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ハジマリの場、オワリの所  作者: 雨天紅雨
■2011年
21/790

11/09/21:40――名無しの少女・彼らの暗躍

 彼女はいわゆるセーラー服を着ていた。随分と使い古しているらしく、ひどく似合っていながらも貫禄に似た古めかしさを漂わせている。背丈は小柄で紅音と並んでもそう大差ないほどだ。髪は耳が隠れる程度で、爛爛とした瞳が強い意志を宿していた。

「やあ参ったよ」ぱたぱたと服を叩きながら彼女は口を開いた。「雨が降ってきていてね、いやあ降られた。まったく通りモノに当たったような気分だぜ。雨天の連中も出歩く時には言って欲しいものだ、今から通りますよってね。そうすりゃ僕は雨を避けるための手法を用意してから外出するっていうのに――やあ紅音(あかね)、今日もきていたんだ。ふうん、やっぱり馴染んでいるな。いい具合だぜ、そいつはひどく良い。一夜の影響もあるんだろう? ――ははは、そこはさすがに肯定できないんだね、仕方ないか」

 つらつらと言葉を放ちながら、紅音と公人(きみひと)との間に腰を下ろし、カウンターの中にいる雪芽から紅茶を受け取った彼女は、一口飲んでふうと呼吸を落ち着けた。

「うん、いい味だ。――あれ、時間は合ってるね? 珍しいな、エミリオンがいるじゃないか」

「いるじゃないかってな……」

創造理念(エミリオン)

 彼女は公人のことを、その魔術特性からそう呼ぶ。

「お前が呼んだんだろうが。それに俺は召致に遅刻したことはねえ」

「遅刻したことはないけれど、すっぽかすことはあるだろう? その可能性を高く見積もっていたんだけれどね」

「すっぽかすことはない」

 お前の召致ならなと、そう続ける言葉は少し小さかった。

「あたしはだいたい場所を提供してるから、否応なくいるしね」

「雪芽にも感謝はしてるさ。場所というのが実は問題だね、どこでも良いというわけではないんだよ。しかしこの場所は、ある種の特異点だ――特異店なのかな? ははっ、まあ好ましいってことさ。おっとそうだ、本題に入る前に聞いておくぜエミリオン、襲撃の件に関してはどうなってる?」

「あれからは鳴りを潜めてる」

「それで?」

 そうだなと続く質問に一拍を置き、幾度か本の表紙を人差し指で叩きながら公人は言う。

「そろそろ来るだろうことには警戒してる。二週間、準備には十分な時間だ。今まで追撃がなかったことに疑問は感じてるが……」

 おおよそ二十日前に公人が襲撃に遭ったことは、ここにいる誰もが知っている。誰に、どのようにして、何故――それらはともかくも、一度目はどうにか逃走することに成功したらしい。そのことに関しての思索を停止させたことはないが、不明な点は多かった。

「疑問ね。それについては僕が調べておいたよ」

「へえ?」

「あの連中は〝(じょう)(かい)〟に所属している魔術師だ」

「錠戒? 耳にしたことはないな。どこかの結社か?」

「結社――ね、どうかな。本山をローマ、バチカン教皇庁魔術省に置く組織だよ」

「教皇庁ってーと、あれか。あの教会か?」

「その教会さ。魔術師協会と勢力を二分する、思想的にも相反する教会だよ。彼らは熱心な信仰者だ。魔術とは神の力の一部であり、それを享受するものだと納得して疑わない。そこには成長という観念すら当てはまらない――そして、魔術師狩りの多くは教会の仕業だ。もちろん協会だってやってはいるけれどね、そもそも前提が違うんだ。教会は神の力を好き勝手に使う在野の魔術師を好まないんだね。信仰を押し付け、否定した者を簡単に消去する。――その標的に、エミリオンが選ばれたってことさ」

「……やれやれだ」

「まったくだ、僕もやれやれと言いたい気分だね。厄介事は重なるものだ」

 彼女は背もたれを使って背中を伸ばすよう両手を上へ持ち上げると、ふうと吐息して残りの紅茶を飲み干した。

「そういや学校にも顔は出してなかったか?」

「そうそう、今日は僕らがやってる事に関して一応の説明をしておこう、なんて思ってね」

「ら? ――おい、まさか狼牙と」

「そう、青葉にも手を貸してもらってる。厳密には勝手に参加して動いているって感じだけれどね」

「あれ? 狼牙は放浪中じゃなかったんだ」

「放浪中の所を僕が捕まえたのさ。あれは行き場を知らない、あるいは失った存在に限りなく近いからね。いやしかし参る話だよ。さすがの僕も疲れた、アルコール――は、駄目だな。一夜がいない」

「父さんなら家に戻ったから」

「それはいいから、ネイムレス。お前は何をしてるんだ」

「柱を立ててるんだ」

「家とか建てる人になったの?」

「まあ似たような――……なんだい紅音。いいから話せって? どこからどこまで――ああ、うん、まあ、そのつもりで来たんだから構わないけれどね、いいかい? 話す、つまり知ることで引き寄せる厄介なものも世にはある。一応の選択権を」

「話せよ」

「うん聞きたい」

「――やれやれだ」

 降参だと言わんばかりに両手を挙げるが、しかし顔には紅音と似たような厭らしいにやにやした笑みが浮かんでいる。つまり、最初からそのつもりだったというわけだ。

「五日ほど前に鷺ノ宮をノックしたんだよ。厳密には呼び出されたんだ。そこでまあ物騒な話を聞かされたわけでね、そして僕はびくびくしながら表面上は頼みごとという強制的な依頼を引き受けたわけさ」

「嘘吐くな。お前が鷺ノ宮ごときに何を脅えるってんだ」

「そうだよね。でもあの鷺ノ宮かあ、野雨の鷺ノ宮は有名だもんね」

「つまらなくなったなあ君たち」

 苦笑しながらも鷺ノ宮で行った会話を適当に、大雑把に、要点だけわかり易いように伝えた。

「わかり難いな。だいたい世界が崩壊するなんて、ぴんとこないぜ」

「んー……あたしの記録は現在を続けることだから、発生しないとわからない」

「ま、君たちの反応としては真っ当だよ。うん、実に真っ当だ。ちなみに青葉はこの説明の後に、私を使いなさい、と答えたぜ? 狼牙に至っては、東北の方には縁があるから私がやりましょうと勝手にやってたなあ。理解が早くて助かるのは君たちもそうだけれど、あの二人はちょっと配線がおかしいね――ん?」

 にやにやと笑ったままの紅音に気付き、彼女は振り向く。それから数秒の無言を置き、やれやれと吐息した。

「ま、そうだね。あの二人がどこまで理解できるのかは僕だってわかった上で説明したさ。いや、ともかくだ――今、僕たちは日本中に十一本の柱を建てようと動いている。期限はおよそ残り五日程度かな」

「具体的に言えよ」

「そうだね。いいかい? じゃあエミリオンに問おう。世界の中心はどこにあるか知ってるかい?」

「地球のヘソ!」

「……基準がない以上、おそらく中心はどこでも良いはずだ」

「あはは、雪芽は相変わらず楽しいね。エミリオンもこういう所を見習えば余裕が持てるぜ」

「褒められた!」

「馬鹿にされてんだよ。お前のは脳が天気なだけで余裕じゃねぇ」

「そう、中心なんてどこでも良いんだよ。そして全てを助けるだなんて真似はできない、これは一つの真理だ。究極的には一人が助けられるのは一人だけさ。もっとも、そのたった一人だって随分と重たい荷物になる。僕がやるのはね、根源的な治療じゃないんだよ。病気を治すんじゃない――ただ、進行を少しでも遅らせるだけだ。そのために十一本の柱を日本に建てることで、一時的に世界とやらを錯覚させてみようと、そう思っているのさ」

「できるか?」

「さあ、こればかりは結果が出ないと何とも言えないね。まあ、いずれにせよ性急過ぎるのさ。現状で崩壊してしまえば、あとの再生が果たして可能かどうか危うい所だ」

「何故、そう言い切れる? 人がそんなに――弱いか?」

「弱いさ。たとえば街の真ん中で召喚の魔術式を行使したとして、さて何人が生き残れると思う? 時間はそうだね、十二時間って甘めの判断でいい」

「無茶言うな。一般人が何をどう対抗しろってんだ」

「だから、そういうことさ。強さとか弱さではないんだ、これはね。もっとも手段についてはわからないんだけれど」

 とんとんと公人の指がテーブルを叩く。明らかに疑っている顔つきだ。特に彼女がわからない、だとか明確ではない、だとか口にする時はその前後に嘘があると見ている。どこまでが嘘なのかはわからないが。

 ただ、何故と公人は思う。

 この時点で公人にはわからず、椿青葉や箕鶴来狼牙にはわかった――この差は何だろうかと。

「魔術師協会にある名簿を掠め取ってね、日本在住の魔術師十一人、厳密には八人にはちょっと姓を捨ててもらおうと動いているわけさ。もっとも捨てるというより、僕が誰かに譲るカタチになるんだけれどね」

「物騒だな。魔術師の姓は魔術刻印と同じ意味だろうに……子子孫孫、代代続けられてきた成果と共に、姓を誇るもんだろ」

「過去に拘泥するようじゃ魔術師としては三流以下だと言ってやるのさ」

「もったいぶるな」

「やれやれ――いいかい? 鷺ノ宮、花ノ宮、陽ノ宮なんて家名がある」

「日本の魔術師としては大御所だね。協会から二つ名が与えられてるのは鷺ノ宮さんだけだっけ?」

「まあね。そこに加えて八つ」

「あ、わかった。お宮で繋げちゃうんだ。単純だ」

 沈黙が降りた。

「……あれ? ほんとにそうなの?」

「あのな雪芽……これはそんな単純なことじゃないだろ。お前の頭が単純なんだ。でネイムレス、続き」

「あ、ああ、僕としたことが意表を衝かれてしまったよ。どうしたんだい雪芽、アルコールでも入れてるのかい?」

「素だよ?」

「うん、そうかそうか。うん、いい子だね雪芽は。うん」

「わーい」

 本当に大丈夫なのかと疑いたくなるような状況でしかし、紅音だけがにやにやと笑っている。公人は頭を抱えたい気分だ。

「加えるのは凪ノ宮(なぎのみや)、鈴ノ宮、朱ノ宮(あけのみや)魂ノ宮(たまのみや)、闇ノ宮、樹ノ宮、森ノ宮、心ノ宮の八つだ。とりあえず鈴ノ宮と朱ノ宮は狼牙がなんとかしてくれたみたいでね、青葉は樹ノ宮が終わって森ノ宮が現在進行中だったかな? それとももう終わったんだっけか」

「お前って赤髪が好きなのか?」

「あははは」

「……否定しろよ、おい」

「え? なに、どゆこと?」

「陽に対する闇で擬似的な陰陽を作る。樹と森は大地に粘る両足を、魂と心で魂魄を、朱色の髪を揺らす風は凪いでいて、髪飾りの鈴は鳴らない。花も飾りなのか、あるいは映えるといった現象に対する呼称なのか……鷺はま、背中に翼でもつけるつもりだろ。飛べなさそうだが」

「つまり、この日本でヒトガタを形成しようってわけさ。壊れるのを前提にね」

「えー壊れるの?」

「ああすぐにね、きっとできた直後に――どこかで被害が出る。人型の一部が喰われる、と表現すればわかり易いかな。まあそれでも彼らは姓を与えられた以上、そのままなんだろうけれど……そこを上手く利用すれば問題ないさ」

「上手く利用してるのはお前だと思うがな」

「まあともかく、それで僕は忙しい合間を縫ってこうして一息入れにきてるってわけさ」

「はあ? だったら俺らを呼び出す必要はねぇよな?」

「僕が呼び出したのはエミリオン、君だけさ。これを渡しておこうと思ってね」

 直後、公人は渋面になって舌打ちを一つした。

 透明でありながらも輝きを内包した十一面体が一つ、カウンターテーブルに転がって止まる。室内の電球に照らされているためやや紅色に見えた。

 これは彼女の結晶だ。

 物体ではなく、彼女の持つ何かを結晶化したもの。

 つまり――彼女の一部分。

 彼女は魔法師だ。元来ならば等価交換で行われるはずの譲渡を、相手から何も受け取らずに渡す事ができる――例外、そして異端の法式。

 陥穽なんだよと、かつて彼女は言った。

 こんなものは存在してはならないのだ、とも。

 そんなところに納得できなくて、公人はその行為を好ましく思っていない。いやわかってはいる――それは感情であって、理屈ではない。だから彼女を否定できる材料ではないのだと、わかってはいる。

 けれどわかっていてもどうしようもなく嫌だからこその、感情だ。

「これは何だ」

「君は僕から何かを受け取ったことがないって思い出したからね」

「答えになってねぇ」

「嫌そうな顔するなあ――」

 彼女は、笑う。

 とうの昔に嫌悪などという感情は譲渡してしまったから。

「そういえば、僕の出生に関しては教えていなかったね。疑問に思った事はないかい? 僕が持つ知識、戦闘技術」

「あるさ」

「あたしはない」

「胸を張って言うな馬鹿。同い年でありながら、ただの魔法師を逸脱するくらいの知識を持っていて、しかも戦闘技術は術式に何の関係もない。俺が、ならあるいは納得もできるだろうが……な」

「訊かないのかい?」

「俺にも過去はあるし、過去のねぇヤツはいねぇよ。それが良かろうが、悪かろうがな」

「ふうん……まあ別に、どうってことのない事実なんだけどね。いわゆる人体実験だ――どこまで人は強化できるのか? その成果が僕になる。いや厳密には途中で、終わってしまったんだけれどね」

「へえ」

 暗い話だと思ったが、暗く話しているわけではないため公人は受け流す。本人が気にしていないのならば、他者が気にする事ではない。

「これはねエミリオン、僕の中にある〝刃物〟に類する戦闘技術の結晶(スキルプログラム)だ。君に合わせるのに少し時間を費やしたけれど、まあ上上さ。受け取りなよ」

「受け取らなかったら、どうなる」

「どうにもならないね。これはもう僕のものじゃない。言っただろ? 君に合わせたんだ。受け取るのも捨てるのも君次第、つまりこれはもう君のものなんだよエミリオン」

「……やれやれだ。最初から拒否なんてしねぇよ」

「知ってるさ」

 尚更性質が悪い――ため息を落として指先で結晶に触れると、前触れもなく吸い込まれるようにして消えた。

「……あ?」

「今夜、夢で出てくるよきっと。情報の羅列がね。まあどういう感じで出るかはわからないな、個人によって違うよ」

「そうなの? あたしの時はなんかこう、食べ物一杯でデザート一杯、それら食べてお腹一杯の大満足だったよ?」

「ははは、雪芽らしいね。青葉は数値の羅列だとか言ってたな。まあ身に付けばわかるさ、そういうものだ。だから今日は外出を控えた方がいいぜ」

「ああ、明日以降にしよう――言えよ。俺ができることを引き受けてやる、いや」

「うん、そうだね。その通りだ。引き受けて貰っては困るよ――僕に手を貸すだなんて真似はよすんだ」

「ああ、だから勝手にやる。情報を寄越せ」

「なら二村に話を聞いておくといいよ。僕はこれから魂ノ宮の交渉をしなくっちゃ。凪ノ宮はもう何とかなったからね――」

「そうか」

 直接は関わりがなさそうな辺りに誘導する、それもわかっていることだ。

 そうだ。

 公人は誰よりもよく理解している。

 彼女を中心に集められた、彼女を含めた五人の中で、自分が最も劣っていることを。



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