表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハジマリの場、オワリの所  作者: 雨天紅雨
■2041年
91/790

10/17/01:05――蒼凰蓮華・コントロールブルー

 遅く――いや。

 きっとそれは全体から見れば早かったし、そこに気付いた時点で褒められるべきなのだろうけれど、しかし。

 少なくとも鈴ノ宮清音や哉瀬五六よりは遅く、また現実に直面した神鳳雪人よりも後に、蒼凰(そうおう)蓮華(れんか)は気付いた。

 何故か。

 何かが起きていることはわかっていた。嵐の前の静けさに、盤面の雰囲気には誰よりも敏感でいなければ指し手としては落第だ――けれど、何が、という点において判明しなかったのだ。

 五六や清音には事前知識があった。少年や雪人は現場に行って理解した。

 だとすれば事前知識もなく現場にも到着していない、しかも仕事で野雨市ではなく名古屋市にいた蓮華がこの時点で気付いたのは、やはり早かったのだろう。

 命が失われた。

 駒が消えた。

 いや、彼女は駒などではなかったか。

 人の生死に関して把握できるからこその〈葬謳の繰り手エル・ディフィニション〉なのだから気付けたその事実に対し、夜の街を歩いていた蓮華は足を止め――周囲に人が居るかどうか確認する時間も要せず、吼えた。

「――馬鹿野郎が!」

 まるでその声が合図になったかのよう、世界は。

 紅色に染まった。

 真紅だ。いや深紅か。

 紅色の月も黄色の月も出ているがそれ以上に、灯りという明りが、影という陰が、その悉くを飲み込むかのような紅色に、誰かは狂気を見出したか。

 咆哮における一瞬の沸騰は激怒、だがそれを冷静な青色で塗りつぶした蓮華は強張った顔のまま拳を額に当て、吐息を落とす。

 既に、瞳は碧色へと変化していた。

「クソッ、可能性は閉ざされた。稼動は確定、連鎖をどう食い止める……?」

 いや違う。どうにかして食い止めなければ――だ。

 ――文句を言える相手がいねェッてのよな。

 何よりもそれが一番堪える。

 放っておけばいい、その選択もある。その結果を蓮華が背負うわけでもない、むしろ他人事ですらある――けれど、でも。

 蒼凰蓮華にも理由があるのだ。

「上等だよ。やってやろうじゃねェか」

 駒を動かして沈静化を図る。それが蓮華の手管だ。それは結果だけは見えるけれど、小さな動きに意味を見出すことが難しい手法でもある。

 彼は指し手(プレイヤー)だ。

 望む結果を求めようと駒を打つ。

 クソッタレと呟いて足を動かす。向かう先はもちろん野雨市だ――が、公共交通機関が停止した今、移動手段を確保するのは難しい。

 蓮華は携帯端末を取り出してイヤホンマイクを引っ張り出すと、操作を幾度かして本体はポケットに再び滑らせた。

『やあ、妙なことになっているみたいだね』

「コンシス」

 最初は狂壊の仔と呼ばれる五人の中の一人、〈矛盾する逆説コンシステントパラドクス〉だ。この選択は可能性を見た限り、他の四人の中でおそらく手の空いている人物だと読み取ったからだ。

 ――可能性よな。外れるッてこともあらァな。

 だからそれを確認しなくては。

「お前ェよ、今どこに居る」

『所在確認か。ははは、いやなに――僕は北から降りてきたんだけれどね、今は杜松(ねず)市の岬付近にいるよ。仕事かな?』

「ん……まあ似たようなもんよ。足は?」

『僕は存外、単車が好きでね。久しぶりに遠出ができて良かったよ』

「――野雨にある俺の家に()()がいる。保護して鈴ノ宮まで送ってくれよ」

『本人の承諾は得ていると考えて良いのかな?』

「今からとるよ」

『諒解した。君のアキレスなんだろう? 頼まれたことを光栄に思っておくさ。胃が痛くなりそうな話でもあるけれど。まあ国外へ行く前に鈴ノ宮とは改めて顔を合わせておこうとは思っていたんだ、丁度良い』

「お前ェよ、それたぶん他の連中も同じこと思ってるぜ?」

『ははは、それは面白い話じゃあないか。――すぐ動く』

「頼んだよ」

 通話を切って、これで完全に徒歩で戻らなくてはならないとため息を落とす。もっと近くにいたのならば、同乗して戻ろうとも思っていたのだが。

 続いては鈴ノ宮への直通連絡を行う。もちろんどのような対応をしているかの可能性を見ておく。

『――五六です』

「いたかよ。状況は?」

『当家は現在、第一種篭城配置です』

「へえ、戦闘配置にはしてねェのよな」

『ええ。蓮華様……失礼、個人的な通話でしたね。蓮華ならば理由も察しているかと思いますが?』

「まあ――状況が状況だ、干渉してねェッて理由が欲しいだろうよ。むしろその方が俺としちゃ動きやすい。いいか?」

『何でしょう』

「今からコンシスが瀬菜を連れてそっちに行く。保護してやってくれ」

『――、……本人の承諾は得ているのでしょうか』

 空白の時間は隣にいる清音に指示を仰いだのか、それとも鈴ノ宮の状況を知った上で可能な範囲であることを悟られたのか。蓮華にしてみればただの気遣いだ。

「今から得るよ」

『わかりました。歓迎致します――が』

「おう、そっちの扱いで構わねェよ。特別な扱いはしなくてもいい、むしろその方が良いのよな、これが」

『――蓮華様、一つよろしいでしょうか』

 先ほど訂正した通り、だからこそ続けられる言葉は五六個人のものではない。鈴ノ宮家執事としての発言だろう。

「なんだよ」

『エルムレス・エリュシオン様とご連絡を取っていただけませんか』

「あいつとかよ」

『顔見知りですか?』

「馬鹿言えよ。望まずにツラを拝む相手じゃねェだろうがよ。でもまァ……それも必要よな。わかった、野郎にゃ連絡取るよ」

一ノ瀬(いちのせ)瀬菜様の件、こちらも承諾致しました。それでは――蓮華、武運を』

「おうよ」

 まずは外堀を埋めてから――本来の順序の逆を選択したのは、瀬菜が蓮華の身内だからだ。

『どうすればいいかしら』

「お……俺なんだけどッて言おうとしたのによ」

 新築の自宅へ電話をしたのにも関わらず、開口一番でこれだった。携帯端末への連絡ならともかく、だ。

「悪い」

『何かしら?』

「悪い。瀬菜のぶんまで目が届かなくなるかもしれねェのよ」

『……大事ね』

「迎えをやるから、鈴ノ宮に行ってしばらく篭っててくれよ。何が起きてるかも、まァわかるだろうよ」

『いいわ、構わないけれど――いいかしら』

「おうよ」

『成し遂げて、帰ってきなさい』

「――」

 その一言が、心に染みた。

 ああと思う。確かに己と一ノ瀬瀬菜との間柄は、多くを語らずに理解できるけれども、しかし言わずに済まして良い関係ではないのだと。

 だから。

「当然よな。俺が瀬菜の期待を裏切ったことなんてあるかよ?」

『ただの一度もないわ。だから安心して、期待しているわ。――何があっても、受け入れてあげるから戻ってきなさい』

「……ありがとな」

 たったそれだけの会話で話は終わる。こちらがそれなりに切迫しているのを理解しつつ、言うことは言ったと満足もしているのだろう。だからこそ、蓮華の隣にいられるのだし、いて欲しいと思うのだ。

 ――微笑みが、その会話の後に浮かぶくらいに。

 それもまた一時のもの。すぐに引き締まった表情が虚空を射抜く。

「馬鹿野郎が……綱渡りだったんだよ。その綱を切ったら、後は落ちるだけじゃねェか。綱を修繕して合わせるなんて芸当はできやしねェよ。せいぜい、長い綱の、安定するだろう場所まで移動するくれェなもんだろうがよ」

 誰かはそれを、不可逆連鎖システムなどと呼んだか。

 始まってしまえば連鎖的に進んでしまう。

 世界が、崩壊への調べを奏でる。

 文明の終わりを告げてしまう。

 ――東京の状況が世界規模で起きちまう、かよ。

 まだ早い、と蓮華は思う。まだ止められるとも。

 だから気が重いのは承知で、最後は手打ちで番号を入力した。

『ああ参る、参ったよ。ああもうなんでこうなるんだ……』

 こいつもこいつで、開口一番で愚痴だった。

『今までの努力が台無しになった気分だよ、もう。嫌になるなあ』

「てめェなァ……いや、気持ちはわからんでもねェけどよ。おゥ、どっちの名で呼べばいい?」

『まだ僕はエルムだよ。エルムレス・エリュシオンだ。今はまだね。そっちは?』

「何でも。ブルーでも蓮華でも」

 盤上に乗る駒ではなく、二人の指し手が会話をする。

 本来ならば珍しく――そして、同一の意志がなければ成立しない会話を彼らは行った。それだけこの状況が緊急事態であることを示すと同時に、目的は同じでもお互いに手法は違うのだという前提を改めて認識することとなる。

「早い段階で駒の動きが忙しねェな。飛び火するぜ」

『飛び火の根源が問題だよ。まったく、なんてことだ。ここまでするなら事前に報告の一つも欲しかったところだね』

「お前ェは否定するかよ」

『しないよ。否定なんてしない、頭は抱えているし文句は山ほどあるけれどね。たった一人を守るために? その結果がこれだとしたら、むしろ僕は褒めるよ。肯定してやってもいい。完璧だ、彼女の目論見は現時点を以って達せられた――けれど、その代償として沈静化にはひどく労力が必要だ。見返りを最初から用意してもらえるとありがたかったね』

「……まァ、見返りなんぞこれから作りゃいいだけのことだよ」

『問題も己の利益に変えてしまうのが、蓮華のいいところだね』

「馬鹿言え。損益も利益も同じこッたろうがよ」

『そこまで僕は割り切れていないよ。そっちは?』

「野雨に戻る最中だ。少し時間がかかる。中心はもう真っ白だろうよ。跡形もなく、だ。むしろ、だからこそ表への影響は度外視しても、まァなんとかなる」

『こっちは、そういうわけにも行かなくてね』

「どうなってるのよ」

『――三重県射手市、北海道札幌市だ』

「次はどこよ」

 慌てる様子もなく、淀みもなく問うと苦笑が返ってきた。

『お見通しってわけか』

「俺も考えた手だよ」

『やれやれだ。――かつて東京事変では、世界の崩壊を招く状況下で東京という地域へ限定することで事なきを得た。ま、東京は壊滅してしまったわけだけれどね』

「変異化か。妖魔の発生における人との闘争よな。だから今回は、先んじて変異化を発生させて誤魔化そうッてかよ。まァ被害が出るのは覚悟の上で、最小限にゃなるかもしれねェけど――俺は、世界なんてどうでもいいぜ」

『蓮華は全体よりも、身内を優先するからね。もしも最小限の被害に野雨市が選ばれたとしたのなら、きっと最大の抵抗をするだろう』

「可能性の話よな。で、抑えられそうか?」

『日本国内に限れば、まあたぶんね。意図的に変異化を引き起こすなんて芸当は初めてだよ。これは、やれやれ参る話だ』

「反吐が出る話だよ」

『どこかで出る、なんてのは御免なんだ。だったら僕は被害を出す場所を決めてやるさ。その方が予測も立つし、何より手が打ちやすい』

「被害を許容するッてかよ?」

『僕に言わせれば蓮華の方が度し難いよ。一つの結果を出すために、ひどく広範囲を巻き込んで物語を作り出すなんてのはね、どう考えたって手に余る。いいかい? 僕は被害を許容している。その結果に大勢が助かればそれで良い』

「一人よりも千人を選ぶのかよ」

『そうだ。僕は一人を切り捨てて千人を選ぶ。蓮華とは違うんだよ』

「違うのは当然だよ。俺は一人を助ける。そして、一人を助けられる千人を揃えてみせる」

『理想論だ。もっとも君の場合は――容赦なく、その一人が身内でなければ切り捨てるんだろうね』

「……抱えられる範囲が狭ェのは、誰よりも自覚してンだよ」

『いいさ、べつに。お互いに道が違うのは当然だ』

「わかりきったことを問う間柄でもねェッてよ。で? そっち今どこよ」

『今は東北で様子見をしているところ――と、少し違うか。今ようやく青森に入った辺りさ』

「なんだ日本にいるのかよ。エミリオンは?」

『父さん? そりゃ来てるよ。まだ母さんと一緒じゃないかな』

「あっそ。二村(にむら)への連絡は?」

『知っての通り僕はイギリスを拠点にしているからね。日本の元首相との連絡手段は持ち合わせていないよ』

「……ならそいつも、俺の仕事かよ」

『表向きの対応は気にしなくてもいいんじゃなかったのかな?』

「馬鹿、そりゃ鷺ノ宮の関連だ。そッから派生することは別だろうよ。まァ二村は二度目の経験だ、どうとでもならァな。いや、どうにかさせるよ」

『ふうん』

「でだエルム、結果は俺に負わせていいぜ」

『――……はあん、なるほどね。問う前に確認だ。つまり僕の名が巷間に流布するには早すぎる――いや、僕が望んでいないことを承知の上で、今回の件で僕が表沙汰……あるいは裏沙汰か。そうなることを避けるのなら、蓮華の名を出して君がやったことにしてもいいと、そういうことだね?』

「おゥ」

『それがどんな悪名でも、かい?』

「そう言ってるのよな、これが」

『そして名が売れれば蓮華は行動に制限がかかり、実質的な抑止力の存在として隠居暮らしか。――君は、そうやって逃げるのか?』

「逃げてはいねェよ」

『疲れたとでも言うつもりか』

「あれから二年くれェよな――俺が表に出てから二年だよ。さんざん走り回って今じゃァブルーなんて名もよく通ってる。悪い方よな、それでも抑止力にゃァなってらァな。これ以上は、もう持てねェよ。俺は自分の周囲を守るだけで手一杯だ」

『――感情論だ』

「馬鹿野郎、感情を押し殺して何を成すッてンだよ」

『成果を得る、成し遂げた結果を出す。そのためには感情くらい殺してやる』

「はッ、あいつの台詞じゃねェがくらだねェよ。感情は行動源だろうが。成し遂げようとする過程に感情が含まれにゃァ、結果だって望めねェよ」

『――そうか。蓮華はもう、感情を押し殺したくないんだね?』

 いくら感情が基本にあろうとも、策自体に感情を移入すればただの我侭にしかならない。周囲を振り回すだけの傍若無人――それが嫌だからこそ、彼らは策を練る段階で感情を度外視する。己のものも、他人のものも。

 けれど起源はきっと、感情そのもので。

 そうした相反する二つの行動理念が、どうしようもなく蓮華は許せないのだろう。

「どう足掻いたって俺は魔法師だよ」

『……そして、僕は魔術師だ。この違いを明確に理解している者はまだ少ない。いいだろう、汚名は蓮華に被せるさ』

 同じ盤面を見ているからといって、同じ指し手だからとはいえ――お互いに対立しているわけでもなく、だからこそ盤面の見方も駒の動かし方も違う。たとえ望む結果が同じだとしてもだ。

『それじゃ、余裕ができたら次は僕から連絡を入れる』

「ぞッとしねェ話よな」

 打ち切られた通話に吐息、どっと疲れた様子を見せてイヤホンマイクを収納してしまう。

 ――馬鹿野郎が。

 それは誰に対してのものだろうか。いや、己へだったかもしれない。

 蒼凰蓮華は一貫して他人の往く道を遮ろうとはしない。それを行う時は、違う可能性を己が提示できる場合のみ、それが我侭であることを承知の上で行って結果を出す。

 けれど――では、可能性がなければ?

 その往く道の先に死があったとして、それを目前にして、可能性がなければ蓮華はどうするのか。

 きっと。

 きっと、今のように毒づくのだろう。

 馬鹿野郎と言って殴るのだろう。死という結果を求めた相手を。

 だが、それだけだ。

 それくらいしか蓮華にはできないだろうから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ