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ハジマリの場、オワリの所  作者: 雨天紅雨
■2041年
101/790

10/17/07:50――イヅナ・ベルの住居にて

 おうと、声をかけられるまで気付かなかったのはイヅナの失態だ。

 昨夜から延延と術式を展開し情報収集を行っていたため疲労はあるが、それでも精度を落とすことで保っていた限界もどうやら今日の昼頃には訪れると思っていた矢先のことである。

 野雨市にあるマンションの最上階。本来ならば5LDKが四つは入る――少なくとも階下はそうなっている――面積を、好き勝手に使って部屋を構築したのがここ、ベルのセーフハウスだ。

 イヅナがここへ来たのは昨日のことになる。狩人認定試験を終えてから――イヅナは半ば巻き込まれただけだ――〈大輪の白花(パストラルイノセンス)〉と〈濃色の小花(パメラネッタ)〉を拾ってここへ来た。いわゆる保護であり、拘束になるのだろう。

 彼女たちとイヅナとの関係は、簡単に言えば顔見知りだ。かつてイヅナを狩人育成施設へと捕縛して送ったのが彼女たちになる――が、さておき。

「ベル先輩!?」

 家主の登場だ。しかも玄関からこの広すぎるリビングにやってきたらしいのに、気配の一つも感じなかった。

 思わずソファから立ち上がり、眩暈に倒れそうになる躰を無理に直立させる。彼の前で疲れている様子など見せたくはなかったからだが、口の端を歪めて肩を竦められ、感付かれたことを示された。

 やれやれ、だ。

「イヅナ、他の連中の誰かから休めって言われただろ。寝てねえな」

「いやあしょうがないんすよ。そろそろ休もうって時に先輩がきたんじゃないっスか」

「ふうん……」

 他者の気配に気付いたのか、キッチンに近い扉から少女が顔を見せる。活発そうな顔には怪訝な表情が乗せられており、ワイシャツにスカートという簡単な格好が余裕と隙を見せている。

「あ、ラルさん。朝食は終えたの?」

「まあ……イヅナ、その子供だれ?」

「おいおい、おいおいおい子供ってそりゃあ――……あれ」

 ふと、視線をベルへと投げてみる。

 背の丈は一七○強といった辺りだろうか。左目を前髪で完全に隠している彼はカーゴパンツにジャケットを羽織っている。まだ幼さの残る顔つきであるし、声変わりはしているけれども、しかし。

「そういやベル先輩っていくつなんすか」

「俺か? どうだったかな……とりあえず中学校には行く」

「うっわ、先輩あれすか中学生になるんすか! やっぱVV-iP学園付属?」

「馬鹿、フェイやアブと一緒にするな。俺は公立、桜川中学だ。留年して帳尻を合わせるつもりでいる」

「うわあ……改めて確認すると、なんかもう泣けてくるぜ」

「……ちょっと」

「ああ、ごめん。ここの家主で狩人ね。俺の先輩ってわけ」

「はあ?」

「――面倒だ。イヅナ、後で今期試験の結果でも見せてやれ。お前が目をつけたと聞いてたが、ラルは狩人としちゃ凡庸だな」

「そりゃ先輩らと一緒にしちゃあ現役もかわいそうっスよ。現にフェイ先輩に同行した二人なんて惨めなもんすよ」

「なんだ、鷺ノ宮に立ち入ったのはフェイだったか」

「知ってるって顔に書いてあるっスよ。今までどこにいたんすか」

風狭(かざま)の山頂だ」

 野雨にいなかったんじゃなあ、とぼやくイヅナの対面のソファに腰を下ろすと、ようやくイヅナも腰を落ち着かせた。

「――おい。テーブルの下に潜り込んでるチャイナドレスは何だ。自動床掃除機が不具合を起こして停止したのか?」

「クッキーを食べるちょっと大き目のシマリスじゃないっスかね」

 長い黒髪の少女、ネッタだ。こちらの様子を気にしていないらしく、食べるのに夢中だったのでベルもそのつもりで確認した。

 陽ノ宮(ようのみや)ひなた、という名を持っている彼女はラルとは少し立ち位置が違う。けれどそれは別の物語できっと語られるはずだ。

 ジャケットから取り出した煙草に火をつけ、テーブルに滑らせてイヅナに渡す。

「現状は落ち着いてきてるだろ?」

「ういす。夜ほどじゃないっスね。ただ気になるのは、VV-iP学園の辺りが昨夜から探れてないことっス」

「気にするな。あの場所が本格稼動するにゃまだ長い。ただし稼動はしてるから探れないだけだ」

「……やっぱベル先輩、何か知ってるんすね」

「予想してただけだ。おそらく今夜、また騒がしくなるぜ。今の内に対応できるよう手を打っておけ。それと室内AIの管理権限にアクセスしたか?」

「いやまだっス。つーか俺ってゲスト扱いじゃないんすか」

「AI、コード認証」

 室内に設置された音声収集装置がAIの単語を拾い、続く言葉を指令として受け取る。室内管理システムは基本的に文字通りの室内管理を行うのだが、手を加えれば大規模な半自動的端末に変えることも可能だ。

 視線をイヅナへ。何のことかと首を傾げる素振りだけして、口を開く。

「1273596319438155」

『コード認証、イヅナ様を確認致しました。声紋登録完了』

「――って先輩、俺の認証って教えましたっけ」

「さあ……どうだったかな。登録してあったんだから聞いてたんだろ」

 いや、聞いていなくても察するから困るのだが。

 ちなみに数字羅列は「イヅナさんご苦労さん。行くよ、さんはい、ごーごー」と読む。ものすごく適当だ。

「AI、今期狩人試験結果を投影しろ」

『アクセスに狩人認証が必要です』

「Rabbitに俺の名を使って情報端末から引き抜け。認証は必要ない」

諒解(ヤー)

 すぐに部屋が薄暗くなり、いくつかの映像が投影される。ベルはそれらを手にして軽く引き伸ばし拡大、傍に寄ってきていたラルへと面倒そうに投げ渡した。

 実際にこうした質量再生型の立体映像(ホログラフ)は技術的にまだ確立してはいない。これらはベルの知識を基にして芹沢企業開発課主任、二村の手によって作られたいわば試作だ。もっともコスト面で実用化が難しいというだけで、彼らの間では既に完成している代物だが。

「で、誰を捜せばいいんすか?」

「察しが良いじゃねえか」

「俺ができることって存外に少ねえって肩を落としてるところっスよ」

 苦笑しながら言うイヅナの真意は相変わらず見えない。そもそも本音を話そうとしないのがイヅナという男だ。もっともそこから深読みすればベルにとっては容易く読み取れてしまうが、さておき。

「まず鏡華花を探れ」

「誰っスか?」

「都鳥と縁のある人物だ。厳密には(ミヤ)の倅と付き合いがある。高校は卒業してるが就職も進学もしていない。居場所はおそらく三重県――全域を探る必要はない、おそらく射手市の周辺に居るはずだ」

「ういす」

 この場所から三重県全域を探ることは今のイヅナには不可能だ。稼動領域がいくら広くとも、市井を眺めるのが精一杯である。それを理解した上でのことと考えれば、ベルはここからイヅナが探れる範囲にいると考えているのだろう。

「宮の身内っスか?」

「そう考えて構わない。それと野雨に橘の零番目が来たか?」

「ああ、そっちは探るまでもなく来たっスよ。現在地を割り出すのは後回しってことで」

「それはまだ必要ない。……来て、出て行った形跡は?」

「俺はまだ掴んじゃいないっス。橘一族に関しちゃフェイ先輩が調べてるみたいなんすけど」

「フェイが?」

 イヅナの瞳が紅色に染まり、術式の稼動を肌で感じる。けれどイヅナの術式はあくまでも己に干渉して感覚器官を広げているだけだ。本来ならば感じるはずもないものである。

「橘の邸宅が炎上した関係じゃないっスかね」

「本当にそう思うか?」

「まあた先輩はそうやって俺を試す……ん、ちょい集中するっス」

「おう。……AI、一般回線の様子はどうだ」

『流通される情報量よりもアクセス頻度が高く、同一情報の多重閲覧が目立ちます』

「評価は?」

『混乱、が適切かと。目立って前進している様子は見受けられません。混迷と評するべきかもしれませんが』

 事件が起きた時にすぐ手が打てる人間は少ない。それを前もって知っていたか、そうなることを想定してシステムを構築していたか――柔軟な発想を持っていたとしても、既存のシステムに取り込まれれば、それが壊れた時に何をしたらいいのかわからなくなる。

 それが人であれ企業であれ、同じことだ。

「鷺ノ宮家の調査に関する進捗状況は?」

『初動調査の踏み込みは推測十五分後になります。特捜本部の設立も同時進行中。既に現役狩人から情報が流れているため、あまり効果的とは考えられません』

「現役狩人が得た情報はどの程度だ?」

『数枚の写真のみです。投影しますか?』

「どこから得た」

『一部は既に一般領海に流れています。残りはレイン様が』

「ふうん……いや、投影の必要はない。どうせ見事なまでの殺戮現場だ。公式、非公式を問わず狩人への依頼はどうなっている?」

『ランクB指定以上のものが多く出されていますが、どれも根本的には原因の解明や究明に繋がるものかと。状況を察しているのか受諾者は片手で数えられる程度です』

「そこまで馬鹿じゃねえか」

「――ねえ」

「どうした」

「あんた、名前は?」

(はな)ノ宮(のみや)鈴蘭(すずらん)

 言うと、ラルはあからさまに顔を引きつらせた。今期狩人試験を熟読したのならば、誰だとてそうなるだろう。

「あ、あんたがこのペーパーの結果出したの?」

「どの試験も、何か特別なことはしちゃいねえよ。いつも通りにやっただけだ」

「いつも通りって、こんな尋常じゃない――」

「くだらねえ」

 リアクションも平凡だなとベルは二本目の煙草に手を伸ばす。

「結果はもう出てる。だからどうした。俺はここに在る。てめえの目で見たものをまず信じろ。他の副産物に気を取られるくらいなら、見たものを信じるな。……やれやれだ」

「――ま、先輩には関わらない方がいいぜラルさん。それは俺の役目ってことで」

「まあ、俺に関わるならイヅナ程度には損害を前提にした方がいい。好き勝手に使われることに、対価を見出せないならな」

「つーか先輩の場合、対価を見出せる人しか使わないじゃないすか」

「使い走りで文句も言わないお前は珍しい部類だけどな」

「それに見合う報酬を貰ってるっスよ」

「同様に他の連中からの依頼を受けろよ」

「馬鹿言っちゃいけねえっスよ。他の先輩らは情報提供だけ、俺を使うじゃないっスか」

「俺とどう違う」

「内情を明かした上でやらせるのと、事情を知ったから情報を寄越せと言うのじゃあまるで別じゃないっスか。更に言えば事情そのものを知っておけって催促もベル先輩はさりげなくするじゃないすか」

 今回のこともそうだ。探らせるのは、つまり関係がある上に知っておいて損ではないからで、そして付け加えるのならば。

 ベルは決して、己ができないことを他人に頼まない。

 断じてだ。

 しかも癪なのはイヅナが行うよりもよっぽど早く終わらせられる。そう、たとえば。

「ベル先輩、俺に頼まなかったらどうやって捜すつもりだったんすか?」

「あ? 街頭監視カメラのネットワークに不正介入するのが手っ取り早いな」

「処理間に合うんすか?」

「おおよその場所は捉えてある。たかが数万の動画処理なんてうちのAIでもできるぜ。なあ」

『指示していただければ』

「形無しだなあ俺って」

 などという会話を聞きながらもラルはついてきていない。いやついてこれないだろう。彼らにとっては一般的な話題であっても、それが全て可能であることを前提にして乗れる人間はかなりの度胸がある。

「で? お前さんはどうなんだ?」

 ベルは足元に向けて言葉を落とす。するとクッキーから顔を上げたネッタは、「興味ないの」と一言呟いた。

「……ま、お前さんにとって世情の悉くがそうなんだろうな」

「あんたネッタと知り合いなの?」

「べつに。顔合わせは初めてだ」

「その割りに知った風じゃない」

「――なんだ」ベルは口元を歪ませる。「それはお前の情報をここで明かせって催促と受け取っていいんだな?」

「え……?」

「履歴書のプロフィールから行きつけの店、これまでの仕事経歴からここからの仕事の予測までしてやってもいいぜ。何なら仕事上、付き合いのある人間や把握してる流通経路も明かしていい。それともお前が気にしている人間の現在行動を詳細に話そうか? それとももっと個人的なことがいいか?」

「――」

「と、ベル先輩その辺りっスよ。あんまいじめないでやって」

「べつにいじめちゃいねえよ。知らないことの方が多いんだってことを言いたかっただけだ」

「一般人にゃ逆の意味で伝わっちゃうんすよ」

「知っててやってんだからいいだろ」

「よくないす。……よっと」

 やや俯いていた顔を上げたイヅナはテーブルから煙草を取る。けれどまだ術式は展開しているようだ。

「鏡華花、短い癖っ毛でやや童顔、その癖に雰囲気は落ち着いてる。それに随分と勘が秀でてるんじゃないすかこれ」

「どうしてそう思う」

「俺の捜索に、視線を感じてたみたいっスから。居場所はええと……」

「県内か?」

「ういす。66C-41区域――あ」

「ああ、あの場所なら問題ない。移動の継続はされてるな?」

「そうっスけど……なんで俺の指定割り振り知ってるんすか」

「説明が必要か?」

「……や、いいっス。ベル先輩のそういうところ、いちいち探ってたら他の先輩らと同じように身動きできなくなるっスから」

「賢明だな。逆かもしれんが。――それで?」

「えーっと、なんすか」

「現在捜索してる橘の所在だ。追加情報だろ」

 仕事は言われる前にやるのは賢者のすることだ。ならば、言われる前にやっていたイヅナの行動を言うよりも前に察して問う人物は、果たしてどう称すればいいのだろうか。

「あー参った。昨日も参ったけど」

「認定試験会場か。手心を加えてやっただろ?」

「より厳しくされたもなあ……とりあえず、本家の人間はだいたい把握したっスよ。零番目は音頤(おとがい)機関に接触中」

「調達とは考えにくいな。呼ばれたから来た――か。エミリオンだな」

「あれ? でも№Ⅳはベル先輩の所持っスよね」

「都合のいい理由ならいくらでもある」

「ってことはブルーの手配すか」

「……さすがに気付くか」

「この状況下で動いてねえんなら、ブルーじゃないっスよ。で七番目なんすけど、ここどう考えてもマーデ先輩のマンションなんすよね。部屋までは深く潜らないとわからないんだけど」

「中原陽炎」

「――ああ、武術家の気配っスね。薙刀の中原すか。陽炎ってーと次男で継承は長男と長女って話があったっスね。(ハラ)の隊長とは先輩、顔見知りだったっけ」

「まあ……な。マーデに一本、連絡を入れておいてくれ」

「俺からっスか?」

「ああ。七番目に伝言だ。橘の邸宅破壊を依頼したのはソプラノだ、ってな。たぶんマーデから連絡が行けば時間的に良い」

「ういす。後で連絡しとくっスよ。で――分家なんすけど」

「おう」

(かず)()三四五(みよこ)()(つづり)六六(むつれ)、同じ場所にいるっスね。ここはたぶん寮か何かだと思うんすけど。で、哉瀬の五六はソプラノの隣」

「――総合判断、零番目以外が明日までの間に野雨を出る可能性は?」

「断定はしねえけど、ないっスね。そもそも連中は鷺ノ宮を起因にした今回の件が基本的に無関係だと思ってる」

「――え? 無関係じゃないの?」

 イヅナは苦笑し、ベルは呆れたような吐息を落とした。

「無関係な人間なんぞ、この野雨にゃいねえよ」

「ただ零番目は難しいっスね」イヅナはコメントを控えて続ける。「野雨にふらっと立ち寄ることはあっても、留まるのは前例にないし、よっぽどの理由がなけりゃ捕まえるのも一苦労っスよ。ブルーが仕込みに使うんすか?」

「察してるなら問うなよ」

「俺は断定できるほど証拠固められないっスよ」

「俺は評価してるぜ? たぶん、そっち系なら俺に一番近い」

「――過大評価っスねそりゃあ」

 けれど嬉しさに、口の端が歪んでしまう。

「零番目を留まらせるとしたら、イヅナならどうする」

「直接交渉して説得」

「否だ。交渉が成立しない」

「捕獲して拘束」

「否、そもそも捕獲できる相手じゃねえよ」

「ふうん……手っ取り早いのは身内に手を出すことっスよね」

「最終手段だな」

「いやいや、最後は当て馬じゃないすか。刻限は?」

「当面は今夜、ざっと明日の朝までと考えればいい」

「期間限定っスか……なら」

「駄目だ」ベルは苦笑して遮る。「今回の件にイヅナが干渉する必要はねえよ。俺がさせるつもりはない」

「ありゃりゃ、良い口実かなとか思ったのに先手を打つんだから」

「何言ってやがる。わかってて言おうとしただろ」

「どうっスかね」

 イヅナもまた、苦笑してはぐらかす。口にするよりも前に封じられるとわかっていた様子だ。

「――餌を与えるってのも、存外に悪くない手っスよ」

「種類は」

「いるじゃないすか――面白いのが二人」

 イヅナは言う。

「〈女王陛下の御心(ビショップビハインド)〉と〈守護神(ジーニアス)〉っスよ」



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