11/10/04:00――椿青葉・祠堂の姓
物事に拘泥しない人間は厄介だと椿青葉は思う。
己の事ながら鬱陶しくも長い髪を背中へと跳ね除け、これも自覚はしている冷たい表情で女性を見る。勿論、その口が放つ言葉が刺刺しいことだとて理解していた。
「祠堂さん、今日より凪ノ宮を名乗って貰えるかしら」
「うん、いいですよ」
そして、これだ。
大切なものを持たない人種ではないだろうが、たとえばブランドものの高い財布と量産された安い財布があったとしよう。どちらかを手に入れられるという状況下で、人は高いものを選びがちだが、こうした人間は〝どちらも財布だ〟と考えてしまう。
姓を捨てろ――継続しなくては達成できない目的を抱く魔術師にとって、継続の象徴でもある姓に拘泥するのは当然で、青葉が終わらせた前の二件にした所で説得するのには時間を要した。
しかし彼女は言う。
どちらも同じ、姓なのだから拘泥する必要などないそれを示すかのよう、あっさりと。
厄介だと、やはり青葉は思う。
つまり同じ誘いを誰かが上書きするよう差し出せば、あっさりと流されるかもしれないからだ。もっともその辺りを追求せずに、承諾したとは認めないけれども。
「あ、えっと」
「――何か?」
「いや、難しい顔してるみたいですけど」
祠堂の家は豪邸だ。それなりの敷地面積に、それなりに豪華な家。資産家であることは一目瞭然であり、服装もどこか垢抜けた感じだ。ただしその女性はまだ大学生、そして家長でもある。理由は先代が彼女に家を押し付けて放浪の旅に出たからだ、と聞いていたが、なるほど納得できる部分もある。
風は、そもそも一箇所に留まることを知らない。だが彼女は自らの意思を持って流れる先を決める風だ――つまり、もっと厄介なのである。
「流動の終末を研究しているそうね」
「え? ああ、はい、そうです……一応。お話でしたら部屋に上がりませんか?」
「立ち話で結構よ。玄関口で悪いわね」
といっても広いエントランスだ。その中に二人がぽつんと顔を合わせているのは異様な光景だろう。しかも、そこそこ豪華な衣服を着ている彼女は青葉のような質素な服装の者と並ぶと、ちぐはぐに見受けられる――が。
しかし。
「じゃちょっと失礼しますね」
無造作に、彼女は中央階段の二段目に腰を下ろし、手すりに肩を当てて体重を乗せた。
「貴女にとって流動の終末は見えたのかしら」
「んーどうだろ。いや、まあ先代も別に熱が入ってたわけじゃなかったので。風は送ってたみたいだけど」
「現状では見えないと?」
「そうですねえ……まあ今の私には、結局のところ終末は開始と同じってくらいしかわかってないんで。風が流れた先にあるものはなく、風はただ流れ続けると思うし」
「ああ……」
そういう考えを持っているからこそ、風が止まる〝凪ぎ〟の意味を彼女に与えようとアレは考えたわけかと、青葉は頷いた。
「では貴女の中の物語は終わりを知らないのね」
「――え?」
「風はただ流れ続けるだけ、なのでしょう?」
「え……や、だけとは言ってないけど、どういう意味ですか」
「風は何故吹くのかしら」
「……? それはまあ気圧差があって」
「馬鹿ね、そんな子供でも知っている仕組みを説明してどうするのよ。術式でそれを発生させても、子供の遊びと変わらないわ」
「へええ――」
意図して攻撃的な言葉を選択したのだが、何故か彼女は驚きと納得が半分ずつといった表情を浮かべた。少なくとも青葉が問いに対する答えを自分で持っている上でのもので、気圧差と言ったそれが彼女の誤魔化しだと気付いていて――だからこその言葉だと、彼女は気付いたのだ。
だから。
「聡明ね」
先手を打つ。
「え?」
「貴女の予測は大きく見て当たっていて、至るまでの時間も考慮した上で聡明と言ったのよ」
「――まさか、気付かせるために言ったの?」
「さあどうかしら。気付いたのだから良いでしょう? 一応、褒め言葉よ」
ただ、もっとべつの部分に気付いて欲しいものだ。
「気に入らないわね」
「はい? 何がですか?」
「終わりは始まりと同じものよ」
「うんまあ、そうですけど」
「だからって終わらないものはないし、始まらないものもないわ」
「そうですね」
「風は流れ続けるものなんでしょう?」
「まあ」
「それは、――つまり終わらないし始まらないだけよ。子供の遊びの方がマシね、続けたくても時間になったら終えてしまうことを知りながらも、終わりたくないと願うのだから」
「なんか……意地悪」
「あら、意気地無しと間違えてるわね」
吐息が落ちる。
風の代名詞は気まぐれだが、こちらの意図を汲んでいる。けれどまだ子供だ。
「……? 現役大学生だったかしら?」
「そう、まだ若い二十一歳です。そっちは?」
「十三よ」
「――はあ!? 嘘、私より年上でしょ? そうとしか見えない貫禄が」
「貫禄なんて女の子に対して褒め言葉じゃないわよ。撤回しなさい」
「あ、はい、ごめんなさい……」
「私に言わせれば、それで二十一歳と胸を張って言える貴女が羨ましいわ」
「え? 張れるほどの胸はないよ?」
「馬鹿ね、脳が天気だと言ってるのよ。けれど安心なさい、私の知っている能天気は貴女よりも酷いから私自身が耐性を持っているわ。それに――そう警戒せずとも、私は何もできないわよ」
そうだ。
青葉は何もできない。少なくとも実行力で言えば、仲間内で最下位に該当する。
――公人は否定するけれど、ね。
劣等感を抱く友人を思い出し、場違いだとわかったため軽く瞑目して意識から外しておく。そうだ、すぐに逢える。青葉の役目は凪ノ宮で終いだ――今の所は。
「何もできないなんて言葉、信用はできませんよ」
「あら、そうかしら。何故?」
「だって――違う?」
「何が違うのかしらね」
「だから、超越してるでしょ?」
「……? 何から何を超越しているのか不明ね。率直に言えないのかしら?」
「あーそうじゃなく、ほら、なんて言うかなあ……少なくとも私の風は届かないし」
「届いているわよ。向こう見ずで真っ直ぐ、つまり愚直なまでに正面から後方へ勢いよく抜けようと、走り抜けることしか考えていない風を感じているもの」
「うぐ……うちのおっかさんと同じこと言ってる。でも届いているのに、私にはその感覚がありませんし」
「流動を謳う魔術師が、その感覚がないのだとあっさり認めるのね?」
「意地が悪いなあ……」
「意気地がない、でしょう」
「……はい。意気地がありません」
「自覚したら次にやることはわかっているわね?」
やっぱり意地悪だと、彼女は口を尖らせた。
「あのさ――ん? あ、そういえば名前を聞いてなかった」
「知る必要はないでしょう? 私はあれと違って名乗る事に意味を見出してはいないわ。名乗りたいのなら好きになさい」
「はい、凪ノ宮春風です。……これでいい?」
「承諾しているなら結構よ」
「うん。書類手続きとか面倒なんだけど?」
「それはこちらで済ませるわ。……ああ、厳密には違うわね。私はただここにきて承諾を貰うだけで、後の処理は他のがやるだけだもの」
「ふうん……鷺城さんと前崎さんとこも?」
「あら――知っていて断らなかったのね」
「うわ、口だけでぜんぜん驚いてないし」
想定の内だから当然だ。そもそも想定外の行動に出られるような上手の相手ならば、青葉だとて相応の気を遣う。故に楽な相手だと思う――自分の友人たちとは違うなとも。
「鷺ノ宮、花ノ宮、陽ノ宮に連ねる家名を更に八つ増やし、十一とする」
「は?」
「是を即ち〝十一紳宮〟と括りにした。――貴女はもう、十一紳宮が一つ、というわけね」
「え、いや、ちょっと待って――あの鷺ノ宮さんと同列ってこと?」
「意気地がない貴女がそれを望まないかしら」
「む――上等じゃない。鷺ノ宮がなんだってんのよ。大丈夫ですから」
「心配など最初からしていないわ。好きにしろと言わなかったかしら」
「冷血女」
「心外ね――自覚しているわよそれくらい」
「尚更性質が悪いと思いますけどね」
「それも自覚しているわ」
そろそろ、良いだろうかと青葉は吐息を落とす。最初に肯定された時点で役目は終えていたのに、わざわざ会話を引き伸ばしたのは彼女の真意を確認するためだ。
それが果たされたのだから、もう帰ろうと思う。早く公人に逢いたいと、そう浮かんだ考えは一先ず横に置いておく。
「終わらない物語がないように、始まらない物語もないわ」
「物語……?」
「だからこそ終わりも始まりも求めない、これは本末転倒ね。そう思っている貴女に私は上から目線で問いかけるわよ――ならば、貴女にはどこで物語が終わるのかわかっているのね、と」
「……」
「どこで終わるかもわからないのならば、貴女はただ目を逸らして走り続けるだけの愚者よ。流動の終末は、流れを停止させることかしら? 凪ぎは――風が吹き出すための、溜めの時間ではないのかしら」
返答はない。だから。
「即答できない者が、流動など謳わないことね」
発破をかけてから背を向けた。これだけ直截した言葉を風のように右から左へ流すようならば、この家名に先はないし、彼女自身にも発展はない。
――べつに心配はしていないけれどね。
どうでもいいことだと青葉は思う。この仕組みだとて、ほんの数日だけ保てば良いのだと既に知っていたからだ。
否。
当人たちはともかく、青葉たちは数日中にそれが壊れることを知っているのである。




