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ハジマリの場、オワリの所  作者: 雨天紅雨
■2040年
76/790

05/19/18:45――雨天暁・ごまかしを感じて

 は、と短く誰にも届かない小さな吐息が落ちたのを彼は自覚した。

 躰は未だに緊張状態を保っているため、肩の力を抜くための吐息ではない。では戦闘における実にシビアな呼吸かと問われれば否、しかし安堵のような気分を彷彿とさせるものではなかった。

 何だろうか。そんな逡巡をしようとした頃、背後から声がかかった。

「よォ、どうしたンだ?」

 振り向けば己よりも少し背丈の高い少年がいる。まだ若さを残す風貌もそうだが、服装は同じ袴装束。ただし少年の右腰には刀が一振り佩いてある。

「急に走り出して、まァ勝手に討伐すンのは構わねェが……」

「すまん。雨天の領域で腕試し、それを忘れていたわけではない」

「はァ? いやンなことはべつにどうだっていいぜ。俺ァてっきり結界に破綻でもあったンかなと」

「否――」

 そうだ、彼の作った結界は現実世界との隔離に限りなく近いものであり、一つでも破綻があればそもそも成功はしない。現実に結界が作られている以上、整合性はあるはずだ。

 ならば――彼女は、異分子は、完成している結界の中に潜り込んできたことになる。しかも結界作成段階ではなく、継続途中での侵入だ。

 ――一般人が、か? ならば条件は限られるが……。

「む、それより他はどうした? 囲った妖魔は六匹――」

「ああ」

 なんだそんなことかと、軽く肩を竦めた少年は右手を柄尻に置いて言う。

「俺が討伐しといたぞ」

「――」

 実際、街中に出現する妖魔は小物であり、彼がそうしたように討伐は――そう、彼らのような武術家ならば難しくはない。だが、それでも結界の範囲が広い上に散らばっていたはずの妖魔を、彼が一匹を討つ間に五匹とは。

 否応なく、少年との実力差を実感させられる。

「あ? なんかまずッたか?」

「いや……」

 今更だろう。知り合って短いが、同業者として誰よりも近くにいる。忸怩たる想いですら慣れ親しんだものであり、認めはするものの抵抗は続けるものだ。

 追いついてやると、あるいは追い抜いてやると。

「それならまァ、いいだろ」

 こちらの思考を断ち切る声。視線を向ければ苦笑があり、ようやく彼は肩の力を抜くための吐息を落とす。

「終わりだ、帰ろうぜ。まだ夕刻なんだ、メシ喰ってくだろ?」

「――いや」

「あ?」

「まだ余裕があるなら実家に戻る。すまんな」

「べつに謝ることじゃァねェけど――」

「すまん。埋め合わせは後日に」

「お、おゥ」

 急くように去る彼に対し、少年はぽかんと意表を衝かれたように停止した後に、やれやれと吐息して頭の後ろに軽く手を当てた。

「なんだァ……?」

 疑問に軽く首を傾げてからすぐに苦笑し、少年は腕を組む。

 どうやら彼は説明する気がなかったようだが、他の妖魔を討伐していたとはいえ、状況を察していなかったわけではない。

 この結界内に侵入者が居て、それが女性で、妖魔の襲撃を受けて間一髪で間に合った彼が助け――そして、軽く記憶を封印するような術式を編んでから外部に戻した。

 説明せずともわかっている、そういう前提ならばともかくも、彼の場合は少年がどうであれ、言うつもりがなかったのだろう――隠したかった、だ。

 ならば、彼の性格上、まだ不確定事項であるが故に口にできなかったと少年は考える。

 よくあることだと、口にはしないが思う。少なくとも彼の領域では頻繁とは言わずとも、これまでに三度も一般人の侵入――いや、巻き込んだケースがある。それは隔離のための結界が万全ではなかったと今ならば思うけれど、しかし。

 ――野郎の結界はちと、分類が違うからなァ。

 少年の扱うものと、彼の扱うものは違う。同業者だからこそ同列で扱ってはならないのだと理解する。

 しかしあの反応はと、更に思考しようとした少年は何かに気付いたように顔を上げる。いつしか結界はなくなり、帰宅に急ぐ買い物帰りの一般人が周囲にいた。

「――まァ、いいか」

 周囲の視線が交わらぬ死角を自然な足取りで縫うよう移動を開始する。

 これもまた、彼らにとっては日常の延長線上に過ぎない。



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