第一一話 トワイライト・ロード
「赤き姫君ってどんな人なの?」
「廃人だよ。ムーンイクリプス全サーバでトップ。完全なるオンリーワンの、絶対的ナンバーワン」
「廃人って?」
「人であることをやめた人間のこと。それくらいゲームに異常な執念を燃やしている人の蔑称で、敬称」
「マッシーくんも、そんな感じだった」
「彼じゃ比較にならない。赤き姫君が全国一位ならば、彼はせいぜい、町内一位。近年の合併推進で分母は大分減ったから、町で一位っていうのも十分にすごいとは思うけど、比較すること自体が間違いみたいなレベルだよ」
「どれくらい強いの?」
「レベル150が廃人と一般プレイヤーとを分ける分水嶺とされているんだけど、赤き姫君のレベルは208」
「二位の人は?」
「たしか189レベル。レベル上げだけしても、追いつくには1000時間は必要かも」
「どんな人なのかな」
「PK魔」
「PK魔?」
「プレイヤーを狩るのが大好きな人種」
つまり、殺人鬼――。
ボクたちはいま、近くの灌木に身を潜めている。本来ならば史上最悪と噂される赤き姫君と鉢合わせてたところだったが、スカイがその存在にいち早く気づいたため、ボクたちはこうして隠れることに成功していた。それは、非常に幸運だったと評価していい。
しかし、状況が最悪であることは揺るがない。
はやくここから離れたいけれど、だからといってうかつに後ろにも行けない。
前門の虎に、後門の狼。
前には極悪非道と評された最強のプレイヤーがいて、後ろにはマッシーさんを一撃で葬る未知がいる。
あわよくばその最悪同士ぶつかってくれればいいのだけれど、どうだろうか。その可能性はひとまず期待しないことにした。とはいえ、こうして適度な距離を保ち続けていれば、万が一の場合に可能性に縋ることは出来るから、ボクは頻りに間合いを測る。
「なにしてるんだろう?」
レリカが呟く。
ボクとスカイ、レリカは身を寄せ合っているから、彼女が喋るたびに吐息がかかった。
ボクは答える。
「なんだろう。ここは高レベルプレイヤーが寄りつくような場所じゃないはずなんだけど……」
「まって、誰かいるよ」
レリカが視線で方向を示した。
男女二人。
男の方はブラックスタッバーで、女の方はハイマジシャンだった。どちらもレベル100を超えなければならないアクセサリを付けている。仲間なのだろうか。赤き姫君はソロプレイヤーだと訊いたことがあるけれど、そのカリスマ性に惹かれているやつは多い。
「白きトーマさんと、エリーさんだって。あのエリーさんの名前、おしゃれだよね。名前を十字架で挟むなんて、思いつかなかったよ」
「そうだね」
「あ、というか君の流れにのって思わず隠れちゃったけど、あの赤き姫君さんって人と話できないの?」
レリカは話半分に立ち上がろうとした。
ボクは慌てて彼女の裾を抑えて、それを制止する。
「無理だと思う」
「じゃああの二人とは?」
「なにされるか、わかんないよ」
「話せばわかるんじゃないかな。だって、こんな世界に閉じ込められちゃった同士だもん」
「レリカさんってMMOだったりとか、チャット付きのオンライン対戦とかあんまりしたことないよね、たぶんだけど」
「うん、あんまりないかな。私、ずっと勉強しかしてこなかったし。このゲームも友達に息抜きってことで誘われたぐらいだからね」
「じゃああんまり信用してもらえないと思うけど、いまはボクのいうことを訊いてほしい」
あの人たちに、近づいたら絶対にだめ。
ボクはできるだけ感情をこめて、そうレリカにいった。
「わかったよ」
彼女の返事は、幼い子を諭すような口調だった。
やっぱり、ボクの言葉はあんまり信用されなかった。
レリカはすっくと立ち上がる。
きっと、話し合いに持ち込もうとしている。
無理だ、とボクは思う。
そして、それはやっぱり無理になった。
だって、白きトーマとエリーが細切れになったから。
物理的に、話せなくなった。
やったのはもちろん、赤き姫君。
多分、発動したスキルの演出だろう。
赤い飛沫が空へと舞い上がって、雨となった雫が彼女に降り注いだ。
ボクは急いで、レリカを引っ張って座らせる。
「……あれ? いま、あれ?」
「黙って」
ボクは彼女の口を押えて、息を殺す。
PKの瞬間を目の当たりにした。
それ自体はさほど衝撃的ではなかったけれど、バラバラになった二人の躰がきつかった。
ただのテクスチャのはずなのに、得も言われぬ不安感を煽った。
「……人殺し」
「まだ、人殺しじゃない」
「?」
「まだ、蘇生可能時間内だから。厳密にいえば、人殺しじゃない」
あんな姿形になっても、この世界では生きかえる可能性があるのだから。
「……助けないと」
「は?」
「それじゃあ、助けないと」
少し驚いたのは、その言葉を予想していなかったから。
「それはいいけど、赤き姫君がいるうちは無理だよ」
「いるうちに蘇生可能時間が過ぎたら?」
「諦めるしかない」
「それじゃあだめだよ」
「あのやられた二人、外道プレイヤーとして有名だよ。正直、そこまでして助ける価値はないと思う」
「これは私の価値観の問題なの。いま助けないときっと、快眠できなくなる」
「疲れていれば、嫌でも眠るよ」
「ストレスがかかれば、嫌でも起きるよ」
「ともかく、今は様子をみるべきだ」
ボクは赤き姫君へと視線を転じた。
赤き姫君は長い髪を飛沫で濡らしながら、地面を見下ろしている。
地面を。
正確には、その二人の遺体を。




