表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Timely  作者: 大和麻也
Team Captain
4/10

責任

倉田(くらた)、よく選んだ。よかったぞ」

 ベンチに戻ってヘルメットを脱いだ僕に、監督はそう声をかけた。その褒め言葉を受け取るだけのことはできなかったというのに。



 最後の守備。ここで守り抜けば試合は終了、念願の甲子園だ。

 最後にボールを摑むのは誰だろう? フライを取った野手か? それとも、吉仲が三振を奪ってキャッチャーが掴むのか? ひょっとして、僕が内野ゴロを捕るのか? そうでなくとも、平凡な内野ゴロなら僕のところに送球が来る。

 できることなら、僕はボールに触りたくない。逃げたい。

 でも、そんな気持ちで守り抜くことは不可能。それがキャプテンとしてまっとうしなくてはならない、最低限の責任だ。逃げることに慣れてしまった僕だって、いい加減逃げてはいられない。

 もう逃げない。最後にとり返すのはいま、この守備だ。


 しかし。

 せっかく決意したのに、いつまでもボールがこちらへやってこない。吉仲が、人が変わったように乱れ始めたのだ。

 吉仲は終始、去ったエースの稲城の真似をしていた。まったく同じと言っていいほど稲城を複製し、この野球部を甲子園に導こうと、敵味方関係なく一切を寄せ付けなかった。……なのに、いまマウンドにいるのは間違いなく『吉仲陽平』である。

 稲城が消えた。

 吉仲が現れた。

 ああ、この目だ。チームメイトのこの目だ。みんな、吉仲を疑っている。ぼくが逃げ出したあのときと同じ。いま再び、『打たれてしまえ』と念じている。……吉仲を認めない連中の目を、僕がいま吉仲に向けている。

 稲城の模倣をしてきた吉仲は、結局僕と同じ張りぼてだったのだ。稲城という張りぼてに囲われた、所詮僕と同じ裸の城。僕と吉仲がいるだけで、このチームは甲子園に相応しくないのかもしれない。

 金属音が響き、さらに失点が重なる。

 もう、逃げられない。吉仲に替えて出てくるピッチャーなどいない、ここで吉仲とチームが運命を共にしなければならないのだ。そう、僕をはじめ、吉仲を疑う連中みんなが巻き込まれて甲子園の夢を絶たれる。

 ならば、勝たせればいい。

 吉仲陽平に、勝たせればいい。

 稲城を諦め、非力な吉仲にすべてを託そう。

 そこで、僕の出番なのだ。僕がキャプテンとして声をかけ、吉仲を立ち直らせればいい。稲城に声をかけることはなかったし、かける必要もなかったが、吉仲にはそれが必要だ。ほかの誰でもない、キャプテンの僕なのだ。逃げられない、僕の役目だ。

 唾を飲み、歩く。

 吉仲は未だに稲城の真似をしてちょこまかと手癖を演じている。僕はその邪魔をして声をかける。できるだけ、吉仲にはっきりと伝わるように。


「吉仲、もう無駄だ。稲城の真似はよせ」



 タイムがかかり、内野手全員が集まってくる。

「落ち着いて行けよ、後ろはちゃんと守るからさ」

「ただのアンラッキーさ、ここを凌げばいいんだ」

「いい球投げてるぞ、問題ない」

 ……なぜだ?

 なぜ吉仲を擁護する? さっきまで疑ったような目をしていたのに。

 伝令が監督の指示と伝言を話し尽くして帰ると、野手は散る。僕の足はすくんでまともに歩けず、ゆっくり一塁の守備へと戻った。

 膝が笑っている。

 もう逃げたいよ。

 僕はやっぱり下なのか? 吉仲は僕と違って、みんなに信用される実力者だったのか? 僕の観察はなっていなかったのか? 疑っていた連中はどうして吉仲に優しい声をかけたんだ、僕だけが吉仲を見下し、疑っていたというのか?

 立ち直ったように、吉仲の眼光が鋭くなる。稲城の目つきではない、吉仲陽平自身が何らかの決意を固めたのだ。

 ダメだ、逃げ出したい。

 このまま打たれたら、僕の言葉のせいに違いない。僕が吉仲を傷つけ、邪念を抱かせてしまったことになる。キャプテンの責任なんて、これだからまっぴらごめんなんだ。


 吉仲の放ったボールは、ストライクを奪えなかった。

 同じく、僕のグラブでアウトを奪うこともなかった。


・Base on Ball ――フォアボール、四球――


 ストライク三つ取られる前に、ボールを四つ選ぶこと。バットを振ることなく塁に出ることができる。投手の自滅と思われがちだが、ストライクを取らせず、かつ振るべきボールを見定めることは、それだけで充分な才能と実力である。


 ……ただし、バットを振らなければ華やかな活躍もありえない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ