孵化
風がそよぎ、梢が揺れる。
葉がひらり、ひらりと舞って、スカイが鳴いた。
その声は弱くて、儚い。
まるで泡沫のような、そんな脆さと、美しさをボクに想起させる。
そんなスカイの声に、わずかな変化が訪れた。
消え入りそうな声の中に、小さな力強さが混じり始めていた。
咽喉の発達に伴い、スカイは子供らしさを失くしていく。
ボクも。
ボクのこの躰も、もうすぐ大人になる。
その時、ボクに訪れる変化とはなんだろう?
ボクが、失くすものとはなんだろう?
わからない。
ただ、寂しいという気持ちはあった。
子どもは大人にはなれても、大人は子供にはなれないから。
その答えが判る時にはきっと、ボクは大人になっている。
大人になんて、なりたくないのに。
それなのに、ボクは大人になるしかなかった。
答えを知るために、大人になるしかなかったんだ。
そういった、矛盾が。
そういった、理不尽さが。
子どものボクには……とても、悲しく思えた。
スカイは、ブルークラウドというドラゴン系モンスターの子どもで、ブルークラウドは一ヶ月前の大型アップデートで追加された天空英雄墓地マップに棲息している。ボクが初めてそのマップに足を踏み入れたのは、実装後、十日ほど経ってからのことだった。
十日も経つと、新規ドロップを集めにきた廃プレイヤーや、新規クエストを消化にしにきた一般プレイヤーもきれいさっぱり消えていた。きっと、経験値効率が悪いから、みんなはどこかに消えた。
一体一体の経験値はたしかに高いけれど、モンスターを倒すには中位攻撃スキルでも3セットかかったし、なにより湧きが甘い。ボクがだらだらと計測した結果、人気の狩場と比較した際に一時間で8000EXPほど差が開いた。このゲームは他のMMOと比べてレベルアップに必要な経験値が多いため、その差はレベル上げを目的とするプレイヤー達の瞳にかなり大きく映ったのかもしれない。
だけど、ボクは効率なんてものから程遠いところにいたから。
だからずっと、このエリアで狩りをしていた。
もともと、誰かとプレイしていたわけじゃない。
誰かに憧れて、追いつくためにプレイしているわけでもない。
欲しいアイテムがあるわけでも、倒したい敵がいるわけでもない。
澄み切った青空を、ボクは眺めていたかった。
その為に、ボクはブルークラウドを殺し続けた。
ボクにとってブルークラウドはスキル3セットできっちりに死ぬモンスターであって、これ以上にもこれ以下にもなることはない。
たぶんずっと、ボクはここでブルークラウドを殺し続けるんだろう。
そう思ってた。
ボクにとってそれは意味のない行為だったけれど、意味のない行為だったからこそ、永遠に続くものだと思ってた。
だけど、やめた。
殺したブルークラウドが、卵を落としたから。
レアドロップだ。
希少性だけのレアドロップ。
ブルークラウドはペットモンスターとしての補助スキルが終わっている。
だから、こいつをペットに選ぶやつなんてまずいなかった。
いても、サブアカウント用。
装飾品。
愛玩動物。
それくらいの価値。
ボクは持っている素材を合成させて、孵化させる環境を整えた。
それから卵をドラックして、環境アイテムにドロップ。
ブルークラウドをペットにしますか?
はい、とボクは答えた。
その瞬間、目の間に小さな青い龍が現れた。
目がくりくりしていて、可愛いやつだった。
小さな青い龍は消え入りそうな声を上げて、ボクの胸に頭を擦りつけている。
ボクに甘えている。
親を殺したボクに。
笑おうとした。
だけど、この躰は汚れているから、うまく笑えなかった。
ボクはこいつに名前をつける。
スカイ。
この綺麗な空から産まれたから。
この綺麗な空のように育ってほしいから。
スカイと、ボクは名づけた。