第一七話 殺してやる
「出てこい!」
と、ボクは樹上に声を上げた。反応はない。仲間が一人倒されたというのに。ウィスパーモードで作戦を練っているのだろうか。とにかく、時間がもったいない。ボクは余剰分のエリクシールを使ってひしゃげた男の子を蘇生させた。男の子は魔術師専用ローブを羽織っており、そのローブの色がINT属の黒系統であるため、その職業が魔法使い<マジシャン>であることに間違いはないだろう。蘇生された男の子は怯えていた。ボクは云う。
「サイドライトを使って」
反応がなかった。
ボクは語気を強めて云う。
「サイドライトを使え!」
数秒後、マジシャンは索敵魔法<サイドライト>を発動させた。展開時のエフェクトとして、マジシャンから同心円状に光が広がっていき、その第一波。光の網にかかった者はいない。索敵結果が正しいなら、ボクたちの近くに敵はいない。そう判断していいはずだった。
だけど突然、ボクたちの背後から敵が現れた。
ボクの注意が樹上に向けられていたから、正攻法に切り替えてきたんだろう。アンブッシュ移動による接近。背後からの強襲。ブラックスタッバーの定石。
ボクは相手の攻撃を喰らった。相手はレベル一〇〇超えの強敵だったから、ボクはその一撃で間違いなく死ぬ。オーバーキルだ。だって、ボクは弱いから。ブラックスタッバーの強襲スキルを耐えきる要素はなんてない。マッシー君たちと同じように、即死。終わり。その予定だったんだろう。ボクの装備を見れば、だれだってそう考える。基本ステータスの差異とレベル差補正攻撃力、それと職業。それらを考慮すれば、ボクのHPが一〇〇〇くらい増えたって、余裕で殺せる。
だけど、ボクは死なない。
薬を飲んだから。
状態異常維持薬、フェリティシール。
ミラー・ボディが、持続されているから。
この躰にはまだ、赤き姫君が循環しているから。
だから、ボクは死なない。
「…………」
視界が赤かった。
気分がとても悪かった。
ボクの周りに、動かない人間が三つあった。
その三つの総てが、ブラックスタッバーだった。
彼らの役割は視線誘導。きっと、レリカがお化けだといっていたのはこの人たちのことだろう。本命はべつだ。樹上にはまだ、ブラックスタッバーが残っている。アンブッシュで隠れているけれど、その人たちこそが本命。
アタッカー。
マッシー君たちを殺した役割を担っていた人たち。
死角からの刺客。
温床。
枢軸。
「退け!」森から声がした。「仲間を蘇生させたい。だから、退け!」
「どうして?」
「どうしてって」
「ねえ、どうして?」
「もしかして知らないのか?」
「なにを?」
「この世界で死んだ後、蘇生させないとどうなるのか。知らないのか?」
「しってるよ」そんなこと、しってる。「アイテムになるんだろう?」
瞬間、森の葉叢から人間が八人、姿を現した。
そいつら全員、魔法を詠唱し始めている。
ボクはただ、待ち受ける。
黒い刃。
鬱閉とした森が保護色となった黒い刃が八つ、中空に現れた。
暗器招来。
それらが総て、ボクに襲いかかった。
だけど躱した。
総て躱して、殺した。
全員。
一人残らず、この剣で仕留めた。
「はあ、はあ」
呼吸を荒げ、ボクは踵を返す。助けた魔法使いがおろおろとしていたけど、無視してこの場から離れようとした。だけどボクは立ちどまって、マジシャンのマントを掴み、引っ張った。風切り音がして、魔法使いのすぐ近くに、暗器が飛来した。
声がする。
武器を投擲された方角を見遣ると、一人のブラックスタッバーがこっちを睨んでいる。
「お前!」その手にはナイフが握られている。「オレたちが何者なのか、知っているのか?」
「知ってるよ。太平維持委員会<オール・ピース>だろ」
姫君が、そういっていた。
主目的は平和の祈願。
念力主義団体。
臨床実験グループ。
殺戮嗜好サークル。
狂った欠片たち。
ボクはブラックスタッバーに近づく。
「近寄るな!」
無視して、近寄る。
「来るな!」
ボクは尋ねる。
「君、蘇生薬は持ってるの?」
「…………」
「答えろ」
「……も、持っている」
「それじゃあ」
と、ボクはそいつを斬り殺した。
それから、最後のエリクシールを使って蘇生させる。
困惑しているブラックスタッバーに、ボクはもう一度尋ねる。
「さっき死んだのは初めて?」
「…………」
「正直に答えて。そうじゃないと、本当に死んじゃうから」
「初めてだ」
「そう」
もう一度、ボクはそいつを斬り殺した。
パープルハーブを使って、蘇生させる。
「お前……! ふざけるな!」
「ふざけてない」
「離せ! 外道!」
「君たちがしていることと同じだよ」
「何が同じものか!」
「じゃあどう違うの?」
「離せ!」
「わかった」
ボクはブラックスタッバーを突き放した。名前は狩人Fらしい。狩人Fはボクを睨んでいる。ナイフの柄を強く握りしめて、ボクを睨んでいる。
「…………!」
唐突に、全身に痛みが走った。
高い痛み。
鋭い痛み。
多分、副作用。
それを堪えて、ボクは云う。
「戦うの? 良い判断だと思う。いま薬がきれたから、今は君と同じくらいの強さだよ」
「殺してやる」
「わかった」
「殺してやる」
「じゃあ、やろう」
「殺してやる」




