青髪の聖女
「お嬢様」
咄嗟に声を掛けられ、一人の女性が振り向く。
長く透き通るような青い髪を持ち、垂れた目尻が周りにほんわかとした印象を与えているその女性はしかし手に三つ叉の槍を持ち男の前に立っている。
「なんでしょうか?」
その声もややのんびりとした口調で穏やかな印象を周囲に与えている。
「この間お嬢様が尋ねられたナーガディアン国ですが。やはり亜人を受け入れるという国らしいです。ミクトランテ帝国に寡兵で打ち勝ったと言う話しもありますから期待も大きいですな」
「そうですか。では受け入れて貰えるか、私が出向きます、先に書状をお願いします」
「自らですか?」
「はい、受け入れて貰えるかどうかで私達の存亡が決まります。代表の者が出向いたとなれば少しは心証も良くなるかもしれません」
ようやく受け入れて貰えるかもしれない国が見つかった。かつての里を手放し、ミクトランテ教徒の「狩り」から逃れる為各地を転々としてきた。
その旅がようやく終わるかもしれないのだ。
去ろうとする男がふと立ち止ると思いだしように口を開いた。
「そういえばお嬢様はあの国とミクトランテ軍のぶつかった戦争を元にした詩をもう聞きましたか? 今吟遊詩人が里に来ているのでもし良かったら聴いて見てください」
「そうですか、分かりました」
女性がにこりと笑顔を男に向け答えをかえし、男が立ち去っていく。
男がそういうのには理由がある。
その里を代表する女性は5年も前からずっとふさぎ込んだまま。
勿論里の者には笑顔も向けるし里の者に取ってそれは聖女の様だった。
だが決してそれは自分の為の笑顔ではなく里の者を周りの者を安心させるための笑顔だと皆知っている。
5年前里から出てそして戻ってきた時、本当の笑顔をそこに置いて来てしまったかのようにその女性はそれ以来ずっと心を閉ざしてきているのかもしれない。
――吟遊詩人ですか。
その女性は詩が好きだった、だが詩を聞いて居る程の余裕は無かったしそんな気分にはなれなかった。
今は里の事で手一杯だし、ミクトランテ帝国がまたいつ攻めてくるかも分からない。最近知ったナーガディアン国へ受け入れて貰えるよう考えを巡らせる必要もある、やることは多く何かを楽しむ余裕はない。
「お姉様大丈夫ですか?」
考え込む青い髪の女性に少女が歩いて来ると声をかけて来た。
「ええ、大丈夫ですよ」
また笑顔。だがその少女には通用しなかったらしい。
「もしかしてあの人の事を考えていたんじゃありませんか?」
心配させてしまったのだろうか、少女は慮るように告げて来るのだ。
「あら、分かってしまいますか? あなたもあの人に助けて貰ったんですものね」
「はい。それでお姉さまがずっと結婚の話しを断っているのって……」
彼女は今年で22歳。彼女くらいの年齢では既に結婚していてもおかしくない年齢であり。里の代表である彼女は周りから結婚するように求めらているのだが全て断ってしまっていた。
俯き、心の声が吐露された。
「そうですね……我ながら諦めが悪いと思うのですけど……」
「生きている……と思っていらっしゃるのですか?」
少女自身もその言葉を告げるのに抵抗があった。受け入れたくない現実、だが目の前の青い髪の女性は少女よりももっと辛い気持ちなのだと知っていた。
「分かりません……ただ――」
「ただ?」
「いいえ、何でもありません」
言葉にしないのは自らが崩れ落ちない為か、声が僅かに震えながらも頭を振った。
そして青い髪の女性が懐から布を取り出した。
自分の心を紐解くように布にくるまったそれを取り出す。
その中にあるのは白銀の金属の塊。一部は鋭く研がれ刃物であった名残を伺わせた。
――未練ですね。
断ち切れぬ想いが胸を突き、青髪の女性はその金属を胸に抱き目を閉じる。
瞼の裏にあるのはその女性自身よりも巨大であった白銀の武器。
そしてその武器を肩に担ぎ佇む一人の少年の背中
その顔にはいつもの無愛想な、または悲しそうな笑顔を浮かべているのだろうか。
その少年は自身の命を救ってくれた者。
命を賭けて自らを救い出してくれた彼の者は、3千と言う大軍の中に飛込み。自らを助けだしてくれたのだ。
そして悲しそうに笑うその顔。抱き留められた肌の温もり。彼の武器であった馴れの果てを抱き。想起していた。
少女も黙って青髪の女性を見ている。胸中には同様の人物が思い起こされていた。
二人の見解は同じ。既に亡くなっているであろうとは思っている。
5年前に突然居なくなった彼を赤い髪の仲間と共に探し、探し回って見つけたのは彼の少年が使っていたであろう大剣の残骸だけであった。
砕け散ったそれを仲間と共にに二人で分け形見として持つとその彼の勇姿を何度も思い出してはこの5年、里を守る為に尽力してきたのだ。
せざるを得なかった。
そして何かしていたかった。
振り払うようにこの5年邁進してきたのだ。
だがその心はいつ折れてもおかしくはない。
願わくば彼の最後の瞬間、そこに居たかった。
願わくば彼と共に……
そう考えると頭を振って考えを消した。
――私には私の出来る事をしないと。
その女性の二本の細い腕。
そのか細い腕に今、多くの命が支えられているのだ。
ぐっと目を開き。青い髪の女性が告げた。
「アルル、行きましょう。ナーガディアンへと」
「はいお姉様」
――グレイ様……グレイ様に助けて頂いた里、必ず存命させて見せます。
人魚族代表、セレスティアはこうしてナーガディアへと出発したのだった。




