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ハジマリの場、オワリの所  作者: 雨天紅雨
■2036年
34/790

01/05/13:30――ベル・最初の訓練

 この頃はまだ、〝雷神(トゥール)〟ベルなんて呼ばれることもなければ、〈鈴丘の花(ベルフィールド)〉などと呼ばれることもない、少年少女たちの中に混ざった、ただの一人だったことは、間違いがない。

 ただし、こと日本において、この見せかけだけの平和主義の国の中で、臭いものに蓋をして目を瞑ってしまった社会の中において、おそらくこの少年の存在は、いささか外れていたと、そう言うしかない。

 そもそもが、社会から外れた少年少女たちを集めた実験場と呼ばれても否定する言葉を持たない育成施設において、外れていない者などいなかったけれど、しかし、違う意味合いで彼は、常軌を逸していた。

 ――人を殺すのは、後味が悪い。

 いざ育成施設までの行軍の中で、呼吸をするように行われた殺戮の宴。まだ生き残っている彼は、そんなことを思った。その思考自体が、一つの証左でもある。

 普通の少年少女ならば、そんな思考を持たない――と、これは言い過ぎだろうけれど、少なくともこの場において、行軍を続けているだろう生き残りたちは、まず思わない。何故ならば、思う余裕がないし、思えば足が止まってしまうからだ。しかし彼はそう思いながらも、嫌だと止まるわけでもなければ、楽しいと高揚するわけでもなく。

 それは、それだと。

 そんな〝区切り〟をつけて、仕方ないと諦めるように、行動を続ける。

 行動に伴う感情を、受け入れながらも、区別してしまう。後味が悪いと感じながらも、それを辞めるという理由を、己の中に見つけられていないかのように。

 は、と何気なく出た吐息は白く、外気温が低いことを教えてくれる。いや、それよりも躰が火照っているからだろうか。そんな差異すら感覚的にしか掴めない己は、未熟なのだろうと思う。思うが、しかし、どうすればわかるのかは、曖昧なままで。

 ――くだらねえ。

 血まみれのナイフを握って、山を登る。山頂を越えれば施設が見えると言われたのにも関わらず、とうに山頂は越して下りに入り、また上りに差し掛かった。いつまで続くんだとぼやく余裕があれば、また違うのだろうけれど、今はただ足を動かすだけで。

「ああ……いつまで続くんだ」

 そんな声が、前の方から聞こえてきた。彼と似た少年はしかし、足を止めて空を仰ぐようにして言葉を呟いてから、彼を見下ろすようにして視線を寄越す。

 身構えは――しない。

 今までも、そうだ。返り討ちにはしたものの、彼は自ら望んで先手を取ってきてはいない。後味が悪いことを、望んでやるほど馬鹿でもないというのが、この時点の彼だ。

「こいつはもう、四度目の台詞だけどな――」

 大して気にした様子もなく、彼は少しの距離を置いて少年の横を抜けるが、足音は後ろからついてきた。

「――山は体力を奪うから、協力した方がいいと、そうは思わないか?」

 さて、どう返答をすべきか、その時間を稼ぐために、今度は彼がぴたりと足を止め、少年が追い付く時間を作り、そして。

「そうだろうな」

 そんな返答を、思ってもいない適当な返事を、笑いもせず、ただ口にした。けれど、そこからの思考まで放棄したわけでもなく、言葉を繋ぐ。

「目的地が本当にあったとして、全員生き残っていれば、そこで改めて数を減らせばいいだけの話だ。足場が悪い、体力も使う、落ち着くこともできないこんな場で、好んで足を引っ張る理由もない」

「へえ……ま、確かにその通りだ。最初にたどり着けばいいってもんじゃねえし、数が限られてるなんて話も聞かないね。仮にそうだとしても、そうなった現実を前に、そこから改めて考えりゃいいのさ」

「たとえば――隣にいる相手を殺して、か」

「そういうことだ」

 入れ替わるように先頭を歩く少年は、彼のように返り血もない。ナイフも腰につけたままで、抜いたままの移動ではなかった――が。

 血の匂いがした。

 この山に充満しているものよりも、濃い、血の匂いだ。

 おそらく手際の良さが違うのだろう。それは経験によるものか、それとも考えた末の結果なのかはわからない。

 ただ。

「現時点において、お前とやり合うのは得策じゃねえってことくらは、俺にだってわかるぜ、49番(フォーナイン)

「同感だ、111番(ワンイレブン)

 少年は笑い、彼は笑わず、同じ道を歩く。

 お互いに、自分を示すナンバープレートはポケットにしまっているのに、お互いにそれを知っていたのは、開始時には後手を踏むことで、よくよく周囲を観察していた証拠だ。

「集まったのは二百人。49番、一体どれだけ残ると思う?」

「さあな、あまり興味がない」

「お前は残りそうだ」

「……そっちもな」

「そうあって欲しいねえ、まったく」

「俺が先にくたばったら、ちゃんと笑えよ111番」

「諒解だ」

 呑気に会話をしながらも、五歩という距離をお互いに縮めようとはしない。その距離が一時的にでも零に限りなく近くなるのは、お互いが先頭を交代する時だ。

 もちろん、道もない雑草にまみれた雑木林を歩くのだから、しかも山なのだから、先頭を歩いた方が疲労度は増す。そのための交代でもあるが、むしろお互いに背を向ける時間を均等にしたい上、後ろにいればいたで、前方以外の警戒を担わなくてはならない。

 言葉も交わさず、忠告もせず、二人は自然にそんなことを行っていた。けれど、歩みが遅いことから、お互いに不慣れか、あるいは登山など初めての様子はうかがえる。それでも――警戒の仕方が甘くとも、登山の仕方が稚拙でも、やらなくてはならないことなど、少し考えればわかることだ。

「なあ49番、俺たちが向かってる場所はさすがに知ってるよな?」

「狩人育成施設」

「でだ、そもそも狩人ってのは、一体なんなんだ?」

「知らないのか」

「知らねえな」

「俺も知らん。ただわかっているのは――」

 横の木に隠れていた少年が、腕を突きだしながら接敵してきた。後ろを歩いていた彼は、刃物ではなく肩に視線を投げて直線を意識しつつ、左腕で巻き取るようにして動きを押しとどめてから、右のナイフを首の後ろ付近に突き立て、勢いをそのままに逆側へと放り投げるが、左腕に返り血を浴びた。見れば、先を歩いていた少年もまた、襲撃をなんなく終わらせて、こちらを見ている。

「わかっているのは?」

「――俺たちと似たように、一緒に行動するヤツがいるってことと」

 ため息を一つ、彼が今度は先頭を歩く。

「狩人にならなきゃ目的が果たせないってこと、それだけだ」

「はは、まったくだなクソッタレ」

 たったそれだけの理由で、彼らの脚は前へと動く。

「どうかしてるのは、俺らの方か」

「おそらく、そうなんだろう。言われるがままに殺し合いをして、命じられるがままに登山だ」

「蠱毒の壺かよ、ここは」

「監視は術式か?」

「ンな面倒なことをするよりは、衛星でも間借りした方が楽だろ? つっても、どうやりゃいいのかは、さっぱりだ。想像だよ、想像」

「確かに――」

 そうだ。

「――手の内を晒すまでもない、か」

 いくら命を賭した登山とはいえ、必要がないのならば、楽になるからといって、ここから先に訪れるだろう何かのために、ここで手を明かすのは、愚行というものだ。

「もっとも? そいつは、きちんと隠せる手合いなら、問題はねえんだろうぜ」

「そういう相手と遭遇しないことは、祈ってる」

「誰に?」

「さあ、こういう場合は何に祈るんだろうな」

「行軍の暇つぶしに、適当なこと言ってンのかよ、49番」

「余裕があるんだと、そう思ってくれ、111番」

「まァ、適当なことを言ってンのは、お互い様ってか。あーあ、やりたくねえなあ、お前とは」

「こっちの台詞だ」

 それから、愚痴のような話をしつつ三十分ほどで、登山は終えた。木木の隙間を縫うようにしていけば、開けた場所に出たのだ。まるで病院か、と思うような造りの建物もあり、開けた――というよりも、どこか広場を想像させられるような場だ。運動場、と思えばいいのかもしれない。

 そこに、一人の男が待っていた。

 作業着姿ではあるものの、鍛えられた体躯であることは一目瞭然だ。腕を組み、こちらに気付いたかと思えば、睨むような視線を向けられたのだが、その行動だけで関係者であることは明らかで。

 彼は――49番は、迷わずに先頭に立ったかと思えば、疾走という接敵を行う。そう早くはない動作だが、敵意は伝わった。その間に作れた隙は一秒、つまり今の彼にとっては、有効活用すらできないほどの時間であって、もはや隙であるとすら呼べないものでしかない。

 それでも――相手に構える時間を与えながら、ナイフを右手に持って右足で踏み込む。

 男が笑う。

 踏み込みはやや遠く、遅かった。続く左足を踏み込む隙間を縫うようにして男が接敵を開始しようとする最中、49番は全力で踏み込みを行ったのと同じ力を、後ろ脚に返すよう、強引な力の移動を作る。

 躰が波打つ、あまりにも未熟なフェイント。右足で踏み込むためには、左足から右足へと体重を移動しつつ、力をかける。だが、その力と同じものを、右足から左足へと、つまり後ろ側へと、同じ力をかけて均衡を作ったのだ。

 だが、未熟なのは当然で、その間に稼げた時間は二秒、ナイフを投げつけても距離は二メートル、近すぎるからこそ回避できる。

 だが。

 合計しておおよそ五秒の時間を稼いだ。

 一秒の隙ならば、どうしようもない。そこまで熟練していないのだから当然だ。けれど、五秒なら?

 五秒間ではないにせよ、五秒は奪えたのだ。

 それで、充分。

 信頼もなく、信用もないけれど。

 こんな登山を主催した側に、文句代わりの一撃は、五秒で届く。

 ――男の喉から、ナイフが生えた。

 それは49番が投げて回避されたナイフで、そして、五秒の間に背後から接敵した111番は、自分のナイフを男の腹部に差し込んでいる。

「油断は、言い訳にゃならねえよな?」

「地獄での言い訳を考える時間は、なかっただろ」

「そりゃそうだ」

 ずるり、とナイフが抜ける。その間に彼は距離を空けていて、返り血は浴びなかった。

「おおっと、どうする49番、ここまで敵だらけだったから、間違えて敵だと思っちまったぜ」

「殺さないでくださいってプラカードも、なかったしな」

 ここにきてようやく、お互いに視線を合わせて小さく笑い、彼はナイフを受け取った。

「こんな悪い意味での量産品ナイフなんか持たせやがって」

「筋肉に当たれば刃こぼれもする――とか、どっかで聞いたな」

「上手くやりたいもんだぜ」

「まったくだ」

 そうして、二人は〝並んで〟歩いて、渡り廊下に面した場所から、施設の内部へと入った。もちろん、ナイフは握ったままで。

「へえ……真新しいとは思わないけど、なんか学校を思い出すな」

「確かに、病院よりはしっかりしてる――ん」

「おう」

 廊下のような場所をしばらく歩いていて、先に気付いたのは彼の方。言われ、少年もまた足を止めた。

 反対側の通路から、少女――に見える、女性が、こちらに近づいてきていたのだ。

 印象としては、妙に目つきが悪いのと、年齢を重ねたような〝落ち着き〟である。服装は黒色のボディスーツで、袖や裾は長い。身動きのしやすさを利点としたもので、防御の観点ではどうなのだろうと、そんな疑問を浮かべたのは、どちらだったろうか。

「おっと、どうした諸君、シャワールームの場所ならここではないが。それとも、屍体をばらして処理する業者ならば、今から六十分もすれば、山を掃除することになると思うがね」

「ちょっと道に迷ったんだよ」

「人生という道かね? そういうことならば先輩であるボクがその相談に乗るのも一興――と、言いたいところだが、いかんせんお手洗いに向かう最中だったのだよ。言っておくが、この服はきちんと脱ぐとも。なかなかに面倒な話だ」

 にやにやと、あるいは、嘲笑めいた笑いを、彼女は浮かべている。

 ともすれば、自嘲と、そう呼ばれるものに近い。

「そういえば――」

 ぴたり、と足を止めたのは五歩の距離。だが、どういうわけか、先ほどのように踏み込もうとは、一切思えない。むしろ、来ないでくれとも、そう思う。

「今日は山が騒がしいと、そんなことに気付いたボクは、どうしてパーティならボクを誘わないんだと文句を言おうと思ってきたのだが、はて、外に誰かいなかったかね?」

「殺した」

 彼は、廊下の窓側に背中を預けるようにして、詰まらなそうに言う。

「おや、なんだそうなのかね。ふむ、となればボクが参加できるようなパーティではなかったと、部屋に戻って惰眠でも貪ろう。ではね――〝大蜘蛛(スパイダー)〟、あとはよろしく頼んだよ」

 声がかけられた方向が違うと、飛び跳ねるようにして背後を見れば、スーツ姿の男性が苦笑を顔に滲ませている――。

「おい」

「――っ」

 その一瞬、そう、先ほどの五秒よりも短い時間で、もう一度振り返れば、さっきの女性は、もう、そこにはいなかった。

「彼女のことは、あまりお気にせずに。といっても、私の用事は彼女へのものでしたが、まあいいでしょう。あなたたちの番号は?」

「どこかに落とした」

 なるほどと、返事をした彼へ視線を向けた男は、苦笑して肩を竦めた。

「では仕方ありませんね。君は49号室、そちらの君は111号室へ。シャワールームの場所は、この棟の中にありますから、ご自由にどうぞ。それと、寮棟であるここでは、武装の所持はともかくも、使うことは厳禁になっておりますので、ご了承を。なにか質問は?」

「そのスーツの値段」

「髪はどこの店で手入れさせてんだ?」

「ははは、それではまたいずれ、逢うことがあれば。私は、そう、この場では〝大蜘蛛〟なんて呼ばれていますので、その通称で通りますよ」

 足音が消えて、五分を置いて、ようやく。

 二人はほぼ同時に、肩から盛大に力を抜いて、壁に体重を預けた。

「おい、49番、ここはどんな魔窟だ」

「人間の形をした化け物がいるのは知っていたが、こういう対峙の仕方をすると、洒落にならんな。一つ賢くなった」

 ともかくも。

 こうして、二人はここで生活するようになったのだ。

 もちろん、彼がベルではないのと同様に、この時点では少年もまた、〝炎神〟エイジェイ、などと呼ばれることもなかった。



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