第二〇話 微かな気配
「……ふう」
と、ボクは溜息を吐いて額の汗を拭った。
現在地はデザイアーリ海岸へと続く山道で、ボクとスカイは道中襲い掛かる雑魚モンスターを片っ端からやっつけながら歩いていた。もちろん、やっつけているのはボクで、スカイはもっぱら索敵のみを行っていた。スカイはペットモンスターとして純然たる戦闘タイプなのだけど、未だにボクはスカイが暴力を振う姿にどこか抵抗を感じていた。その点、ボクはというと、あの一件を境に手遅れ側の人間になってしまったから、いまではもう、躊躇いなくそこらのモンスターを狩るようになった。つまり、無駄な殺生が増えた。おかげで少し、レベルも上がった。
「少し暑くなってきたね……感覚的に初夏って感じ」
「ギャフ」
「マップ毎に季節が割り振られてるってことなのかな。それはそれでなんだか面白いよね。お金さえあれば避暑地と避寒地とを往復できるんだから、夢の快適生活が送れるね」
「ギャフ、ギャフ」
「え? ……まあ、たしかに。そんな面倒なことするなら、はじめっから過ごしやすいエリアにいればいいよね」
「ギャフー」
「だけど、折角なんだから色んな景色をみてみたいって思わない?」
「ギャッフル」
「へえ、スカイって出不精なの? ふうん。奇遇だね、ボクは引籠りなんだよ。知ってた? まあ、知ってると思うけど」
「……ギャフ、ギャフ!」
「了解」
ボクは剣を構える。と同時に、茂みから剣を持った低空飛行するブタが現れた。色は浅黒く、ちょっとまん丸い。ピッグランスの色違いで、ピッグブレードというモンスターだった。敵レベルはおおよそ三〇。初心者にとっては鬼門だけど、こいつらは群れることがないから出会っても逃げやすいモンスターでもある。経験値はあんまり美味しくないし、レアドロップも今のボクには不必要なものばかり。だけどボクは剣先をピッグブレードに向けて、もう片方の手を上空へと向けた。
雷鳴刃<ライトニング・アタック>
ボクは瞬時にピッグブレードとの間合いと詰めて、鋭い突きを放った。
疾風迅雷と評してもいいほどのエフェクトを放つ攻撃スキルだったけど、しかしピッグブレードを一撃で倒せるほどの威力はなかった。ボクは素早く距離をとってピックブレードの攻撃を一度躱してから、通常攻撃で倒した。
「……難しいね」
無駄な殺生が増えた、とボクは云ったけれど、それはボクの持っているスキルテストも兼ねていたから、ほんとに無駄というわけじゃなかった。この場合の無駄というのは、理由があればモンスターを殺戮していいのかとか、いわばそういう問題であって、つまるところボクのモラルに関する話だった。
ともかくとして、ボクは狩人Fと戦ったことでボク自身に戦闘技術がないことを身を持って経験した。
この場合の戦闘技術とは肉体の操作技術ではなく、戦闘面においての知識と、判断力の方だ。囲碁とか将棋でいえば、定石を知らずに打っているようなもので、無駄な筋すらもいちいち考えるものだから、読み合い勝負になった場合にボクはかなり不利な状況に立たされる。それを回避するためには最低限、ボク自身の技の癖などを考察する必要があった。
たとえばさっき使ったライトニングアタックの場合、突進力だけみればこれほど優秀なスキルもないけれど、技の発動には片手を上空に突き上げなければならないし、攻撃力というのも現状で通常攻撃の八〇%ダメ―ジしか与えることができなかった。仮にスキルレベルを最大まで上げたとしても、その数値は一八〇%までしか上がらないから一撃必殺には程遠く、発動条件に予備動作が必要となると対人戦では絶対に使えない。使ったが最後、カウンターでやられてしまう。
「無駄にスキルポイントを消費しちゃったかな……」
スキルポイントには上限がある。
上限があるということは、すべてのスキルを完全に覚えきることは不可能ということ。
その貴重な一ポイントの消費……。
いや、どういうスキルかをこの身をもって確認することはとても大事なことだろう。賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶとはいうけれど、愚者であるボクが完全なんてものを、最適解なんてものを求めるのはそれこそ愚かな行為に違いない。
愚直に。
ただ愚直に。
それがスマートな方法じゃなかったとしても。
とにかく、行動しなくちゃ。
だってボクは一人だから。
非効率であったとしても。
非効率だと判っていても、スカイを守るのはボクしかいないから。
愚鈍なボクしかいないから。
自分で、構築していくしかない。
自分で、蓄積していくしかない。
わかってる。
勉強にしたって、趣味にしたって、一人でやるより複数人でやったほうが伸びがいい。
実力ある人から教えてもらえば理解がはやいし、会話を交えることによって客観的に自分を見つめ直す機会だってもらえる。
わかってるよ。
仲間がいたほうが、人はずっと、ずっと強くなれる。
人と交わることによって、連鎖的に強くなれる。
能力的にも。
性格的にも。
総てに於いてだ。
だけどボクは一人だから。
一人のボクが効率なんて考えだしたら、きっとダメになるから。
だから。
だから否定するしかない。
間違ってるボクが、これ以上間違わないように。
正しい理屈を。
正しい生き方を。
なんて無様な人生なんだろう。
そんなの、わかっているけど。
だけどボクにはこの生き方しかないから。
この生き方しか、知らないから。
だから。
「…………音」
音が聞こえた。
とくん、と。
心臓が脈打った。
ボクはスカイの手を引っ張って、走り出す。
山道をスカイと一緒に駆けると、その音はどんどんと大きくなっていった。
どうしてだろう?
どうしてこんなにも、わくわくしてるんだろう?
やっぱり、ボクはまだ子どもだから?
そうかもしれない。
だって、客観的に今の自分を見たら、絶対に子どもだと笑う自信があったから。
ボクは藪をかき分け、視界を広げた。
眩しい白。
それが飛び込んできて。
その後に嘘みたいな青が。
澄んだ青が、視界に広がった。
「……スカイ! 海だ!」




