覚醒
最終回、先頭打者に打たれた。
オレの投球にミスはなかったはずだ。高岡の指示が不本意だったの事実だが、だからといって自分を抑えることくらいはできる。ちゃんと指示に従って投げたはずだ。
いや、いつまでも引きずっては仕方がない。キャッチャーに背を向け、息を吐く。
……野手の不安そうな顔が飛び込んでくる。たかだかヒット一本でこの有り様だ。ひょっとすると何人かが、解りはじめたのかもしれない。
オレに、異変があったことを―――――
次の打球も野手の間を抜け、ランナーが溜まる。
さらに次のバッターでも、海部のエラーでピンチが広がるばかり。
まるでアウトが取れない。みんなの顔がさらに暗くなる。ぼくはみんなのそんな表情が心配で、不安で、怖かった。
みんなはぼくのいるマウンドのほうへ歩いてきた。
「落ち着いて行けよ、後ろはちゃんと守るからさ」
「ただのアンラッキーさ、ここを凌げばいいんだ」
「いい球投げてるぞ、問題ない」
優しい言葉を投げかけてくれる。でも、その言葉は右の耳から左の耳へと抜けて行くばかりで、まるで心に届かない。オレは無意識に、意地と恐怖からその優しさをシャットアウトしているのかもしれない。ぼくとしてはちゃんと耳を傾けて、チームの絆を感ながら投げたかったのに。
そんな葛藤を悟ってか、高岡が胸を叩いて叫ぶ。
「木更津を甲子園に連れて行くのは誰だ? 他でもない、お前だろう! 吉仲!」
……吉仲。ぼくの名前。
ぼくが、友梨を? いいや、オレが連れて行くと決めたんだ。
でも、せっかくオレが意思を確かめたというのに、伝令がその上から言葉を重ねてしまう。
「木更津先輩から伝言です」
――――かっこわるいよ?
ぼくはボールを必死で投げた。
稲城なんてもうどこにもいなかった。
ただただ、ぼくの中には友梨しかいなかった。
どうしていまごろ気がついちゃったのかな、友梨? ぼくが本心では、稲城の力を借りずに友梨を甲子園に連れて行きたいと思っていることに。どうしてぼくに投げてほしいなんていまさら言うの? 稲城が投げれば試合には勝てる、どんなピンチでも乗り越えられる。なのに、投手交代だなんて。
ピッチャー、稲城慶馬に代わりまして、吉仲陽平――そんなアナウンスが聞こえてきた気がした。
キャッチャーがぼくのへなちょこなボールを取り損ねる。外野手が痛烈な打球を急いで追いかける。内野手がアウトを取ることを諦める。
ようやく目が覚めた。ぼくは稲城を道具になんてできない。コピーなんてできない。
チームメイトが不安な顔をしていたら、すぐにでも駆けつけて声をかけたい。勝ったあとには思い切り笑いたい。楽しみたい、喜びたい、叫びたい、負けたい、諦めたい、泣きたい、愛したい……
もう、どうてもよかった。甲子園も、稲城も。
ぼくは、こうして大舞台で投げさえすればよかったんだ。甲子園じゃなくてもいい、地方大会の決勝でも充分なのだ。友梨は、ぼくに投げてもらえば満足する。ぼくは、自分が投げている姿を友梨に魅せられれば満足する。
試合が終わったらすぐにでも友梨のところへ行こう。友梨に謝って、許してもらって、かっこわるいままで終わりにしてもらおう。夢が潰えるにしても、チームの期待を裏切るにしても、友梨と一緒ならそれでいい。負けたら泣くかもしれない、でも、最後に笑えればそれでいい。
友梨、これがぼくの最後で、最高の投球だ。
ボールは外野を越えて行った。誰も追いかけない。追いかけても意味がない。
負けだ、負け。ぼくは負けたんだ。ようやく、ぼく自身が投げて終わることができたんだ。稲城ではなく、ぼくが投げたんだ。これはぼくの試合、ぼくの大舞台。友梨のために用意したステージさ。
どうかな、友梨? ぼく、かっこよかったかな――――?
・Ace Pitcher ――エース・ピッチャー――
チームで最も実力のあるピッチャーのことをいう。試合を作るピッチャーの中でも、最高の実力を持つとなれば、自然とチームの中核となる。心技体すべてにおいて力を持っていることが求められる。
……何よりもチームを一番に考えること、それもエースとしての素質といえよう。
Running Score:
T高校 004 000 000 |4
S高校 100 000 004X |5
Character:
木更津友梨・マネージャー――Cross Fire
倉田和彦・ファースト、キャプテン――Team Captain
海部崇志・サード――Cluch Hitter
高岡卓・キャッチャー――Passed Ball
吉仲陽平・エース――Ace Pitcher
稲城慶馬・元エース




