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セファリアの花  作者: 悠木裕
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第三章 蕾ほころぶとき 1

   第三章 蕾ほころぶとき


 のどかな田園風景が広がる道を、二頭立ての馬車が軽快に走り抜けていく。冬が近いといえども、花が咲き誇るのがセファリアの特徴だった。春に比べれば、それは物足りなく思う光景だが、それでもリシュナの目を輝かせるには充分だった。

「リシュナ様、おそらく馬車を停めることは叶いませんので、時々期待するような目で私を見ないでください」

 向かいの席に座っているルキウスの言葉に、窓から外を眺めていたリシュナはぎくりとした表情で振り返った。

「そ、そんなこと思ってないってば!」

 実はちゃっかり期待していたリシュナは慌ててそんな風に取り繕った。ルキウスならわがままを聞いてくれるのでないかと思ったのは事実だ。

「リシュナ様、ねえ……」

 今まで黙ってそのやりとりを眺めていたヘリオスが、揶揄するような調子で口を挟んだ。リシュナの横に座っていた彼は斜向かいのルキウスに挑戦的な視線を投げかけている。

「何か?」

「魔術師が師匠以外の人間に付き従うなんてどういう風の吹き回しかと思って」

「リシュナ様は星の託宣により定められた立派な私の主です。……何がご不満なのですか?」

「そんなの、リシュナが望んだわけじゃないだろ。勝手にそんなものにされて落ち着かないに決まってるじゃないか」

「いいの、ヘリオス」

 これ以上険悪な空気になる前にと、リシュナは慌てて止めに入った。

「ルキウスにも事情があるのよ。それにわたしは彼にたくさん助けてもらったわ。わたしにできることなら何だってしてあげたいとそう思っているの。だからルキウスを責めたりしないで」

「別に責めてるわけじゃ……リシュナが迷惑じゃないなら、それでいいんだ」

「迷惑なんかじゃもちろんないわ。ルキウスも同行してくれて、わたしは嬉しいもの」

「リシュナ様と国王陛下のお許しはいただいております。何か問題がありますか?」

 叙任式のおりに行われた式典で、星魔石の返還と共に賜った褒賞として、ルキウスはプリマヴェーラの旅に同行する許可を得ていた。あの日彼の元へと戻ってきた星魔石は、王の命で特別に装飾され、今は黒いローブの襟元を飾っていた。

「別に問題はないけど、俺はリシュナと二人だけの方が良かったってだけの話だ」

 あまりにも率直すぎる言葉に、リシュナはどきりとして動きを止めた。あんな態度を取るのは、騎士だからだと思うことにしたが、それにしても心臓に悪い。これ以上彼を好きになるような要素は増えて欲しくないというのに。

「私のことは、いないと思ってくださって結構です」

「無理だ」

 妙な沈黙が馬車内に漂い、リシュナは重苦しさに息が詰まった。

「……でも、まあそうだな。あんたがいようとやるべきことは変わらない」

「お互い、そのようですね」

 とりあえず話は一段落したらしく、二人はそれきり口を開かなかった。

 まだ何も始まっていないのに既にこの調子なのだ。先が思いやられた。これから先、この二人が仲良くやっていけるとも思えない。とにかくこのぎすぎすした空間から早く逃げ出したくてたまらないリシュナは、目的の場所に一刻も早く着くことを必死に願っていた。


 プリマヴェーラとしての最初の使命は、どこかの町や村でプリマヴェーラとしての力を使い、人々の役に立つことだった。三ヶ月ほどその期間が設けられ、その能力が明らかになってようやく正式にプリマヴェーラとして認められるのだ。

 リシュナたちが向かうことになったのは、王都から馬車で二日ほどの距離にある山間ののどかな村だった。山に囲まれている人里離れたこの村に、プリマヴェーラ一行が到着すると、村人たちは皆一様に歓迎の意を示した。

「ようこそお越しくださいました!」

 村長なのだろう年配の男性に一番に声をかけられ、馬車を降りたリシュナは想像以上の歓迎ぶりに驚いた。続いて小さな子供がやってきては、自分たちで作ったのだろう花の冠をリシュナのために差し出してくれた。

「ありがとう」

 そう言って微笑むと、子どもたちもぱあっと笑顔になった。温かい、どこかダーナに似ているこの村をリシュナはすぐに好きになった。

「ようこそバリスへ! プリマヴェーラに騎士様」

 リシュナと同い年くらいの少女がスカートを広げて優雅にお辞儀をした。が、顔を上げた彼女はリシュナの背後に目をやり、戸惑ったように小首を傾げた。

「騎士様と……そちらの方は?」

 格好だけ見ればヘリオスがプリマヴェーラを護る騎士だとすぐにわかったのだろう。リシュナを護るように佇むもう一人の姿に少女は戸惑いの視線を向けた。

「彼もわたしを助けてくれる人なの。これから三人でお世話になります」

 プリマヴェーラ自ら頭を下げたので、少女は慌てたようにリシュナのそばに駆け寄り、荷物を受け取った。

「お世話だなんて。小さな何もない村ですけど、どうぞおくつろぎください。わたしが宿に案内しますから」

「ありがとう。ねえ、名前は?」

 同い年ぐらいの少女に会えたことが嬉しくて、リシュナは腰までの美しい黒髪をした快活そうな少女に訊ねた。

「マリオンと申します。プリマヴェーラは……」

「リシュナよ。それから太陽の騎士のヘリオスと、星術師のルキウス。よろしくね、マリオン」

 簡潔に紹介を済ませると、リシュナはうきうきと村を見渡した。

「ねえ、宿ってあれかしら? かわいらしい建物ね」

「そうです。では、早速ご案内しますね」

 盛り上がる少女たちの後ろ姿を眺めながら、ヘリオスとルキウスはその輪に入っていけず立ちつくしていた。

「楽しそうで何よりだな」

「……あなたが馬車内の空気を悪くしていたから余計でしょう」

「それはあんたのせいでもあるだろ」

 ルキウスは取り合わず、二人の後をゆっくりと追った。

「おい、無視するなよ」

 ルキウスは振り返ると、感情を覗かせない冷たい瞳でヘリオスを見返した。

「ここではっきりすると思いますよ。リシュナ様が真に必要としているのは誰なのか」

 その言葉を聞いたヘリオスは、驚いたように動きを止めた。しかし数瞬後、その瞳には決意の炎が宿っていたのだった。


 マリオンについて宿屋までたどり着くと、早速部屋に案内された。

 質素ながらも清潔感溢れる部屋には、随所に花が飾られるなど、もてなしの心が表れていた。

「ここがプリマヴェーラのお部屋です……でも、お付きの方は騎士様一人だと思っていたから、二つしかご用意してなくて……何分ほとんど客人などこない小さな宿ですから」

「それは連絡不足だったのね。ごめんなさい。それから、そんな話し方は止めて、マリオン。普通に接してほしいわ。出来れば友達になってほしいもの」

 リシュナの言葉にマリオンは表情を明るくした。以前のリシュナと同じように、こういった言葉遣いは彼女も苦手なのかもしれない。

「わたしで良ければ! この村には年の近い女の子がいないから、わたしも嬉しいわ」

「良かった」

 二人はお互いぎゅっと手を握りあうと微笑んだ。初対面から、なんとなく気が合うような気がしていたのだ。

「あ、それでお部屋の話。とりあえず相部屋でも構わないかしら。それか別のお家に部屋を借りれないか頼んでみるか……」

「相部屋だけはやめてあげて!」

 勢い込んだリシュナにマリオンは不思議そうな顔で小首を傾げた。

「やっぱり、自分一人の時間も持ちたいと思うもの。二人は最近知り合ったばかりだし」

「そうよね、そりゃ一人部屋がいいわよね。でもどちらによそに移ってもらうか……」

 考え込んでしまったマリオンに、リシュナは今浮かんだばかりの思いつきを口にした。

「ねえマリオン、提案なんだけど。もしあなたさえ良ければ、わたしはあなたの部屋に寝かせてもらえないかしら。そんなに荷物もないし、寝る場所さえあればいいの。あ、もちろんあなたさえよければ、だけど」

「それはいい考えだわ、リシュナ! ぜひそうしましょう!」

 意気投合したマリオンはうきうきとした様子でリシュナの手を引き、自室まで案内してくれた。

「今日からここがあなたとわたしの部屋よ」

 それは小さな部屋でしかなかった。それでも、何か新しいことが始まる予感に、リシュナは期待を膨らませてはマリオンに微笑みかけたのだった。


 この村にしては大きな歓迎会でもてなされた次の日には、もうリシュナはプリマヴェーラとしての仕事を始めていた。

 農業と酪農を主な仕事としているこの村では、やはり花をはじめとする植物の恩恵はなくてはならない存在だった。

 リシュナはまず、村人たちの困っていることを順番に聞いては、実際に農地に赴き、まずは目でその様子を確認した。ルキウスの助言通り、精霊の声は誰もいないところでしか聞こえないということにしていたので、声を聞くのはまた別の機会というプリマヴェーラの申し出を村人は素直に受け入れていた。

「これで全部?」

 一緒についてきたヘリオスが、せっせと熱心に紙に文字を書き付けているリシュナに問いかけた。彼は騎士としての正装をしているので、こののどかな村からは少し浮いていた。

 太陽の騎士の役目は、まず第一にプリマヴェーラの守護である。しかしそうそう危険なことがあるはずもなく、彼女に付き従い、力を貸すのがその役目と言えた。

「うん、お話を聞こうと思ってたところはここで最後。でもね、行ってみたい場所があるの。マリオンに聞いたんだけど……」

 村の西には果樹園が広がっていた。リシュナはずんずんと進むと、目的のものを見つけて顔を輝かせた。

「立派な林檎がこんなになってるわ!」

「そういえばリシュナは林檎が好きだって言っていたっけ」

「ええ、そうよ。近いうちにパイにして焼くわ」

 その様子を眺めていたヘリオスは不意に不思議そうな顔をした。

「お菓子作りは苦手じゃなかった?」

 ぎくりとしてリシュナは動きを止めた。確かに親友は、料理は苦手であまりしようとしなかった。

「練習したのよ。……あなたに食べさせたくて」

 それは確かに嘘ではない。彼女は苦手なパイ作りを練習しようと決意していたのだ──亡くなる数日前に。

「そっか……それは嬉しいな」

 言葉と共に距離を詰めてきたヘリオスに気づくと、後ろに下がろうと慌てたリシュナは木の根元に足を躓かせてしまった。

「大丈夫?」

 咄嗟に支えてくれたヘリオスの腕に反射的に掴まると、近すぎる距離にある彼の瞳に気がつき、リシュナは逃れるためにとにかく何か行動しなければと思った。

「あ、あと野いちごも探したいの! ちょっとあっちの方に行ってくるね」

「リシュナ」

 おぼつかない足取りのリシュナの手を素早く取ると、ヘリオスは当然のように言った。

「また躓くといけないから」

 ぎゅっと手を握られ、それ以上何も言えなくなったリシュナは、ただ頷いた。どんな顔をすればいいのか全くわからなかった。

 しばらくそうして歩いていた二人だが、不意にヘリオスが口を開いた。

「そういえば指輪、はめてくれないんだな。大きすぎた?」

 プリマヴェーラの証であるペンダントとともに胸元で揺れている指輪を無意識に握りしめていたリシュナは反射的に顔を上げた。

「ううん、そうじゃないけど……大切なものだからこうして持っていたいの」

 実際には指にはめてもいないので、それが大きいのか小さいのかすらわからない。けれど、大切なものであるということは嘘ではなかった。

「そっか……それはそれで嬉しいな」

 繋いでいる手に力が込められたようで、緊張のあまり自分の手が汗ばんでいる気がしていたリシュナは落ち着かず、一刻も早くこの手を放してほしくて仕方がなかった。

「マリオンて子とはもうすっかり仲良くなったんだな」

「え?」

 突然に彼女の名前が出てきたのでリシュナは思わず目を瞬かせた。

「ほら、さっき教えてもらったとかなんとか」

「ああ、そうなの。パイを焼きたいって言ったら、林檎のなっている場所を教えてくれたのよ。どんな林檎か一度見てきたらいいって。それから野いちごがある場所も。これはジャムにしようと思って。少しだけ花びらを加えると香りが出て高級な感じになるの。マリオンにもそれを教えてあげたくて」

 すっかり打ち解けた二人は主に料理の話で盛り上がることが多かった。マリオンの家は宿というより、泊まることも出来る食堂という感じだった。そういうわけで仕事を手伝うマリオンは当然料理が上手だったし、リシュナもお菓子作りが好きだったので、自然と話は弾んだ。

「マリオンのためにも、わたしに出来ることをしたいの。作物が立派に実るような土壌作りや、家畜たちが食べる穀物も、ひいては繋がっているのだから。まだプリマヴェーラとしては未熟で、あんまり役には立たないかもしれないけど……でも、今自分に出来る精一杯のことを後悔しないでやりたいの」

 それは自分が本当のプリマヴェーラでないとしても、彼女として生きると決めたリシュナが曲げたくない信念でもあった。少なからずプリマヴェーラでない自分にも出来ることはあるのだと、そう信じている。

 ヘリオスはそんなリシュナを眩しそうに、誇らしそうに見やると、自らも決意を込めた眼差しで力強く言い放った。

「俺も自分に出来る限りのことをして、リシュナの力になりたい。医師の家系に生まれたことを嬉しいなんて思ったことはあまりなかったけど、それでも今はそれが君の力になれるかもしれないと思い始めてもいるんだ」

 リシュナがヘリオスの言っている意味を量りかねた様子なのを見て取ると、彼は言葉を続けた。

「薬草も植物だろう? 医師の治療に薬は欠かせない。君の力と俺の医術の知識がこの村の人の役に立つかもしれない。ひいてはこの国の人々の役に立つかもしれない。そう思うと、嬉しくてたまらないんだ。二人でなら大きなことをきっとやり遂げられる……そんな気がして」

「ヘリオス……」

「リシュナはきっと素晴らしいプリマヴェーラになるよ。だから、俺はそんな君を一番近くで支えたいんだ」

 迷いのない眼差しに、もう何度目ともしれない深い罪悪感がリシュナの胸を縛った。けれど、それでも自分は彼の思いを受け止めなくてはいけない。リシュナとして生きると決めたその時から。

「うん、ありがとう。本当にわたしはたくさんの人に支えられているってそう思うわ」

 懐かしそうな目をしたリシュナに、何か思い当たったのか、ヘリオスは気遣うように囁いた。

「友達に会えなくて寂しい?」

「え?」

「言ってただろ。故郷に親しい友人がいるって。姉妹同然に育ったってずっと手紙で言ってたじゃないか」

 自分のことだ。親友がそんな風に自分のことを話してくれていたのだとすると、今のこの状況はどうなのだろう。ますます罪悪感が胸を締め付けた。

「う、うん。もちろん寂しいけど……でも、仕方ないもの」

「そうか……でも二度と会えないわけでもないだろ? そのうち君を追いかけて来るかもしれない。そう思わないか?」

「そうね。そうだといいけど……わたしも、もう一度会えるものなら会いたいもの」

 そんなことがもう起こりえないことは、今この場にいるリシュナがどうしようもないくらいわかっていることだった。それでも、もし会えるのなら、確かに会いたい。

「会えるさ。会えるよ。信じていれば必ず。俺たちが出会えたように」

「……ええ、そうね……」

 なんとか笑顔を作ると、リシュナは顔を上げて頷いた。たとえ彼を騙しているとしても、今のリシュナに出来ることはきっとそのぐらいしかないのだから。


「嘘をつき続けることはこんなにも辛いことなのね」

 突然にリシュナが漏らした言葉に、ルキウスは自らの作業の手を止めた。

 昼下がりに、ルキウスにあてがわれた部屋を訪れたリシュナは、今まで故郷で書き残した紙切れと、今回集めた情報を、王都で調達した紙に丁寧に清書しているところだった。

「誰かを騙し続けていることが罪深いことだなんて、そんなことは初めからわかっていたはずなのに……でもね、こんな嘘でも、初めは大切な人たちを助けたくてついた嘘だったのよ」

 リシュナはルキウスに話しているというより、自分自身にそう言い聞かせているようだった。彼女の視線は下に向けられたままで、ルキウスの方を見てはいなかったからだ。それでもルキウスは少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。

「信念をもって嘘をつくのなら、それを貫き通さなくてはいけません。……そういうものだと私は思います」

 まさかそんな風に返してくれるとは思ってもみなかったリシュナは、驚いてルキウスの方を振り返ると、思い直したように首を振った。

「そうね、辛いなんて言っていられない。覚悟の上で全部わたしが決めたのだから。ありがとう、ルキウス。なんとなく少し吹っ切れた気がするわ」

「お役に立てたのならなによりです」

 素っ気ない返事だが、彼がうわべだけでそう言っているとは思わない。いつだって彼だけは自分の味方でいてくれるのだから。

「リシュナ様」

 しばらく書き物を続けていると、今度はルキウスの方から声がかけられた。

「お約束のものが、たった今仕上がりました」

 急いで彼が作業していた机の方まで駆け寄ると、そこに見事な髪飾りがリシュナを待っていた。

「ちゃんと約束を覚えててくれたんだね。ありがとう! すごく素敵……」

 掌に乗る大きさのそれは、絹であしらわれた薔薇に見立てた花弁の中央に、ルキウスが作った琥珀が燦然と輝いている可愛らしいものだった。琥珀の中に眠っているのは、見覚えのある赤い花の蕾だった。

「ねえ、この琥珀の中の花って、わたしがルキウスに選んだ花と同じ?」

「……あなたが選んだ花なら、お気に召すかと思ったのですが、違いましたか?」

「ううん、そうじゃないわ。やっぱりそうなのね。でも、蕾だなんてわたしにぴったりじゃない」

 プリマヴェーラとしての自分はまだ開花していない。本物でないのだから、花開くことなどないのかもしれないけれど。

「そういう意味ではありません。開いた花ですと、この大きさに収まりきらなかったものですから」

「気なんて悪くしてないから大丈夫よ。でもこの細工もルキウスがしたの?」

 絹で出来た造花に透ける素材がリボンのようにあしらわれ、とても女の子が好みそうな出来だった。

「いえ、別の宝石が入っていた場所に、花を閉じこめた琥珀を入れ替えただけですから」

「じゃあ、わざわざ買ってくれたの? 高かったんじゃない」

 急に申し訳なさの方が先に立ち、リシュナは恐る恐るそう訊ねてみた。

「プリマヴェーラに贈りたいと言えば、国王様がくださいましたので」

「ルキウスって意外としっかりしてるのね……」

 金銀財宝も思いのままという褒賞をそれだけに留めたのなら、国王も安いものだと喜んだに違いない。

 早速つけてみようかとリシュナが髪飾りを裏返すと、髪をとめるための銀でできた櫛の部分に不思議な図形がいくつも刻まれていた。

「これなあに? 文字かしら。読めないけど」

 ルキウスは一度じっとリシュナを真正面から見つめると、小さく呟いた。

「……あなたをお護りするためのおまじないです」

「あ、ありがとう……」

 急に見つめられ、リシュナはぎくしゃくと頷いた。そういえば、叙任式の前に彼が言っていたことは本気だったのだろうかと今更思い至っては顔が熱くなった。

 自分を好きになってほしいだなんて言われたものの、当の本人には全くそのつもりがないように思える。言ったことすら覚えているのかも怪しいとさえリシュナは思っていた。でも、だからこそリシュナはヘリオスといるよりもルキウスといる方が気が楽だった。

 彼が好きか嫌いかといえば好きなのだと思う。けれどやっぱりリシュナの中ではルキウスは今のところそういう対象としては考えられないのだった。

「ありがとう、ルキウス。ちょっとマリオンに見せてくるね」


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