キファの受難
「キファっす。里へまで送り届けるので宜しくっす」
目の前には明るそうな女性軍人がいる。
白い軍服にスカート。腰には二本の剣。だがどうにも軍人とは思えない。
およそ軍人のイメージとかけ離れる程その声は軽い。
「はい、宜しくお願いしますねキファさん。人魚族代表のセレスティア。こっちはアルルです」
「アルルです」
アルルと共にお辞儀をして自己紹介をした。
「あ、そうでした、白双牙の副隊長、キファっす」
副隊長にも関わらず軽い口調で本当にいいのだろうか、なんて事は人の良いセレスは思わない。
「いや~、根が軽いもので許して欲しいっすよ。白双牙隊も上が上なんで口調とかみんな気にしてないっすから」
どうやら自覚があるらしい。
「大丈夫ですよ。私も堅苦しいのは苦手ですから」
「そう言って貰えると嬉しいっすね。主のリュート様とか全然そういう事気にしない人っすから」
さりげなく口調が軽い事を上の人間のせいだと、なすりつけるキファ。
「まぁそうなんですね。でも私が知ってる軍人の方よりも生き生きとされていらっしゃいますわ」
「そうっすね。尊敬できる主様が上っすからね。亜人の里まで護衛するように言ったのも主様っすからね」
「そうなんですか」
キファの途絶えぬ話しを聞きながら、三人は馬で里へと向かっていった。
ナーガディアンの外門を出た際、キファに呼び止められたのだ。曰く美人だから一発で分かったと言うことらしい。
朝方の気持ちの良い空気を吸いながら道ゆく景色を楽しむセレス。
何事も無くナーガディアンに受け入れて貰える。その話しが決まり気持ちもにも余裕が出てきていた。
「凄いのですね。その……リュート様ですか?」
リュートと言う名前には聞き覚えがあった。
だが彼女の探していた『グレイ』という人物とは結びつかない。何しろ彼女は5年もの間『グレイ』と言う名を追い続けた。だが彼の名前はレティシアの好きだった小説から来ている。そしてレティシアがそうしたように子供の名前に『グレイ』という名前を付けるものはいる。そういった別人を見つける度、何度も落胆してきたのだから。
「そのリュート様という方は有名な騎士なのですか?」「いえ、違うっすよ。客将って立場っすね。だからかもしれないっすけどうちは他の隊とは色々違うっす」
「客将と言うとアルルから聞きました、なんでも凄く強いお方らしいですね」
「そうっすねーあんな強い人いないんじゃないっすか?あ、白双牙の古参はみんな虎人なんっすけどね。虎人みんながリュート様に助けられて忠誠を誓ったんすよ」
「そう……ですか」
セレスの表情がほんの僅かに崩れる。アルルも同様だ。
「ん? どうしたんすか?」
「いえ、ええ。ごめんなさい。少し昔の話しを思い出してしまって」
「申し訳ないっす。何か悲しい事だったみたいっすね」 キファが声のトーンを落とす。表情もセレス達どうよう悲しそうになる。
「いいんです。ごめんなさい。もう吹っ切らないといけないんとは思ってるんですけどね」
「お姉様……」
「そうっすか……話しくらいなら聞けるっすよ。赤の他人だから気兼ねなく言えるって事もあるっすから」
代表などやっているのだ、だからこそ自分の心の内を聞かせられないであろと。キファはそう申し出る。
「そうかも……しれません」
「大丈夫っすよ。誰にもいわないっすから。墓の下までもっていくっすよ」
キリっと戯けながらも真面目に告げる。言葉の軽さは努めてこちらの気持ちを軽くしてくれようとするのが分かる。
「昔私も里も同じように救ってくれた人が居たんです」「そうっすか。好きなんすか?」
「はい。好きでした……でしょうか。もういませんから」
言葉とその表情でその男が亡くなってしまったであろうことがキファにもわかる。
「その人は大軍に捕らえられた私を一人で救ってくれたんです。たった一人で飛び込んで」
そんな無謀な事をする人間が長く生きられる筈はない。思えばリュートにもそんな気がある。どんな所からでも生還しそうな気はするが、主を失うのは絶対に嫌ではあった。
キファ達白双牙や赤爪魔は案外そんな事にならないようにアリアが気を回してるのかもしれないと一人キファは思う。
「うちのリュート様に似てるっすね。うちの主も放っておけば一人で無茶する人っすから」
「アルルが城下街でリュート様の事を聞いてたらしいですよ、ね? アルル」
「はい、グレイさんに似てるって思いました」
アルルの顔が綻ぶ。彼にくっついて歩いていた時を思い出したのだろう。
「アルルも助けられた一人なんですよ。同じように軍に捕まって。その時助けて貰ってからその人の事をお兄ちゃんのように思っていたようなんですよ」
「グレイさんっすか。リュート様と仲良くなれたかもしれないっすね」
「そうかも知れません。それで二人で一度会ってみたいねってお話してたんですよ」
「今は遠征にでてるっすけどその内戻ってくるっすよ。ナーガディアンに戻ればいつか会えるっす」
「楽しみにしていますね。キファさんはその人リュートさんの事好きなんですか?」
「いや~どうっすかね。ほら、あたいって全然女らしくないっすから。胸もないし……」
言う程ではないのだが、アリアやナターシャと比べれば小ぶりな自らの胸を見て落胆する。
それがポーズなのかどうかセレスには分からなかった。
「いいんすよ。女として見て貰えて無くても、リュート様の役に立てれば」
実際の所、今では情報面でキファは役に立てていると思っている。兄であるダガーはおろか、人族のナターシャよりもキファは弱い。自分で役に立とうと思って必死に勉強し、情報網を作り上げたのがキファだ。今後は諜報活動もこなせるようになろうと内心意気込んでいた。 何よりリュートの弱い面を支えられるのがキファは嬉しかった。
それが男女の情なのか臣下の情なのかはさておき。
キファが本題を話した。
「今うちの国はミクトランテ帝国に狙われてるっす」
「はい、亜人を集めるのも戦力の一部として考えておられるのですよね?」
既にセレスの気持ちはナーガディアンに属したものと考えている。そしてできる限り力になろうとも思っていた。
「そうっす、鎖国を解いた今、狙われる事も考え、あたいが同行する事になったっすよ。それでまだ戦力の揃ってない今の内は狙われる可能性も高いっす。もし今の里の位置が遠ければ助けにこれるかどうかも微妙っすから今の内に里の場所を聞いておきたいんっす。リュート様に伝令をだして起きたいっすから」
キファが口笛を鳴らすと鳩が降りてきて肩へと止る。 大陸最西方へと位置するナーガディアン、そしてそこから東へと出た事を考えれば里の方がよりナーガディアン帝国へと近くなる。場合によるとナーガディアンからの援軍が間に合わない場合が想定される。
キファの説明を受けてセレスが真面目な表情になり
「場所はサーフロイズ国から北東へ進んだ海岸沿いです」
「ん~結構遠いっすね」
キファが地図を睨み。うんうん唸っている。
サーフロイズは攻め落したばかり、といっても出兵出来る程の兵力はない。攻められれば篭城し、ナーガディアン王都からの援軍。と言うよりは実質リュート頼みである。
そんな兵力の少ないナーガディアンから出せるのは最低限国の防備が出来る程度。出兵して帝国が二面作戦にでも出ようものならあっさりと再び攻め落される。
そしてさらに取り戻したとしても民の目には一時逃げだしたとしか思えず、民を敵に回してしまうかもしれない。曲がりなりにもあの地は歴としたナーガディアン国となったのだ。
――ほんと困るっすね。実質リュート様一人で持っているようなものっす……それもぎりぎりで。まぁなんか作為的なものを感じるっすけど。
帝国が全力で兵を投入してこればあっさりと陥落されるだろう。リュートの隊を引きつけて別を叩けばいいのだから。だからこそキファは帝国を訝しんでいる。
「うん、リュート様が今いるのは南西のベルガント国っすからね。やっぱり事前にこっちに来て貰っておいた方がいいっす」
『キファの判断に任せる』
言われた言葉が頭を過ぎった。
――買いかぶりっすよリュート様……
そう言われたことが嬉しくもあり。また恐くもあったキファは。そう判断したのだった。
四日かけてセレス、アルル、キファが里へとたどり着く。
セレスとアルルが里での話し合いの為人魚族を呼び集めるに対し、キファは地図を見る。キファが作った情報網ゆえ、鎖国をしていたナーガディアン国よりは精密な地図を入手していたがそれでも他国には劣るであろう。 帝国側の人間なら何処を進軍するのが最も良いか。
それを考えながらキファは目星を付けていく。
――人魚族はおよそ千二百人、女子供が多い中歩みは遅くなるから……えっとサーフロイズまで十四日は見ておいた方がいいっすね……
馬と徒歩の距離の違いを考えながらなんとかキファが概算で日数を出す。それでもかなり通常よりも長い時間歩く計算で、だが。
「キファさん、どうしたの?」
旅の間に仲良くなったアルルが戻ってくるなり話しかけて来た。
「サーフロイズまでどれ位掛かるか考えてたっすよ」
「私達の為に、ありがとう」
丁寧に腰をおりアルルが頭を下げる。
「いいんすよ、お仕事でもあるっすから、出発はいつになりそうっすか?」
「なんとか明日の朝には出来そう」
「分かったっす。なるべく手に持つは少なくしてほしいっす。少しでも群行を早めたいっすから」
キファは半ば核心していた。自分が考える事を帝国がやっていない筈はないと。
すなわち諜報。
キファが考えるそれより高度に、ナーガディアン国で活動しているであろうと。
だからこそキファは焦る。
今里を叩いておけば他の亜人一族を牽制する事ができる。ナーガディアンを頼れば潰されるぞと。
「うぅ……胃が痛いっす、リュート様のばかぁ」
一人ここには居ない、大事な仕事を丸投げにした主を罵るのであった。




