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ハジマリの場、オワリの所  作者: 雨天紅雨
■2039年
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08/15/00:00――雨天暁・終わりの始まり

『走れよ馬鹿共』

 結界が揺らいだ瞬間を目にした三人は、雨天暁の一歩とほぼ同時に内部に踏み込んだ。そこは蒼狐市――いや四森、いや草去更、いやいや死森、名はいずれでもあっていずれでもない、忍たちがいる場所と同じ土地に辿り着いた。

 這入れたと思った直後、通信機から届く声――それにもっとも早く反応したのは暁で、それに追随するかのよう二人は背中を追うようにして走り出した。

 頭上を仰げば威圧感、黒く濁ったような陰気を含んだ重苦しい空気、その空に映るは金色白金の体毛を持つ獣、王の名こそ譲りながらも女帝の地位を確固たるものとして抱いた狐の妖魔――(きゅう)()と謳われるそれが、ここにはいた。

『ぼけッとしてンじゃねェ、さっさとこいッてのよ』

「してねェ。つーかどこに行きゃいいのかくれェ言え。あと誰が馬鹿だ、誰が」

『こんな馬鹿な話に乗っかるお前ェらだッてのよ。おゥ咲真、左手に見えるちょい大きい屋敷、そこが諍なんだよ。社が近くにあッから壊してこっち合流してくれよ』

「良いとも」

『それと暁、雨を呼べよ』

「んー、時間はかかんねェと踏むけど、小雨程度だぜ?」

『構わねェよ。それと涼、気に中てられて喰われンなよ。九尾は無視してこっちに合流してくれ』

「……ああ。そうさせてもらおう」

 通りに出た暁が選ぶ経路は直線距離。山や川などが立ちふさがろうとも、それを障害と捉えていないようで、その背中を少し複雑な表情をした涼が続いた。咲真とはそこで一端別れる。

「涼、蓮華の馬鹿は気にするな。けどたぶん、忍も含めて動けねェのが何人かいるだろ。そっち任せるぜ?」

「承知した」

 呼吸すら苦しいと涼は思う。今は移動しているから問題ないが、一度でも立ち止まればそのまま足が竦み、身動きできないと錯覚するほどに強く、九尾からは威圧を感じている。

 けれど暁は。

 その口元に、笑みさえ浮かべていた。

『――どういう、ことなのですか』

 通信機から忍の声が割り込んだ。それは蓮華に対する問いだ。

『どうッてよ……あァ、簡単に説明しとくか。おゥ、忍の馬鹿は自分を犠牲にして九尾を封じ続けることを選んだよ。んで、俺が蹴っ飛ばして止めた。九尾の封が解けたのは俺の責任よ。だからお前ら、俺に力を貸せよ』

「ンだァ忍、てめェ、俺よりよっぽど馬鹿だよなァ」

『やれやれ、暁に言われては立つ瀬もあるまい。同情したいところだが、私も一つ殴りたい程には憤りを感じている。――仕方ないと思う部分もあるので、相殺はされているか。何しろ私だとて、本来ならば祈ることしかできぬ身であったはずなのだからな』

 暁が手を振り、涼は別れて進む。九尾の気に当てられてか、小物の妖魔はこちらの姿を確認した途端、驚いたように逃げていく。面倒がなくても好都合だが、それは九尾がどれほどの影響力を持っているのか証明しているようなものだ。

 ――どうする気なのだ、蒼凰蓮華は。

 今の涼には、まるで解決策など浮かばないのに。

『どう、して――咲真も、暁も、涼も、この場所に。蓮華、貴方は』

『可能性よな。こうなる可能性を考慮すりゃァ、最悪のために手を打つのは必然よ。何も考えず忍を助けたと思ったかよ? こっちは草去入りしてから得た知識で、それ以前の手を有効活用しただけのことよ。まァ騙しちゃいねェと思うが』

「否、嘘はないが騙してはいただろう蒼凰蓮華」

 忍たちではなく、涼たちに対して行ったように。

『……まァ涼が言うンなら、そうなのよな。だがどう考えたッて俺が、九尾の封を解いてここの結界を解いたのよ。忍が保とうとしてたもんを俺が横から掻っ攫って壊したのよな。いいかお前ェら、こっからは俺の持ちだ。責任も結果も何もかも俺が貰ってく。忍はさして関係ねェのよ。だから、俺が言うよ』

 蒼凰蓮華は。

『お前ェら、俺に力を貸せ』

 暁が、水の属性を持つ雨天の武術家が呼んだ小雨が空から降る。九尾は未だに復活の最中、咆哮を空へ上げながらも未だに行動を起こそうとしない。

『誰を助けるッて言われりゃ、この通信を聞く全員だと俺は答える。何のためにと問われれば――私情だと言う。けど俺一人じゃ何もできねェ、俺と忍だけでも無理だよ。けど俺ら六人なら、意識のない二人も含めた八人なら、できねェことなんぞそうはない。それを今から俺が証明してやるよ』

 あくまでも陽気に、あくまでも暢気に。

『だから、今から九尾を倒す。殺すンじゃなく倒す。お前ェらならできるのよ』

『違うだろ』

 笑いながら、暁が言う。

『違うだろ蓮華、言い直せよ。お前たちなら――じゃ、ねェだろ?』

『そうだな』

 続いたその言葉は本当に、心底から嬉しそうに聞こえた。

『俺たちならできる、よな』

 さあ幕を開けよう――幕を閉じよう。

 奇しくも同世代、同年代、その一人を助けるために――全員で助かるために。

 ようやく、一直線に境内の裏側に出た涼は彼らを発見する。そして。

「ここが俺らの初陣だ。取引もなく代償もなく、――ただ困ってる友人を助けてやるのよな」

 こうして、宣言は果たされた。

「ん……おゥ、お前ェが都鳥涼よな」

「ああ、お前が蒼凰蓮華か」

 ――小柄か。確かにこの場にそぐわぬ、一般人のように思える。

 あるいはこの場でなければ、雑踏の中の青色を見つけ出すことすら困難かもしれない。ある意味で蓮華は凡人に見えた。

「五木忍、自身を犠牲にしたいのならば、まず己の手の中にあるものを全て捨ててからにしろ。できぬならやるな。仕方なくなど、方便にもならん」

「……痛み入ります」

『蓮華、社は破壊した。私は狐と相対しよう』

「ん、まあそれでいいか。涼、ぼけッとしてンじゃねェよ。結界を張れ、これ以上怪我人に陰気を押し付けるわけにもいかねェだろうがよ」

「ああ……」

「それと瀬菜、忍の手当てしてくれよ。医療箱、間違ってねェよな?」

「……ええ、そうね」

「含みがあるなァ――そう疑うなよ」

「疑ってはいないわ。ただどうするのか気になっているだけよ」

「それもすぐわかるよ。と、涼、てめェ甘いことしてンじゃねェよ。陰気だけじゃねェ、ここは戦場だぜ? 物理的、呪術的な結界も含めろよ。俺がこの場から離れられねェだろうがよ」

「……すまん」

〝――主が封を解いたか〟

 上空から蓮華に向けて、空気を震わす声が放たれた。まるで台風の強風を真正面から受け止めたかのような振動に対し、蓮華は頭の髪飾りを揺らし音を立てながらも微動だにせず――背後に彼らを護るような位置取りで空を見上げた

 否だ、空にいるのは一匹の妖魔である。

〝まだ若造ではないか。しかし感謝はしても良い、(わたし)を復活させたのだから〟

 声色は女性のもの。まだ尻尾は一つ――どういうことかと考える他の者を置き、蓮華は苦笑した。

「おい感謝だってよ、どうする。くだらねェよなァ」

 通信機にだけ聞こえる声で小さくそれを呟くと、しかし、すぐに顔を引き締めて蓮華は声を上げる。

「――てめェに用はねェ」

 静かな声だった。怒鳴るのでもなく、それこそ吼えるのでもなく、誰も居ない広場で独り言をぽつりと漏らすような静かな声は――狐の声を打ち消すほど強く、押し返すほどの堅さを持って放たれた。

「我が物顔で言い放ってンじゃねェのよ、妲己(だっき)風情が」

〝なんと――主、妾を知っているか。こうして現世へ出るは千年も久しいというに〟

「聞こえなかったか? ならもう一度だよ。たかが一尾が偉そうなこと言ってンじゃねェよ。俺の(ツラ)を知りもしねェ妖魔が、千年の刻を語るンじゃねェッてのよ」

 はらはらと、涙のような雨が空から降っている。

〝主の顔……だと?〟

「雨天の百眼も、都鳥の鏡娘も知っていて、九尾が知らぬ道理はねェ。だッたら知らねェてめェは九尾じゃねェンだよ――ただの一尾だ。用はねェから失せな」

〝く――クック、人間風情がよく吠える〟

 完全にこちらを侮っている九尾の視界に忍が入り込む。そこに五木の血筋を見出したのか、更に細められた金色の瞳は警戒と怒りを視線に込め――しかし。

 それよりも早く、蓮華は呟いた。

「雨天流抜刀術。――始ノ章〈水走(ハシリ)〉」



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