失策
第一球を痛打された。
おれのボールの選択は決して間違っていなかった。吉仲のボールが明らかにおかしかったのだ。……いや、おかしかったのは吉仲のボールではなく、『稲城の』ボールだ。見たこともないほど気の抜けたボールで、覇気も気迫もまったく感じられなかった。
異常なボールに、おれは立ち上がる。しかし、エースはおれを拒む。
本人が心配するなとは言うが、それ以上にベンチや木更津がどう思うかが肝心だ。正直なところ、おれがピッチャーに言えることは何もないのだ――まだ、稲城と吉仲で決めかねている。
しかし、混乱は止まらなかった。
痛烈な打球がさらに続き、ピンチが広がる。さらにはミスでピンチが広がり、いよいよキャプテンの倉田が見かねてタイムをかけ、マウンドのほうへと歩いて行く。おれもそれに従い、マウンドに向かった。
「落ち着いて行けよ、後ろはちゃんと守るからさ」
「ただのアンラッキーさ、ここを凌げばいいんだ」
「いい球投げてるぞ、問題ない」
みな励ましの言葉を投げかけていく。しかし、吉仲の目の焦点は定まらない。どの言葉も、心に届いていないかのようだ。
そこへ、伝令がベンチからかけてきた。
監督からの守備の指示や激励が送られる。野手たちは返事をして守備に散ろうというとき、伝令はおれと吉仲にだけ聞こえるよう言った。
「木更津先輩から伝言です――――『かっこわるいよ?』」
ぎくりとした。
吉仲本人に送られたメッセージなのだろうが、おれの心に突き刺さった。
おれは何を迷っていたのだろう? おれはずっと、吉仲が稲城のボールを投げることが、気持ち悪くてならなかったではないか。なのに、勝ち負けを天秤にかけて我慢し、吉仲に我慢させようとしていた。
夢は甲子園だ。でも、『みんなで』行けなければ仕方がない。吉仲を、木更津を置いて行ってどうする――
「吉仲!」
ゆっくりと吉仲が顔を上げた。グラウンドのチームメイトたちも、大声を出すおれを振り返った。
胸をどん、と叩いて、至近距離から叫ぶ。
「木更津を甲子園に連れて行くのは誰だ? 他でもない、お前だろう! 吉仲!」
最後で最大の起爆剤。
吉仲は力強く頷いた。その眼光には、稲城ほどの鋭さや恐ろしさは含まれてはいなかったが、『吉仲陽平』が呼び起されたことは確かだった。
最終回、稲城は乗り越えられなかった――だが、吉仲がそれを乗り越える。
おれはそんな吉仲を導く。チームを導く。
ミットを突きだす。目を覚ました吉仲のボール、吉仲の熱意のこもったボールならば、稲城以上のボールになるだろう。このピンチだって凌ぐことができるボールだ。
吉仲が思い切り腕を振った。稲城程のボールでもないし、フォームだって稲城とは大きく異なっていて、はっきり言えば滅茶苦茶だった。しかし、打者はその様子だけで怯んでしまい、思うとおりのスイングができなかった。ボールを受けたおれは、思わず小さなガッツポーズを作ってしまう。
吉仲が空気を作り出していた。ほかのメンバーたちの表情も明るい。エースに人間味が戻ってきたのだ。人のいい、愛されることにしか能のない吉仲陽平が戻ってきたのだ。
また乱れたフォームからボールが投ぜられる。ミットをぐっと突き出した。見せてやろう、エース稲城がいなくたって、吉仲とおれで試合に勝てる。エースがいない事実も、吉仲が甲子園にかける熱意も、すべて受け止めよう。
しかしそのボールは、おれのミットに収まることを拒んだ――――
・Passed Ball ――パスボール、捕逸――
キャッチャーがピッチャーからの投球を、キャッチャー自身の過失で取り損ね、背後へ逸らしてしまうこと。ランナーが進んでしまったり、取れるアウトを取れなかったりするため、極力避けたいミス。
……投手のことを本当に真剣に考えていないと起きてしまいがちなミスである。




