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焔の虹翳  作者: 木邑葉月
1/8

邂逅

初めて完結させる事が出来た思い入れのある作品です。

昔に書き上げたので、少し手を加えながら投稿していきたいと思います。

楽しんで頂けると幸いです。

今は昔、京の都には大江の山に棲む鬼が度々現れ、人々から恐れられていた。噂に名高い酒呑童子や茨木童子を筆頭に、鬼どもは家畜を殺し娘を攫い、赤子を喰らい多くの命を奪っていった。だが、かの頼光が討伐の為に大江山を攻めてからは、鬼達はその数を大幅に減らし出没の噂を聞く事は少なくなった。運良く難を逃れた数少ない鬼は散り散りになり、津々浦々の人里離れた山奥に隠れ住み生き長らえていた。



 時代は流れ、国の中心が東に移されて久しい天下泰平の世の中。かつて栄えた都より十里ほど南下した所に、ひとつの町があった。山間(やまあい)にある小さな町だが、京や江戸へ上る道中にあるので旅人や飛脚達が足を休める宿場町として賑わっていた。また諸外国との貿易港が近い為に、南蛮の珍しい着物や装飾品などあらゆる品々が溢れ、人も町も活気に溢れていた。


 そんな町を囲む山の一つに「篝山(かがりやま)」と呼ばれる山があった。篝山には大江の鬼の生き残りが移り棲み、町の平穏を乱していた。鬼達は時折町に降りてきては家畜を、時には町民をも襲い、人々を戦慄させていた。その悪行に耐えかねた町の人々は自警団を結成し、鬼に対抗するべく尽力を注いでいるのであった。


*****


 その夜は雨が降っていた。叩きつけるような豪雨の中、町にはその激しい雨音にも負けない程の怒号が響いていた。一匹の鬼が現れたのだ。人々は騒然となった。

「いたか!?」

「こっちにはいない!!」

「かなりの深手を負ってるはずだ。そう遠くへは行けまい。」

「探せ!!!」

 陽も落ちた上に厚い雨雲が空を覆った暗がりの中、奔走する自警団の男達を横目に家路へと急ぐ一人の男がいた。店の遣いの帰りでこの騒ぎに出くわしたのだが、男達に加わる事もなく、手に持った提灯で足元を照らしながら差した傘で顔を隠し、人目を避けるように歩いていた。歳の頃は二十二、三。仕立ての良い藍色の袷に紺の羽織を着た青年であった。

 青年が裏路地へ入ろうと道を曲がると、家屋の陰に人が倒れているのが見えた。浅い呼吸と共に、雨に紛れて赤いものが地面を流れて行く。

 大丈夫か。そう声をかけようと青年が近寄ると、持っていた提灯が倒れていた男の姿を映し出した。赤い髪、黒い角、派手な着物に顔中に刻まれた紋様。

 鬼だ。町中が血眼になって探し回っている鬼に違いない。足元にまで流れてくる血は、おそらく追われている時に切られたのであろう。肩口から足元に掛けて左半身が真っ赤に染まっている。

 青年は無言のまま鬼を見つめた。傷ついた鬼も青年の気配に気付きゆっくりと振り返った。獣のような警戒心を剥き出しにして、鬼は青年を睨み威嚇した。緊張感が二人を包む。

 鬼は、睨めば青年は怯えて逃げ出すものと思っていた。その間に再び姿を隠すつもりだった。しかし青年はそこを一歩も動こうとしなかった。度胸があるのか、それとも身がすくんで動けないだけか。青年の表情からはその真意は見えなかった。鬼はしびれを切らし、ニヤリと笑った。そして人を呼ばれる前に余所へ身を隠そうと、壁に寄り掛かりながら立ち上がった。

 その時、青年は意外な行動に出た。よろめく鬼に肩を貸し、その身を支えたのだ。

「…何してやがる。」

「別に。」

「俺は鬼だぞ。」

「見れば分かる」

 青年はそのままゆっくりと歩き出した。

「ああ、なるほどな。このまま仲間のトコに突き出すってか。さっきから町中の奴らがやかましく叫びまわっていやがる。アンタはお手柄ってわけだ。」

「私の部屋に行くだけだ。血止めの薬くらいは塗ってやる。」

 鬼は訝しげな視線を送る。

「…どう言うつもりだ?」

「別に。ただ、多勢に無勢が気に入らないだけだ。人間(ひと)であれ、鬼であれ。」


 人目につくからと提灯の明かりを消し、お互い無言のまま、人気のない裏路地を抜けて青年の家に着いた。周りの家よりも二周りほど大きく立派なその家の勝手口を通り、家人に見付からないよう庭を伝って青年の部屋に入る。幸い、通ってきた道に落ちた血は雨が洗い流してくれるだろう。

 広い庭に面した殺風景な二間続きの部屋の縁側に鬼を座らせ、青年は自身の水気を簡単に拭くと言葉通り傷の手当てをし始めた。傷薬を塗るために手ぬぐいで雨と血を拭こうとする。鬼はそれを押しとどめて言った。

「放っておけ。俺達はお前らと違って、薬なんざなくてもこんな傷すぐに治る。」

 鬼のその言葉は嘘ではないらしく、あれほど激しく出血していた傷も俄かにふさがりつつある。新たにじわりと滲んだ血を手で掬い舐め取る鬼を見ながら、青年は納得した。

「そう、か。余計な世話だったようだな。だが、包帯くらいは巻かせろ。部屋に血の跡を付けたくない。」

 そう言う青年の目をまじまじと見て、鬼は観念したように腕を差し出した。

(表情の乏しいヤツだな。)

 鬼が自分の肩に包帯を巻く青年を観察していると、家の外が騒がしくなってきた。

「奥の部屋へ入れ。」

 青年は手早く包帯を巻き終えると、鬼に指図する。縁側の木についた血の跡を拭き取り、手ぬぐいと薬箱、包帯の残りなども奥の部屋に隠す。

「おい、何だってんだ。」

「命が惜しければ声を出すなよ。」

 そう言って青年が襖を閉めるのとほぼ同時に部屋の外で声がした。

「雅臣!!入るぞ!!」

 言うが早いか、体躯の良い男がずかずかと部屋に入ってきた。

「お帰りなさい。義兄にいさん。」

「変わりはないか?」

「はい。」

襖の隙間からその様子を覗いていた鬼には、入ってきた男に見覚えがあった。自警団に囲まれた時にその場を仕切り、やたら偉そうに周りに命令していた男だった。どうやら青年は自警団の頭領らしき男と知り合いであるようだ。

「髪が濡れているな。」

「店の遣いで外に出ていたものですから。今宵はすごい騒ぎですね。」

「逃げ足の速いヤツめ、もう少しで仕留められるところだったものを。雅臣、お前も気をつけろよ。傷ついた体を休める為に民家に入ってくる可能性もある。」

「気をつけます。」

「見かけたらすぐに人を呼べよ。」

「はい。必ずお知らせします、義兄さん。」

 鬼は、青年が自分の事を告げるのではと身を硬くした。しかし彼は何も言わず、表情すらも崩す気配がなかった。

「義兄さん、今夜はずっと見回りを?」

「無論だ!!絶対に逃がさん。必ず取り押さえて、今まで殺された奴らの敵をとるのだ!」

 男はそう息巻いて部屋を出て行った。ドスドスという大きな足音が遠のくと、雅臣と呼ばれた青年が口を開いた。

「今夜はここから出ない方が良さそうだな、鬼よ。」

 鬼は足で乱暴に襖を開けた。

「てめえ、一体何のつもりで俺を助けた?・・・・・・・・・・・・何考えてんだ?」

 雅臣は一瞬迷うような瞳をした。

「・・・さっき言った通りだ。一人を大勢で囲んで嬲る趣味はない。それだけだ。」

「俺は今すぐにでもてめえを殺すかもしれないんだぜ。」

 鬼の爪がきらりと光る。互いに真意を探る視線が交錯する。

「・・・・・・お前の事を義兄(あに)に言うつもりはない。だが勘違いするな。町を襲うお前達鬼を許すつもりもない。明日になれば山へ帰れ。そして二度と町へ降りてくるな。」

 雅臣は庭に面した障子を閉め、外から中の様子が見えないようにした。

「休むならば奥の部屋を使え。余分な布団はないが、少なくとも雨風は凌げるし誰かに見付かる事もないだろう。私が信用できなければ今すぐ出て行っても良い。好きにしろ。」

 そう言うと雅臣は新しい着物を足元に投げて寄越し、自身も乾いた着物に袖を通す。そのまま文机に向かい、書き物を始めた。

「もしここにいる積もりならば濡れた着物で歩き回るな。」

 鬼は呆気に取られ、釈然としないまま足元の着物に手を伸ばす。さらりと肌触りの良い麻の着物だった。ちらりと横目で雅臣を見ると、黙々と筆を進めている。肩透かしを食らった気分で言われた通りに奥の間へ行き、流石に無防備に横たわる事はなかったが、部屋の隅で体を丸めて眠った。


 翌日、家の者が目を覚まさぬうちに雅臣は賄所へ行き、米を握って鬼へ持っていった。

「おい、鬼。起きろ。」

「起きてるよ。」

 片膝を抱え蹲っていた鬼が顔を上げた。

「傷を見せてみろ。」

 鬼は鬱陶しそうに着物の合わせを開き、傷があったはずの場所を見せた。そこにはうっすらと跡が残っているだけだった。

「言っただろ?俺らの回復力をお前ら人間のと一緒にすんな。」

「・・・・そうか。」

「驚かねぇんだな。」

「驚いているが?」

「・・・・・・・・・・・・・もう少し表情筋鍛えろ。」

 微動だにしない雅臣の様子に鬼はクツクツと笑い、雅臣の肩を叩いた。

「鬼。一応食事を持ってきたが、食べるか?」

不知火しらぬい。」

「?」

「俺の名だ。不知火。鬼、鬼と呼ぶんじゃねぇ。」

「不知火・・・・・」

 雅臣はじっと不知火の顔を見つめた。

「有明の海に浮かぶ龍神の炎か。・・・・・・・・良い名だ。」

 そう言うとふわりと柔らかく微笑んだ。先程までの表情とは一変した雅臣に軽く衝撃を受ける。。

「・・・・・・・・・・・ちゃんと笑えるんじゃねーか。そうしてた方が、悪かねぇぜ。」

「何がだ。」

「いや、色々有難うな。・・・雅臣。」

 名を呼ばれた瞬間、雅臣の目が驚いたように見開かれた。

「そんなに驚くことねぇだろう。お前の兄貴がそう呼んでるのを聞いただけだ。」

「・・・・食べたらすぐに山へ帰れ。ここもお前にとっては安全とは言えまい。二度と町へ現れるな。」

 複雑そうな顔を逸らし文机に向かう雅臣を見ながら、不知火は受け取った握り飯を頬張った。

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