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ハジマリの場、オワリの所  作者: 雨天紅雨
■2041年
104/790

10/17/08:45――久我山桔梗・ただの仕組みとして

 黒と赤との点滅に覆い尽くされていた視界が唐突に開けた時、久我山(くがやま)桔梗(ききょう)は咳き込む己を感じた。

 思わず当てた手に生ぬるい感触がある。同時に何かに掴まっていた左手が滑り、床に倒れこんでしまう。

 ――いや、床じゃない。渡り廊下のコンクリートか。

 どうにか躰に力を入れ、支柱に背を預ける。服装はジーンズにワイシャツ、その上にジャンパーを羽織るいつもの姿。けれど既に赤色があちこちに混ざっていた。

 既に学園に来ている学生も多いけれど、桔梗の姿を見つける人間は限りなく少ない。それは人が、見たくないものを視ない性質を持っているからであるが、正直なところどうでも良かった。

 ポケットを探って見つけた煙草に火を点ける。

 記憶がひどく曖昧だ。昨夜から今に至るまでの記憶(メモリ)がなく、記録(レコード)で塗り潰されている。だからこそ己の行動もひどく客観的に、他人の生き筋を見るような感覚で把握できた。

 家から出てから、一つ連絡を入れている。久我山紫月――備考には妹とあった。

 ――妹?

 何を話したのだろうかと閲覧を続けると、ひどく短い会話だ。なんとなく別れの言葉のように思える。

 ずきりと頭が痛んだ。

 ――この時の俺は、今の俺だったのか?

 記憶になく、記録にある。だから事実なのだろうけれど、確証はない。

 こうなってしまうことがわかったから、原初の書を手に入れて何か手を打とうと思っていたのに――刻は遅し、だ。

「――何をしている」

 頭上からの声に仰げば、ネクタイこそないものの黒のスーツ姿でどこか冷たい金属のような瞳を持つ男性がこちらを見ていた。

 誰だ、などと思わない。疑問を抱けば連鎖的に記録は実行され続ける。いや今でも記録はされているのだ――ただ、その中にある久我山桔梗という情報が表層に浮かんでいるだけで。

「何をしているか、わからないのか?」

「少なくとも鉄を打っているようには見えないな」

「はは、そう見えたなら節穴も過ぎる。なかなか面白い」

「何をしている」

「同じ問いを繰り返すな、聞こえてる」

「――聞こえていないな?」

「わかるのか」

 厳密には聞こえていない。聴覚が最初に閉じられたのはきっと、人の感覚器官の中で多くの情報を取り入れるからだろう。視覚よりも聴覚だ、そして桔梗の内部にある回路と呼ばれる器官がそれを代替していた。

 だから、この会話もただ記録を読み返しているに過ぎない。一見すれば普通の会話なのだけれど、一テンポ遅い返答を桔梗はしているのだ。

 もっとも――そのテンポなど、ほんの刹那でしかないのだけれど。

「予見していた人物がいる」

「へえ」

 それが誰か、などと問う真似はしない。記録を探りながら、あたかも知っているかのような素振りをする。あるいは、正面からそれを受け止めない。

「未来の情報を得ているだろう」

「ああ、そんなことか」

 知らないわけではない。ただ、改めて記録を探らないとわからないこともある――が、やはり知らないと考えるわけにはいかないのだ。

「彼は、一言伝えて欲しいと言っていた。――すまない、加速因子を作ってしまった、と」

「べつにどうだっていいぜそんなのは。加速だろうが遅延だろうが、結果は変わらない」

「いいのか?」

「ああ構わない」

 それよりもと、視線も合わせない桔梗は紫煙を吐き出す。

「刀工ってのは存外に暇らしいな」

「俺のことを知っているのか」

「知らないように見えたか?」

「……副作用か。アイツがさしずめ記す者ならば……お前は、記される者か」

「あんたも俺を知ってるってか」

「いや、直接は知らん。ただ俺の友人が少し、な」

「興味がねえって顔だ。あんたは鉄を打つことしか頭にない」

「そうでもない。八割くらいは、そうかもしれないが」

「――もう用は済んだだろう。失せろよ」

 いやと否定した桔梗はゆっくりと足に力を入れ、支柱を使って躰を起こす。

「俺が失せればいいだけの話だな」

「どこへ行く」

「俺が俺でいられる内に、俺が望むものの元へ」

 違うなと、内心で否定したが言葉は発さなかった。

 何故ならここへ来た記憶がなくても、桔梗はここへ来た記録がある。

 ならば、今の彼でなくても、その望みは失われていない証拠だ。

 彼の存在がまだ久我山桔梗ならば。

 きっと、それを求めるために動くだろうから。



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