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ハジマリの場、オワリの所  作者: 雨天紅雨
■2011年
28/790

11/14/12:40――嵯峨公人・米国の守護神

 ヘリポートからはジープに変えて目的地に到着したのは、足の速い自衛隊がようやく到着し列を組もうとしている、そんな状況だった。

「――なんだ! 厳戒令が敷かれている、所属を」

「うるッせえよ」

 迷彩服を着た自衛隊、おそらく隊長なのだろう相手に向け、運転席にいた小柄で目付きの悪いプラチナブロンドの男性はカードのようなものをひらひらと動かし、隊長の前に見せつけた。

「は? ……あ」

 ハンターライセンス、その功績を国家から認められた場合にのみ許される宝石のコーディングがされたそれを見て、隊長は一瞬の間をおいてから理解した。

 ルビーをごく薄くカッティングした上で重ね合わせ、カードにコーティングすることで鋭い切れ味も持つ、個人を示すライセンス。ただし表面に記されているのはランクSの文字のみだ。

「こっちは独自で動いてンだ。てめえらの指図は受けねえよ、邪魔もしねえ」

 酷いスラングの共通言語(イングリッシュ)を放つ――世界で只一人、ルビーの使用を許されるハンターは彼、ランクS狩人〈守護神(ジーニアス)〉しかいない。宝石の重複を認めていない現在、ルビーのライセンスそのものが彼を示す。

 だから、名前を記す必要はない。

「失礼した」

「とッとと業務に戻れや――と、おい一つ答えろ。上からなんて命令きてる。俺もそれに従ってやっからよ」

「何が起きているか不明、東京に立ち入らず周辺を囲めと」

「そうか。もういいぜ」

 ひらひらと片手を振ってジャケットの胸ポケットにライセンスを戻した彼は煙草を手に取って咥えると、箱を助手席に投げて火を点けた。

「で、どうだクイーン」

「さあ」

 助手席に座っていた赤髪に赤い瞳を持つ魔術師、クイーン・レッドハートは渡された煙草を取り出しながらも、フロントガラス越しに東京を睨む。

「物見遊山できただけ――とはいえ、どうかしら。紅色の世界が忌忌しいとは思うけど、一般人は気付いていないようね」

「そうじゃねえ、ンなわかりきったこと訊いてねえよ」

「何よジニー、連絡受けて手が空いてたからきただけ、みたいなことを言っていたじゃない」

「ンなのは建前だ。あのな、いつかこの国にだってハンターズシステムは施行される。それまでにランクSの俺がどの程度のモンか示しておく必要があるだろーが」

「他人を引っ張ってくなんてガラじゃないって、ぼやいていたのに?」

「愚痴ッてもやらなきゃならねえ、俺がハンターである以上はだ。ンなことはどうでもいい、気付かねえのかクイーン」

「だから何が?」

「矛盾してんだろーが。何が起きてるかわからねェ、確かに今の俺もその通りだ。けどな、だからッて手出し無用ッてのは納得できねえよ」

「そう? まあ調査隊を編成している様子はまだ見えないけれど」

「空を見ろよ、戦闘機すら飛んでねえ――つまり、調査をしようッて意欲がねえんだよ。おかしいだろ」

「何が起きてるかわからないのに、原因の究明をしない」

その通り(イグザクトリィ)」ジニーは面倒そうにぱちぱちと手を鳴らす。「少なくとも命令した上部のヤツは、現状で何が起きてるのかわかってるッてことだ。深読みすりゃ、起きることがわかっていたッて可能性もある」

「そう? ――あ、待って。ヤツってことは単体?」

「どっかの議員が動かしてンだろ、この連中は。組織立ってたのは今まさに被害の最中だぜ。……ちッ、日本語はともかく日本名は読み取り難いッたらありゃしねえ。イウア、イムラか?」

 視線の先にいる隊長が幾度か通信で連絡中に口にした名だ。記憶を手繰り寄せ、日本国の官僚などのデータを洗ってみるが、合致した相手を思い出すよりも前に諦める。今の所はどうでも良い。

「ジニーの思考が早くて私は追いつけないわ」

「この程度、ランクDくれえなら誰だってやる。知識、思考能力、そして戦闘能力を備えてこそのハンターだぜ。狩りに必要なのが戦闘能力だけだと思ってる馬鹿は、そもそもハンターになれやしねえよ」

「メディアが来たわね」

「打つ手が早すぎる。日本じゃお役所ッてのは手続きが面倒で遅いッてのを誇ってンだろ? 一議員がやってるとは到底思えねえな。ブレーンがいる……ん?」

 少年らしき風貌を持つ男が隊長と何かを言い合っているのをジニーは見た。隊長はどうやら一般人の立ち入りは禁じているため、戻れと伝えているようだが少年の方の言葉は読み取れない。というのも、ほとんど唇を動かさずに話しているからだ。

 ――読唇術を警戒してんのか?

 それとも癖なのかと思って注視していると、吐息を落とした少年が自然な動きで周囲を見渡すようにしてから、こちらと視線を合わせてきた。距離はそうないが――焦りもなく、まるでこれから起きることを見送ろうという意志が見える瞳に、ジニーは思わず窓から身を乗り出した。

「おい! その野郎は俺の関係者だ、こっちに寄越せ!」

「関係者? ああジニーの気まぐれね。でも若い男じゃない」

「お前は若作りだけどな」

「余計なお世話よ」

 二言三言を交わし、黒のロングコートで身を包んだ少年がこちらへ来る。東洋人は若く見えると云うが、しかし、ジニーは違わずまだ幼い部類だと判断した。

「よお」

「……悪い、感謝する。立ち入るつもりもないのだが、いくら説明しても聞き入れない、ああいう頭の固いヤツの相手は苦手なんだ」

 雰囲気で察したのか、それは流暢な共通言語だった。

「何しにきた小僧」

「明日、この中で逢う予定だった昔馴染がいてな」

「安否が気になるッてか?」

「いや――こうなった以上、俺が手出しできる状況じゃねえよ。一人で足を踏み入れるほど馬鹿じゃない」

「何が起きてンのか、わかるッてか?」

「俺がわかるのは、今回は東京が被害に遭うだけで他を巻き込まないってことくらいなもんさ」

「……名は?」

「エミリオン。公人・エグゼ・エミリオンだ」

「魔術師ね?」

「ああ」

 口を挟んだクイーンの問いにも、躊躇すらせずに頷く。まるで、

「俺らの正体をわかってる物言いだな」

「買被りだろ。国籍がここじゃねぇとは思うが」

「ハンターだ」

 云うと少年は実に複雑怪奇な表情を浮かべ、はあと足元に吐息を落とした。見越していたのかよと、諦観にも似た感情と共に唇が動く。

「エミリオン、どうして東京から被害が広がらないと言えるのかしら?」

「心臓を喰われて死なない人はいねぇからな。心ノ宮は神奈川だが、ま、同じことだろ――おい、空だ」

 心ノ宮とは何だと問おうとしたが、ヘリの音にジニーは身を乗り出して空を仰ぐ。カメラを手にした男が東京の上空に侵入し、映像を流す準備として機材を確認しつつ、マイクを片手にした直後。

 黒色の何かが地表からヘリのある高度にまで伸び、それを引き戻す動作で二つに割った。

「はッ、まるでカメレオンの舌じゃねェか」

「……随分と余裕の発言だな」

「見せしめッてのは状況に応じて必要になる。命令無視で飛び出して死ねば、次に死のうとする連中はいねえだろうが。ここに来たのが俺じゃなけりゃ、ハンター連中もああして死んでただろうぜ」

「名は? そっちの女の人は魔術師だろ。気配でわかる」

「ジニーだ。ランクSの〈守護神〉」

「クイーン・レッドハートよ」

「レッドハート、あの魔術師狩りのレッドハートか?」

「ええそう――〝異端者狩り(ウィザードイーター)〟の二つ名を協会から与えられた、ね。ジニーとは付き合いがあってね、タイミングが合ったから興味本位できただけよ」

「なんだ、てっきり邪魔をしにきたのかと思ったが……」

「落ち着いてンなァ、おい。昔馴染は中にいるンだろ」

「ああ、いるかもしれないな」

「いねえな」

「いるさ」

 ジニーの耳はエミリオンの鼓動を聞いているし、瞳の奥の揺らぎや発汗すらも見逃さずに見ている――が、しかし。

 ――嘘はねェな。

 東京に知人がいる上でなお、助けようなどとは考えずただここに居る。

「てめえ、ここの結界を張った本人か?」

「結界? 東京全域にか?」

「……魔術師の私にもわからないコト、平然と言うわよねえ。ジニーって性格悪い。気遣いが足りない」

「お前はとりあえず黙っとけクイーン。それよりもだ、一応訊くぞエミリオン。ここに結界があるとわからねえのか?」

「ああ。そんな広範囲術式は扱えないし、結界は俺の領分じゃない」

「なら被害が東京だけに収まると、何故言い切れる」

「元から被害を最小限に留めるために手を打つ、それが予想できた人間のやることじゃねぇのかよ」

「有効利用ッて考え方もあるな?」

「悪いが俺は事前に打つ手だけは教えられたが、結果として何がどうなるかまでは知らねぇよ」

「それは誰だッて同じだ。確定される未来なんかねえ」

「絶対か?」

「……いや、確定できる未来もある」

概念(デフォルト)か」

「始まりと終わりだ。それでも、不確定じゃねえ未来は、そもそも未来なんて呼ばねえンだよ」

 ならばと、エミリオンは思う。鷺ノ宮の刻詠とは一体何を詠んでいるのだろうかと。

「――本当に知らねえのか」

「結果から過去を探ってる最中だ。それとジニー、あんたの恐ろしさを実感中」

 そしてまた同時に、納得もあった。こういった人物を相手に駆け引きを行おうと思うのならば、狼牙や彼女のような思考を持っていなくては太刀打ちできないのだとわかり、ゆえに自分は甘いのだと。

「俺は事前情報があるけどな、あんたここに来てからそこまで考えたんだろ?」

「自慢にゃならねえよ。それよりエミリオン、中で起きてることはわかるか?」

「専門外だが予想なら」

「聞いてやる。それと、――警戒はもうしなくていいぜ」

「わかるのか?」

「ああ、刃物の切っ先を突きつけられてる気分だ」

「切っ先っていうより刃よね」

 それがわかっていてなお動じなかったのかと、エミリオンは苦笑を滲ませて軽く両手を挙げた。

「警戒を解いても信頼はしねぇ、これって当然の流儀だよな?」

「ああ」

「結構。あんたら、妖魔ってものについてどの程度知ってる?」

「私パス。聞き手に回るから」

「そうしとけよ――妖魔なあ、聞いてはいるぜ。妖怪の一種としかわかってねえが」

 本当にか? そう問おうとしたエミリオンは東京を見たまま、しかし横目で一瞥だけ投げておく。それは警戒ではなく疑心なのだろう。

「妖怪は元来、実体を持たないものなんだと」

「現象だッてのか?」

「そうだ。実体を持つ、たとえば動物なんかが引き起こした現象も、そう呼ばれることがある。妖怪はその行為、つまり現象そのものを指した言葉でもあるわけだ。木造住宅が湿度によって軋む音を立てる家鳴り、夜に山を歩いていてモモンガが顔に張り付いて惑わす野襖なんてのもあったか」

「現象が先行したかたち、か……悪い続けてくれ」

「妖魔の本質も同じだ。連中は実体を持たない現象として、特性を持って具現している」

「――現象密度か?」

「……何か他に事例でも?」

「こっちじゃ幽霊なんて呼ばれてるモンも、米国じゃそれなりに水面下で被害がな」

「ああ、日本じゃ幽霊も妖魔の一種だ」

「指令出してるヤツはその辺り、わかってて言ってるな――だとすれば、この状況を想定していたことになる。少なくとも自衛隊なんかが手出しできないッてのを見越した上での指示だろう――おいエミリオン、そいつは誰だ」

「あー……知りたいのか?」

「言えよ。それとも言っていいのかどうか判断がつかねえッてか」

「言いようがねぇ方で判断がつかねぇよ」

「はあ?」

「名前がねぇんだよあいつ。だからいろいろあってな。ネイムレスとか、ゴーストとか」

「……そう、自称してンのか」

「いや、俺らが勝手にそう呼んでるだけだ。あいつに問うても、好きに呼べとしか言わねぇし。だからあんたの読み通り、指示を出したヤツはいる。俺の知人だろうが、だからってあいつを表現する言葉はこれ以上ねぇよ」

「あるけど、言えないのね?」

「ああ。――俺だって口外できることの分別くらいつくぜ」

「目的は?」

「言ったろ。被害をここで留めることだ」

「……はン。その妖魔に人が抗うにはどうすりゃいい」

「二匹以上なら俺は逃げるね」

 もっとも逃げられるのなら、だが。

「専門にしてるのは武術家だ」

「……ああ、連中か」

「本当にいろんな知識を持ってるんだなハンターってのは」

「嗜み程度――というか、既知だったと相手を威圧できるくれえに誤魔化せるよう、事柄の本質に近い部分だけな。それで?」

「連中は密度だと俺は聞いてる。個体差もあるだろうが――たとえば百の密度で一体がいたとして、その内の十を使って牙という特性を具現していたとする。特定の術式ならともかく、物理的な攻撃なら具現している部分にしか当たらない」

「一度壊しても、残りの九十がある以上はまた具現するッてか。その計算だと単純に十度殺せばいいが、見た目でンなことがわかるのかよ」

「武術家ならわかるんだろ。一応は一位から五位までの分類があるらしいんだが、忘れたな。たぶん東京内部にいるのは五位ないし四位までのはずだ」

「武術家はどう対処する」

「連中は最初から具現しない部分まで見抜く瞳と、その部分を攻撃可能な術式を持ってる。後は技術と経験だ――昔から妖魔の相手をしてきた専門家だからな」

「――東京にも、いたんだろ。いや居ると言った方がいいか?」

「魔術師もいたんでしょう?」

「質問ばかりだな」

 苦笑して肩を竦めると、ジニーが煙草を差し出したので受け取って火を点けた。

「武術家は弓術の十六夜がいるはずだ。魔術師は……俺の知ってる限りでは二つ。一つは知ってるだろうが〝瓦解の獅子(フォウマルハウンド)〟」

「はッ、あの馬鹿野郎かよ」

「……そうなのか?」

「ええ、あの馬鹿野郎、ちょっと地球斬ってみたいからって得意の切断術式を真下に向けて発動させてインドネシアで石油を掘り当てたのよ。――首だけ出して埋めたけど」

 どこにだよと突っ込みたい気分だったが、聞くのが少し怖かったので右から左へと流しておいた。

「利権が絡んでなあ……そうか日本に逃げてたか。もう一つは?」

「俺の逢う予定だった、如月だ」

「そいつが?」

「いや、助言をよく貰ってた間柄でな――いや、知らないのか?」

「知ってるから関係を訊いてンだろーが」

 そうなのかと振り向くと、クイーンもまた顔を鋭くしたまま口を開こうとはしていない。

「ま、どうにかして生き残ってるはずだ。何をしたのかがちょっと怖いけどな。何しろ姉ちゃん、容赦の赦す部分を捨てた女だったから」

 如月容――彼女は本当に、文字通り、容赦を知らない人物だった。この状況下で何をするのかは知らないが、きっと何かしているだろう。どうなるかも知らないが。

 だからこそエミリオンは落ち着いていた。そもそも、――次元が違う人物だから。

「その十六夜ッてのはどの程度のモンだ」

「さあな。ただこの現状で生き残れるかって問いに、他の武術家が頷けるかどうか怪しいぜ。ただ生き残るだけならと前置すりゃ、可能かもな。俺も付き合いがあんまねぇからよくわからん」

「――なるほどなァ」ジニーは軽く笑う。「つまり現状で、中に這入れる連中はいねえッてことか」

 大地が揺れる。地震ではなく、東京の建造物が倒れていく音だ。先ほどから連続してそれはある。

「どうしたもんかねえ、なァおい」

 直後、紅色だった世界が元の色を取り戻した。



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