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ハジマリの場、オワリの所  作者: 雨天紅雨
■2041年
95/790

10/17/01:35――アブ・橘宅の炎上

 野雨市の湾に近く、湾が一望できる場所に橘邸はある。

 暗殺代行者(キルスペシャリスト)と呼ばれる職業の中でも忌み名とされる橘は本邸を野雨に構えながらも、しかし駐在することの方が少ない。現行、つまり当主はまだ高校を卒業したばかりの女性の(れい)だ。彼女の両親は国外で隠居暮らしとは名ばかりの傭兵をやっているらしいが、少なくともアブは顔を合わせたことがない。

 ――誰かいるのかねえ。

 邸宅の庭に這入ってすぐに煙草に火を点ける。先日に狩人認定証(ライセンス)を受け取って間もないアブだが、心構えも実力も充分に熟練狩人として謳えるだろうことは今期認定試験における別の物語で語られていることだろう。

 ただ、どうしてこのタイミングで橘邸を壊さなくてはならないのか――その必要性、つまり鈴ノ宮清音ことソプラノの考えがアブにはまだ掴みきれてはいなかった。

 わからなくても仕事ならばやるしかない。

 ここまでくる間に情報収集を兼ねて携帯端末から一般領域にアクセスして状況を確認したが、余計にわからなくなった。何しろ、まるで関係がないのである。

 ――むしろ、波紋を余計に大きくしようってな。

 違う石を投げ込む行為に限りなく近い。それが目的ならば頷けるし深読みしなくて済むぶん楽だが、予断は許されない。常にだ――アブは予断などしない。

 ――いねえか?

 どちらでも同じかと半分ほど灰にした煙草をひょいと前方に向かって投げた。

 直後。

 屋敷は爆発音と共に炎上した。

 火の特性を持つ魔術師であるアブは、空気中の可燃物質を屋敷の内部ないし範囲に凝縮し、そこに火種を投げただけだ。この行為には何の疲れもない、日常の延長のようなものでしかなかった。

 けれど。

「ひどいなあ」

 背後から声、それよりも早く首筋にナイフが突きつけられていた。

「――やるじゃねえか」

 頚動脈に数ミリも違わず突きつけられた小型ナイフ。

 しかし、首とナイフとの間には既にアブの持つ細身の剣が差し込まれている。

 一手目は肩を並べた。この状況で対応できたことが先手になったなどと自惚れるほどにアブは楽な道を歩いてきてはいない。

「聞いたことのある声だな。つーことは、あれか。次女の(なな)か。喫茶SnowLightにいたよな」

「……そっちは誰?」

「狩人だ」

 だからこれも依頼だと続けて先にアブは剣を収める。小型ナイフが相変わらずの位置であってもだ。

「狩人? 子供が?」

「――……ああ、そうかそうか忘れてた」

 確かに子供だよなあと思う。日本中の錠戒を潰して回ったため仕事用のツナギだが、見た目でも年齢でも子供の範疇だ。

 けれど、己が子供である状況に身を置いていないためよく忘れる。

「背の丈も一六八はあるんだぜ? ま、野郎にしちゃ小さい方か」

 けれど、でも。

「狩人に年齢は関係ねえだろ」

 ポケットから取り出して何でもないように煙草へと術式で火を点ける。視線はずっと炎上する屋敷にしか向けられてはいない。

「堂堂としてるなあ」

「怯えるか逃げるかを選択しろってか? そういうふうには育てられちゃいねえよ」

「どうしてこんなことを?」

「依頼だからって言ったぜ」

「依頼なら何でもやるわけ?」

「引き受けた依頼なら何でもやるぞ」

「じゃあどんな依頼でも引き受けるわけじゃないって?」

「できない依頼だって引き受けるさ。俺たちは誰かに託すって依頼も仕事の内にしてる」

「――君は、誰?」

「それも狩人だと言ったはずだぜ」

「名前は?」

「お前は橘七だな」

「あたしじゃなく、君の名前を聞いているんだけど、答えたくないの?」

「答えずとも俺はここにいるぜ。それ以上の証明が必要なのかよ」

 情報に疎いことから裏社会にそれほど馴染んでいないのが伺える。いや事前情報で既に、暗殺代行者として七が働いていないことなど知っていたし、更に言えば橘という立場に甘んじて自ら積極的に立ち位置を確保しようとしていないこともわっていた。

 けれど、更なる情報を引き出そうとアブは曖昧な返答をしている。いや曖昧ではないか――知っている人間なら言わない、いわゆる愚問ばかりを投げかけられているのだから。

 少なくとも橘零との繋がりがそれほどない事実が掴めている。零はベルへの接触があり、その繋がりでアブも顔を知っている間柄だからだ。

 吐息が一つ。金属の香りが喉元から消える。

「あーあ、燃えちゃったか」

「俺を恨むのは筋違いだぜ――と言いたいところだが、まあ筋は合ってるか」

「や、べつにどうでもいいけどね。寝床くらいは確保しとこーかと思ってるけど」

 横に並んでも、視線を投げられてもアブはやはり炎を見る。

 目が反らせないわけではない――ただ、七に対してお前の方が優先度は低いのだと示したかっただけだ。

「暢気なもんだな」

「寝床に拘泥しないもん。で、依頼主は誰なの? どんな馬鹿だって橘の邸宅は壊せなんて言わないと思うけど」

「どれほど賢ければ言うのか知りたいところだ。俺の依頼が邸宅の破壊だって?」

「うん。だってあたしに殺意向いてないし」

「殺意がなくたって人は殺せるぜ」

「じゃあなんで殺さないの?」

「殺せない、かもしれない」

「そうかなあ」

「殺さない、だろう?」

「へ? あーうん、あたしはね。殺せないじゃなく、殺さない。仕事は姉さんがやってるし、あたしはこういう仕事ってあんま好きじゃないのよねー」

「仕事に好き嫌いなんてあるかよ」

「生き様くらい己で選ぶべきだと思うけど?」

「選ぶのは行く道だけだ。生き様なんてのは他人の評価と同じさ。アルコールと一緒に飲めば次の日には消える」

「己に対しての望みってないわけ?」

「自己評価と、他人にこう見られたい希望を一緒にするなよ。そいつはただの願望だ」

「でも他人の視線がなくちゃ己も磨けないでしょ?」

「己を磨くのは他人の視線のためじゃなく結果を出すためだろ。バニーガールだって視線を集めるよりチップを集める」

「結果は客観視されなきゃわからないよ?」

「客観の数だけ結果があると言えば単位は貰えるんだけどな」

「その単位は他人から与えられるものでしょ?」

「認定するのは他人だが不満を零すのはいつだって己じゃねえか」

「じゃ、満足すればいいんだ」

「満ち足りればそこは行き止まりだ。往く先も見えなくなっちまう」

「新しく始めればいいのに」

「じゃあ今まで進んできた道は間違いだったと認めるわけか」

「行き止まりでも経験は残るじゃん?」

「経験しか残らないのが行き止まりっていう結末かよ。満足には程遠いな。お菓子だけ食って玩具を捨てる馬鹿と少し似てる」

「でも地続きじゃん。生きてれば」

「違う道でも同じ道だと思えるほど楽観的なら地続きだろうな。今までの己を否定して新しい道を歩むのも選択の一つだ」

「そういう選択は駄目?」

「駄目な選択なんてのは結果が出た時に己が決めるものだ。それは後悔と一緒で取り返しがつかねえ」

「取り返さなきゃいけないとは限らないと思うけど?」

「つまり、それは不満だから否定するのと同じってことだな。どこに満足する要素があるんだよ」

「不満ならいいんだ」

「他人に対しての不満なら壁に向かって言えよ。いつだとて満ち足りてねえのは己だろうが」

「満ち足りたい、そう思うの?」

「それを動力源に生きる人間もいるさ。足りないなら、足せばいいだけのことじゃねえか。酒を飲んだ後だって、店員がきちんと足りないからとっとと金を出せくらい言ってくれる」

「――ねえ」

 ようやく。

 世間話にも似た問答を繰り返し、そのタイミングで七はゆっくりとアブの正面に回った。

 視界に入り込む。

「狩人名は、あるんでしょ?」

 けれど視線は決して合わない。アブの瞳にはただ、炎が映っている。

「お前も名称に拘泥する性質か?」

「べつに――そうじゃないけど」

「ふうん。……今、何が起きているか知ってるか?」

「今? とりあえずあたしの実家が炎上してるね」

「その割には困ってねえな」

「そりゃまあ、寝床なんてどこにでも作ればいいんだし」

「文句もねえ」

「いやそれはあるよ山ほど。言っていいの?」

「言いたいだけなら壁でも瓦礫にでも聞いてもらえよ」

「ひどいこと言うね」

「どこがだ? 建設的な意見なら聞く耳も持つけどな」

 どうでもいい問いにも答えるつもりはない。

「じゃあ意地悪だ」

「おいおい、俺なんかが意地悪なら他の連中はどうだってんだよ。連中の中でも俺は一番凡庸で、よくあしらわれてたんだぜ」

「――目的はなに」

「俺の目的は依頼の達成だろ。何を馬鹿なことを訊いてるんだ」

「依頼内容は話せないってこと?」

「この結果を見て何とも思わないのかよ」

「思うけど理由がわかんない。あたしに恨みでもあるの?」

「それは橘七本人か? それとも暗殺代行者としての橘にか?」

「それって同じことじゃないの?」

「同じなのは人物であって理由じゃねえだろ」

「またそれだ」

「そりゃこっちの台詞だろーが」

「こっちの台詞だよどう考えても」

「どう考えているのか詳しく知りたいところだが、俺に言わせりゃどうでもいいぜ」

「馬鹿にしてる?」

「そう感じるならきっとお前は他人を馬鹿にできる人種だな」

「わけわかんない」

「わからないと感じるならわかるように頭を回して行動しろよ」

 最後の最後まで、お前など眼中にないのだと示すように。

「行動しなけりゃ結果も出ねえよ」

 陽炎のように軽い乱反射の操作で幻像だけを残し、その場からアブは逃走した。

 ただの一度も視線を合わせずに。



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