10/17/09:20――イヅナ・二人のハンター
そのリビングはおよそ四十坪ほどの面積がある。
南側に位置する外に面した側は床から天井までがガラス張りで外界が見渡せ、床は大理石だ。玄関から入ってすぐ左手にあるリビングは奥までが一望でき、それぞれ四本の柱が支えている。
だからだ。
ぽつんと設置された一対のソファとガラステーブルが、いやに小さく見えるのは。
四人掛けのソファの片方に座っていたイヅナは煙草を消し、来客に片手を上げてこちらへ呼ぶ。やや背丈のある男性はランクS狩人〈女王陛下の御心〉であり、背が低くワイシャツのボタンを二つしか留めていない男がランクSS狩人〈守護神〉だ。
「よお、お二人さん。迷わなかったか?」
ベルやラルと対面した時とは違い、ひどく気楽に――あるいはやや攻撃的に、口の端を歪めて笑いを表現しながら問うと、馬鹿言ってんじゃねェとジニーが吐き捨てた。
「なんだこりゃァ」
「何って、ベル先輩のセーフハウスだって聞いてるよな? ここに俺がいることに疑問を持てよ」
「――繋がりがあるのは、昨日の認定試験でわかっていたことです」
対面のソファへと促し、座ったジニーは足を組み、ハインドは背筋を伸ばしたままだ。
「しかし、――どうやら日本各地にあった錠戒が壊滅したのは、彼らの仕業のようですね?」
「どうやらも、ようだも必要ないだろ? ランクS狩人が調べて出た結果に、俺みたいなランクE狩人が口出しできるか」
「できるだろ、てめェなら」
「過大評価するんじゃねえって。――そんで、どうしてきたんだ?」
「どうもこうもねェだろうが。ご丁寧にアメリカ、ロシア、イギリス――そして日本の国家元首署名つきで辞令が降りた。内容は現地にて確認しろとな。ついでとばかりに、ハインドまで引き連れてだ」
「へえ、辞令ねえ」
にやにやと笑いながらも、しかし本心では疑問を浮かべる。提案はしたものの、手段に関してはベル任せで、いやベルですら手段そのものを確定できないとこぼしていた。
ならば、ベル以外の手が及んでいる。
「おい、ンなことよりマーデだ」
「なんかしでかしたか?」
「とぼけてンじゃねェ。射手市および札幌市の変異化をぴたりと予言しやがった」
国の封鎖行動が早いと思ったのは、そういうことか。
裏の成果はブルーの手に、表の成果はマーデの手に――だ。
「それだけじゃないんだろ?」
「知ってるじゃねェか」
これは察しただけだ。少なくともアメリカ、イギリスへは何かしら関与しているとイヅナは考えている。
「まずは本題を――」
最初に本題を片付けたいのかとイヅナは苦笑しつつ、切り出そうと口を開きかけて気配に気付いた。
遅く、二人も。
「ちょっとイヅナ、ネッタが――あ、……え?」
来客かと気付き、更に誰であるかに気付いて硬直したため、振り返ったイヅナはその厭らしい笑みを引っ込めた。
「ん? ネッタさんがどうしたの?」
「あ……えっと、いや、行方不明で……」
「三番目の寝室で布団に包まってるよ。寝てるかどうかは知らないけど」
「あ、うん、ありがとう……邪魔したわね」
「べつにいいよ。こんな連中は気にしなくていいから」
「……はあ。珈琲でいい?」
「水道水でも飲ませておけばいいさ。少しくらい毒物が入ってたって喜んで飲むよきっと」
やれやれと、やや肩を落としてラルは戻っていく。視線を戻すとハインドが考え込む素振りをしていた。
「保護したんだよ」
「――そうでしょうか」
「それ以外に何があるんだよ」
「保護をしなくてはならないような状況ではないでしょう?」
「へえ、ハインドにはそう見えるってわけか。参考になるなあ」
「……イヅナ、本題に入れ」
「本題だろ? この状況下で暢気に出歩けるのは何も知らない連中と、渦中にいる連中だけだ」
「イヅナは違うとおっしゃるのですか?」
「だから出歩いてないだろ?」
「出歩かないのは、渦中を知っているからこそできる行為だと捉えて構わないのですね」
「嵐の中心は静かなもんさ。外の方が存外に被害が出る。問題は、そいつは中に這入らないとわからないって部分じゃないのか?」
「……しかし」
「俺を過大評価すんなって言ったろ。――あんたら二人には、今から橘の零番目を襲撃してもらう」
強引に打ち切って本題に入る。これも手法の一つだ。
「依頼内容を向上する」
笑みを消し、できるだけ言葉から感情を消して言うと、驚きに口を開きかけた二人に僅かな緊張が走った。狩人ならば、誰でもそうする。
「対象、橘零に戦闘を仕掛け、日本標準時間十八日○五○○時まで野雨市に留めろ。――以上だ」
直後、ハインドは携帯端末を取り出して操作を始めた。代わりとばかりにジニーが煙草に火を点け、問う。
「殺せ――じゃねェのか」
「はあん、あんたら二人で殺害できるってか?」
「冷静に判断すれば、可能だろう。ただしその時に、俺たちが生きてるかどうかはべつの話になる」
「なるほど、冷静な判断だ。けど俺なら断言するぜ? 殺すのは簡単だってな」
「……てめェは」
「橘を橘たらしめるものが一体何なのかを理解してりゃ、殺すのは簡単だ。問題は殺した後だろ」
いいや違う。
殺してはいけないからこその依頼だと――イヅナは読み取っている。
あるいは彼らも、わかっていたからこそ問うたのかもしれない。
「依頼主はてめェでいいのか?」
「まさか、冗談じゃない。国家のバックアップがあるんだからそっちだと考えりゃいいだろ? 辞令も下ったんじゃないのかよ」
「連中はただの鍵だ。依頼主は別にいる」
「報酬を支払うのは国家だろ」
「明かしたくはねェのか」
「知らないと身動きできないのか――と、答えたいところだけど、すぐにわかる。だろハインド」
「――コントロール・ブルー」
やはり、そこを探っていたか。
「大物が絡んでいるとは思っていましたが、まさか彼の名が出てくるとは思いませんでした」
「へえ……ははっ、大物ねえ。ちなみにそっちじゃどんな評価なんだ?」
「どうもこうもねェだろうが。悪名高い青色だ。目的のためにゃ手段を選ばず周囲を巻き込む――冷徹な策士、だ」
「悪名ときて冷徹か……はあん、なるほどねえ」
確かに、彼が手がけた事件の結果だけを見れば、そうかもしれない。
「お知り合いですか?」
「ブルーと? 俺が? お互いに影響を与えるほど近くにはいないよ」
「ふむ。……さてイヅナ、細かい条件を提示して下さい」
「ああ、そうだな。あんたら、橘が既に廃業してんのは知ってるか?」
「耳には入れています。実際に橘の名での暗殺は起きていません。彼らの生業は特殊ですから」
殺す人物が依頼主になり、殺しを続ける。それを当然の生活として橘は忌避されてきた。
「だが表向きの影響力が残ったまま、か。つまり俺とハインドで事実上の終止符を打つッてシナリオだな?」
「まあね。じゃれ合ってりゃいいんだけど――さて、わかってると思うが問題があるよな?」
「言えよ」
「八百長にも見えるこの一件、橘の零番目は知らないし教えるつもりもない」
「――待ってください。それは最悪のシナリオです」
「最悪でもないさ。まあ最低限――そうだなあ、事実上の引退を証明するために必要だと、そのくらいのことは言ってもいいだろ」
「てめェ、橘零を知ってるな?」
「知らないでいられるかよ」
「そうじゃねェ、個人的にッて意味合いだ」
「まさか。冗談だろ?」
「――〝あの世間知らずの子供じゃ手に余るっスよねえ〟」
イヅナの声色を真似た一言が投下され、テーブルに珈琲が三つ並ぶ。
「って言ってたわよね」
「ちょ……ラルさん!」
「休むって言ってたのに、まだ休めないみたいだから」
理由になっていない、と文句を言う前にラルは引き上げた。さすがに高ランク狩人と顔を合わせられるほどに肝が据わっていないらしい。
「ったく、余計なことを……」
「情報を寄越せ」
「人の話を右から左に受け流す風来坊だよ。世間知らずの子供と一緒だ。交渉じゃ意味がない。時間を取れば逃げられる――だからこそのS指定依頼だ」
やれやれと両手を広げたイヅナはそこまで説明する。知られるのは時間の問題だったが、どうせならもう少し遊びたかったところだ。
「本当に厄介だなてめェは」
「おいおい、俺なんかが厄介なら先輩らはどうなんだよ?」
「完全に度外視してるぜ。なあ」
「忸怩たる思いではありますが、ね。後進に抜かれるのはこの世の常ですが……」
「まあいい、依頼は受諾した。ハインド、橘零の現在地を割り出せるか?」
「身体的特徴を――」
「待て待て。受けていいのか?」
「あ? 俺に関しちゃ国家から辞令が下った時点で断る理由はねェよ。どんな依頼でもだ」
「私も構いません。仕事でしょう」
「報酬の提示もしてないんだぜ?」
「金のために仕事を引き受けるわけじゃねェ」
「報酬は必要ですが、対価を常に求めるわけでもありません」
さすが、と言えるのだろうか。
もっともイヅナにしても他の連中にしても、同じような対応をするのだけれど。
「あーあ、ラルさんが余計なこと言わなけりゃ時間を合わせられたのに、思いのほか余裕ができたなこりゃ……」
「――どういう意味でしょうか」
「零番目の位置なら俺が追ってる。常時把握してっから探る必要はない」
そうとも。
最初から状況は整っていて、彼らが依頼を引き受けることも想定していた。
「昨夜に橘の邸宅が炎上してる。その情報が零番目の耳に入れば、あるいは入らなくてもそこへ向かう――そのタイミングであんたらには襲撃をしてもらうぜ」
家には、帰るものだ。それは必ずどこかで訪れる。
「なんだてめェ、最初ッから状況は整ってンじゃねェか」
「だから、俺がここにいるんだよ。じゃなきゃ場所をここに指定するか」
「……随分と、人の縁や状況の整合性を見抜くのが上手ですね」
「それができなけりゃ、少なくともベル先輩について行くなんて真似は無理さ」
「〈鈴丘の花〉か……おゥ、イヅナ。てめェどこまでくるつもりだ」
「ランクBまでは、な。先輩らは知らないね」
「何故ですか? イヅナならばもっと上――私と同様の場所までは至れるでしょう」
「過大評価はよせって言ってるだろ。それに俺は捜索専門を掲げてるんでね。そうじゃなきゃ――繋がりを持っていられない」
上り詰めたいのならば、それは本当の意味でベルの同業者になってしまう。他の先輩と肩を並べてしまう。
けれど、違うのだ。
イヅナは彼らの一部を担いたいのであって、肩を並べて背を向け合う間柄にはなりたくない。
そう――あるいは、彼らの鎹になりたいと思っているのだ。
もしくは彼らほど壊れていない、か。
「もったいねェ」
「あんたの駒になるつもりはないね」
「そうでなくとも、高ランク狩人は少ない。その癖に依頼だけは飽和状態だ――こっちが身動きできねェのを承知の上で、な」
「知ってる。それを解決するための手段もな……」
座学を教えてくれたフェイと、そのことに関して議論したことがある。いやフェイは既に答えを得ていて、そこへ辿りつくかどうかイヅナを試したと云うべきか。
「そいつは、ハンターズシステムの発祥当時から抱える根源的な問題だ」
「イヅナは」ようやく端末からハインドが顔を上げる。「その問題を解決できる、と?」
「おいおい、解決しちまったら俺は否応なくあんたらを肩を並べることになっちまう。御免だね」
「ならそれを俺に教えろよ」
「代行するってか? ――五年くらい待てよ。否応なく現実になる」
「ふふ……いやしかし、参る話ですね。お手上げです」
「何を調べてた」
「所在、ですよ。彼らの――ああ、イヅナたちはこう言うのでしたか? 〝狂壊の仔〟と」
「センスを疑うなそりゃァ」
「スノウに言ってくれ――と、知らんか。ともかくだ、零番目との接触まで残りざっと三時間強か、状況を整えておくんだな。ああ、装備が不十分ならあるぜ?」
「必要ねェ」
「……そうですね。まだ聞きたいことは山ほどありますが、ジニー。仕事に移りましょう」
「大仕事だ。ハインド、情報封鎖は任せたぞ。これ以上、こいつらの手なんか借りてたまるか」
「同感です」
「おっと――場へ先に行くなよ? 零番目に感付かれる。傍にいてもいいから、後で合流する形を取れ」
「俺がンなヘマをするとでも?」
「零番目を直接知らないのに吹くじゃないかジニー、任せたぜ」
「……イヅナ、一つだけ問う」
立ち上がり、去ろうとして何かに気付いたのか、ジニーが振り返った。ハインドも足を止めているが、背を向けたままだ。
「てめェの取り分はどこにある?」
「ああ、なんだそんなこと。気にするな、もう貰ってる」
イヅナは苦笑して答える。
取り分は今、布団の中で菓子を食べる少女に呆れているだろうから。




