第一章 眠れる種子 4
「魔術師になるには素質のようなものが必要だと言ったことは覚えておられますか。魔術は自然の力を借りて行います。自然の力の源を感じ取る力が必要なのです。私には精霊の声こそ聞こえませんが、彼らの気配を感じることなら出来ます。今、プリマヴェーラの証であるペンダントを持ったあなたの周りに無数の精霊が集まっています。全く聞こえないということがあるとは思えない──今まで本当にあなたに精霊の声が聞こえていたというのなら」
その言葉に弾かれたようにリシュナは辺りを見回した。けれどその耳に花の精霊の声は届かない。──届くはずがなかった。
「今まで何度か精霊はあなたに話しかけているようでした。でも、あなたは気付いていなかった。それらしく振る舞ってはいたが、あなたが今まで精霊の言葉として言ったことは、あなたが勉強してきた知識でしかない」
「わ、わたしはプリマヴェーラよ……そんなの、偽れるはずがないじゃない」
喉から絞り出した声は、しかし掠れて震えていた。
「確かに、そのペンダントは本物のようです。日付も名前も刻印されているから過去のものとすり替えたわけでもない。けれど、あなたにはプリマヴェーラとしての力はない。ならばなぜ、あなたが花の精霊に選ばれたのか……それが、わからないのです」
ルキウスはただ純粋に疑問に思っているようだった。彼から怒りや憎しみといった感情は感じ取れない。リシュナはぎゅっと唇を噛みしめると、うつむいた。まるで懺悔するように、ペンダントを握りしめた手を胸元で組み合わせる。
「……このペンダントはわたしのものじゃないわ。わたしの大切な親友のものよ」
「その人が本物のプリマヴェーラですか? 今どこに……」
「あの子はもういないわ。だからわたしがリシュナになった。花に愛されし乙女──プリマヴェーラに」
「では、本物のプリマヴェーラは、もう……いない……?」
よほど衝撃的だったのか、ルキウスの声はか細く震えていた。
「ええ、わたしは精霊に選ばれてないから本物ではないわ。でも、それでもプリマヴェーラにならなくてはいけなかった! ……あの子の代わりに」
ルキウスは少し落ち着きを取り戻すと、今度は怪訝そうな顔をした。
「しかしそのペンダントは? 星術師はプリマヴェーラの顔を覚えているはずです。プリマヴェーラでない者の為にペンダントを作ったとなれば関わった星術師が厳しく処罰される。プリマヴェーラの立ち会いなしでペンダントは作成されないのですから、偽ることは不可能です」
彼は本物のプリマヴェーラのために作ったペンダントをリシュナがすることも、リシュナのためにペンダントを作ることも星術師がその権限において許さないだろうと言っているのだ。
「前に言った通り、ダーナには星術師がいないの。プリマヴェーラの花が咲いた時、すぐに近くの街の星術師と王都宛てにプリマヴェーラ誕生の知らせを出したわ。でも、ダーナに星術師が到着するまでに五日はかかったの。……ただ、あの子はその二日前に亡くなってしまっていた」
リシュナの声が深く沈む。淡々と語る口調は現実だと受け止めたくないようだった。
「では、ペンダントはあなたの為に作られたのですね」
「もう既に知らせを出してしまっていたから、あの子の名前が刻まれたペンダントになったけど、歳も境遇も近いわたしがプリマヴェーラになるしかなかった。星術師は今もわたしがプリマヴェーラだと信じてる。ううん、村のみんな以外誰も知らなかったのよ。だからペンダント作成にはわたしが立ち会ったわ。花の精霊がそれを許してくれたのか、声が聞こえないわたしにはわからないけど」
自嘲めいてそう呟くリシュナを見つめ、ようやく冷静さを取り戻したルキウスは的確に質問を続ける。
「プリマヴェーラの訃報をどうして伝えなかったのですか?」
「村の中でもそうするべきだって意見もあったわ。でも、みんなで考えた結果なの。あの子の気持ちを尊重したかったというのもあるけど」
リシュナはそこで一度言葉を句切ると、鞄からひからびた花を大切そうに取り出した。それは出立の時、村の少年が髪に飾ってくれた一輪の花だった。
「プリマヴェーラが誕生した時、まず王様に報告しなくてはいけない義務があるでしょう。それはプリマヴェーラの力をその村や町だけに留めたいとする思惑から、プリマヴェーラが誕生しても報告しないということが昔に度々あったからだとわたしは聞いたわ。ここしばらくプリマヴェーラが出ていないのだから、余計に心配だったのでしょうね。だからそんなことが起きないよう、プリマヴェーラ誕生を知らせると、国からは莫大な報賞金がもらえることになっていたそうなの。わたしたちの村が……ううん、リシュナが願ったのは、弟の病の治療だった。ダーナにいては治せない、お金もうんと高くつく、偉い白魔術師から受けられる治療だったの」
「そのために……」
「みんなリシュナが好きだったから。またとない機会だもの。テオのこと……あの子の弟のこと、治してあげたいと思ったの」
今でもリシュナの脳裏にはダーナの村人全員の顔が瞬時に浮かぶ。懐かしさがかすめたリシュナの顔が、次の瞬間暗いものに変わる。
「……それに、本当は怖かった。何十年も誕生していないプリマヴェーラが出たと思ったら、すぐに亡くなってしまったなんて。国王様をぬか喜びさせて、国中を巻き込んで、今更言い出しにくかったというのもあったわ。でも、誰かが言ったの。ひょっとしたら、このままではダーナが不吉だとか、悪いとか言い出し始めるのではないかって……。そんなことないって思いたかった。でも、人々の落胆した気持ちを救うために、何かが悪者になるのなら……それはダーナしかないわ。それが怖かったの……大好きな村を守りたかった。……だから最後は自分自身で決めたわ。わたしがリシュナになるんだって」
言葉には力があった。そこには彼女の信念が強く滲んでいたのだった。
「そうでしたか」
ことの顛末を聞いてしまえば、それなりに頷ける。ただ、目の前のリシュナと名乗る少女の決意のほどが、ルキウスにはむしろ痛々しいくらいだった。
「でも、残念だけどここまでね。ずっと騙し通せると思っていたわけじゃないけれど、もっと時間が稼げるかと思ったのに……やっぱりわたしじゃだめね。ごめんねルキウス。わたしはあなたが仕えるべきプリマヴェーラじゃないの」
ルキウスは黙ってその言葉を聞いていた。二人の間に沈黙が横たわる間も、ルキウスは一時も休まず思考を続けていた。
そして、ようやく一つの答に辿り着いた。
「……いいえ、あなたしかいません」
ルキウスは真っ直ぐにリシュナを見つめると、厳かに告げた。
「だって、わたしは本物のプリマヴェーラじゃないのよ」
「星の託宣は絶対です。プリマヴェーラの死が予測できなかったとは思えません。それに、あなたはこの現状に窮しておられる。それをお救いするのが、おそらく私の役目なのです」
今度はリシュナが驚く番だった。
「自分が何を言っているかわかっているの? こんなことばれたらただではすまないわ。それを知って黙っていたとしたらあなただって……」
「リシュナ様もそれは覚悟の上でしょう?」
ルキウスはあくまで目の前の少女をリシュナとして扱った。花の精霊に選ばれ、プリマヴェーラの花を咲かせた少女だと。それはリシュナとして生きると決意した彼女への、覚悟の確認でもあった。
「今後は魔術師の前で精霊の声が聞こえるとはおっしゃらないでください。私のように見抜く者がいないとも限りません。……そうですね、リシュナ様は特殊で、一人きりにならなければ声が聞こえないことにすればいい。そうすれば魔術師たちにもわからないでしょう」
「本当にいいの……? わたしに協力してくれるの? 本物のプリマヴェーラではないわたしに」
リシュナは今にも泣きそうな顔でこちらを見ている。ただ、それでも最後の確認が終わるまではルキウスに頼ってはいけないと思っているような生真面目さが窺えた。
「ならば本物のプリマヴェーラになるのです、リシュナ様。私の誓いは変わりません。全身全霊をかけてあなたをお守りいたします」
言葉が力となったように、リシュナはようやくその顔に安堵を浮かべた。泣くのかと思われた彼女だが、一度きりりと表情を引き締めると、それはすぐに満面の笑みに変わった。
「ありがとう……ありがとうルキウス。ありがとう……!」
近寄ってルキウスの手を取って両手で包み込むと、リシュナは祈るように目を閉じ頭を垂れた。今までで一番近づいた距離に、リシュナの髪がルキウスのローブに触れた。先日リシュナが勝手に飾った胸元の花が揺れ、甘い香りが漂う。
ルキウスは思いを振り切るように彼方を見やる。その瞳には強い決意が込められていた。
出立が遅れた上に、寄り道までしてしまったので、その日は夜になる前に次の町に辿り着けなかった。しばらくは人気のない草地が広がる味気ない道が続いているばかりだ。
「申し訳ありませんが、今日は馬車内で一泊することになりそうです」
リシュナが本物のプリマヴェーラでないとわかってなお、相変わらず丁寧に接してくれるルキウスが畏まってそう告げた。リシュナはいろいろな気持ちが混ざり合い、恐縮した。
「ごめんなさい、わたしのせいで……」
「いえ、ご不自由をおかけするのは心苦しいのですが、少しだけ我慢してください」
「別に寝台で寝れないのはなんてことないし平気よ。気にしないで」
いつも自分を気遣ってくれる彼に大丈夫だと示そうと、リシュナは明るくそう答える。しかし当のルキウスは意外そうな怪訝そうな顔をした。
「……どうかした?」
「いえ、一般的な女性はこういう状況にもっと抵抗を持つものだと思っていましたから」
「わたしはただの田舎娘だもの。そんなのどうってことないわ」
「……不快でないのなら何よりです」
簡単に食事を済ませると、リシュナはふと不安そうな顔をして空を見上げた。
「わたし、別に野宿はなんともないんだけど……またあの時みたいに狼が来ないか、それだけが心配なの……」
月はあの夜から縮み、今宵は半分ほどの大きさで雲から顔を覗かせている。ルキウスは満月が獣の理性を狂わせたのだといった。けれど平生でもやはり獣は恐ろしい存在なのだ。
「明かりをつけておけば獣は寄ってきません」
「あの日も使者たちはそう言っていたわ。でも、わたしが見た時には明かりは消えていた」
その時の記憶が蘇ったリシュナは、自分自身を抱きしめた。人のうめき声、獣の臭い、流れていた鮮血……。
「もう、あんな思いはしたくないの」
「それほど心配でしたら、私が一晩中見張っておきます。だから今夜は安心してお休みください」
こともなげに言ったルキウスの言葉にリシュナは目を瞬かせた。
「それじゃあルキウスが休めないじゃない。なら、交代で見張りましょう。何かあったら、ルキウスを起こすから」
「いえ、リシュナ様にそんなことをさせるわけにはいきません」
「でも……」
だからといって、また明かりが消えていたらという不安が拭えないリシュナはルキウスにも一緒に休んでとは言えなかった。どうしたものかと考えていたリシュナは途端に閃いた。
「ねえ、今日はよく星が見えるわ。ルキウスは星術師でしょう? 星のこと詳しいならわたしにいろいろ教えてくれない? 機会があれば知りたいって思っていたの」
こうなった以上、彼を休ませることは不可能な気がした。だから、せめて自分が起きていられる正当な理由を探すまでだ。
「私は構いませんが、リシュナ様はお疲れなのではありませんか。またの機会でも……」
「ううん、今日がいいの。今日教えて欲しいの!」
「……わかりました」
いささか疲れた調子の声が返ってきた。リシュナはいつも持っている鞄から紙切れと木炭を取り出すと御者台に座る。空を仰げば、満天の星が目に飛び込んでくる。
「ほら、ルキウスもここに座って。それにしてもやっぱり少し寒くなってきたわね……」
セファリアの冬が比較的温暖だとはいえ、冬も近づけば夜は冷える。長袖のチュニックと羊の毛で編まれたボレロを着ていたリシュナは夜風に身を震わせた。
「どうぞこれを」
ルキウスは毛布を差し出すとリシュナに手渡した。一言発すれば彼は何でも先回りして動いてくれる。
「どうもありがとう。……ごめんなさい、自分で取りに行けって話よね」
「いえ、お気になさらず」
「ねえ、ルキウス……」
一つの疑問が心に浮かび、リシュナは毛布を握りしめたまま静かに問いかけていた。
「どうして助けてくれるの? わたしが本物じゃないってわかっても、こんなに親切にしてくれて。あなたに見返りがあるとも思えないのに」
「理由が必要ですか?」
じっと見つめ返してくる感情の読めない黒い瞳。けれどもリシュナは知っている。感情がないのではなく、表だって現れていないだけなのだと。
「……ううん、そうじゃない。わたしが言うべきなのはそんな言葉じゃなかったわ」
思い直して首を振る。問うべきは彼にではない。きっと自分自身になのだ。そして彼に向ける言葉はたった一言しかないのだから。
「力を貸してくれてありがとう、ルキウス」
いつだって感謝の念を忘れたくない。これからもきっと自分を助けてくれる彼には、いつだって言葉に尽くそう──そうリシュナは決めたのだ。
ルキウスは初めて会った夜、礼を言ったリシュナに見せた戸惑ったような表情になると目をそらした。彼がこういう顔をする時、なんとなく年相応に思えてリシュナは嬉しくなるのだった。
「ね、ルキウスも寒いでしょ。こっちにきて、それでこうすれば温かいわ」
狭い御者台に身を寄せあって、毛布を一緒に肩からかぶる。
「昔ね、こんな風にあの子と夜通し星を見て過ごしたの。流れ星を見るんだって張り切って。だけどあの子ったら、星を見ずにずっと花で冠を作っていたのよ」
幼い頃からずっと一緒だった親友。そう呼べるのは彼女だけなのだ。
「わたしとリシュナは似ていたの。お互い両親がいなかった。わたしはね、小さい頃母親と一緒にダーナの村を訪れたらしいの。わたし自身にその時の記憶はないし、母親の顔も名前も覚えてはいないけれど。そしてダーナを訪れた次の日に母親は消え、わたしだけが村に残された」
今でもそのことを思うと胸が苦しくなる。母親は自分を捨てたのだろうか。そしてどこかで生きているのだろうかと。
「ダーナの村人は昔からいい人ばかりだったの。見ず知らずのわたしを育ててくれた。あの子は両親を病気で亡くして、遠戚がいたダーナに弟と一緒に移り住んでいたの。同い年で境遇も似ていたから、わたしたちはすぐに仲良くなったわ。あの子は本当に花が大好きな子だった。花の精霊に愛されて当然だと誇らしく思ったわ。それなのに……」
今でも信じられない。信じたくなかった。リシュナが死んでしまったなんて。
「人は死ぬと星になるって本当?」
「そうは言われていますが、本当のところはわかりません。確かめようがありませんから」
「そう……星術師にもわからないのね。でも、この空のどこかにあの子がいるのかもしれないって、そう思うだけで救われる気がするの。あの子の名に恥じない、プリマヴェーラになるんだって。きっと空から見守っていてくれるんだって……」
「誰しもなにがしかの星の守護を受けています。リシュナ様を見守る星が、そうであればと思います」
いつにないルキウスの言葉にリシュナは嬉しくなった。きっと彼なりにリシュナを励ましてくれているのだ。
「ルキウスを守護している星はわかるの?」
「私は月の影響を強く受けています。満月の時に力は高まります」
「へえ……あ、じゃあ、このペンダントみたいに、樹脂で琥珀を作れる?」
プリマヴェーラのペンダントを作成するのは星術師の力だが、プリマヴェーラの花の力があってこそ見事な琥珀が完成するのだと言われている。強い力を持った星術師は、物質に働きかけ、長い年月が必要なはずの琥珀を瞬時に完成させるのだともルキウスに教えてもらっていた。
「はい、出来ると思います。満月の夜であれば、おそらく質の良いものが」
「だったら今度お願いしたいわ。髪飾りが欲しかったの。好きな花をいれて作れたらいいなって」
「わかりました」
こともなげに頷くルキウスに、リシュナは満面の笑みで応えた。
「ありがとう! あ、ねえ、星座にも詳しいの? 昔何度か星辰図を見ただけの知識で、あの子と星座を探したんだけど、どれがどれかわからなくて」
夜空に浮かぶ無数の星が形をなし、神話を生み出している。星の力を借りて魔術を行う星術師は、その全てを網羅していると言われている。
「そうですね、今の時期なら……。まず夜空の中天に輝く明るい星を探してください」
「ええと……あれかしら」
リシュナが指差した先を見て頷くと、ルキウスは続けた。
「それが北天の輝星です。そこから東に少しいったところに青白い星があるのがわかりますか。あの星の周り一体が天馬座です。青白い星が天馬の目に当たって、天馬が翼を広げているように見えるのです」
「へえ……そういえばそう見えるかも」
「天馬カストルが冬の訪れに際し、北風の神に挨拶をするために翼を広げて飛んで向かっていると言われています。その隣には、カストルが途中で休憩するための湖が……湖畔座としてあります」
「星座の見える時期も、位置もきちんと理由があるのね」
リシュナは感心してそう呟いた。
「はい、星にも力が強まる時期があるのです。それは他の天体との兼ね合いもありますが、こうして目に見える時期には自ずと力が高まります。正確に星の位置を把握し、星相を見極めることが重要なのです」
「ふふ、おもしろいのね」
熱心に語る横顔を眺めながら、リシュナは堪えきれなくなって笑った。
「おもしろい話でしたか?」
「ええ、興味深いし。何より、ルキウスが楽しそうなのが」
「……楽しそうに見えましたか」
「うん。あなたが好きなものを知れて、なんだか嬉しかったの」
ルキウスは少しばつの悪そうな顔をしたが、思い直したように口を開いた。
「それより、お疲れだったらお休みください。もう夜も更けていますよ」
「平気よ! できれば朝までずっと星を見ていたいもの」
「……そうですか」
諦めたように、それ以上ルキウスは何も言わなかった。
「ねえねえ、それで次は? あれは何て言うの?」
リシュナの質問に丁寧に答えていたルキウスも星術師の性なのか、一度話し始めると止まらなかった。彼の言葉をいちいち紙に書き付けていたリシュナは何度も質問を交え、話が尽きることはなかった。
空が段々と白み始める頃、ルキウスが休みなく説明を続けていると、不意に肩に重みを感じた。目をやれば、先程まで熱心に聞いていたリシュナがついに睡魔に負けたのか、彼に頭を預けすやすやと寝息を立てていた。直前まで紙片に書き付けていた文字が眠気のためか読み取れなくなるほど乱れていたが、最後まで勉強熱心なものだとルキウスは呆れるより感心した。
狼が来たら怖いと怯える様は普通の少女のようだというのに、自分を捨ててまで他人の人生を生きようとするその覚悟は、ただの田舎育ちの少女にしては考えられない決意に違いない。この小さな身体のどこにそんな強さがあるのだろう。旅を続けていても、ルキウスにはやはり彼女の思考がわからなかった。
自分にもかけられていた毛布をリシュナにかけなおすと、その身体を抱き上げる。馬車の中に横たえてやっても目覚める気配はない。よっぽど疲れていたというのに、無理をして夜通し起きていようとするからだ。けれど、どうして彼女がそのようなことをしようとしたのか、そのことぐらいはルキウスにも想像がついた。
「……本当にもう……仕方のない人だ……」
少し乱れていた髪を撫でつけたついでにそうこぼす。
寝顔を見つめるルキウスの目元がいつになく和らいでいることに、眠っているリシュナが気付くはずもなかった。