第九話 レリカ
ボクはどうすればよかったんだろう?
なにが最善手だった?
ボクの初手は打った瞬間から生きる見込みのない詰み筋だった。
ならば、別の手を打つべきだった?
考えてみたけど、全部無理筋だった。
オオカミは殲滅した。
一匹残らず。
死屍累々。
それは、ボクが作りだした。
ボクがこの手で葬り、形成した。
散乱する亡骸。
そのなかには彼女もいた。
そうだ、ボクは作りだした。
彼女は、ボクの目の前で無残な姿を曝している。
「ごめんね」
助けてあげられなくて。
こんなボクが彼女にしてあげられることといえば、せいぜい花を手向けるぐらい。
ボクは近くに咲いている花を摘んで、アイテム化させた。
店売り以外だと無駄に珍しい、パープルハーブだった。
「…………パープルハーブか」
そういえば、とボクは思いだす。
オンラインゲームでは基本的に、プレイヤーは不死だ。
何度死んだって、何度でも蘇る。
それはこの世界がゲームである以上、変更することができない、仕方のない要素だった。
しかし、死んだところで蘇ることがいくらでもできるのであれば、戦闘に緊張感もなくなるし、ボス攻略だって容易になってしまう。
そこで設けらたのが、デスペナルティ制度。
プレイヤーは、死ぬ度に罰則を受けるというルール。
このゲームでのデスペナルティは、経験値の減少に加えて、アイテム欄からランダムで三つ床にばらまかれるよう設定されている。通常、人は死んでしまえばそれで終わりなのだから、デスペナルティがそれくらいで済むのは温いのかもしれないけれど、このデスペナルティには救済措置として蘇生可能時間が設けられており、その時間内に他プレイヤーが蘇生アイテムを使用すれば罰則を受けることなく復活することができた。
もう一度、ボクはヒーラーを見る。
名前は……レリカ。
レリカの周りに、アイテムはばらまかれていない。
ボクは思いだす。
前にみた、地面にばらまかれたアイテム群を。
そして、予測する。
もしかして、彼女は死んでいないんじゃないのか?
今はまだ蘇生可能時間内であって、完全に死んだわけじゃない。
その証拠に、デスペナルティである保有アイテムのドロップがない。
ボクは手元を確認する。
そこに蘇生アイテムがある。
デスペナルティを解消するアイテム。
プレイヤーを死の淵から呼び戻すアイテム。
パープルハーブ。
「…………」
ボクはぽい、と彼女にそれを投げつけてみた。
数秒後。
彼女は眩い光に包まれた。
「いやー、面目ないですー」
と、レリカは相好を崩した。
屈託のない笑顔で、どこか、社交性が感じられる相貌をしている。
そこまで長くない髪を頭のてっぺん辺りで結んでいて、おでこも割と露出しているからかもしれない。とても活発な印象を受ける。明るい人間をすこし苦手とするボクだけど、彼女に対してはそこまで嫌な印象は受けなかった。
多分、ボクに優位性があるから。
恩を一度、投げつけたらから。
それこそ文字通りに。
「……どうしたの? 私の躰、じっと見て」
「やっぱり、ライフが回復すると躰の損傷も治るんだね」
レリカが死んだ時、その躰はボロ雑巾のようにズタズタになっていたけれど、自然回復をしていく毎に擦傷、裂傷といった創傷はみるみると治っていった。
部位によってはかなり酷い有様になっていたから、たぶん、やっぱり全回復さえしてしまえばどんな傷だって癒えてしまうのだろう。
これは良いデータを収集できた。
そしてなにより、死んでも、蘇生できる可能性があるということ。
それは、かなり重要な情報だとボクは思った。
「なんか、変なこと考えてない?」
「べつに、変わったことは考えてないと思うけど」
「……そう」
「……?」
わからないけれど、なんとなく、ボクは彼女から視線を切った。
そのついで、ボクはリュックを背負い直して立ち上がる。
レリカに向けて、手を振る。
「それじゃあ、気をつけて帰ってね」
「え゛っ!」
「いますごい声が聴こえたけど」
「ま、まって。か弱い乙女を一人、ここに置いていくつもり?」
「か弱い乙女?」
そのフレーズが嫌に面白い響きをしていたから、笑いそうになった。
ごまかすように、ボクは返答する。
「ボクだって、か弱い乙女なんだけど」
「君、女の子なの?」
「そうだけど」
「ネナベ?」
「ボクも、このキャラも、性別は男じゃない」
「嘘だ」
「しょうがないなあ……」
仕方がないので、ボクはアイテム欄からネコミミカチューシャを選択して、装備。
「あはははははははは!」
爆笑された。
なんだか、とても汚れた気分になった。
「じゃあボク、いくから」
「ああ、ごめん、ごめんなさい。可愛い、すごく可愛かったから」
「…………」
「あーもう、ほんと可愛かった」
「べつに、そういう言葉は求めてない」ボクは嘆息して続ける。「とりあえず、このキャラが男じゃないって判っただろう?」
「……どうして?」
「どうしてって、ネコミミカチューシャは男じゃ装備できないアイテムだから」
「性別で装備でないアイテムがあるんだ。ふうん、すごいね」
「なにが?」
なにが、すごいの?
「よくわかんないけど、すごいなって!」
「そうだね」
ボクも、なんだかよくわらなくなってきた。
これが天然という性格なのだろうか。
すごい魔力だとボクは考える。
「それで? レリカさんは一人で帰りたくないってこと?」
「あったりまえじゃない!」
「胸を張っていうセリフではないね」
「お願い、みんなと合流するまででいいから」
「合流?」
「ミルミルちゃんと、マッシーくん」
「その二人はどこにいるの?」
「多分、町じゃないかな? 今頃こっちに向かってる途中かもしれないけど」
「こっちに? どういうこと?」
「二人とも、死んじゃったから」
「じゃあ、無駄だよ」
「無駄?」
「すくなくとも、この世界には二度と戻ってこないよ」
「どういうこと?」
「本当に死んでるんだよ。まあ、この世界に復活ができないってことをそう呼ぶなら、だけど」
「……え? どういうこと?」
「いったままだよ」
「二人にもう会えないってこと?」
「多分、だけど」
永遠に。
ずっと。
ボクは、いう。
「死んだよ」
本当に。




