表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハジマリの場、オワリの所  作者: 雨天紅雨
■2039年
53/790

08/14/23:50――蒼凰蓮華・覚悟の否定

 ――馬鹿野郎がよ。

 刀を抜こうとした忍を思い切り足の裏で蹴飛ばし、しかし左手で刀を奪うように。

「なッ――」

 壊れた襖を押しのけて顔を出した忍を一度睨み、それからゆっくりと刀を半分ほど引き抜いた。

 そこに刀としてあるべき刃は存在するものの刃紋はなく、刀身にはびっしりと幾何学的な紋様が刻み込まれ、錆なのか血なのか赤黒く染まっている。

 ――なるほどなァ。

 これは、九尾の封印である根本だ。これを中心にして九つの尾が社として封じられているのなら、この刀こそ九尾の肉体そのものなのだろう。

 だから、これを封じるために木気を捧げる。その結果として金気に触れる。

 人としては、死ぬわけだ。

「呪刀〝白面金毛(はくめんこんもう)〟――か」

 赤色が波打つ。まるで鼓動するかのように。

 ――どんでもねェ代物だな、こいつァよ。

 人の命でどうにか封じてきたのも頷ける。いやむしろ、よく人の命程度で封じ続けられたなと驚嘆に値するほどだ。

「蓮華、さん……?」

「おゥ」

 ちりんと、髪飾りが揺れた。そして鍔鳴りも。

「境内に戻るぜ。引き摺ってでも、這ってでも二ノ葉を連れてこいよ。そいつァお前ェの役目で俺がやるべきことじゃァねェ」

「――蓮華さん、あなたは」

「るせェよ。いいかよく聞けよ忍――お前ェがやろうとしてたことはな、その一時凌ぎはよ、数百年と続いたこの土地で行われていた一時凌ぎと、同じものだ」

 いわゆる原初、草去がこうなった時分の頃――九尾を封じるために、五木の者は苦肉の策を取った。愛する妻と娘のために、自らを犠牲にすることで一時的に九尾を封じる方法を思いついたのだ。

 自分が死ぬまでに、別の方法を考えてくれと託し――その九年後に、代替を欲し同じことを繰り返した。

 数千年、その一時的なものは続いてきたのである。

 何故それを? 答えは単純だ、五木の家にあった古い書物などを調べた上での予想でしかない。

「お前ェの馬鹿な行動は今の一発で帳消しだ。いいからこいよ、先行くぜ」

 おそらく多くの疑問が訪れているだろう忍を無視し、刀を肩に提げるようにして蓮華は背を向けて歩き出す。

 ――説明なんかしてやんねェよ。どうせすぐ理解できる。

 袂からオープンフェイスの懐中時計を取り出すと、二十三時五十分。我ながら良い手を打ったものだと頷いて境内に戻ると、同じく疑問を顔に浮かばせたままの瀬菜が待っていた。

「お待たせ、止めてきたよ」

「そう……けれど」

「釈然としねェッてか? 気にするなよ、俺ァ今のいままで一般人で何も知らねェただの人だったからなァ。ま、後の責任は俺が負うッてことよ」

「――蓮華!」

 背後から、ついに呼び捨てになった忍が二ノ葉を背負いながらくる。その様子に瀬菜はほっと全身から力を抜いて安堵した。

 おぼつかない足取りで近づき、熱い吐息を落としながらも瀬菜の傍に二ノ葉を寝かした忍は、それでも休もうとは思わずに振り向き、蓮華と正面から向かい合った。

「蓮華、刀を渡して下さい。九尾の封が解けてしまいます!」

「嫌だね、断るよ。全否定だ。お前ェが死ぬのを俺に黙って見てろッてかよ。無理難題を押し付けンじゃねェよ」

「九尾の封が解ければ、問題は草去に留まらず一般社会にまで大きな打撃を与えることになります。私は、そうした方を守らなければなりません」

 ――あァ。

 忍を救えば、九尾の封が解ければ、一般人の多くが犠牲になる。一人を助ければ千人が犠牲になる。

 ――だがよ、やっぱり前提が違うよな。

 空想の課題ならともかく、現実はそうはっきりと二分しない。

 何故なら、その問題を一挙に解決する術を、今の蓮華は持っているのだから。

 つまり――違う方法で、九尾を封じればいい。いや、封じずとも手はある。

「どうしても渡す気はないのですね」

 二ノ葉を瀬菜の傍に降ろした忍は、ゆっくりと腰を落として徒手空拳の構えを見せた。

 武術家は、多くの得物の中からただ一つを好む。剣道家が竹刀なしでは戦えないのとは違い、武術家は存在そのものが武術家だ。得物がない状態での戦いなど当然だと捉えた上で、一つの得物を持つのだから。

「はッ――くどいよ。あんまり聞き分けがねェと、眠らすぜ?」

「渡して頂きます」

 愚直にも正面から。その速度たるや――。

 ――雨の爺と比べれば、一般人より容易いッてのよ。

 雨天暁を圧倒し、雨天の御大ですら一撃を中てられない蒼凰蓮華に、まさか未熟な忍が中てられるはずがない。ましてや人を殺した反動を抱いたままで。

 踏み込みからの拳を、躰を僅かに沈めるだけで回避しつつ、通過する瞬間に腕の側面を下から叩き上げ忍の体勢を崩し、一歩を踏み込んでそのまま忍を瀬菜の傍に転がした。

「寝てろよ」

 ――刀、やっぱ抜けねェのかよ。

 想像はしていただろう。覚悟とやらもしたに違いない。けれど蓮華は、人を己の手で殺す行為に付随するその、どうしようもない不快さを知っている。

「蓮華……!」

「黙ってろ。譲歩してやっただろうがよ、こちとら昨日から頭にきてンだ」

 言って、呪刀を引き抜いた蓮華はそれを石畳に突き立てた。

「けれど、ッてな。瀬菜、俺にとっちゃァ――お前が咲くところを見てみてェ、たったそれだけで理由になるんだぜ?」

 通信機を二つ投げ渡し、蓮華は簡単な操作をしてから携帯端末を耳に引っ掛ける。

「さァッてよ」

 その声を、肉声と通信機から聞く。

「そんじゃァま、ざっと半年ばっかり早い顔合わせと行こうじゃねェのよ」

 くるりと回転した蓮華が繰り出した足刀が、其の刀を真っ二つに切断した直後に。

 ――封が、解けた。

 草去更という器そのものが極端に振動した。空気の一欠片に至るまでが、まるで産声を放ったかの如く波立って往く――そう。

 ここ、稲森神社を中心にして。

 次いでその待機を揺らしたのは咆哮だ。獣特有の、しかし声高に音としての二度目の産声を上げた獣は今、彼らの眼前に聳え立つ。

 巨大な――狐だ。しかし尾は一つしかない。

 その体毛は金色でありながらも先端は光を反射して白色に映る。なるほど山を二分割するだけの力はあるだろう――ゆうに、三十メートルも全長があるのだから。

 それをぼんやりと見上げた蓮華は忍と瀬菜に苦笑と、肩を竦める動作で振り向き――笑いながら、顔を引き締めるのでもなく、ただ。

 言う。

「走れよ馬鹿共」

――言った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ