08/15/00:15――雨天暁・可能性の場
咲真は地面を低い体勢で疾走し、対して暁は障害物を蹴り飛ばすように上空を移動していた。
九尾は両足こそ動いていないものの、神社の境内全域は尾によって破壊され、綺麗な足場など蓮華たちの方にしかない。これこそが戦場だと血が沸いているのはきっと暁だけで、咲真にしてみればこのような実戦は初めてか、あっても二度目だろう。
それでも前へ進もうとするのは、咲真が後悔しているからだ。
――祈っている、などと馬鹿を言った。
忍に向けたその一言が咲真を縛っている。やろうと思えば、どんな手段を使ってでもここへ来ることができたのは、現実が既に証明しているのにも関わらず、何も選択しなかった過去の自分に対し、後悔しているのだ。
だから譲れない。
汚名は返上するものだ。
そうでなくては忍に顔向けもできない。
先の説明では尾が増えるごとに強さも増す、なればこの程度、朧月の槍の前に立ち塞がることを後悔させてやればいい。
朧月が持つは金気――そして、相反する火気を咲真が持つ。朧月家の者は姓と名の双方に違う属性を持つことを遺伝とし、それを複合させてこそ武術家として名乗りを上げる。
――金気同士とは相性が良いではないか。
何故ならば刃は金属同士を叩き合わせて作るものであり、そこに火の触媒を持たせるものだから。
尻尾を足場に跳ねた直後、高低差をつけてもう一尾が眼前に迫っていた。
三度目の閃光が放たれる。
方向は彼らではなく――咲真へ。
「どうしたものかね。……この千載一遇のチャンスとやらを」
逃げ場がないその空中で。
「どうにかしろッての」
「無論だとも」
射線軸に飛び込み咲真を飛び越える暁と、空中で僅かな会話を交わし――放たれた直後に、二人はお互いの足裏を蹴って逆方向に飛んだ。暁は地面へ、そして咲真は空へ。
武術家同士の以心伝心――そして、あるいは信頼。咲真が地面を疾走していて、空の経路を暁が選択した時点でこの展開は読んでいた。
――読んではいたが、賭けだがね。さすがは雨天の暁か。
そして朧月の槍に貫けぬものはなしと謳う。
空に掲げた槍は既に竜を模った炎を纏い、切っ先と顎が絡み合う。
狙うは二つの尾が重なったその一直線上の点――行く、否、往けと咲真は槍を投擲した。
槍は尾に命中しながらも、そこで静止――ただ、火の竜だけが尾の中へと速度を殺さずに這入り込む。更には命中の時点で二重の術式紋様が展開し、火の竜のために通路を創ったようだった。
大地に着地した咲真はふうと吐息し、上空から落ちてくる槍を頭上で掴み取る。
さて、次はどうすると内心で蓮華に問いかけながら移動する。距離を取るのではなく、今度は暁の補助へ回るために。
「喰、か」
今度は時間を要せず、しかも同時に二尾が出現したのを間近で見た暁は思わずそう呟いていた。
瘴気が次第に濃くなっている。これは陰に傾く呪力が周囲に放出することで発生するものであり、妖魔の特性の一つとも言える。特に喰と呼ばれる九尾の一尾は陽の気を喰らう性質を持っているため、あまり時間をかけるわけにもいかない。
――そいつを逆に利用するッて手もあるにはあるンだが。
陰陽を併せ持つのが人である。故に武術も表と裏があり、呪術も陽と陰の二種類を習得する。暁が今も、また普段扱うのは陽ノ行で、陽の気は制御が比較的簡単なところもあり、元服を前に習得する――が、しかし、陰ノ行は難しい。均衡を保つことを念頭にしなくては陰気に飲まれ闇に落ちるし、かといって陰が全くないのでは陽に過ぎて天に昇ってしまう。
実際、師範には止められているものの暁は陰ノ行を扱うことができる。できるが。
――今はそんなことより、だ。
先に蓮華が話していた昔話を、暁は事前に聞いていた。だからこそ雨天の師範たる静と五木との間にある不文律も耳にしていたし、故に最初の攻撃を尾に向けて放った。
――本体を傷つけるわけにもいかねェ。九尾の討伐も避けたい。
だが、蓮華はいつそれを知った?
最初から知っていたのか、それとも暁に攻撃をさせて尾を狙った事実を確認してから、それを察知したのか。
――まだある。
九尾と云えば伝承に残るほどの妖魔、間違いなく第一位だろう。現状では全力を出し切っていないとはいえ、それでも第二位とは比較にもならぬほど強い存在だ――が、しかし。
その尾の全てを、たった一撃で無力化している。これは実際にはありえないことだ。尾の表皮には針を無数に重ねた鋭さと硬さを備えているし、いくら巨体で動きが鈍くとも掠りでもしたら大事だ。そんなものにたった一撃で、果たして打倒することが可能だろうか。
――蓮華が何か、してンだろうな。
加えて、九尾の意識を散らしているのか、遠距離からの攻撃はともかくも移動して直接攻撃を蓮華たちのいる場所に向かって行っていない。踏み潰すなり噛み付くなりしたのならば、結界など壊れてしまうだろうに。
そして同時に蓮華はこちらを試している。頼むとも、やれとも口にはしているが、対応の仕方や反応を見て、どの程度の実力を保持しているか見極めようと、こちらに細かい指示を飛ばしてきていない。
今までの攻撃は徹、貫ときたから暴か包を放つべきだろう。耐性ができると考えるのも妥当であるし、あまり同質の攻撃を繰り返すのは得策ではない。ただし今度も二尾を同時に中てるとなると、――速度が必要だ。
――咲真は戻ってねェ、そこいらにいるか。
九尾の意識を自分へと向けるのは困難だが、いっそのこと正面に出てしまえとばかりに暁は移動している。周囲の木木は既に切り倒され、大地には修繕が難しい傷跡を残した移動しにくい場所を飛ぶように、しかし刀から手を離すことはなく。
――ッたく、わからねェ野郎だ。
だが、悪い気はしなかった。
深く、低く、躰を捻りながらも上半身を折り、しかし抜刀の構えにて暁は迎え撃つ。あくまでも迅速に、かつ的確に、蓮華の意図を読み取り、そして己の行動から蓮華の意図を把握する。
心と、鍔鳴りの澄んだ音色が一つ――半呼吸ほど置いて軌跡が四つ空に示されて斬戟の残滓を周囲に見せ付ける。
雨天流抜刀術、水ノ行第六幕終ノ章――その技を、〈水仙四薩〉と云う。神速の居合いを四度、そのどれもに暴、徹、貫、包を含めた攻撃を自在に含める。今回は全て包だが、戦闘においてこの鍔鳴りしか聞こえない程の神速の中、違う性質の攻撃を行われたら防御などできないであろう。
――来る。
手ごたえは、あくまでも中った程度。それが致命傷になりうるかなどわかりもしないのに、しかしそれが致命傷であることを暁は知る。だから次の一尾が発生することも読めた。
尾は暁の眼前に、暁を貫くような出現の形を取った。故に選択は回避、方向は空。
その時、何かがかちりと嵌った。
――ああ、そうか、致命傷になる可能性もあるッてか?
結論に至った暁の口元には笑み。きっとそれは、
『咲真、暁、――斬れ』
その指示を飛ばした蓮華の口元に浮かんでいるものと同じ性質の笑みで。
「槍は貫くものなのだがね」
通信機からではない肉声に、暁は空中で横回転を見せて居合いを完成させる。
――暴、だ。




