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Timely  作者: 大和麻也
Cluch Hitter
5/10

快感

 前の打者が立て続けに出塁する。ランナーが集まった。

 目の前で主砲の高岡が一点を奪い、同点。ランナーふたりを置いて、おれの順番となる。相手投手は悔しさをバネにするかのように歯を食いしばり、チームメイトたちも期待の色を浮かべながら息を呑んでいる。

 打席に立ち、上を向く。すると、三塁側のT高スタンドからの大歓声がはっきりと聞こえてくる。これは確かチャンスのときのためのマーチ、勝負を決めろとスタンドは訴えてきている。

 視線を相手投手に戻す。歯を食いしばって力んでいたが、おれが構えると息を吐き、鋭い眼光のまま体はリラックスさせる。いよいよ、投球フォームに入る。

 試合こそまだ中盤に入ろうというところ。しかし、ビハインドからようやく同点になり、逆転を狙う勝負どころだ。

 面白い――この緊張感、期待、プレッシャー――この苦痛を感じられるのが心地よい。チャンスという場面は、非常におれ好みだ。

 バットを構え、振り抜く。安易にもそのボールはストレート。予想したとおりだった。

 プレッシャーをかけられることは何より快感だ。でも、それ以上に、そのプレッシャーを跳ね除ける達成感が幸せで、一番は――――


 相手チームが肩を落とすときの顔、これがたまらなく気持ちが良い。



「すげえぜ、崇志(たかし)。ホームランだ!」

「でかした! 海部(かいふ)

「これで三点リード! ……いけるぞ」

 チームメイトからハイタッチで迎えられる。

 でも、そんなことよりも嬉しくて気持ちがいいのは、ベンチに帰ってから振り返ってグラウンド眺めることだ。

 グラウンドでは、相手チームがタイムを取って集まっていた。ピッチャーの胸をグラブでぽんと叩いて励ますキャッチャー。転がった球は全部抑えるとでも語ってグラブを拳で叩く内野手。そして、無理に力強い表情をつくるピッチャー……

 このお決まりで滑稽な姿を眺めることがたまらなく面白い。自分の一打で乱れて行くチームを見るのは、この上ない快感だ。自分が苦労させてやっている、自分が掻き乱している、自分が落ち込ませている――そう思うと、なんともいえない優越感と爽快感。

 そんな快感のためなら、緊張なんて一切感じない。勝負のときだろうと関係ない。

 ただおれは、打ちたいのだ。打ちのめしたいのだ。

 甲子園にこのまま進めたとしたら、もっともっと爽快に打撃ができるだろう。打つたび打つたび相手チームはどんどん意気消沈していく、そんな様がぜひとも見てみたい。同じ背水の陣の中で、思い切り見下すことができたなら、これ以上ない快感に違いない。

 おれのこの本性を知ったら、周囲はおれを批判するだろう。『スポーツマンとして風上にもおけない』と。

 だが、むしろ批判されてみたいものだ。おれはどれだけ何を言われようと、自分の快感を求めるのみ。観客がおれの凡退を望むのを、打ち破る……周囲が批判すればかえっておれは気持ちよく打撃ができるだろう。

 攻撃が終わる。

 おれは悠々とグラブを持ってグラウンドに向かった。



 ピッチャーは吉仲。ここまで完璧に抑えている。

 この調子なら、試合は決まったようなものだろう。T高の勝ちを呼び込ぶのは、投手、吉仲陽平。そして、打者の海部崇志だ。たったひとりのピッチャーと、たった一本のホームランで試合が終わる……相手はよほど悔しく思うだろう。

 これは面白そうだ。早く試合が終わりはしないだろうか? 一秒でも早く、一秒でも長く肩を落として帰って行くS高野球部を眺めたい。甲子園への切符を奪い取り、高々と掲げ見せつけてやろうではないか。

 できることなら、もう一本打って、吉仲を振り払いたい。きょうの勝利を、おれひとりで確かなものにして、『吉仲を出さなくても勝てた』というような試合を演出するのだ。勝利の快感を独占したい。


 そして、うまいことにまたチャンスが巡ってきて――――


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