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ハジマリの場、オワリの所  作者: 雨天紅雨
■2038年
36/790

04/05/11:00――ベル・配られた名前

 二年間、そこで過ごしたことに不満はない。毎日のようにやることがあれば、退屈を感じる暇などなかったし、それが生活だと思えば、そもそも苦になるようなことは、なかった。

 なにもなかったとは、さすがに言えないけれど。

 朝食を終えてた彼は、いつものように自室へ。もうこの頃になると、スケジュールを埋めるような訓練はないし、ほぼ自由が与えられながらも、学ぶことは未だにあるような状況だ。常に情報は更新され、それを入手しつつ、各分野の知識を再確認しながら、あるいは、ネット上だけでの〝立場〟なんてものを作り出す。あくまでも幻想上のものであって、それは現実だけれど、現実にすると逆に困るというか――いわゆる、裏方の人間のような動きだが、それはそれで役に立つことも、まあ、あるにはある。

「――おい」

 自室に戻って、呆れたように吐息。右足の義足はとっくに馴染んでおり、違和はなかったが、どうやらこの同室の相手だけは、変わりがなくて。

「やあ、おかえり」

「俺が朝食を食べる十五分のうちに、片付けまできっちりやれよ、お前は」

 何も変わらないように見える自室、彼の使っているキャスターつきの椅子を軽く蹴ってやれば、全てのパーツがばらばらと床に落ちた。既にベッドは解体されており、彼の使っているノート型端末は無事のようだが、同室の男が使っている端末は分解済みである。

 いや、違うか。

 分解ではなく――壊して、ある。

「え? それは僕に、もっと細かく破壊していいっていうオーダーかな?」

「お前が馬鹿なのは知ってる」

「君もね」

 自分のノート型端末を持ち上げただけで、テーブルは壊れて崩れる。埃が立たないのは、普段から掃除の手が行き届いているからだ。

「その破壊癖、どうにかしろとは言わないが、俺を巻き込むなよ、6番」

「たまに、だから許して欲しいものだ」

 吐息が一つ。二ヶ月に一度はこんなこともあるのだから、慣れたものだ。いや、慣れるのもどうかしてるが、これで新しい調度品はもう注文しておくだけの手回しもしているので、彼としてはまあ、及第点だ。本当、片付けまできっちりしてくれれば助かるのだけれど。

「しかし」

 無造作に一歩を踏み出し、足の裏でいくつものパーツを踏み壊しながら、男は軽く肩を竦める。二年間一緒にいてわかったことは、どうやら年齢的には男の方が上であること、くらいなものだ。

「僕たちも、ついに四人になってしまったね」

「ん? ……ああ、二ヶ月前に六人だったのは、覚えてたが」

「興味がない?」

「さあな」

 実際にはきちんと把握できている。情報で遅れれば、それはずっと付きまとうことを、この二年で経験した。そんな間抜けを晒すつもりはない。

 同期であろうとも。

 仲間でも、味方でもないのが、彼らの流儀なのだから。

「まったく、ストイックだね、君は。――裏を読み切れないほどに」

「読まれるような人間になれば、あとは好きにしても、勝手に読んでくれるとも言うな」

「はは、確かに。ただね、僕はこう思うんだよ。どうして四人しかいないのに、未だに同室なのだろうか、と。これはあれかな、僕にほかの部屋の調度品を壊しても良いっていう、上からの暗に含められた指示だろうか」

「本気で考えたいなら、隣の部屋でやってくれ」

「誰もいない部屋で考えだしたら実行するだろう?」

「同室でやられるよりはマシだ。被害が出ても、面倒が減る。ついでに、俺の予定も変わることがない」

「それは悪かったね」

 大して悪びれもせずに言われれば、二度目のため息も――と、そこでノックがあった。開いているよと言うのは、男の方だ。

「――やあ」

「お」

「……〝大蜘蛛(スパイダー)〟か」

 彼が呟いた瞬間、男が視線を走らせるが、それに気づきながらも無視する。けれど、どういう関係性があるのかを思考することは、止めない。

「食堂に来てくれますか、話があります。――君たち全員に」

 いつ以来だろう、蜘蛛の顔を見たのは。たぶんここ二年で、少なくとも彼はただの一度とすら、見ていなかった。詳しい来客情報までは入手していないし、おそらく蜘蛛の場合は記録に残らないが、仮にそうだとしたのならば――同室の男は、同じタイミングか、あるいはそれ以前に、出逢っていたことになる。

 伝言だけ言って廊下に消えた蜘蛛の背中を見送りもせず、彼は右手に持ったノート型端末に視線を落としてから、顔を上げる。

「見ろ、荷物が一つ増えた」

「僕のせいかな? 床にでも置いておけばいいじゃないか」

「お前が踏むために? 冗談はよせ」

「まったくだ」

 いや、だからお前が原因だろうにと、そのまま手にして廊下に出た。

「呼び出しなんて、珍しいね。しかも上からじゃないときた」

「そろそろ〝名前〟が必要になる、そういうことだろ」

「そうかな?」

「違うなら?」

「……君は性格が悪いなあ」

「お前に言われたくはねえよ。だいたい性格が良い馬鹿が、どこにいる」

「ふうむ、僕の周りには、どういうわけか、いないね。なんだろう、僕が良すぎるせいかな?」

「鏡を見て同じセリフを言えるなら、次から穴を掘って言え」

「冗談だ」

「黒い方のな」

 お互いに軽口を叩きあう、そういう間柄でもある。悩みの相談などしたことはないし、腹の探り合いは正直に言って面倒だ。探られるのは自分もだと、わかっていて踏み込むのは、最悪の状況に入ってからである。

 食堂に戻れば、既に腰を落ち着けている二人がいた。

「よお」

「早いな、111番。それと163番も一緒か」

「一緒ではないわよ」

 冷たく、一蹴したのは少女だ。一瞥はあるものの、その瞳にはどうでもいい、なんて感情が映っていて――表情は、まったく、一切、微動だにしない。他者に感情を表現させる能面のようにも思う。

 生き残った四人、狩人として育成される四人。

「――まさか、俺らを集めて〝狩人とは〟なんてことを語らせるつもりじゃねえだろうな」

「ディスカッションなら、適当に切り上げられて僕は賛成だな」

「語られる方が嫌というのは同感よ」

 思えば。

 このメンバーで集まって会話をするのは、これが初めてなのかもしれない。

 似たり寄ったり――なのだろうけれど、性格も考え方も、存在も違う。同じ施設の中にいたところで、同一種を作らなかった結果と言えば聞こえはいいけれど、果たしてそれは、作れなかっただけなのでは、ないだろうか。

「……マーデはどうした」

 彼がぽつりと言うと、三人の視線がきた。けれどそれを気にした様子もなく、食堂の奥に視線を投げれば、そこからひょいと、当人が姿を見せる。片手には珈琲、相変わらずの服装、相変わらずの――自嘲じみた笑み。

 一期生の、生き残りだ。

「ほう、それほどまでにボクが恋しいのならば、先にそう言って欲しいものだがね、残念ながら今夜の予定は埋まっている。同じベッドで寝るのは待っていてくれ」

「残念ながら、俺のベッドはどっかの馬鹿が壊したばかりだ」

「またかね? ははは、寒空の下で震えるくらいならば、段ボールをそっと差し入れるだけの度量はあるとも! なあに、ボクは珈琲を取りにきただけで、すぐに行くとも。これから起こることに興味はない。――ボクも通った道だ、ひどく落胆した様子は想像しただけでも笑えるが、いかんせん己の身にもあったものだと思えば、同情の一つもしてやりたくなる、というものだとも」

 しかしと、歩きながらマーデは言う。

 相変わらず、嘘か本当か、わからないような言葉を。

「残ったのは四人か、これ以上減るのは勘弁願いたいものだ。何故? それはボクが退屈するからに決まっているだろう。狐の暇つぶしに付き合わされる身にもなってみろ、ただそれだけで諸君らを応援する理由には十分ではないかね」

「知るか」

「うむ、これはボクの事情であり諸君の事情ではないとも。情事でもない。ただ喜ばしくはあるとも――ボクの面倒も減る。ははは、面倒だと思ったこともないがね」

 そうして、そのまま、珈琲を手にしたマーデは、食堂から出て行った。

「……なんだ、あいつ」

「〝嘘と真実を織り交ぜる理由〟についての考察は充分かと、言いに来たのよ」

「――くっ、ははは! 上手いな163番!」

「つーか、どうしたよお前、端末なんか持ち歩いて」

「どっかの馬鹿が、ありがたいことに端末だけは、破壊せずに残しておいてくれたからな」

「うん、僕の気遣いだね」

「一人部屋が欲しいと文句を言うガキの気持ちが少しわかるから、変わってみるか、111番」

「冗談だろ……」

「――揃っているようですね」

 黒色のスーツ姿の大蜘蛛が入ってくる。片手に大きい封筒のようなものを所持しているが、それは気にせずに。

「珈琲の準備はどうした」

「まったくだね。しかも僕たちよりも遅いとは、一体どういうことだろう」

「つまり待遇が悪いと言っているのよ」

「手土産に煙草くらい寄越せってんだ」

「残念ながら、私は君たちの上司ではないので」

 にっこり笑いながらスルー。確かに、本来ならば蜘蛛は部外者だ。

「さて、慣例に基づいて――……悪習というべきかもしれませんが、ええ、一度あることは二度あるという格言は事実で、血の繋がりがないとはいえ肉親の恥をここで晒すことになるので、私としては誠に遺憾なのですが、しかし、かといって私自身にそれを求められても困る次第なので、仕方なく、それでもと私はこうして足を運んだわけですが……」

「言い訳が長ぇし」

「111番、そうは言っても、――いえ、わかりました。覚悟を決めましょう。どうということはありません、二年が経過しますし、そろそろ諸君にも名前が必要だろうという判断が下りまして、以前のこともあって私どもに打診があったので、それを伝えようと思いまして」

「なるほどな」

「まあそうね、名前が必要な仕事が、これからあると、そう言いたいのでしょう」

「基本的には、蜘蛛が育成に携わることはないと、一言付け加えるべきかもしれないね」

「話が早くて助かります。ちなみに――そう、ええまあ、この名前というのは、私の不肖の姉がつけたもので、なんというか、まあ、そうですね、我慢……いえ、忍耐というか、諦めと慣れ……」

 まあいいでしょうと、軽く目を伏せて、蜘蛛は意識を切り替える。

「文句はあとにしましょう。それが通じる相手ならば良いのですが」

 そして、ようやく彼らにも名前がつく。

「6番、〈矛盾する逆説コンシステントパラドクス〉。49番、〈鈴丘の花(ベルフィールド)〉。111番、〈唯一無二の志アブソリュートジャスティス〉。163番、〈誘いの心律(フェイスレス)〉」

「ちょっと待とうか、蜘蛛」

「コンシス、残念ながらこれは正式決定です」

「……変えることはできないと、そう言いたいのかな?」

「できるならば、マーデはもう変えているはずですが」

 それはつまり、絶望的なまでに覆らないということで。

「ちなみに、マーデはどうなのかしら」

「〈嘲し殺する意志マーデラスインテンション〉です」

「そ、……そう」

「――待て」

 目頭を押さえた111番が、軽く手を挙げたので、ベルは。

「どうしたアブ」

「やっぱそう呼ばれるのかよ! 虫か俺は! せめて頭文字を取ってエイジェイとか――」

「ねえよ」

「ないわね」

「アブで充分じゃないか、ははは……いや、しかし、蜘蛛の姉というのは、なかなかに破壊力があるようで、何よりだ」

「不肖の姉ですから」

「この際だ、調べるのに有用だから、フルネームと通称を教えてくれ。蜘蛛のものも」

「ストレートに聞きますね、ベル」

「どちらでも構わないからな」

「はは、隠してはいませんから、問題ありませんよ。私は箕鶴来狼牙(みつるぎろうが)、姉の名は姫琴雪芽(ひめことゆきめ)で、通称はスノウで通っています。もっとも、これはマーデが使ったものを流用しているだけですが」

「簡略化されてて充分だ。――話の続きを」

「おっと、そうでした。これからはその名を使って仕事をしてもらうことになります。多くは狩人への非公式依頼などの横流しになりますが、あまり深く説明せずとも調べられるでしょう。これが書類です、質問は今日中に私のところへ」

「先に言っとくが、一緒の仕事なんて御免だぜ」

「群れる必要はないと、私は判断していますよ」

「……ああ、そういえば、質問が一つ」

「なんでしょうか」

 彼――ベルは、封筒を受け取り、ノート型端末と一緒に手にしてから言う。

「馬鹿げたことを言いだした大本の連中は生きているか?」

 その問いに、苦笑じみた声。フェイだけは反応せずだが――それでも、おそらく気持ちは同じだろう。

 生きていたら、それは彼らの獲物になるから。

「いいえ」

 けれど、蜘蛛は否定する。

「それならばマーデが終わらせました」

「なるほど?」

 だとすれば、あとは末端の連中だけか。

「手間が省けて助かる話だが、マーデに感謝するほどじゃないな」

 質問は以上だと、ベルは先に食堂を出ようとしたが、その前に思いとどまって。

「――どっかの馬鹿が、ご丁寧に調度品を全部壊しやがったから、寝る場所もないと上に言っておいてくれ。ついでに、一人部屋の使用許可も出してやれば、次からは俺らの部屋の調度品が壊れる回数が減るとも」

「まったく、気を使い過ぎだなベルは。その馬鹿が喜ぶじゃないか」

「言ってろ」

 そうして今度こそ、ベルはその場を後にした。



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