第一六話 アンブッシュ
攻城戦に於いてわりとポピュラーに使われている定石がある。それは隠れ蓑<アンブッシュ>という自身の姿を消すことができるスキルを軸にした戦術で、その内容はいたってシンプルである。絶対的な、待ち一辺倒。特定の位置に待機して、ただ敵がくるのをじっと待ち、敵がエリア内に侵入してきたら攻撃を仕掛ける。ただそれだけ。だから攻城戦で使われているこの戦術の役割というのは攻めではなく守りにあった。アンブッシュのスキル使用条件のひとつに、アンブッシュ状態での移動の禁止というものがあるから、その役割ポジションというのは揺るぐことがない。長いことそう思われていたらしい。それが、最近になって変わった。
一人のプレイヤーによって、新システムが考案された。
その戦術は瞬く間にトッププレイヤーたちの間に広がり、アンブッシュを受動的なものから能動的なものへと変質させた。
能動的。
つまり攻め手。
アンブッシュ状態での移動が可能になった。
もちろん、それはあくまでアンブッシュ状態のまま移動<しているように見せかけるシステム>であって、バグ等でアンブッシュ状態での移動を可能にしているわけじゃない。それはクローズアップマジックと原理が非常に似ていて、人の視線を仕掛ける側の意図する方向に集めるという手法と併用された。簡単にいってしまえば、プレイヤーがよそ見をしている隙に移動をくり返し、じりじりと距離を詰めていくというものだ。それだけ訊くとかなりシンプルすぎるシステムだけど、これをそのまま実行するのはかなり困難な理由がある。それは、アンブッシュ状態を索敵する魔法の存在がいちばんの要因となっている。
索敵魔法<サイドライト>は攻城戦、PKエリアでは必須魔法とされていて、各グループに一人索敵を行える職業を配置するというはセオリーではなく常識とまで云われている。そして、索敵魔法の範囲はアンブッシュ能力者のアタック範囲を悠に超えているということ、アンブッシュは索敵魔法にひっかかると二秒間行動が不可能になるというリスクがあるため、アンブッシュを利用して相手との距離を詰めて移動することはかなりの困難を伴っていた。
じゃあ結局どうすればいいの?
それを解決する鍵は、索敵魔法の周期間隔が関係している。
だれがどうやって見つけたのかわからないけれど、索敵魔法は明滅する光のように、索敵できる時間と索敵できない時間とが交互に連続して形成されている。その性質をわかりやすく説明するためによく用いられているのが四分の四拍子だった。拍子とはかいつまむと音楽のリズムを表す言葉で、強拍と弱拍の二つ種類がある。そして四分の四拍子というのは『強拍、弱拍、弱拍、弱拍』という四つの拍子の並びを繰り返す曲のことを指していて、それが索敵魔法の周期と同じになるのだという。つまり、索敵魔法を掻い潜って敵に近づく方法というのは『強拍、弱拍、弱拍、弱拍』のタイミングに合わせて『アンブッシュ解除、移動、アンブッシュ始動、停止』を繰り返すというものだった。どれが強拍にあたるタイミングなのかというのは、索敵魔法のエフェクトを注視すればわかるらしいから、あとは大縄跳びに飛び込むような覚悟さえ持っていれば索敵されることなくアンブッシュで敵に近づくことができた。もちろん、リズムよくスキル発動を行わなければすぐに失敗してしまうから、技術がないと使えないシステムではあったけれど、索敵魔法を展開していても常に周りに気を張っていない状況をつくりだした功績はとても大きく、味方による視線誘導との連携がうまく嵌った時には、アンブッシュは縦横無尽に戦地を駆け巡ることができた。
――と、ここまでがゲーム時代の流れらしい。
敵は、そのシステムを応用して使っていると、ボクは姫君から教えられた。
それはそうだ。あくまでアンブッシュ移動は索敵魔法を掻い潜るための手段でしかなく、索敵魔法を持たない相手にそんな面倒な移動方法をとる必要はない。第一、アンブッシュ移動が攻め手になったといっても、常に姿を消せるわけではないのは先述したとおりなのだから、俯瞰などで視野を広くした場合に――さっき、躰がひしゃげた男の子を<観測したボクの視点から攻撃側の姿が確認できない>のはどう考えても変だった。それは、レリカの証言とも合致する。
マッシー君たちが殺された時、レリカは相手の姿を目視できなかった、と、そんな態度をみせていた。アンブッシュ状態から攻撃を仕掛ける場合、必ずアンブッシュ状態はキャンセルされるから、マッシーさんを攻撃した瞬間には必ずその姿を現さなければならないのに、どうしてレリカは相手を目撃することができなかったんだろう。どうして相手の攻撃方法がわからなかったんだろう。どうしてレリカは逃げることができたんだろう。
ボクは呼吸を整える。
小さく指を動かす。
静かに口ずさみ。
小石を拾う。
一、二、三、四。
一、二、三――。
四。
刹那、小石を上空に向かってぶん投げた。
上空。
そこには繁茂した緑がある。
太い大樹の梢。
そこで、悲鳴があがった。
ボクは駆ける。
空からの落下物。
それを。
その肉を。
この剣で切り裂いた。
ボクの手が真っ赤に染まった。
もう青には戻れない。
だって、スカイはここにいないから。
ボクがその手を離したから。
ここにはいない。
赤いボクだけだ。
ここにいるのは。
一人だけ。
ボクだけ。




