表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Timely  作者: 大和麻也
Passed Ball
7/10

相棒

 決勝、神宮球場。

 ここに至るまで、おれは全試合でキャッチャーを務めてきた。千球も軽いほどはボールをこのグラブに納め、同じだけピッチャーに投げ返しただろう。

 だが、どうしても球が手に馴染まない。投げているピッチャーと、投げられるボールが乖離しているのだ。ピッチャーは我がチーム一番のヘタレ・吉仲陽平なのだが、投げてくるボールはかつての絶対的エース・稲城慶馬(けいま)のものに違いない。

 日常生活で見かける吉仲は、いつでもへらへらしていて人が良い、あと一歩恵まれない残念な男だ。それなのに、ひとたびグラブを持ってボールを放れば、眼光鋭い剛腕、敵を寄せ付けない完璧な男へと変貌を遂げる。三月に稲城は確かにチームを離れたのだが、七月になったいまでも稲城のボールを受ける――腑に落ちない。

 吉仲は、稲城をコピーした。複製で、模倣で、偽装だ。

 でも、甲子園という目標が近づいたのは事実。割り切って吉仲のボールを受け続けてきた。かつてはボールを受けるのも億劫だった吉仲だが、いまでは打者をねじ伏せる頼りがいのあるエースだ、そんな男を支えるのは気持ちが良い。

 おれの相棒は、まぎれもなくエースだ。

 きっと吉仲は、稲城の力を借りようと思っただけではない。甲子園を目指せなくなった稲城のボールを投げることで、稲城と共に甲子園を目指そうとしているのだ。おかげで、もう受けられないと諦めていた稲城のボールを、また受けている。吉仲の投げる『稲城の』ボールによって、おれは甲子園を目指している。

 おれは、稲城と甲子園に行く――――



 試合は優位に進んでいく。

 初回にこそ点を取られたが、それはうちのエースの癖でしかない。すぐに四点を奪い返し、おれも得点に貢献した。キャッチャーが打って、ピッチャーが抑える――そんな理想像を思い浮かべつつ、ピッチャーに指示を出す。

 指示を出せば、言ったとおりに、むしろそれ以上に良いボールが投じられる。全部に相棒が応えてくれる。一球ごとに甲子園が近づいてくる。

 このまま甲子園に行けたならば、どれだけいいだろう。諦めかけた稲城との夢の延長、新たに始まった吉仲との目標、どちらも達成できる。当然、全員の夢がいままさに前進しているのだ。

 すべては順調だった。

 そう、順調だった――――



 残るは一イニング。守備に就く前に、マネージャーの木更津から声をかけられる。

「ねえ、高岡くん」

 視線を上げると、心配そうな顔をした木更津がいる。

 木更津は普段、選手のほうに意見してくることはない。しかし、今回ばかりは、おれに訴えかけてくる視線だった。

「陽平なんだけど……大丈夫なのかな?」

「……何が言いたい?」

「その――――上手く言えないや」

 きょうの木更津は妙だった。

 審判から注意がかかりそうだったので、木更津を無視してグラウンドに駆けた。

 木更津が言わんとしていることは解る。ずっと吉仲と共に甲子園を目指していたのだ、稲城慶馬としての吉仲陽平を認めたくないのだろう。その思いは、きっと吉仲本人の中にもあるはずだ。吉仲は自分自身で、自分の力で、木更津を甲子園に連れて行きたいはずだ。そう考えると、吉仲は稲城のコピーを『戦略』『道具』としか考えておらず、最後には捨ててしまうかもしれない――稲城慶馬の残酷さまでもコピーしていたならば、大いに考えられる。

 もし吉仲が稲城を捨ててしまったら――突如投球ペースを崩し、試合を壊してしまうかもしれない。それとも、気持ちの強さで押し切ってくれるだろうか?

 どうしても、決めきれないおれがいる。勝負か、気持ちか。

 稲城を尊重するなら、勝負を選ぶ。吉仲を尊重するなら、気持ちだ。

 いま、おれの相棒に必要なのはどちらだ? 稲城はいない、しかし吉仲は稲城になりきっている。本当の吉仲はどこにいる? 呼び戻すべきか、離しておくべきか。


 そう、おれの相棒は――――


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ