10/17/01:45――フェイ・楽な仕事
徹頭徹尾、何がどうであれ彼らの会話に耳を貸そうなどとは思わなかった。
狩人になったばかりのフェイは知名度としては最低ラインだ。そのため彼ら、ランクC狩人〈意気消沈〉とランクD狩人〈儚い人の夢〉が彼女を知らなくても無理はない。後で知って驚くのだが知ったことではなかった。
耳を貸していないとはいえ、会話は聞こえている。それを遮断するほどにフェイは無謀ではないが、口を挟もうとは思わない。何故ならば、つまり、その会話の悉くにため息しか出ないからだ。
現実としてわかりきっていることを疑問にして、情報から導き出されている答えを議論する。明確であるのにも関わらずわからないと首を捻る行為自体がフェイにとっては無駄だ。
――現役狩人はこんなものかしら。
ゴシックと呼ばれる服装は変わらず、ぴくりとも動かない無表情を顔に貼り付け思う。認定試験の時もそうだったが、どうもランクに依存し過ぎている部分があるのか、相応の実力が見られない。この程度で依頼の代行者を名乗ることができてしまう世間の程度が低いのかもしれないな、とすら思った。
そうは思っても、どうしたって口を挟む機会がきてしまう。
それは鷺ノ宮邸に到着して間もなくのことだった。
「おい、待て。監視カメラが稼動してるぞ。どうする」
「依頼は調査だろうけど、映るのは避けてえな。俺らは犯罪者だ、記録に残りゃ摘発されちまう。鷺ノ宮の端末は一般領海に繋がってるか?」
「調べなきゃわからん。ファム、電子戦は?」
「一応は伯爵位を貰ってる。ネガティはどうなんだ」
「さすがに公爵位には届かないな。だが一先ずは探るしかないだろう」
「――」
無表情のまま盛大に吐息。それから。
「時間の無駄よ。意味がないわ」
「あァ?」
「わからないようなら繰り返すわよ? 時間の無駄で意味がないわ」
「どういうことだルーキー。お前が――」
「どうでもいいわ」
左手を振り、言葉を遮る。本当にどうでもいい。
この場所に到着した時点で既にこの場所が終わっていて、生物と呼ばれるものの悉くが感じられないのならば、それが結果だ。監視カメラなど稼動しているだけで、誰もいないのなら映りこんだところで内部に這入ってから改竄でもすればいいだけのことだろう。
監視カメラの数は十三、そのどれもが死角を失くすよう可動式であるが、だからこそ一秒前後のタイムラグで死角が逆に発生してしまっている。だがそれも平面での話であり、立体としてカメラの映る位置を考えれば上空は隙だらけだ。
それに。
彼らは気付いていないが既に二人分の足跡が屋敷へと向かっている。この痕跡を消すのがフェイの仕事だ。
――が、けれどでも。
内部で何が起きたのかを確認するのも必要だろう。
「私は映像記録用の機器を所持していないわ。調査記録はそちらに任せるけれど、時間がないことを再確認しておきなさい」
「てめえ、黙って聞いてりゃ――」
「黙るのはそちらよ。この程度の依頼で無駄な時間を費やすほど私は暇ではないの」
直後、フェイは一歩を踏み出して宙を待った。
門から玄関口までの距離はおよそ二十メートル。二秒もあれば――ほら、到着だ。木木を掻い潜るように、障害物を飛び越えるように、既に開いていた玄関の扉に白の手袋をつけた手で触れるよう――痕跡を消して――内部に這入った。
まずは死臭が鼻につく。慌てていたらしい無造作な足跡を軽く消しながら辿ると、しかし反転して外へ戻るはずの足跡が途中で消えていた。
――鷺ノ宮に連なる人間関係を一度洗う必要もあるわね。
死臭がより濃い方向へ、つまり足跡を辿るようその部屋に至る。二階や三階、他の部屋など見る必要もあるまい。それこそ蛇足のようなもので、フェイの痕跡が残ってしまうことになる。その辺りを表の現役狩人が理解していればいいが。
そして。
「見事ね……」
感嘆の吐息すら落とし、けれどやはり表情を変えずにその黒色の部屋を見た。
何もない、いや肉片一つない部屋は十人以上の血液によって埋め尽くされている。だがその最中、一人の女性だけが不完全な格好でありながらも、原型を留めていた。
若い風貌だ。おそらくは長女の鷺ノ宮散花か。
――それにしても苦しいほどの魔力が残留してるわね。
外気に含まれるものに酷似してはいるものの、濃度が違いすぎる。まるでこちらは原液をそのまま使われたようだ。
残滓として僅かに感じられる程度ならともかくも、既に終わっている場所でこれほど残留しているのを、フェイは初めて経験した。
部屋の中に足跡はない。懸命な判断だ――が、あるいは踏み出せなかったのかもしれないし、踏み留められたのかもしれない。
――鷺ノ宮の血縁者全員、と捉えるべきかしら。
何が起きたのかはまだ定かではないけれど、この状況を人間が作り出すことは不可能だ。自然現象のように、見えざる手が働いたと考えて間違いないだろう。
だとすれば、フェイの手には余る。
ここは中心点なのか、それとも被害箇所の一つなのか。
全体を俯瞰してみなければわからない――が、今ここで現在の情報を収集しようと法式を稼動させれば、可能性としてまだ這入ってこない現役狩人に感付かれるかもしれない。それは避けておくべきだ。
――私も足を踏み入れないわよ。
どうせ陽が昇った時刻には警官が立ち入るだろう。あるいは馬鹿な二人が這入るかもしれないが、知ったことではない。
ポケットから携帯端末を取り出し、イヤホンマイクを装着して発信する間も、まるで釘付けになっているかのよう視線は室内に向けられたままだった。
『狩人非公式依頼統括所Rabbitです。認定コードを口頭して下さい』
「――ニャンコを出しなさい。それとも手が離せないかしら?」
定型句から始まった会話も、どう対応するかとフェイが考えるよりも早く声色を同じくして、言葉の雰囲気ががらりと変わった。
『あらフェイ、どうかしたかしら?』
「依頼達成の報告を――ああ、私のよ。他の二名はまだ外ね。錬度が低いわよ」
『それをこちらに言われても対処できないわ。達成報告は受理、本題を』
「性急ね。忙しいのかしら?」
『ええそれはもう、貴女からの連絡を早く切りたいから忙しいのよ』
「あらそう。一応問うけれど、報告はニャンコで良かったのかしら?」
『その呼称は止めなさい』
「依頼主はソプラノだけれど、わかりきっている現状を報告されても悔しいだけでしょう?」
『……本題を』
「本当、つれないわね。――ベルとマーデがどうしているか、掴んでいて?」
『狂壊の仔の一人である貴女にわからないのならば、私にもわからないわ』
「……つれないわね」
『他は?』
「ないわ」
言った途端に通話が切れた。形式上、依頼達成の報告くらいはしておくべきかと思っての連絡だが、それにしたって邪険にし過ぎだ。彼女はフェイを含め、特にベルを嫌っているらしく、いつもこんな感じなのだが、実際のところフェイはまるで気にしてはいない。
それに――どうやら回線それ自体は混雑していないようだ。となると、鷺ノ宮がこうなっている現状を知らない人間が多いのだとわかる。いやこの時間帯なのだから動いている人物が少ないのは当然だが。
――けれど。
この状況を見ていて悪いとは思うけれど、フェイにしてみればたかが鷺ノ宮家が崩壊しただけに過ぎない。確かに表の流通関係は混乱に陥るが、一年もせずに安定するだろう。しかし現実として過敏な反応があったとなると、別の因子が混入していると考えても良い。
つまり、これが鍵となって何かが大規模でかつ水面下で進行している、と。
フェイと同様に、他の連中も何かしら動いていると考えて間違いはない。あるいは外気の魔力波動もこれが原因なのだろうか。
「……?」
着信があった。無音で振動もないのに気付いたフェイはそのままディスプレイの表示も見ずに繋げる。
「ハイ」
『こっち、橘の邸宅を爆破したとこ』
「鷺ノ宮邸内部よ」
明かされたぶんの情報を提供する。彼らは仲間ではなく、同業者だ。あるいはお互いに殺し合ってもおかしくはない間柄か。
『たぶんそこが起点だ』
「たぶんもおそらくもいらないわ。ここが起点よ」
『コンシスは野雨に居るぜ』
「マーデもいるわ」
『けど』
「ええベルの所在がまだ掴めない。この状況下で動いていないはずがないのに」
吐息が落ちる時間だけの沈黙が落ちた。
「イヅナの誘導は間に合ったかしら?」
『さっき連絡入れた。今はベルのセーフハウスだとさ。あんま持続すんなとは言っておいたが、ありゃ聞かねえな。けどさすが、野雨全域を探ってるぜ』
「学園方面、それと芹沢企業の動きは?」
『芹沢へは……たぶんベルが連絡を入れたみたいだな。俺が打診した段階ではそんな感じだった。学園方面は探れないと、イヅナが首を傾げててな、今向かってる。もっとも俺にしたって敷地内に這入ろうとは思わねえけど、あの場所は――VV-iP学園は何もねえだろ。今のところはな』
「武術家の動向は掴んでいて?」
『静かなもんだぜ』
「そう。情報量は同等と考えても良さそうね」
『おいおい、そっちは核心にいるんだろ?』
「いてもいなくても同じよ。一家惨殺――いえ、殺されたと表現するのがおこがましいと思うほどに、跡形もないわ。あるのは血だけよ」
『……見事なもんだなそりゃ』
「術式、法式の使用痕跡はないのだけれど、魔力だけは残留してるわ。原型を留めているのは一人、おそらく鷺ノ宮散花ね。まだ若いわ」
『情報の共有するか?』
「しても、私は依頼がなければ動かないわ」
『オーライ。そりゃ俺だって同じだ。基本的にはな。じゃあ鷺ノ宮の人間関係はこっちで当たっておく』
「橘一族の所在は?」
『手が空いたらそっちでやってくれ。フェイのが俺より適任だろ』
「……そうね」
『んじゃま――』
「ああ、そうだ。一ついいかしら」
『――あ?』
「世界公式電子戦の爵位、アブは何だったかしら」
『なんだったっけな……ああ、公爵位の端末に侵入した経験はあるな。足跡残してねえから、非公式になっちまうが。それがどうした?』
「いえべつに。伯爵位のコードを見た時に落胆してから触れてなかったから、少し気になっただけよ」
『あっそ。んじゃ適時連絡入れろよ』
「ええそうね」
そんなものかと、二度の連絡が終わった頃にようやく足音を消し、けれど空気を揺らして二人が這入ってきた。あちこちに視線を投げて警戒している様子にため息が出る。
「――警戒する必要がどこにあるのかしら」
ようやく、現場から視線が逸れる。
「ここには貴方たち以外に誰もいないわ。居ないと確信が抱けないのが何故かと問いたいくらいよ」
「……おい、てめえ、本当にルーキーか?」
「知ったことではないわ。私の仕事はもう終わったし報告も済ませた。後は勝手になさい」
この死臭に気付かないほどに馬鹿な連中に付き合うだけ無駄だ。
するりと二人の間を抜けるようにしてフェイは外へ向かった。もうこの場所に用事はない。
終わった場所になど、最初から仕事でもなければ立ち寄ろうなどとは思わない。
フェイはいつだとて、過去に塗りつぶされ未来を迎合する現在にしか興味がないのだから。




