ナターシャの幸せな一日
領都ヴァルミリア
ナーガディアン国南方へと位置する地であり四つの領都の内炎の加護があるとされ、主に鍛冶が盛んな都である。武器、防具を売る店が乱立し国に置いて国内でもっとも優秀な装備品が手に入る場であろう。
そんな場で男女の喧噪が辺りに響き渡っている。
「ですから私が荷物を持つと言っているのです!」
「女のお前にそんな事させられるか。それに俺の方が体力があるだろう」
「私はリュート殿の傍仕えです! だから私が持つったら持つんです!」
と、こんなやりとりをかれこれ30分程、既に堂々巡りとなり何度も言い合っている。何時も従順なナターシャが今回の旅ではやけに突っかかってくるのだ。
リュートとしては適材適所、体力も力もあるリュートが荷物を持てばそれで良いと思っているのだがナターシャが聞かない。
しかしこんな事で不毛なやりとりを長々と続けるのはあまり宜しくない。今まであまり我が儘など言わなかったナターシャがどうして?そう思いはするが仕方なくリュートは首を縦に振るのだった。
「分かった。そうまで言うなら荷物は任せる」
「本当ですか!」
何がそんなに嬉しいのだろうかナターシャは喜びを声に出す。
「ああ、だが無理はするなよ? 何時でも代わるからな」
「いえ! 傍仕えとして私が責任をもって管理します!」
苦笑するしかなかった。ナターシャの責任感は知っているがどうにも空回りしてるような気がする。
「そうか。取りあえずじゃあ荷物を持って宿の確保を頼む。宿を確保した後は自由にしてていい。俺は情報収集に出てくる日が傾きだしたらここに来てくれ。その頃に俺もここで待つ」
ここに来るまでも1日掛かっている。先にゆっくり休ませてやろうとリュートはそう申し出たのだ。
「分かりました。それでは宿を確保して来ます」
そういってナターシャはひったくるようにしてリュートから荷物を奪うと重そうな足取りで宿を目指していくのだった。
「はぁ……はぁ……はぁ」
息も絶え絶えにナターシャは宿で休息を取っていた。この宿の売りは温泉と言うことでここに決めたのだがあまり要領の良くないナターシャは一件一件宿をしらみつぶしに辺り、一番リュートが喜んでくれるであろう宿を探していた。その為ただの宿の確保がかなりの時間が掛かってしまっていた。だが幸いまだ時間はあった。
温泉というのを試してみようとナターシャは疲れた体を引きずり温泉へと向かってみる事とする。
脱衣所で服を脱ぎ温泉へと向かうと心が躍った。
温泉は初めてであったがナターシャは元貴族。
湯船に入る気持ち良さはしっていた。こういった浴場こそ初めてであったが久しぶりの風呂は楽しみで仕方がなかった。
体を洗い。温泉へと浸かると疲れが飛ぶように気持ちよく身も心も解けてしまいそうだ。
何をやっているんだろう私は。
だがナターシャの心中を溶かす程ではないらしい。ここ最近ナターシャの頭を悩ませている事をついつい考えてしまう。
キファから聞いたアリアとリュートの話し。
羨ましい。
そう思った。
そして嫉妬。
いつからだろうか。いつの間にか敬愛以上の感情を彼にもつようになったのは。
最初は家に住まわせてくれた優しい人だと思った。
次に感じたのは恐怖。弟子入りした後の訓練で畏怖せざるを得なかった。
だが次に彼の戦う姿をみて敬愛へと代わった。それは力を持つ故の傲慢なのかもしれないが彼はいつも矢面に立つのだ。そしてあり得ない力を振るっては解決していく。じつの所兵士1万以上を単身で滅ぼした男だ。ナーガディアン国を一人で征服する事だって簡単だろう。だが彼は力を振るおうとはしない。その姿はナターシャにとって夢に見る英雄そのもの。
だがついて回るようになって気になる事があった。
いつも優しい笑顔でいる彼が時折悲しい顔をするのだ。
その顔を見て考えている内にいつのまにか彼の事ばかり考えてる自分に気がついてしまう。
そんな折りにアリアとリュートの話しだ。焦るのは無理なかろう。
私は女として魅力はないのだろうか……
そう想い自分の体を見る。
剣を振って来たせいで手の平は硬くなってしまっているがその分引き締まった肢体でいて胸も人並み以上にあるだろう。下ろした髪は艶があり日々の手入れも怠ってはいない。
学園に居た頃はこれでも何度か男性から言い寄られたこともあった。その時は恋など全く分からない感覚で全て断っていたが。
だがリュートはナターシャに言い寄る所か女として見ていないように見える。
一人の騎士、戦士として、男女関係なく扱ってくれると言うなら嬉しいのだが、女として見て貰えない事に不満を持ってしまっていた。
そんな折にこの二人っきりの旅。
最早そんなチャンスは中々巡っては来ないだろう。
先ほどは張り切り過ぎて彼を困らせる事になってしまったがなんとか挽回しよう。
そう心に決めてナターシャは自分の身を清めるのだった。
◇◆◇
「明日はこの場に留まり一日休みを取ろうと思う」
合流し情報収集を終えたリュートが宿での食事時に告げた。いつもながら飛んでも無い量の料理に手を付けながら。
「え?」
「なんだ?嫌なのか?」
「いえ! そんな! 滅相もありません賛成です!」
力強く頷いた。渡りに船である。
「ですがどうして突然?」
「ん~。いや、明日一日付き合え」
付き合え。
その言葉が何度もナターシャの頭に反芻される。
(ま……ままままさかデート!?)
一体どうなっているのだ!まさか私の祈りが神様に届いたのだろうか!
そうして黙っていると。
「なんだ嫌か?」
「いえ! そんな事は全く!」(一緒がいいのです!)
ぶんぶんと音が鳴るほど激しく首を縦に振るナターシャ。
「ああ。じゃあ明日は一緒に回るか」
ナターシャの心の声が届いたのかリュートは何ら抵抗を見せず聞き届けてくれた。
その日のナターシャが再び温泉へと入り溶けそうな顔で救助されたのは仕方がなかったのだろう。
「どうしたんだお前?」
「に……似合うでしょうか?」
そういってリュートの前に立つナターシャはいつか店で買ったヒラヒラの黒いミニスカートに白を基調としレースの入ったキャミソールと言った出で立ち。普段後ろで括られている長い黒髪が下ろされ普段と違った印象を放っている。
「あ……あぁ似合ってはいるが」
濁すのは仕方が無いだろう。何しろ着てる本人の顔が真っ赤になっているのだから。
そもそもその服はリュートが買ったものではあるがナターシャは店員に乗せられてしまったのか、露出の多いその服装を恥ずかしがって普段来ている所を目にした事はなかった。しかし効果はあったのだろう。リュートの視線は足や肩と行った露出してる部分に視線が動いている。一先ず作戦は成功したようだ。
「そ……それじゃあリュート殿! 行きましょう」
そう言うとナターシャはぎこちなくもリュートの腕を取る。胸を押しつけると良いと言うのが昔友人に聞いた。その作法そのままにナターシャは実行している。だがその胸中は恥ずかしさのあまり卒倒しそうだ。しかも好いた相手に胸まで押しつけているのだ。心臓の鳴る音がリュートにまで聞こえないか心配になるほどにバクバクと音を奏でる。ノリの良い曲よりもそのリズムは早そうだ。
だがそこはナターシャ、いつもの私は何ともありませんよ~とでも言わんばかりに大げさな澄まし顔、知らぬは本人ばかりなり。
そんなナターシャはリュートを引っ張るようにして街を歩いてく。その内小物や宝石があるお店を見つけると。
「リュート殿! あそこに入りませんか?」
そういって引っ張るようにして入ってしまった。
店内は明らかに高級そうに彩られている。
入りたかった訳ではない。ついデートと言う言葉が思い浮かんだナターシャは動転の上指をさしたのがそのお店だったのだ。
思わず入ってしまったがナターシャの現在の金銭感覚からすると黒パンが一体何個買えるかしれないお店に入ってしまい気が引けてしまった。
が、ほぉっと興味を持ったリュートが今度はナターシャの手を引いて中へずんずんと入っていくとそのまま陳列されているネックレスを眺めだした。
あまり服に興味がなさそうになかったと思うがリュートは真剣な面持ちで見ている。しかし陳列されているアクセサリーの横に置いてある値札がナターシャの心臓をもぎ取りそうだ。そう、つまりとてもナターシャには手が出ない額なのだ。
「か……買うのですか……?」
おそるおそるナターシャが訪ねる。
「ああ、リリスへの土産に買ってやろうと思ってな、お前も色々見てこい」
やはりと言うか何というか彼の頭の最優先はリリスらしい。そこでお前にと言って欲しい所だがさすがにおねだりする度胸はない。
そんなリュートに促されナターシャは一人アクセサリーを見る。見るが、如何せん値段が値段。見てるだけで頭が真っ白になりそうな値段だった。自分には不釣り合いだと思ってしまい気が引ける事10分。
「おい、行くぞ」
「もういいのですか?」
「ああ、もう買った」
どうやらリュートは買い物で悩む事はないらしい。その手にはネックレスが入っているのであろう布袋を持っている。
そうして外へ出る二人。
だが中に入ったのは失敗だったのかもしれない。先ほどまでくっつけて居たのに離れてしまった。勇気を絞りだしたのだが二度目となると……
自然にリュートの方から手を繋いできた。
え?えっ?
思わぬリュートからの反撃に心臓の鼓動が早まるのを感じる。
どうしたことだこれは!?まさか私の魅力に気がついてくれたのか?このまま一線を越えるのか?いやいやこれは夢に違いない。だってあのリュート殿だぞ!女扱いすらして貰えてない。だけど嬉しい。嬉しいけどこれは夢だろう、夢なら覚めるな私!
なんて思いながら、どうして手を繋いでくれたのか気になってしまう。
「えっとリュート殿? これは?」
「ん? 嫌だったか?」
そう告げ手を離――
「いえ! まさか! そんな筈はアリマセン!」
離そうとするリュートの手を力の限り握ってしまった。
「そうか。女性は手を繋ぎたがるものだと思ってたからな」
ぴくっと反応するナターシャ。
もしや……
「そんなに沢山の女性の手を握ってきたのですか?」
声が低くなってしまう。聞かずにはおれまい。心の中はもう、さぁ!白状するのです!と問い詰める覚悟だ。
「沢山かどうかはしらないがリリスもそうだし姫さんもそうみたいだな。他は――」
なんて事だ……
全く女性に浮いた話しが無く食堂での会話でも明らかに硬派な発言をしているのにも関わらずやれ斡旋所の受付嬢だ、やれ服を買った際に話し駆けてきた店員さんだ、他にもパン屋の店員さんに手甲の手入れを頼んでいる鍛冶屋の娘さんと出るわ出るわ。と、言うより店員さん後ろから刺されるとか言ってたけど本人が刺す気ではないのか?等と思ってしまう。
必然。
むっす~と頬を含ませるナターシャが居た。
「おい、どうして怒る?」
「怒ってません」
「怒ってるだろう?」
「い~え!」
本人の軽い口調から恐らく最後まで致していないだろうとは思う。だからと言って軽々しく女性の手を握るのもどうかと思うが。もしやこの男喜ぶならキスやそれ以上の事でもするのかと勘ぐってしまう。
「その人達とせ……接吻もしたのですか?」
告いでしまった。
「馬鹿か、するわけ無いだろう」
答えを聞いて少しだけ溜飲が下がった。
どうやらそこがリュートの線引きらしい。そこから先は特別な者しか駄目と言うことであろう。
なら話しは簡単だった。今日一日手を繋いで貰う事を堅く決意したのだった。
そのまま手を繋いだままリュートに連れられて行くのだがどんな所へ連れて言って貰えるのだろうか。等と考えてるいるとリュートがふと足を止める。
「ここだ、入るぞ」
そう言って入って行くと。
「らっしゃい」
屈強な男が出てきた。
「ああ、剣を見せてくれ」
武器屋だった。
まぁそうですよね……デートにはなりませんよね。と乙女心を粉々にされ項垂れるナターシャを置いてけぼりにリュートは話しを進める。
「どんな剣だ?」
「こいつが使う細剣、と後俺用にナイフを」
「私のですか?」
驚かずには居られない。何よりナターシャには家宝の長剣があるのだから。
「あぁ、家宝の剣を使いたい気持ちは分かるがな。正直に言うと合ってない。最初見たときに思ったがお前には重すぎるんだろう。振ってる時も少し体が持って行かれてる。使うかどうかは任せるが自分に合った武器を持っておく超した事はないと思ってな」
そういえばリュートは最初出会った頃長剣をじっと見ていたような気がする。
「いえ。ありがとうございます」
やはり一応は弟子だと思ってくれているのだろうか、自分の事を考えてくれた事に嬉しくなった。今は弟子より女として見て欲しいが。
そうしてリュートとナターシャの前に様々な剣が並べられるとリュートがじっと見ると一本の剣を持ち渡してくる。
「これ、持ってみろ」
そういって渡されたのはコリシュマルドと呼ばれるタイプの剣。両手用であるエストックを軽量化した剣でその銀の刀身は途中から細くなっているという変形の形状。鍔の辺りに魔石が散りばめられ魔力も通す事ができる。重さは1キロも無いだろう。刀身の根元に風を意味するアネモスと文字が刻まれている。
「軽い……です」
ナターシャの家宝の長剣はおよそ2キロ程はある。半分以下の重さでその重さに慣れたナターシャには羽の様に軽く感じる。
「お目が高いね。その剣はミスリル製で丈夫な上軽い、突きに適しているが残撃にも仕えるように作られている。その分値段は高いけどな」
金貨10枚
少々飛んでもない値段だった。
「か……買いません!」
「なんだ? 不足か?」
慌ててカウンターへ戻そうとしたナターシャにリュートが告げる。
「いえ……高すぎます!」
「そんなもの俺が出す」
「さすがに金貨10枚なんて――」
「まぁ、待て。お前は俺の弟子なんだろう?」
「は……はい。そうですけど……」
「なら少し早い卒業祝いとでも思っておけ」
「ですが…」
そうはいっても高すぎる。重いと言っても未だ使える剣はあるのだから。さすがにこんな高価な剣は……と渋るナターシャへリュートは続ける。
「今回の依頼。ついてくるんだろう? ならそれは必要だ。殆ど魔物の情報がない。どれくらい強いか分からない相手の前に実力が発揮しきれないのは問題がある」
「簡単に勝てる相手ならそれで良い。だがもしかしたらナターシャが戦う事もあるかもしれない。あくまで可能性でしか無いがその時の為にも持っておけ」
半ば命令するように強くリュートが告げる。だがその命令はナターシャの事を想ってだ。それ位は分かった。
「分かりました……この剣。私の家宝にします!」
納得すると同時、自分の事を考えてくれた事、名剣を手にいれた事。喜びが心を支配した。
「ああ、じゃあこの剣とこのナイフを」
そういってリュートはナターシャの剣と投擲ナイフをベルトごと、そして片刃のやや大ぶりなナイフを2本購入する。気になる……考えるよりも先に口が出るナターシャはそのまま訪ねた。
「短刀術も使えるんですか?」
「ああ、もしかしたら必要になるかもしれないからな」
大剣は巨大だ。その大きさ故に狭い場所では振れない可能性もある。
以外な事にリュートは色々と準備に細かいのは知っている。何かの備えなのだろうと納得する事にしたナターシャであった。
「何をにやついている?」
「え! だって~これは仕方がないです!」
酒場へと戻って来て食事となった二人だがナターシャは愛剣となったアネモスに頬ずりをして陶酔したようなため息をつく。
傍から見れば気持ち悪い。剣に頬ずりして恍惚とした表情を浮かべる女性など恐らく世界でもナターシャ一人だろう。さらに言えばリュートの目の前に並ぶ殺人的食物量もあいまりやや目立っている。と言うより引いてる者までいる。
「どうしたんですか?」
「……何でも無い」
リュートにも突っ込めなかったらしい。言わぬが花と言うもので有ろう。自分の食べる量が目立っている事は気づいていないのでどっちもどっちだろうが。
「お、そうだった。ほら、後はこれもやる」
「え?」
そういってリュートが取り出したのはあのアクセサリーショップのお店から持っていた袋。
そしてその中から取り出した物を渡された。
「これは……?」
「白金のネックレスらしい、錆ず手入れがあまり入らないと聞いた」
ハートの形のネックレス。そこにサファイアだろうか、青く小さな宝石が装飾されている。
きょとんとした表情でそのネックレスを見ると目をしばたたく。やがて理解した。
「も……貰ってもいいのですか?」
「ああ。リリスのついでだ」
ああ……もう死んでもいいかもしれない!
今日はなんて良い日なのだ。
そう思いながらナターシャは満面の笑みでネックレスを身につけた。
後日リリス他、リュートの周りに居る女性全員が種類の違うハート型のネックレスを身につけた姿を目撃し、それを見たナターシャが意気消沈するまでその幸福は続いたのだった。




