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ハジマリの場、オワリの所  作者: 雨天紅雨
■2039年
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08/15/00:20――蒼凰蓮華・決戦、始め

 六尾の若藻までは打倒したかと、蓮華は二つの碧色の瞳を細めて笑いながら髪飾りを揺らす。随分と魔力を消費して可能性を引き寄せているため、気を抜けば座り込んでしまう程の消耗があるのにも関わらず、態度には一切見せない。

 ――不安がらせても仕方ねェのよな。

 同時に、瀬菜の前で不甲斐ない態度を見せることへの躊躇もあった。

 見栄を張っている。その理由に蓮華は気付いているけれど、さすがに口にしようとは思わなかった。

「蒼凰蓮華、九尾を討伐するのでも封じるのでもなく、戦術を構築しているな?」

「おゥ、最悪そうなるけどよ、今ンところは別の意図よな。ちなみに涼、俺のは戦術じゃなく戦略なのよな、これが」

「どう違う」

「違いがわからねェンなら、そこまでよ。いいか涼、戦術ッてのは一撃を与えるために練るモンだよな」

「……ああ、そうだろう。そして一撃が中れば終わるのが常だ」

 将棋で王が詰んだら終わりのように。

「勝敗が決すれば終わりッてェのが浅いのよ。勝とうが負けようが続くのが世よ、ならばこそ戦略は開始から終了までを見通すものだ。歩が取られるのは想定済みだろ? 角換わりだってするじゃねェか」

 将棋で歩が取られたことを不覚に思う場面は少ない。それが序盤であれば当然のように受け止めるし、ならばと逆に相手の歩を取れば良い。それよりも後に飛車を奪った方が効果的だし、飛車を奪うためには歩を奪われなくてはならないし奪わなければならない――と、こうなる。

 蓮華の見ているのは眼前ではなく、常に先だ。そして、それはずっと先でもある。

「ここで勝ちたきゃ、ここにくるまでに負けときゃいいンだよ。負ける因子が残らねェようにしとけば後は勝つだけじゃねェか。それが世の中ってもんだぜ」

 断末魔に似た叫びが空を奮わせる。音の衝撃波を受け止めた蓮華は髪飾りだけを揺らし、次第に消えてゆく叫びを見送った。かつて蒼狐市を包んでいた霧のように九尾の狐の姿は霞み、落ち着かなくなるほどの静寂が周囲に落ちる――。

「さてと、悉く先手を打てるのはここまでだよ。瀬菜、腰の小太刀を貸してくれ。こっからは必要なのよな、これが」

「あら、扱えるの?」

「お守りッてやつよ」

 暁と咲真が合流したため、一八○秒くらいは休めるぜと蓮華は伝える。それから小太刀を受け取り大きく息を吐き出しながら頭を掻き、ようやく深い瞬きを二度ほどした。常時未来を予想し続け、的確な方向へと導けるだけの手を打ち続けていた蓮華も幾わか疲労しているようだった――と、誰もが思っただろう。

 暁だけは、何かを言おうとして黙る。

 空から、完全に狐の姿が消えた――。

「次は藻女よな」

 碧色の瞳をした蓮華が言うと、だろうなと暁は頷く。その姿に疲労は見られないが、疲れていないわけではないだろう。この瘴気の中を動き回り、更には攻撃に際して呪術による強化も施していたようだが、それでもまだ暁は良い方だと判断する。

 問題は、ここからだ。

「残る封は諍を除いて石杖と五木か? どっちが先でも同じだな。……あれ、そうだろ蓮華」

「まァな」

「しかし、九尾は金気の妖魔だというに、割に水に関する名が多いのだな」

 一ノ瀬もそうだと、咲真は一瞥を投げたようだが、その偏光眼鏡のせいでわからない。

「――木を育てるためにゃ、どっちも必要なのよ」

 蓮華は言う。

「伐採は時に選別だが、それでも他を育てることができる。陽光は日中にあるものだ、あとは水だろ。――昔は、どこにでも土地ッてのはあったンだしよ」

 だがそれは、その役目は妖魔ではなく――神仏に近い天魔の役割だ。

「ならば――九尾は天魔から妖魔に堕ちたとでも言うのかね」

 蓮華はそれに返答しなかった。

「んー……どうでもいいけど、遅いぜ。躰が冷えちまう」

「クールダウンしちゃ元も子もねェよな。まァ気温自体はそれほど低くはねェけどよ」

「こっちからいけねェのか?」

「距離が離れると余波の計算が厄介なのよな。――おい暁、ちょっと呼んでみろよ」

「やれやれ……。おーい藻女ー、早くこいよー」

「……何かねそのやる気の削がれる呼びかけは」

「しかし距離が随分とあるだろう。移動には時間を要するはずだ」

「あ! そうか! 藻女ッて幼いンだろ?」

「おいまずいッ――暁の幼女センサーに触れたよ!」

「まずいな……」

「いや、先も言った通り冗談で気を削ぐなと…………本気かね!?」

 死闘を繰り広げる戦場での会話ではないだろうにと、瀬菜は苦笑する。後になってほとんど初対面同然だと知らされて驚くが、現状では付き合いの長い友人にしか見えなかった。

「本気で悪かったな――じゃねェだろ! いくら俺だって妖魔や天魔はべつだ! 更に言えば小柄だから移動に時間がかかるッて話をだな――うおっ! 雷落ちてきた俺の真横だ真横! 馬鹿にしてねェから足が短ェとか!」

 真横を狙った落雷も落雷だが、どうして天災を回避できるのだろうかどうかが激しく疑問だった。雷は金気に近く、また水を伝い易い。かつては九尾も雷を纏っていて火を放ったとも言われるし、どこまでが事実なのかはさておき、そういうことだろう。

「――ッと、いけねェ。おい咲真、涼、お前ェらも結界の中に入っておけよ」

 蓮華の言葉に、しかし二人は答えられない。額に浮かぶ脂汗を隠すこともできず、奥歯を噛み締めて姿見えぬ威圧に耐えるので精一杯だ。

 忍はそれを知っていた。

 知らぬはずがない――だからこそ、封じようと思っていたのだから。

「心配すんなよ忍」

 気軽に、その想いを感じ取った蓮華が笑いながら言う。

「何がどうなろうと、こりゃァ俺の責任よ」

「――けれど、そうであったところで私は看過できません」

「だよな。――同様に、お前ェのやろうとした行動も、ここにいる連中は看過できなかったのよ。だからここにいる。……咲真、涼、苦労をかけた。こっから先は自分の身と忍や瀬菜を守るためだけに費やしてくれよ。いいか? 拒絶系の結界を重複で張って、中から決して出るな。まァ俺が手を打った囲いもあッから大丈夫だとは思うけどよ」

 いや、おそらく出られまい。明確な殺意と敵意を直截されているのだ、恐怖で死んでもおかしくはない状況である。

 だが、何故蓮華は? 暁は?

 二人の肩を押すように結界に入れた蓮華は苦笑して肩を竦める。

「俺は、まァいろいろとあるのよな」

 その疑問視に蓮華は苦笑して答え、暁は何のことかと思ってすぐに。

「ああ、慣れだぜ。俺ァあれ以来だ。なァ、こいつ、俺の天魔の涙眼、こいつと直接対決してッから」

雨天家が天魔第一位〈百眼〉が一眼、水に類する涙眼のことだろうとわかり、忍は痛みを堪えながら熱い吐息を落とす。

「忍、耐えて見届けろよ。それがお前ェに残った責任だ」

「ええ」

「よし。おゥ暁」

「馬鹿か蓮華、俺もそこで観戦しろッてか? 縛り付けたって聞きやしねェぜ」

「――そういうお前ェが馬鹿だよな」

 一歩、いや三歩――そこにいる誰よりも前に出た二人は、小さな足音を立て、その数倍は強い威圧感を纏いながら近づく相手を目視した。

 これから七五三でもあるのだろうか、と疑いたくなるようなおかっぱの少女は花柄の振袖を着て、どこか落ち着いた瞳でこちらを見る――否だ、それは睥睨に近かったと思う。

 その視線に射すくめられ、呼吸を停止させられるような錯覚――しかし、瀬菜がいる場所にまでその威圧感は届かない。涼の張った結界があるからだ。

「何故来ぬ」

 藻女はひどくご立腹のご様子だった。

「妾が久方ぶりに戦だとわくわくしておったのに……何故こちらへこなんだ無礼者」

 放たれた声が強い――それは蓮華の髪飾りを、不自然に揺らすほどであった。

「……なァ蓮華」

「ンだよ暁」

「いやあれ……藻女すっ飛ばして玉藻じゃね?」

「でも幼女だぞ幼女。つーか藻女と玉藻は、後になって名前を変えただけで同じなんだからよ」

「何を話しておる! ……む?」

 完全に顔が見える位置、およそ六歩の距離まで近づいた彼女は首を捻る――近すぎる、その威圧は結界の中にいる四人が呼吸を忘れるほどのものだった。

 届いていないはずなのに。

 ただ見ているだけで、脂汗が出てくるほどで。

 ぽたぽたととめどない汗が流れ落ちるのにすら、彼らは気付いていない。

 心臓を握りつぶされる一歩手前のような感覚。あるいは首を噛み千切られる瞬間が永遠に続く――そんな印象を夢想してしまう。陰気に中てられたと表現すべきなのだろうが、しかし彼らの元には届いていない。届いていたら気絶している二人はもっと危険だ。

 だとしたら――どうなのだろうか。

 それを受け止めている二人は、なんなのだろう。

 ただ忍は思う。この九尾を封じていられたのは、それこそ奇跡的であったのだろうと。

「ほう、主ら――真逆(まさか)、葬謳の者と雨天の者ではあるまいな?」

「あッれ、なんでわかるんだ? この野郎は青いからともかくも」

「逆さに吊るされてェのかよてるてる坊主。あ、逆さで合ってンのか雨だから。いいか暁、あいつは言外にお前ェッて家系の血筋によく出る顔だよなッて言ってンのよ」

「てめッ――おい藻女誰があのクソ爺とそっくりだこの野郎!」

「おお、懐かしいのうそのやり取り。千年も前と同じぞ。子孫よな、その面構えは忘れんぞ。葬謳の者に飲まされた苦汁の味ものう」

 言葉はともかくも、彼女の顔には笑み――いや、声を立ててすら笑っている。人と違って度量のある妖魔だ。

「ほう、雨天の者は知らぬか。なあに――この土地で五木の者に封じられた時分に、采配を執ったのが葬謳の者というだけのことよ。今代の主らはどうか知らぬが……妾まで引き出した手際、見事だった」

「そうかよ。――俺ァてめェじゃなく九尾(あいつ)に用があるンだよ。相変わらずまだ燻ってンのか?」

「ほうほう、ほう、まるで見てきたかのように言うの」

「過去は領分じゃねェ――こんなもん、予想すりゃわかるッてンだよ」

「く――かかか! 妾から見れば同じよの、かつてと同じ台詞を聞いたわ」

「へへッ、馬鹿にされてやんの」

「そこでお前が胸を張る理由は一体なんだよ? 死にたいのかよ?」

「あれなんで死亡に直結!? おい藻女、この青色ポストすげー冷血漢なんだけど!」

「知らぬ」

 物凄く冷たい視線を送りながら、彼女は扇子を取り出してぱたぱたと顔の付近を仰ぐ。

「さて後ろの連中はなんぞ、随分疲れているようだのう。最近の若者は皆こうなのか?」

「てめェの相手は俺と暁で充分だってンだよ。あいつらは高みの見物だ。やるこたァ一つ、てめェを退けてあいつを出す。――それだけよ」

「ふむ。――面白いのう」

「一応は第一位妖魔なんだよなァ、こいつ……」

 やることは決まったのだと、彼らは戦へと赴く。それが取り決めのように、――それが望みであるように。

「さァ、白黒つけるのよな」

「だな」

 二人は通信機を外し放り捨て、お互いの拳を一度だけ重ね合わせた。

「暁、構わねェよ――討伐するつもりでやれ」

「おゥ」

 その様子を、藻女はどこか嬉しそうに――それでこそ葬謳と雨天の者なのだと認めるように、腕を組んで見届けた。

「こういう時は名告るのが礼儀なんだぜ。蓮華はともかく俺は武術家だからな」

 どうせ背後の連中には聞こえまい。ならばこそ、名告りは相手へ向かう。

「雨尭一心他門非派、天宴枯律流全統術七代目、雨天降(うてんこう)()(あか)(つき)

 さて、始めよう。

「参る」



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