだから、安値で買える機会をみすみす逃すというのも愚策に思えた。金策とか、資金繰りとか、そういうのもボクはよくわからないので、うんうんと唸った。

「物々交換でもいいですよお」

「え?」

「まあ、なんでも交換するってわけじゃないですけどねえ」

「なにかあったかな……」

 ボクはウィンドウを開いて、アイテム欄を眺める。正直にいえばそこにはいらないものが溢れていたけれど、それらを売る気にはなれなかったから、パッと見ただけでウィンドウを閉じた。少し、嫌な気分になる。ボクはリュックを降ろして、そっちの中身を確認することにした。こっちには予備の回復アイテムやペット用品を入れているけれど、採集品や未整理品なんかも入れてたりするから、なにか売れそうなものがあるかもしれない。 

 がさごそ。

 からん。

「……ん?」

 何か、落ちた。

 指輪……?

 ボクのか?

 こんなアイテム、知らないけど。

 とても貴重そうなアイテムに見える。

 というか、レベル一二五装備だ!

 なんでこんなものがリュックに?

 どうやら所有権はボクにあるみたいだけど……。

「どうなさいましたあ?」

「いえ、これ……」

「もしかしてソティスの指輪ですかあ?」

「ソティスの指輪?」

「ええ」

「売ると高いの?」

「相場をご存じないんですかあ?」

「ないけど」

「700mですよお」

「700m?!」

 ボクの過去最高所持金額が2.5mエニーだったから、この指輪の相場価格はその額の二八〇倍になる。

 現実世界に置き換えて考えるなら、ボクの貯金二万五千円に対して、この指輪の値が七〇〇万円という計算だ。

 あんまり、よくわからない例えだった。

 そんな意味不明な例えを持ち出すほどに、ボクは驚愕していた。

「トップランカーの必須装備ですからね、それくらいはしますよ」

「……トップランカー必須装備」

「生憎ですがあ、その装備品はいまの手持ちですと買い取ることも交換することもできませんねえ」

「そうですか……」

「ところで、あなた様はどちらからあ?」

「えっと、カイザス地方から」

「クエストか何かでえ?」

「そうですね」

「ふうん……」

「……?」

 カールがボクを見る目が変わったような気がした。

 きっと、こんな高価な物を持っていたから、ボクの名前を確認して顧客リストにでも記憶しているのかもしれない。

「モンスターからのドロップ品を見せてもらってもよろしいですかあ?」

「いいですけど」

 と、ボクはニルキリルで集めたドロップ品をカールに見せた。

 彼は真剣な表情でそれらを眺めている。

 そこまで貴重なものがあるのだろうか?

 低レベル階層品にしか思えないのだけど、錬金や合成素材に関して無知なボクにはその価値がよくわからない。

「このスタンプの樹液はいいですねえ」

「そうなんですか?」

「ブルーポーションの素材になるんですよお」

「青ポの?」

「ええ、ですから需要がかなり高いんですよねえ。比較的高レベルの方々でもお持ちになっているものですからあ」

「ふうん、そのくらいのレベルになると、黒ポだけでいいような気がするけど違うの?」

「値段に対するコストパフォーマンスがブラックポーションと比べて断然に良いですしい、重量もブルーポーションの方がずっと軽いですからねえ。人によってはブルーハーブを大量にストックして狩りに行くみたいですよお」

「スタンプの樹液でどれくらいのポーションと交換できる?」

「そうですね、この量となりますと……大体こんな感じですかねえ?」

「ハーブ系もすこしありますけど、どうですか?」

「ハーブ系は供給過多なのであまり良い値で買い取れませんが、そうですねえ……これくらいになるかとお」

「それじゃあ、それで」

 そんな感じにボクはカールと取引をして、その場を後にした。



「いい買い物ができたね」

 ボクはスカイに話しかける。

 お金を一銭も払わずにアイテムを多少なり補充できると、なんだかすごくお得な気分になった。

 ボクはうきうきとしながら、山道を歩く。

「それにしても、行商か……」

 彼は、どれくらいの利益を出しているんだろう?

 利益を得て、どうするつもりなんだろう?

 そんなことを考える。

 この世界においてお金の価値とは、極論、良い装備品を揃えるために存在しているといっても差し支えない。なぜ良い装備品を揃えるのかというと、それは強さだったり、蒐集欲だったり、希少性に意味を見出す人がいるからだけど……ともかく、そんな世界でお金を集める意味はあるのだろうか? モンスターを狩ればドロップ品を入手できて、それをお店に売れば絶対に買い取って貰えるし、需要と供給がいくらぶっ壊れててもお店の値段は据え置き設定だ。

 この世界では、プレイヤー皆がお金持ちになれる資格がある。

 そこに至るまでの時間が各人早いか遅いかだけで、みんなお金もちになれる。

 それなのに、どうして行商なんかを?

 やっぱり、将来的にこのお金には別の付加価値がつく見込みでもあるのだろうか?

 そのために、今は資金をかき集めている。

 そんなことを思ったけど、単純に人のためになるからやっているという可能性もある。

 人のためになるっていうのは結果がどうであれ、それだけで楽しいと思えるものだしね。

 カールさんもきっと、そういう楽しさがあるのかもしれない。

 いや、というか単純に、行商それ自体に楽しみを見出しているのかも。

 ボクにはそういった感覚がよくわからないけれど、なにかの本で、投資家だか何だかはお金が増えることそれ自体にはあんまり喜びを感じず、自分のロジック通りに数字が上下することに極度の興奮を覚えるらしい。だからきっと、カールさんも自分で考えて行動した結果が利益としてフィードバックされることに楽しさを覚えるタイプなのかもしれない。そんな感じがする。

「ギャブ―……」

「あ、ごめん。そうえいば競走の途中だったね。えっと、どうする? やる?」

「ギャフ!」

「おーけー。じゃあボクがスタートって云ったら」

 スカイはスタートを切った。

 ボクは低空滑空するスカイの後ろ姿を眺めて、云う。

「……またかよ」

 フライング志向の高いスカイにため息を零して、それからボクも走り出した。






 そして、唐突に気づいた。






 リュックに入っていた指輪。

 高価な指輪。

 トップランカー必須の指輪。

 ソティスの指輪。

 あれは、オールピースの物だ!

 きっと、あの時に紛れたに違いない。

 ボクが過ちを犯した時に。

 ボクが、赤く染まっていた時に。

 いや、あの時、荷物は一杯だったはずだ。

 たとえ小さな指輪でも入手できるはずがない。

 それなのに、どうして?

 ちがう。

 そんなのは、大した問題じゃない。

 ボクは。

 ボクは、その指輪を第三者に見せてしまった。

 それは可能性として、ボクがオールピースから指輪を奪ったという結論に繋がる恐れがある。

 線は薄い。

 だけど、確かにつながっている。

 ……ううん、大丈夫。

 ボクはカールに対し、カイザス地方から来たとしかいっていない。

 ニルキリルの森から来たとは一言も……

「あ!」

 ちがう!

 ボクは彼に、<ニルキリルのドロップ品を見せていたじゃないか>!

 どうしよう……。

 ボクがオールピースの殺害犯であることがバレてしまう……。

 いや、そもそもでオールピースが全滅していることを、知っている奴はいるのか?

 いたとして、今、情報はどれくらい広がっている?

 カールさんは……。

 カールさんは、知っているのだろうか?

 ボクは立ちどまった。

 立ちどまって、彼の装備品を思いだす。

 マントを羽織っていたから、どんな装備かはよくわからなかった。

 だけど、あのアイテム量はちょっと、異常だ。

 アイテムにはそれぞれ重量設定があって、プレイヤーによって持てるアイテム総量が決まっている。

 その総量とは単純に、攻撃力に比例するようになっている。

 つまり、あれだけのアイテムを持てるカールさんの腕力というのは、かなり強いはずだ。

 レベル差によっては、一撃で殺される可能性がある。

 じゃあどうする?

 どうすればいい?

 ……なにを?

 ボクは、なにをどうするつもりだろう?

 ボクは、なにを考えている?

 彼の装備を確認して、彼の強さを確認して。

 ボクはこれから、何をしようとしていた……?

 何を……。

 一体……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ