休息
魔物退治(竜退治)を終えたリュートとナターシャは山脈から戻り、ようやくヴァルミリアへと戻りつく所であった、山脈という険しい場所を歩きつめた事により特にナターシャの疲れがピークに達し、さらに歩みが遅くなっていたせいか。ヴァルミリアを出てから8日程経過していた。
ひたすらリュートの荷物も持つと言うナターシャを諫め、無理矢理に二人分の荷物を持ちリュートが持つ事で、ナターシャもなんとかついて来られていた。
「やっと見えて来ましたねリュート殿」
「ああ、結構な距離だったな」
そういう二人の服は出立の頃とは違い酷く汚れている。
その姿が旅の過酷さを伺わせていた。
「今日は宿で疲れを取った後、明日王都へと帰ろう」
「はい! 温泉ですね!」
ナターシャは温泉が楽しみな様だ。ナターシャも女性の例に漏れず体を清める事が好きらしい。
だが街も領門をくぐると二人は足を止める。
「お疲れさまっす」
二人を待ち受けるかのようにキファとダガーがそこに居たからだ。
ここにダガー達がいる。何か王都であったのか?そうリュートは考えると気を引き締めていると、ひょこっとダガーの後ろからリリスが顔を覗かせた。
その光景にリュートは目を擦り我が目を疑うとその姿を凝視した。
目を何度か瞬いた。
「リリス?」
てててっとリリスが駆けてくるとリュートの腰にしがみついてくる。
「あのね、お兄ちゃんに見せたかったの」
リュートの知るリリスとは明らかな違いがあった。
耳
そして尻尾
「その耳と尻尾と顔の痣はどうしたんだい?」
「お兄ちゃんがくれた魔法を使ったらこうなったんだよ?」
首を横に捻り考え込む。
まさかアレか?
思い当たるのは先の竜との戦いの折に使った魔法。
「まぁ立ち話しも何だ、姫さんも待ってるから一先ず宿へ行こう」
ダガーに連れられてナターシャも伴い皆で宿へと行くとアリアがテーブルの上で静かに座っている。
俯いているせいか少し元気がないようにも見える。
「あ! リュート様。戻られたんですね?」
顔を上げて華が開いたように笑顔になる。
「姫さんがここに居るって事は何かあったんだな?」
「ああ、食事でもしながら話しをしようその前に温泉にでも入ってきたらどうだ?」
「ああ、そうするか、ナターシャも温泉に行ってこいよ」
「はい、では後ほど」
嬉しいのかその声は弾んでいた。
◇◆◇
「それで姫さん達は逃げてきた訳だ?」
温泉で汚れを落としたリュート達が宿の食卓に着き皆で話し合っている。
「はい。自分の力不足を痛感しました……こんな事になるなんて気づいてもいませんでしたから……」
「起こってしまったのは仕方がないからな。まぁそんなに気にするな」
「はい……」
リュートの言葉でも駄目らしい、よっぽどショックであったのだろうアリアは意気消沈としている。
「で、主様よ。今後はどうする?」
「そうだな。反乱に荷担した兵士は否定派だけだったのか?」
「そうっす。元々否定派が一番少ない筈だったんっすけどね。その日は擁護派も中立派も殆どが出払っていて居なかったんすよ」
「結託しているか隙ができるように画策したということか」
「そうだな。それと気になった事があったんだが――」
「お兄ちゃんの魔法を使ってたよ?」
ダガーに続いてリリスがそう告げる。
「俺の?」
「ああ、重力魔法だな。もしかしたら魔王なのかもしれん」
「魔王?」
「知らないのか? 魔王と言えば重力魔法だろう」
「いや、知らなかった。俺のとは違うのか?」
「そこまでは分からんけど案外同じものじゃないか?」
「同じだったよ。お兄ちゃんの魔法より弱かったけど」
魔法は込める魔力量で威力が変わる。恐らく込められた魔力が少なかったのだろう。
「そうか。リリスが皆を守ってくれたんだね」
「うん! 頑張ったよお兄ちゃん!」
「よくやったな」
そういってリュートは頭を撫でている
相変わらず妹には弱い男である。
「話しがそれたな。それで魔王と言うのとどう関係があるんだ?」
「魔王に楯突きたいやつなんていないからな」
「そうか、脅されて従ったって事か」
「ああ、その可能性は高いんじゃないか」
「そうっすね。あのジークって奴が色々画策してたのは間違いなっすからね」
リュートが顎に手を添え方針を考えていく。
「そうだな。なら夜中にこっそりと行くか?」
「正面から戦わないのですか? それは卑怯と見られてしまうのでは?」
ナターシャは正々堂々を主張する。暗殺等すればアリアの威厳に関わってくると。
「それで犠牲が減るのならそれでも良いと思うんだがな、そもそもジークが反乱を起こした大義名分はなんだ?」
「王家の平和主義が招いた危機からを脱する為って事らしいっすよ、ミクトランテ帝国が攻め込んでくるまでナーガディアン国は戦争を行ってこなかった。それが結果衰退を招き今国の存命を脅かしている。って事らしいっすね」
「それこそこんな時に反乱など起こしている場合ではない筈だがな」
「その辺りは民衆に受け入れられさえすれば良い話しっすからね。特に前の勝ち戦でいけいけムードになってるのもあるっす」
「ふむ、ならアリアが直接乗り込んで城を奪い返せばいいって話しだな」
「私がですか?」
唐突な話で目をぱちくりさせるアリア。
「ナターシャ、なんだっけ? 俺の噂」
「噂というとあれですか? アリア女王陛下が召喚した巨大な剣を持つ巨人の召喚の」
「ああ、強さを見せつけてやれば民衆のポーズにもなるんだろう? ならアリアの召喚する巨人様が正々堂々乗り込んで制圧すればいいだろう」
確かにリュートならできるであろう。だがその場の者は違和感をもった。リュートはそれまで目立つ事を拒んでいた。にも関わらず今リュートが提案した事は大々的に自分を目立たせるようなものなのだから。
「宜しいのですか?」
アリアがその疑問を投げた。
「ああ、これを見てくれるか?」
そういってリュートが取り出したのは巨大な牙。
「これはなんだ?」
ダガーが訝しげにその片目で牙を見ている。
「竜の牙だ」
「竜?」
「ああ、そこに居た魔物は竜だった。それも恐らくは人工的に蘇らせられた……な」
「そんな事できるのか?」
「分からない。だが事実そこにそれはいた。だからこそ知りたい。これは恐らく俺自身にも関わってくる事だからな」
「それにリリスもどうやら強くなった。それに一人立ちも始めたみたいだしな。だから早い内にこういった事は潰しておきたい」
リュート自身に関わりがあるにも関わらずリュートにはまだ何も分かっていない。リリスの事にしてもそうだ。何故リリスだけがリュートに合わせ獣化を覚えたのか。その為なら目立ってしまっても構わない。そしてもし目立てば……
◇◆◇
そうして話しを終えた皆で昼食を取り皆で雑談をしているのだがダガーとキファがため息をついてリュート達を見ている。
特にナターシャとアリアだ。
二人はじっとリュートを見つめ羨ましそうに見ている。
リュートは黒茶をのみがらのんびりしているのだがその膝。
ずっとリュートと離れていたリリスがリュートの膝を占領しているのだ。
リュートの対面の席でアリアとナターシャはその光景を見ている
やっぱり……
リリスちゃんには勝てないんですね……
二人は今まさに一心同体となっている。
リリスと言えば今日はずっと獣化をしているつもりかふさふさの尻尾をリュートの腕に絡め、耳をぴこぴこと動かしてはリュートにねだるのだ。
。
「お兄ちゃん撫で撫でして?」
その姿はとても愛らしい。早くもリリスは獣化の力を有効活用している。もしや狙っているのだろうか、リリスはお兄ちゃんキラーと化したようだ。
だが……
二人に映るその姿は何よりも恐ろしい。ぱたぱと尻尾を振りリュートにおねだりする姿は二人をどん底に突き落とすには十分な威力を持っていた。
(リュート様もリュート様です……妹にでれでれして!) とアリア。
(私も獣耳を付ければ頭を撫でて貰えるだろうか……)
とこれはナターシャ。
二人の胸中は最早冷静ではない。
そもそもこの兄妹は仲が良すぎるのではないだろうか?もしやリリスは普段リュートに添い寝して貰っているのでは?添い寝私もして貰いたい!等とは口が裂けても言えない二人だが心の中ではそんな気持ちが渦巻いている。
ふとリリスが二人の方を見て笑顔を浮かべた。
――お兄ちゃんはわたさないよ。
まるで言外にそう告げているようなその笑顔。全くの誤解なのだが二人にはそう見える。
「どうしたんだお前ら? 凄い顔してるぞ?」
知らぬは彼ばかりなり。肝心のリュートはそこにある見えない戦いに気づく様子はない。
「「いえ、何でもありません」」
そういうしか無いだろう。リリスに嫉妬しましたなんて言えば妹に甘いリュートの事、リリスの味方をして自分の株を下げる結果になるのは目に見えている。
歯噛みしながら、アリアとナターシャはお互いの顔を見る。
仲間。
既にお互いリュートへの恋慕の情は気づいている。
王族であるアリア、元貴族であるナターシャは夫が複数の妻を持つ事にさほど抵抗を感じない。
だからこそ今隣にいる女は仲間だ。
そう、二人の気持ちは一つになっている。
そしてここは温泉宿。
目の前にいるのは好いた男と味方。
これは仕掛けるしかない。
目と目で会話をし、アリアがナターシャを見る。
「あの、リュート様、温泉はどうでしたか?」
アリアが口火を切った。ナターシャは頷いている。
「あぁ、気持ちよかったぞ。初めて入ったが良いものだなあれ」
そういうリュートは本当に嬉しそうに応えた。
「それでは夜も更けてきましたし、もう一度入られるのはどうでしょうか?」
「ああ、そうだな」
「お兄ちゃんと温泉!」
リリスも温泉は気に入っていたようだ。そしてリュートと一緒に入ると言いだす。
妹と一緒に入る事にあまり心よく思わないリュートだが妹の頼みである。リュートには断れない。
「分かった、それじゃリリス。お風呂の準備をしておいで」
「うん!」
リリスがてててっと駆けて行く。
ここまでは計算通り。
アリアとナターシャが目を合わせ。これから行う事に羞恥を覚えながらも覚悟を決めたのだった。
◇◆◇
「温泉とは気持ちいいものだな」
リリスと二人で温泉に入るリュートがそう漏らしていた。
身体能力が人のそれでなくとも疲れは別のようだ。山脈の旅は過酷。気がつかない内に疲労が溜まっていたようだ。
石作りの浴槽に体を預けリュートはリリスを見ている。
リリスは温泉が楽しいのかぷかぷかとお湯の上に浮きながら尻尾をばたばたさせている。
これからどうしよう。
目立つ事は厭わないと決めたが、ジークを打倒した後、どうやって調べるか。それを考えていた。
「リュート様」
突如背後から女の声が聞こえて来た。
ここは温泉。男湯である。
その声を聞くがリュートは振り向かない。振り向いては駄目な気がする。
「リュート殿」
もう一つ別の声。いかん。これは策略だ。罠にはまった。ここからどう逃げよう。
「ここは男湯じゃないのか?」
「この宿は貸し切りですから」
王族の特権である。
「だが……」
「リュート殿に見て貰いたいんです」
だがリュートは振り向かない。
「見ても貰え無いんですか……」
悲しそうな声……
「うっうぅ」
アリアのすすり泣く声。
とリュートが振り返る。泣かせるつもりはない。というか泣いて欲しくない。だが普通は逆ではないのか。見て欲しいとは何事だ。
「あ! 見てくれましたね」
さっきまで泣いていたのが嘘のように。と言うより嘘であった。
「お前ら……」
だが見てしまえば目のやり場は決まってしまう。
二人はバスタオル一枚と言った出で立ち、ギリギリ隠されたその体がより扇情的に映し出され。リュートの目は胸や太ももといった場所に釘付けとなる。
アリアは今だ少女だがその体は傷一つ無い白磁のように透き通った肌にふっくらと胸が大きくなる兆しを秘めバスタオルを持ち上げている。
ナターシャの鍛えた肢体は豹のようにほっそりとしなやかそうなであり、人よりも大きな胸が女性特有の凹凸をより引き立てているようだ。
二人はリュートの目の前でバスタオル一枚な艶やかな姿でそこに立っている。
ここは露天風呂、外にバスタオル一枚は冷える。
「暖まりに来たんだろう。入れよ」
「「分かりました」」
二人はそういってバスタオルを取ると湯に浸かる。
「みんな一緒だね」
リリスはみんなで風呂に入るのが嬉しいのか満面の笑みで二人に飛びついている。
そんな三人を見ながらリュートは内心ため息をつく。
自制しているとは言え男なのだ。
二人共今の所手を出す気はないと告げているにもかかわらずこうして大胆な行動を取っている。自ら肌を晒すのは女性にとってどれだけ勇気の居る事なのだろうか……。リュートには想像するしかできないが少なくともリュートが一人敵に立ち向かう。考えようによってはそれよりも勇気のいる事なのではないだろうか。
だが気持ちは嬉しいが受け入れようのないリュートとしては少々辛いものがある。
――不安なのだろうか。
アリアは自分の国で反乱がおき意気消沈していた。だからこそ普段よりも頼りたくなってしまっているのかもしれない。
ナターシャも準騎士、戦いに身を置いている。いつ命を失うか等本当は分かったものではない為心の底で誰かを求めるのは仕方がないのかもしれない。
本当は恥ずかしいのであろう。二人とも普段以上に静かに風呂に入っている。顔が赤いのは風呂の温度のせいではないだろうと思う。
「二人とも」
「「は……はい」」
声が裏返っている。やはり緊張しているのだろう。
「二人の気持ちはちゃんと分かってる」
真剣な顔をしてリュートを見る二人。
「恐らくなんだけどな。これから先、俺が待ち望んでいた事が起こるかもしれない」
恐らくは戦う事になる。戦いを待ち望む男なんてなんてやつだろう。そう自分で自傷しながらも言葉を続ける。
「いつになるかは分からない。だけどどういう形になるにせよ。それで過去が清算できると思う」
次のあの二人との邂逅。それをリュートは待ち望んでいた。だからこそリリスを育てながらも研鑽に励んできたのだ。何が現れても。何が起こっても力が及ばない事がないように。
「その後、ちゃんと答えを出す、二人がそれまで待てればな話しだけどな。本当言えば二人には別の男でも――」
「いいえ、リュート様……私は待ちますよ」
アリアが言葉を被せる。
「私もですリュート殿。そのような簡単な気持ちではありません。他の殿方などというのは逆に失礼ですよ」
「そうか、すまなかった」
謝罪を述べ。改めて彼女達の気持ちの強さを知った。
勇者が現れ。魔王が現れた。そして竜。
全ては繋がっているのだろう。全貌は見えていなくても。少なくともそう核心していた。
ならその先。
彼らとも繋がっている筈。
待ち遠しくもあり、又怖くもあるリュートであった。




