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転生チート!!

作者: 退

 享年14歳。

 生まれは、四方を野山に囲まれた人口10000人にも満たない、小さな小さな農村。その中の、ごくごく普通のありふれた夫婦の元に生まれた私。

 けれど、神様とやらに与えられたこの体は欠陥だらけだった。喘息にアレルギー、胃が固形物を受け付けず点滴を毎日のように受けたり、流行りの感染性結膜炎による合併症やら肺炎やらわけのわからない高熱やらなんやらで家?何それ新しい病院の名前ですか?というような感じで”自分の家”というものに全く縁のない生活を送り、やっと退院出来たと思ったらドアに足をぶつけて骨折して病院に逆戻りになったり、咳をしただけで肋が折れるのなんて朝飯前だと胸を張れる虚弱体質な私は、14歳という、虚弱体質な割にそこそこ長生きしたと言える年齢で人生に幕を閉じることになりました。

 死因?晩御飯に出てきたお餅が喉に詰まっての窒息死ですが何か?

 あれだよね。日本の製餅(せいとう)業界は病弱な人とお年寄りはお餅を食べちゃダメだっていう規則を作るべきだよね。もしくは病院の取り決めに加えるべきだよね。実際に蒟蒻ゼリーは子供とお年寄りは食べるのはダメじゃん。病院でも食事に出さないじゃん。どうして餅にその規則を作らなかったの。うっかり食べちゃったじゃん。詰まらせちゃったじゃん。どうすんの。どうしてくれんの。毎日がクライマックスな私にとって、死とはベッドがお隣さんの人のように身近な存在だけど、まさか病気以外で死ぬとは思いもよらなかったんです。まさかお母さんがトイレに行っている間に喉を詰まらせるとは思いもしなかったんです。あー、お母さん驚いてるだろうなぁ。トイレ行ってスッキリして帰ってきたら娘が死んでるんだもん。そりゃ驚くだろうよ。トラウマになっちゃうよ。私のせいで餅恐怖症にでもなったらどうしよう。

 これからお正月とか平和に過ごせないよね。餅を目にするたび心穏やかじゃいられないよね。

 ごめんねお母さん!娘の無惨な姿を見せてしまってごめんなさい。それもこれも餅が悪いんだよ。餅の癖に餅の癖に餅の癖に餅の癖にィ…っ!餅がっ!憎いっ!私のっ!喉にっ!引っ掛かりやがったっ!餅がぁっ!心底憎いぃっ!私はっ!餅をっ!憎悪するぅっ!!!

 と、まあ、こんなくだらないことをつらつら考えてても、自分が死んでしまったことに変わりはないわけでして。

 ああ、嗚呼、神様。この病弱で脆弱な肉体を与えて下さりやがった神様この野郎様。どうか。どうかどうか、次に命を授けて下さりやがる時はどうか!餅を喉に詰まらせても死なない体をください。お願いします。





 ―――――――パチリ。

 瞼を持ち上げると、そこは薄汚い路地裏だった。

 あちこちに散乱した生ゴミを溝色をしたネズミのような生き物が啄いている。時折私の方を見ては、食い物かどうか判断できず結局は生ゴミを標的に空腹を満たしている姿をぼんやりと眺めながら、数秒かけてゆっくりと上体を起こすべく、地面に手のひらをついて腕に力を込めた。動くたびに体のあちこちが痛みを訴えかけてくる。関節が悲鳴をあげている。どのくらいここで寝ていたのかはわからないけど、関節や筋肉が凝り固まっている状態からしてかなりの長時間寝っ転がっていたようだ。地面から体を少しだけ浮かせただけで限界が来た。手足も冷え切っているからそれ以上は力が入らないみたいで、敢え無く地面に逆戻りすることになった。やあ久しぶりだね地面よ。てっきり体温でほんのり温かいかと思っていたけど、全くもってそんなことなかった。冷たい。物凄く冷たい。そして寒い。先程まで微動だにしなかった肉塊が動いたことにより、私が生きていることをいち早く察したネズミのような生き物たちは、我先にと食事もそこそこに逃げ出していく。その姿をぼんやりと、地面に頬をベッタリとくっつけたまま見送り溜息を一つ。

「…くっそー…あちこち痛いぃー…私が一体何をしたって言うんだよー…」

 呟くと、声は掠れていて、もはや老婆のような声音だった。

 一体どれだけ寝ていたんだ私は。

 一日?一週間?それとも一ヶ月?…はさすがに無いと思うのでここは間を取って二日でどうだろうか。そのくらいなら体のどこかが行方不明になっていないし、服も最後の記憶の中の状態と一致するし、うん妥当だろう。

 よっこらしょ、と掠れた掛け声と同時に今度こそ上体を起こす。多少痛みはあったけど、さっきよりは体温も戻っているのか難なく起き上がることに成功し、深く深く深呼吸をした。喉がすごくヒリヒリする。肺も久々の酸素なのか、圧迫感があって苦しい。まあいつものことだ。気にしない気にしない。

 ぺたりと座り込んで自分の体を見下ろす。断崖絶壁を彷彿とさせる、凹凸のない体はいつ見ても物悲しい気分にさせるが、これは年齢のせいなのだ。そうなのだ。板じゃない。発展途上の、まだ骨組みさえ終わっていない建設途中の豪邸なんだ。だから板だって言った奴は許さない、絶対だ。

 ペタペタと体のあちらこちらをまさぐって、無くなっているものはないかと確認する。うん、大丈夫。全部あるっぽい。

 次に、視線を周囲に向けて、持っていた鞄を探してみるけど、見当たらないということは、盗まれたと考えるべきだろう。くっそーと、もう一度悪態をついて、渾身の力を振り絞り立ち上がる。

 いろんな液を吸い込んで、日数が経ったためにパリパリに乾ききっている衣服からは、とてもじゃないが女の子が好むような匂いはしない。いや、男でも好みはしないだろう。なんだこれ。ただの腐臭じゃねぇか。おえっ。おまけに大きな穴も空いている。こんな状態では表を歩くことなんてできない。歩いたら自警団のお世話になるのなんて秒読みだろう。だっていかにも事件がありました!って恰好だもの。きったない生ゴミ汁のシミがついてるけど、それよりも何よりも、ベットリとついた血が目立ちまくっている。はいアウトー。牢屋行きにはならなくても事情聴取されるに決まってる。もしもしそこのお嬢さん。君のその、それまさかケチャップの汚れなんかじゃないよね?穴が開いた服といい、君一体何があったんだい?ほらおじさんに話してみな?ん?とか言われて詰所に連れて行かれるんだよ。困るー。ちょー困るー。まさか本当のことなんて言えるはずがない。もし見つかりでもしたら、もうこの街にはいられなくなるに決まってる。それは困る。物凄く困る。だってまだ何もしてないんだもの。なしてないんだもの。

「………なんとしてでも回避しなければ…」

 取れないかな?と汚れを擦ってみるけどダメだった。なんかザラザラしてる。パラパラァって粉みたいなものが落ちたけど、汚れは落ちてはくれなかった。

 ………ほんとどうしよう。このままじゃここから出られない。宿に帰れない。…いや、(推定)二日も行方をくらませていたので部屋なんて用意されていないだろう。だってまだ料金全額払っていないもの。これってあれだよね。泊まり逃げ?無銭宿泊?あれ、おかしいな。清く正しく生きてきたのに、二日も行動不能になっていただけで犯罪者になっちゃったよ?あれ?あれれれれ?

「………………………」

 どうして、こうなった。

 一瞬、頭の中が真っ白になった。あれ、私悪くないよね?むしろ被害者だよね?なのになんで宿に帰れなくなってるの?あっれーおっかしいなー。胸元にあいた穴と血塗れの服+無銭宿泊なんて、自警団の騎士様方に見つかったら、即牢屋行きじゃないですかやだー。

 とかなんとか巫山戯てみても、心中穏やかではいられない。自分のせいじゃないのに、進退窮まる今の状況に思わず頭を抱えたくなる。別に私悪くないのになぁ。それもこれもこの体のせいだというのだろうか。

 いや、違う。私は悪くない。

 だってさ、不可抗力だよ。無力で非力な10歳の女の子が、ガタイのいい、おまけに切れ味よさそうなナイフを武装した男たちに囲まれて一体何が出来るって言うの?出来ないよね?抵抗した挙句にボッコボコにされて胸を一突き。はい死亡ー。哀れな女の子の死体が出来上がりだよ。

 気を失う直前までの記憶を思い返して、改めて自分は悪くないと再確認する。穴のあいたところから指を入れて肌を触ってもそこには傷なんてものはない。出っ張りもなにもない。肉すらついていないのだから悲しくなるけど、傷跡が残っていないのはとても有難かった。

「ま、そこだけは神様に感謝かも…」

 呟いて、また溜息を一つ。

 感謝とは言っても本当にほんの少しだけだ。

 だって、こんな能力あってもほとんど意味がないのだ。

 確かにさ、私は望んだよ。次に生まれるときは餅が喉に詰まっても死なない体をくださいってさ。

 でもさ、だからってさ、いったい誰が不死身の体(チート)を授かると思うわけ?心構えなんてしてないよ。気管支が弱かったから丈夫な体が欲しいよー程度のことしか考えてなかったよ。まさかまさか不死身にされるとは思わなかったよ。しかも前世の病弱な虚弱体質、いや、()()()()の虚弱体質になってるなんて聞いてないよ!わかるかい?私の気持ちが。この体ほんとにショボいんだぜ?なんたって人と肩をぶつけただけで骨が折れるんだよ。転んだりなんかしたら全身複雑骨折。風邪ひいたらどんなに微熱でも肺炎起こしてあぼん。え?って思わないかい?はぁ?ってならないかい?私はなったよ。っざけんな!ってなりましたよ。今回だってボコボコにされてるときに何回死んだことか。生き返っては死んで。生き返っては死んでって、エンドレスですよ。たちどころに痣が消えて血も止まるから流石のゴロツキさんたちもビビって心臓一突きしたみたいだけど、結局二日ぐらいで復活したし。神様ー、もう復活の呪文とかいらないんで普通の体くださーい。言ってみても返事なんて帰ってこないから、まあ無駄なんだけど。

「……さっむ」

 陽が沈みかけているからか、路地の奥から冷気が漂ってきて思わずブルりと体を震わせる。寒い。物凄く寒い。どうせくれるなら、不死身(こんなチート)じゃなくて、寒さにも負けない体とか丈夫な体とか丈夫な体とか丈夫な体とか欲しかった。

 いやさ、確かにすごいと思うよ。不死身なんて、最強じゃないですか。

 でもね、それって、丈夫な体があってこそだと思うんですよ。普通の人のように転んでも骨折しないとか、咳しても肺が破裂しないとか、ちょっとした気圧の変化だけで鼓膜が破けちゃわないとか、そんな具合に、普通に丈夫に歩ける体がないと、この不死身の体(神様のプレゼント)って役にたたないと思うんですよ。今の私なら、寒さや暑さだけでも死ねますよ?余裕ですよ?

 というわけで、

「……やばい…寒すぎてしにそ……」

 言い切る前に視界はあっさりとブラックアウトして、私はまたもや死んでしまった。

 おおゆうしゃよしんでしまうとはなさけない。なーんていう有名なフレーズが聞こえてきた気がしたけど、ごめん、これ全部神様のせいだから。私が悪んじゃないから。

 はてさて次に目が覚めるの何日後なのか。その間に、この体が火葬に出されていないことを祈るしか、今の私には何もできないのだった。

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