いざ王宮へ
魔王。
それは時折人の世界に混沌をもたらす存在。
重力を操り万物をひれ伏せ、世の全てを蹂躙せしめる存在。その力を振るい全てを破壊して回る。
それが魔王。
人の世に降りては災厄をもたらし人を殺して回る凶人である。
「でっ? ジークは魔王って奴なのか?」
魔王の話を聞きながらリュートが王都ナーガディアンの都市門を見上げている。
王都ナーガディアン、一時は王都を脱出したアリア旗下、白双牙を連れたった20余名の者で城を取り戻そうというのだから後に戦論評でもあれば無謀の一言にしかならないだろう。
だがその場の者は皆強者。そして先頭を行くリュートと言う常識枠外の力を考慮すればこそ成り立つ事だろう。
呟いたリュートはローブにフードを目深に被っている。そしてそれはその場の者全て。リュートのコート他白双牙隊、ナターシャの騎士服など遠目に目立つ事を避けた為である。
「重力を操ってたらしいっすからね。魔王って呼ばれても不思議はないっすね」
リュートの問いに答えるのはキファ。情報に関してこの場においてならキファが最も秀でているのだろう。既にリュートの情報担当と化してきているようだ。
「俺も重力を使うけどな、俺も魔王だと思われるのか?」
「重力だけならそうっすけどね、でもリュート様は雷も使いますからね。両方見せておけば魔王なんて呼ばれ方はしないと思うっすよ」
さすがに魔王とは呼ばれたくないリュートである。
「しかし衛兵がいないというのは気になりますね」
普段なら衛兵が待機している筈。それが気になりナターシャがそう口を挟む。場合によればここから強行突破も考えていただけに嬉しい誤算であろう。
「なんだか街の雰囲気も暗い気がします」
ナーガディアンの女王であり、一度は反乱が起こった王都から出たアリアがそう呟く。自らの力の足り無さを憂れるようにその声には元気がない。
しかしあの状況では仕方がなかったと言える。戦う術を持たないアリアがそこで何ができようか。命を散らせば世継ぎさえもいない状況なのだ。だからと言って一度は逃げた事をアリア自身が許せる訳ではなかったが。
「お前のせいじゃない」
リュートはそう言って頭を撫で、慰めるように言葉を告げる――そもそも悪いにのはあの男なのだからな。お前が気にしてどうする。そう思うもその心根には好感が持てる。
暗い。そうアリアが評した通り、普段のこの昼時の時間であればこの王都は活気にあふれている筈がその空にかかる曇天の天気を映すかのように王都は静まり返っている。
「ステラおばちゃん大丈夫かな?」
リリスが思い思いそう告げた。リュートとリリスの兄妹によく世話を焼いてくれた宿屋『テンダー』の女主人。彼女の安否は気になる所であった。
「ダガー、キファ。二人は白双牙を連れて情報収集。俺達はステラおばさんの宿へ行くぞ。何か話しが聞けるかもしれない」
――まずは情報だ。動くのはその後で良い。
リュートがそう指示し。衛兵の居ない王都へと入り別れると足を宿の方へと向ける。魔力探知を使うリュートの目には人の反応がありありと分かる。そこに活気はなく、王都内には人が出歩いておらず閑散とした様相を呈している。
そうして何事も無く宿屋へと入る一行。結局人とすれ違う事はなかった。
「ステラおばちゃーん」
宿屋へと到着し。リリスがそう叫ぶ。店内は薄暗く、宿屋の一階、食堂はこのお昼時では喧噪の絶えない雰囲気で有るはずが人が居ない。またその室内も暗い。扉こそ空いてはいたが日の光をカーテンで遮り、昼と言う時間にもかかわらず暗い。
「リリスちゃんかい!?」
驚いたようなその声を上げステラが顔を出す。どうやら無事であったらしいステラはこちらを見るなり近づいてきた。
「ステラさん俺は暫くこっちに居なかったんだが、何があった?」
「そうだったのかい。それがねぇ女王陛下が魔王に襲われて国から逃げたらしいんだよ」
「女王陛下が魔王に?」
「そうなんだよ。魔王と名乗った男が王城を占領してね。今じゃ城は魔王の根城になっていてね……若い女を差し出すように御触れがでているんだよ……それで男達が集まって反乱を起こしてみんな大怪我をして帰って来たんだ。今じゃみんな怯えながら生活する日々さ」
「そんな……」
驚くはアリア。ほんの数日。たったそれだけの間にそうなっているのだ。
――魔王を名乗りだしたのは良いとして何のメリットがある?目的は姫さんじゃなかったのか?それともアルバインのようにおかしくなったか?あいつは「声が聞こえる」そう言っていた。超人種はもしかして皆狂うのか?お前もそうだったのか?レイス……
様々な思惑を巡らしているとアリアが声を漏らす。
「やはり……私は逃げるべきでは無かったのです……」
「あんた、何を言っているんだい?」
不思議そうな表情でステラが言う。目の前に逃げた女王陛下が居るなどとは思うまい。
「私は……」
そういって深く被ったフードを取るアリア。
「もしかして女王陛下……?」
「はい……私がアリア=ナーガディアンです」
悲しそうにそう告げ俯くアリア。
「申し訳ありません……私が逃げてしまったせいで……」
「いいえ。女王陛下が悪いのではありませんよ。それより生きておいででよかったです。まだこの国には光明があると言うことなのですから」
ステラの肝っ玉の太さをリュートは良く知っていた。そしてその優しさも。ステラがいなければリュートは未だに立ち直れていなかったかもしれない。
ステラはアリアから目を外し、今度はリュートを見る。
「やれやれ、あんた女王陛下といつ仲良くなったんだい?」
冗談とばかりに抑揚を付けた口調でステラがそう告げた。言葉通り光明が差したと、少し余裕がでてきたのかもしれない。
事実二人が一緒にいる姿に驚いた様子はない。慰めにアリアの頭を撫でるリュートの姿には何も触れなかった。
「少し前にな、今は客将って身分になっている。まぁアリアよりも国の大事にここにいなかった俺のせいと言うことにしておいてくれ」
「あんた、ほんとうによく分からない子だね。まぁ、あんたは昔からそうだったからね」
ふふっとステラが笑う。普通なら女王陛下の頭を撫でるなど恐れ多い事だがその様子を見て笑うだけなのだ。肝が太いとどうこうの話しですらないかもしれない。
笑顔を返し、王都について色々とリュートが尋ねるのだが他にこれと言った情報はなかった。
そうして城を取り戻す、そう話すリュート達にステラが「腹へってちゃ戦はできないよ!」と料理を振る舞ってくれた。アリアが普段平民が口にする牛の内臓を煮込んだ料理を口に運んで美味しい等と漏らしていた。アリアを元気づける為でもあったのだろう。食事を終える頃にはアリアも多少元気を取り戻していた。
日が傾き出す頃、ダガー達白双牙が戻って来た。戦闘になった形跡はない。どうやらばれなかったらしく斥候の範囲は城内にまで及んでいた。
「女王擁護派や中立派の貴族達は兵士を連れて殆どが逃げ出したらしい。今王宮に残ってるのは否定派の連中だな」
「なら城内に居る兵士は殆どいないのか?」
「ああ、全部で100から200程しか残っていないらしい」
それは、王宮内の防備に必要な最低限ほどの数であった。
「そうか。ダガー、女達が王宮に集められているらしい。その話しは聞いたか?」
「それならあたいが突き止めてるっす。牢獄に入れられて用がある時に出されるって感じらしいっすね」
ジークは女好きと言う話しだ、その『用』と言うのも想像に難くない。その場の者も分かっているのかその顔は眉間に皺がよりしかめている。
「白双牙とナターシャで助け出してくれ」
「分かった」
「それと、リリスも連れていってくれ」
「リリスもー?」
今までとは違う行動を取るリュート。今までリリスを戦闘へと参加させようとした事はなかった。だが、獣化を覚えたリリス。リリスは既に十分強い。そろそろ過保護に見守り過ぎる事は良く無い。そう思っていた。
「ああ、リリス。みんなを守ってくれ」
その言葉は普段の子供を扱う口調ではなかった。一人前と認めた上でのその言葉。
「うん! 分かった」
気持ちが通じたのかリリスの顔は笑顔だ。声にも気合いが入りやる気に満ちている。
「それじゃあ俺が王宮の正面に突入して囮になる。俺に兵士が集中している間に潜入、救出を頼む」
「分かった」
ダガーが皆を代表してリュートに答える。
「リュート様、私も戦えればいいのですけど……」
気遣わしい声でそう呟くアリアはその整った顔に憂いを浮かべ見てくる。その心配を取り除くかのようにリュートが笑い。「心配するな」そう良いながら皆と共に王宮へと向かうのであった。




