アリアの想い
太陽は沈み月が天の主導を握る頃、ナーガディアン国王宮では華やかな宴が催されている。
宮廷音楽家が奏でる音楽と共に人は踊り、振る舞われる料理が豪勢に立ち並ぶ。
国王の出席するパーティに相応しく、その会場は優雅な一幕を演出している。
だが華やかなその場で暗い顔をする少女が一人。
はぁ。
一人アリアはため息をついていた。
主賓であるアリアへと様々な貴族達が声をかけて来る。アルバトロスの時代は終わった。これからはアリアの時代。その為少しでも覚えを良くしようとアリアへと話し掛けてくるのだ。
だが元々人前が好きではないアリアはあまり良い顔をせず最初は頑張って話しを聴いていた者の終には暗い表情となり俯くを落とす。そのお陰か周りの貴族から話し掛けられる事が少なくなったが。
「アリア女王陛下」
またです。
空気を読まずまた誰か声を掛けて来た。
もうお断りして部屋へ戻ろりましょう。うん……そうしましょう。
そう決断して顔を上げて男の顔を見た。
「あ……」
目の前にはリュートがいた。
ナターシャとキファに無理矢理着替えさせられたのか黒の礼服にいつもは長い髪を下ろしているのだが後ろに流れるように整えられている。
なんというか……いつにもまして精悍だった。
その顔を見てアリアの表情は一瞬の内にぱぁっと花が開いたように明るくなった。
「リュート様!」
「どうした? 主賓が俯いてちゃ駄目だろう」
「いえ、すいません。少し疲れてしまって」
「そうか、それなら少し風に当たるのがいいかもしれないな」
「あ……それなら。エスコートして貰えますか?」
口をついてでしまった。
先に飲んだ酒のせいかいつもと違う顔を見てしまっただろうか。ついそんなお願いをしてしまった。
しかしリュートは笑顔を浮かべアリアへと告げた。
「仰せのままに女王陛下」
普段の彼の口調とは全く違う言葉。新鮮であった。
すっとリュートが手を下から差し出すとアリアはそこに手を置く。
そうして立ち上がるとリュートへ連れられて外へ、いつか二人で話した庭園へと連れて行かれた。
「で? 大丈夫か?」
そう言ってリュートは優しい笑顔をアリアへと向けた。
「はい、少し楽になりました。 ありがとうございますリュート様」
なんでしょう。ドキドキしてしまいます。
お酒を飲んだからだろうか。リュートの普段と違う姿を見たからだろうか。
胸は高鳴りいつしかアリアはリュートへと近づいていた。
リュートは優しい笑みを崩さない、月明かりが照らす庭園、そこで睦み合う男女。庭園が二人を祝福してるよう……
これは良い雰囲気なのではないでしょうか?
そう思うと胸がドクドクと鳴りアリアを急かす。二人っきりになれたチャンスなのだからと。
「あの……リュート様?」
「ん? なんだ?」
そして言ってしまった。
「あの、リュート様は……心に決めた方はいらっしゃるのでしょうか?」
その告げる声音が好奇では無く真剣さを伝える。
だがすぐに後悔する事となった。言わなければよかったと。
なぜならその言葉を紡いですぐリュートの笑顔が崩れ悲しそうな顔になったからだ。
やっぱり……心に決めた人が……
そう思うと悲しくなってきた。途端気分は沈み込みぎゅうっとアリアの胸を締めつける。
その悲しそうな顔を見てるだけで今にも走りだしたい気持ちでいっぱいになってしまった。
リュートはその表情をくみ取ったのか慌てた様子で言葉を紡ぐ。
「あ~まて。泣くな。違う」
「……はい」
だがその胸に落ちた悲しみはぬぐわれない。
リュートは真剣な顔をしてアリアを見た後、大きく深いため息を一つ。間を置くとゆっくりと、ぽつぽつと。それはまるで独白するかの様に告げられた。
「俺は誰かを愛する資格なんてない……」
普段の彼の声とは全く違った。その声は話す事を恐れるように。いつも笑顔で優しそうな声音で話すリュートとは別人のような声で重く、重く響く。
「そんな事は――」
「お前は真剣に言ってくれてるんだと思う。だから俺も真剣に返す」
「はい……」
「昔な……何年も前、俺の事を好いてくれてる者達がいた」
「こんな情け無い俺にな、好きだと言ってくれたんだそいつらは」
情けない。自分をそう評価するリュート。これがリュートの本心なのだろう。
「俺はそいつらへ答えを出す、そう言ったんだ」
黙ってアリアは聴いている。一言一句逃すまいとリュートの目を真剣に見て。
「だがそれはできなかった」
「俺はそいつらとの約束を果たせないままそいつらと会えなくなってしまった」
「俺があの時しっかりしていれば、もっと周りに注意を払っていれば……もっと……」
もっと……その言葉をリュートは続ける。ずっと後悔していたのだろう。悔しそうに、悲しそうにその言葉を連呼する。その姿は穏やかな笑顔を向ける者と同一人物だとは思えぬ程。
はっ!とあまりに重くなった空気に気づいたのかリュートは苦笑した。だがその顔は自傷しているのか乾いた笑みだ。
「まぁ、結局俺はな。答えを出してないままなんだ…、あの時から」
「だから何かしら自分の中でケジメをつけたい。それまでは考える事ができなくてな。だから済まない……」
「そうですか……」
ぐっと涙が出そうになりアリアは俯き堪える。だが真剣に答えを返してくれた。
そう思ったアリアはリュートを見上げると口を開いた。
「それじゃあ……私、待っていてもいいですか……?」
卑怯かもしれない。半ば断られているのに。だが嫌いと言われている訳ではないのだ。これから先自分へと心を向けてくれる可能性を捨てきれなかった。
「俺なんか待っていても良いことは無いぞ」
そういって苦笑いを浮かべてリュートが返す。
「私分かります。だって、リュート様が優しいから……それだけ大切に想っていたから……」
「…………」
「だって、普通なら時間が経てばやがて忘れます。でも何年もリュート様はその方達の事を想っています」
「私も、私もリュート様にそんなに想われる様になりたいです……ううん、成って見せます」
「そうか……」
そう告げるとリュートは間を置きやがて戸惑いつつもアリアの頭を撫でながら告げた。
「強いな……」
ただ一言、ぼそりとその場が静かで無ければとても聞こえないような小さな声。
そうしてリュートは空を見上げていた。




