同盟
びくっと悪寒を感じ後ろを振り向いた。
「どうしましたか?」
話しの途中で腰を折り、急に背後を気にしたリュートをへとナターシャが尋ねてきた。
「いや、何か悪寒を感じたような気がするんだが」
そのその方向遠く、一人の少女が早く帰って来てくださいと祈っていたことをリュートは知らない。
ベルガント国にある迎賓館、その一室でリュート達が待機している。従者として伴ったダガー、ナターシャ、リリスがその場で時間を潰し。護衛として引き連れた白双牙と赤爪魔からそれぞれ5名ずつが選出され、そちらは外で待機している。
「で、ここには何のようがあるんだ主様よ?」
ダガーがそう尋ねる。
「そうだな、ベルガントがどんな国かは知っているか?」
ダガーが横を首に振り、その問いにナターシャが答えた。
「ベルガントはナーガディアンを覗く大陸南西に位置する連合諸国の一つで小国ではあるが連合同盟の核ともなる国だと」
ナターシャは元は学園にいた才女ではある。一般的な知識は有していた。
「じゃあどうして核になりえたか? それは?」
「いえ、分りません」
特にもったいぶる訳でも無く淡々とリュートは答える。別に知らないからと言って問題があるわけではないのだから。
「この国の力は情報力だ、他国を圧倒するだけの情報網を持ち、その情報を利用、或いは情報そのものを売買し力を付けて来た国だ」
ぴんとこないのかそう聞いてもナターシャが首をかしげる。
「そんなに情報と言うものは大事な事でしょうか?」
「ああ、商売だろうと軍事だろうと情報があるか無いかでは雲泥の差がある、より早く、正確に情報がつかめるのならな」
「それでお前さんはこの国で何をするつもりなんだ?」
「アリアには既に話しているがな、連合同盟にナーガディアンも参加表明する、そこでベルガントの支持があれば確実だ。今回はその交渉だな」
「なんでお前さんがそんな外交をこなすんだ?」
「キファが言うにはベルガント国、国王が俺に興味を示しているらしい。俺も実際の交渉などは得意ではないと思うんだが……」
人の機微に疎いリュートにはどう考えても向いて居ない仕事である。
「だがやるしかない。外交などこなした人間がいないんだからな――」
ナーガディアン国は長く鎖国を行っていた国。
外交を行うもの等おらず、そもそも際だった人材もいない。
そこで会話が終わり、扉が開かれる。そこで現れたメイドに連れられリュートは一人、大剣をダガーに預け、謁見の間へと連れて行かれた。
ナーガディアンよりもよほど豪奢なその間、情報に長けたこの国は小国ではあるが多くの金が集まる。
リュートが告げた通り通商貿易にもその力を発揮し、麦や大豆等といった価格差益で利益を得るこの国には潤沢な資金を蓄えている。
その潤沢な資金を見せつけるかのように豪華なシャンデリアに贅沢装飾されたその間はナーガディアンとの格の違いを見せつけるようであった。
「余がベルガント国、国王。カサエルである」
「ナーガディアン国、客将、リュートです」
跪き顔を伏せたままリュートが答えた。
「うむ、そちの噂は耳に入っておる。起立しその姿を見せて貰ってもよいかな?」
「は!」
リュートが物怖じせずに立ち上がる。と同時。王の顔も良く分る。
情報戦を得意とし、利益に聡い国王。ならばさぞや腹の底の見えにくい厳めしい男を想像していたのだがその顔は人の良さそうな柔和な顔であった。と言うより。子供であった、およそリリスと同年齢程度であろうか。
「ふむ、なるほど精悍な顔をしておるの、それにその服装も威厳に満ちているの」
「どうじゃお前ら、リュート殿と余、どちらが威厳がある?」
後ろに控えるそば付きの女性へとベルガントとへと尋ねる。そしてリュートは耳を疑いそうになった。
「リュート殿と存じますよ陛下」
メイドの女性は王を持ち上げる事なくばっさりと断定した、おいおいともリュートが思うがそこはかとなくこの国のありようが覗えた。
「そうじゃろそうじゃろ、何せ一人で万を討ち滅ぼす男じゃからの、余よりもよほど威厳がある」
「いや~まさか、余の前にナーガディアンの英雄が来てくれるなんて思わなかったよ。一目会いたいと思っていたのだ」
少々あっけに取られた物はあったがキファがリュートが行くべきと言った理由はこれなのだろうと納得した。その国王の顔には憧憬の念が表情にはりつき目をきらきらと輝かせている。
「陛下、興奮されるのは宜しいですが今は迎賓をきちんとこなしてくださいませ」
「ん! おぉ、そうであった。 リュート殿、リュート殿の用向きはおおよそ把握している。その話しは後程、話すとしてリュート殿に頼みたい事があるのだ」
メイドに窘められながらカサエルそう言う、リュートは一人その場の状況を把握しながらも言葉に従い続けるのであった。
「如何様にも」
「うむ、その力、伝聞で聞いてはいるが、是非実際に見せてもらいたいのだ。この間に呼んで居る将軍のベアトリスと試合って貰いたいのだ」
「分りました」
リュートが周りを見渡すと兵士達が取り囲む、皆手には武器を持っている。
「武器はいるかリュート殿?」
「必要ありません」
「おお~! さすがナーガディアンの守護者だな」
最早その目はこれでもかという程輝いている。
兵士の中の一人が前に出てくる、この国の将軍なのであろう。一人豪奢な服を来ている。
「ベルガント国将軍、ベアトリスです。一度手を合わせたいと思っていました、こちらは剣をで相対するが宜しいか?」
名乗られてはこちらもとリュートがそれに答えた。
「ナーガディアン客将、リュートだ、問題ない、それで応じる」
将軍を相手に無手で相手どるというのだ、本来ならば侮辱されそうとも取られそうなものだがベアトリスに動じる気配はない。
その変わりに謁見の間にびりびりとした緊張感が膨れ上がりベアトリスが剣を青眼に構える。
「参る!」
ベアトリスの裂帛のかけ声と共に踏み込み大上段に振り上げた剣を振り下ろす。
だがその剣は何を捉えるでも無く虚空を切る。
「ぐっ……」
ベアトリスの腹部にはリュートの拳が添えられている。躱し様踏み込み肝臓を殴打したのだ。
ひゅっと掠れた呼吸音が聞こえ剣が地へと落ちその音が反響した。
「続けますか?」
「い……いや……動けん、降参だ」
苦悶の声そのままでなんとかそう絞り抱したようだ、途切れ途切れで言葉が紡がれた。
「うむ! あっぱれだリュート殿! 英雄の力が見れてよかったぞ! して、詳しい話しは迎賓の間で話し合おうではないか!」
「御意に」
「うむ。 ではシルよ。リュート殿を迎賓の間へとお連れしてくれ。余も後ほど向かう」
「分りました陛下、ではリュート様こちらへ」
メイドの女性が答えるとリュートは後ろへつき迎賓の間へと連れられて行く。
先ほどとは打って変わり。豪奢ではあるのだがソファーが並びややこじんまりとした部屋。
「こちらへお掛けください」
言われるがままソファーへと腰掛けるのだがこの部屋はまるで。
――密談する為の部屋か。
情報国。その為漏洩防止にしっかりと対策を立てているのであろう。その部屋の扉も通常の物と比べかなり厚く声が外に漏れにくいようにしてあった。
「お酒は飲まれますか?」
「頂きます」
注がれたウィスキーを一息に呑むとそれをみたシスが目を細め、言葉を告げた。
「豪気な方なのですね。毒が入っていればどうするのですか?」
「ここで毒殺する意味はないでしょう」
「例えばあなたの首を持って行けばミクトランテ帝国から攻められるのを防ぐ事ができるかもしれませんよ」
「それこそ意味が無いかと。兵力が拮抗していればあるいわ。ですがこの国、他連合の全ての兵力を合わせてもミクトランテ帝国の兵力を下回る、その上練度も指揮官も向こうの方が上、取れて恭順と言った所でしょう、情報の選択取得にも優れたこの国の者がそんな決断をするとは思えない」
「そもそも狙われているのはナーガディアン国だけではありませんか?」
言いながらシスがウィスキーをグラスに注ぐ。
「今は、ですね」
「今後は違うとお思いですか?」
「ミクトランテ帝国は亜人の狩りを積極的に行っています」
「それが?」
「亜人を受け入れ真っ向から対峙した我が国。帝国としては真っ先に滅ぼして起きたい国でしょう、だがそこが無くなれば他の連合はいざ知らずこの国は狙われる事になるかと」
シスの動きがピタリと止まり、真っ直ぐにリュートを視てくる。
「何故そう思うか尋ねても?」
「さて、とある諜報に長けたその国の力は亜人によりもたらされているらしい、それも結構な数を要する一族らしいですね」
すっとシスの目が細くなると、今度は表情を柔らかくし口を開いた。
「陛下、概ね合格かと思われます」
「そうか! やはりリュート殿は合格すると思ったぞ」
と突然どこからか声が、と思えばリュートの背後の壁がぐるりと回転しベルトリアスが姿を現れた。
「はい、少なくとも馬鹿ではありません」
「おおよかったのリュート殿! シス最高の褒め言葉だ」
どこが褒め言葉なんだ?と、ぐっと言葉に出しかけ引っ込めるのに苦労する。少なくともこメイド只のメイドでは無いと言うのは分る、カサエルに体する態度から見てもそうである。
「うむ、試して悪かったのリュート殿、幾ら武が立っても、智無きは歓迎出来ぬ。さすがナーガディアンの守護者だ」
顔を綻ばせながらリュートの対面のソファーへと腰掛けると口を結び一転して真面目な顔となる。
「それでは商談に入るとしよう」
――来たか。
おおよその想定の内である。この国は情報を売買している。国事態が情報の商会のような国。いくら好感があったとしても実益が無ければ始まらない。そういう国であるとキファから与えられた情報で考えていたが概ね正しかったようである。
「それでナーガディアン国は何を望む」
「連合への参加、そして貴国の情報網の利用です」
カサエル、そして傍に立つシスが絶句した。
シスが言葉を告げようとするもカサエルが手を上げそれを押しとどめる。
「連合への参加は想定の内であったが、よもや情報網の利用とは。我が国の根幹を成すそれを他国が利用できるとでも?」
「前者は我がナーガディアン国の為、後者は個人的な事です」
「ほう、それはどういう意味か?」
目を伏せ、間を置いた後、リュートが口を開いた。
「ナーガディアンの守護者と言いましたね? ならばその意味はご存じでしょう?」
「うむ、にわかには信じられんかったがの。竜人と言う亜人なのだろうリュート殿は?」
「ええ、ならば破壊神ミクトランテ、母神ミューゼ、そして超人種達はご存じですか?」
ぴくりと眉をひそめる二人。聞いた事の無い情報であったのだろう、情報を制する国の矜恃が許さないのか少々憮然と言った声で告げられた。
「いや、知らんな。ミクトランテ帝国と関係していそうだが?」
情報に特化したこの国が知らないのだ。知る者は殆ど居ない事なのだろう。
リュートは話す。かつて聞いた言葉そのままに。過去の出来事を同時に連想させたが、感情は揺らがない。話し終えても二人は黙っていた。
シスがカサエルのグラスにワインを注ぎ水で薄めるとカサエルが一息の飲み干し、息を吐いた後唸るように言葉を発する。
「ふ~む、にわかには信じられんが証拠はあるのかね?」
「いや。証拠、と言えるものは無いですね、もしかすれば私のその生まれ故郷の神殿を調べればまだ何か分る事があるかもしれませんが」
「場所は分らない?」
「ええ、詳細な場所知っているのは先ほど話したレイスです」
「ふむ、しかしその話しが誠ならばこの先何かが起こりうるやもしれぬ、話しは分った、しかし余の国を動かすには必要な物があるぞ」
「はい、我が国ナーガディアンが先の戦争でミクトランテ軍を打倒した際の兵力差をご存じですか?」
「無論だ。最終的にはナーガディアン3千に対してミクトランテ軍2万だろう」
「はい、その戦力が欲しいとは思いませんか?」
「3千の兵をか?」
「今は未だ数はおりません、がしかしながら慧眼を持つ陛下ならご存じでございましょう。我が国が今亜人を集めているのを」
「ふむ、それがこの国の味方になると」
「はい、我が女王アリアの意志の元貴国に戦手が必要な際は必ず馳せ参じます。こちらがその盟約の書状です」
懐から取り出した書状を渡すとカサエルが広げ読む。 手札は切った。繊細な交渉など出来ないリュートには素直に相手の利益を説くしかなかった。カサエルの言葉を待ち、神妙にリュートが待つ。
「分かった。これならば一考に値する。だがもう一つ条件を付けさせて貰っても?」
「なんでしょうか?」
「お主の聞かせて貰った話し。余の国の情報網でも知り得なかった事、この先進展があれば我が国に真っ先に知らせて欲しい」
何が起こるのか分からないのだから。
言外にそう告げられている気がした。
情報を支配下に置くこの国において未知の事例は極力減らしたいのであろうか、はたまたこの先起こりうる事態への対処の為であろうか。
――両方……だろうな。
こうしてナーガディアン国とベルガント同盟が結ばれたのであった。




