変わる立場
「くそ!」
ガシャン、薄暗い部屋の中とガラスの砕ける音が満ちた。
男が吐き捨てると同時グラスを壁へとぶん投げたのだ。
興奮のせいか男は荒い息をつき壁を睨んでいる。
やがて男は歩きそして部屋の片隅にある鏡を見た。
そこに映るのは増悪。
疼く。
見栄えは良くかつて何人もの女を抱いて来た。そしてそんな自分の顔が好きだった。
だが今は好きではない。
疼くのだ。
負わされた怪我。
それが治った今でも自分の顔を見る度に思い出す。思い出したくもないのに男の顔が思い浮かぶ。
「こけにしやがって! あの平民野郎が!」
叫ぶと同時鏡が割れる。そして男の手からじわりと血が滴る。
割れた鏡が幾つもの自分の顔を映し出しさらに苛立ちを募らせる。
手に痛みは感じない。男を燃やす憤怒の炎が痛みなど消し去ってしまっている。
「荒れてるね~」
突如声と共に割れた鏡に反射し別の男の顔が映し出された。
「な! 貴様!どこから入った!」
振り向き男を見る。黒いローブに黒い仮面。不気味な笑顔を象った仮面が怪しい雰囲気を醸し出している。
「別にどこからだっていいだろう」
曲者!と男は自慢の愛剣を抜くと仮面の男へと突く。
が。
ローブの男へ剣が到達する前に突然剣の先が消えた。折れたのではない。文字通りにかき消えたのだ。
「な!」
驚愕。
だがそんな驚愕を置きローブの男は告げた。さも楽しそうに。さも不気味に。
「力がほしくないか?」
その言葉は蠱惑。
怪しく不気味な仮面の男が告げるその言葉には魔力があった。
ほしい!
心はそう告げる。
だが紡ぐべきは別の言葉だ。そして口を開くが何故か言葉が出ない。
「やるよ。極上の力を」
そういって声の出ない男を置いて仮面の男は続け、懐から小瓶を取り出した。
赤黒い。まるで黒ワインのような色合いに酷く粘りがあるような液体が入った瓶を手に、仮面の男は近づいてくるとその中身を動けぬ男の口へと流し込んだ。
「がぁぁぁぁあぁあ」
途端体が熱くなり喉を押さえた。過度に強い酒を呑むよりもそれは強く、強く男の臓物を焼く。
世界がぐにゃりと形をゆがめた。
そのまま意識が暗くなり自分は意識を失うのだな、とそうどこか冷静に自分を視ながら――
好きに暴れろ。
――仮面の男が告げた気がした。
―――☆―――☆―――☆―――
アリア=ナーガディアン。
彼女はナーガディアン国王女として生まれ、若干15歳にして父王アルバトロスを失い女王へと即位した。
今アリアは王都ナーガディアンの街道をを馬車で廻っている。
先王アルバトロスの無念がさめやらぬ中、少しでも国を盛り上げようとパレードを行う事となり今に至る。
先導する騎士の後ろに整列した槍を持つ兵士達がざっざっざと規則正しい音を立て行軍する。
その最後尾。豪奢な場所に乗るアリアは白く華やかなドレスを身に纏い豪華な宝石を身につけさせられ。したくもないのに精一杯の笑顔で手を振っているのだった。
だが今まで人前に出る事も少なく正直に言えば人見知りのアリアの目に映る人の歓声や向けられる好奇の目は彼女を震え上がらせるだけの効果があった。
顔はにこやかに手を振っている。だがそこからした下半身はぷるぷると震えているのだ。
これと言うのも文官の一人が「パレードをしましょう」
そう言い出した事から始まった。
やれ女王のお披露目やら、暗くなった国の雰囲気を明るくするやら文官は必至にアリアを説得した。
行う方がいいとは分かっては居るがアリアは小心だ、そこで自身が心の底から頼りにしている人物に慰めて貰おうと泣きついたのだが。
必要な事だろう。やってこい。
その一言でやる羽目になってしまった。
何せアリア自身がその人物に自分を導いてくださいと懇願したのだから聴かない訳にはいかなかった。
そしてアリアは今、早く終わってくださいませ~と泣き出してしまいそうなのを堪え必至に手を振っていた。
あの人達はじゃがいも……じゃがいも……じゃがいも……
そう必至に自分へ言い聞かせながらなんとか自分を保っていた。
小国ではあるが民がこぞって即位した女王を見に来ていたのだ、その人々の数は王宮に引きこもっていたアリアにはかつて見たこともない光景であり、そしてその視線の先には自分がいるのだ。緊張のあまり今にも倒れそうだった。
そうしていると一人の巨大な大剣を背負った男が馬上からこちらを見ている事に気がついた。
自身にパレードをやってこいと告げた男。
彼は参列しなくても問題ないのだが、お願いにお願いを重ね。半ば無理矢理に参列することと相成っていた。
だがそのお願いは大成功だったようだ。自分が驚く程その男を見ているだけで自分の気持ちが落ち着いてくるのだ。
男と目が合った。男の目が優しげだからだろうか。鋭く初めて会った頃は怖いと思って居たその瞳にまるで自分が溶けてしまいそうに錯覚し、胸がす~っと落ち着いてくるのだ。こんな事からも護ってもらえている。その事実にアリアは嬉しくなる。
その男は父の用意した荘厳なまでのコートを着こなし、
パレードの中にあって静かに馬車に沿って馬を並べて進む姿はまさにアリアの守護者だった。
一目王女を見ようと群れを作る人垣の中でも王女では無くリュートに目を奪われている者も大勢いる。
身から漏れ出る存在感なのかもしれない。たたましいパレードの中にあって尚一人目を離せない存在感を放っていた。
そして男が持つ宝剣の伝承。知っているのは王族だけだがそれに従えば彼はアリアの上に立つもの。
それがアリアには嬉しい。
アリアの傍で唯一王の重圧から解き放ってくれる者。
王としても、また一人の女としても、彼に頼る事ができるのだ。
その彼を見ながら彼へと懇い願った日を思い出していた。
(ではこれからも私の傍に居て貰えないでしょうか?)
彼へと願い出た言葉を思いだし頬にかーっと熱を感じる。
その願いを彼は叶えてくれた。
どうかしていたのかもしれない、他に言葉が合ったのではないだろうか。我ながら大胆な言葉を告いでしまったと思っていた。
今思い起こせばプロポーズの言葉にも思え恥したない事をしてしまったとアリアは熱を上げたのだ。
だが。
考え込んだ末に首を縦に振ってくれたのだ。
幸い父、アルバトロスがお膳立てを整えていてくれたお陰なのだろう。
客将。
この国において客将は騎士とは一線を期す存在である。騎士は王への忠誠を求められるが客将は違う。
国が、国王がその力を認め招き入れた者。
無論客将となった者はその力を国の為に尽くす事は求めれるがそこに上下はない。
他の騎士達のように上下関係と言った軋轢なく女王となったアリアでも彼に命令する事はできない。
勿論王の願いを軽んじるようであればその立場を剥奪される事はあるが。
兎も角、王が招き入れた客分、その些か変わった立場のお陰で彼が首を縦に振ってくれる一つの要素になったのは間違いないだろうとアリアは思っている。
そうしてその男――リュートは今アリアの傍にいた。
―――☆―――☆―――☆―――
「疲れたようだな」
リュートが机へと突っ伏すアリアへと告げて来た。
「はい、あまりの緊張で倒れるかと思ってしまいました。あ、でも……」
リュート様を見ていると落ち着きました。
最後は口に出せなかった。
好意を直球で口に出すようなものだ。そう咄嗟に思ったアリアは口を閉ざした。
続きを促されるかと思ったが幸い部屋へと入って来たリリスが「お兄ちゃん!」とてててっと駆けてきてリュートへ抱きついた為、続きを口に出さずに済んだ。
そしてリリスと共に入って来た二人の少女の一方、ナターシャがリュートへと告げる。
「パレードも概ね好意的に捉えられたようです。皆王女の即位に期待を表していました」
となりのキファも口を開く。
「2万の軍を破って凱旋してきた王女っすからね、皆期待も大きいっす」
そう父王を討った軍を寡兵を持って打ち破った。
その結果は国民へと伝わりアリアならば護ってくれる、そう期待が寄せられているのだ。
「私の力ではないのですけどね……」
アリアがした事と言えば兵士の前で口上を述べたくらいだ。
他に何かしたわけではない。打ち破ったのは目の前にいるリュートなのだから。
「成した結果は全てお前の功績だ。そう思っておけばいい」
リュートはそんなアリアの胸中など知らずに声をかけてくる。
「あ……パレード中に耳に挟んだのですがリュート殿が噂になっていました、名前まではでませんでしたけど女王が召喚した巨大な剣を持つ大男が悪国ミクトランテに神の鉄槌を振り下ろし一撃で2万の兵を滅したなんて話しになっていました」
誇らしげにナターシャは告げ、隣のキファは笑っている。リュートの顔は些か渋い。
ナターシャは準騎士として自らが仕えるリュートを称えるような話しであればなんでも嬉しいのだろうがリュートはそうではないのだろう渋い顔をしている。
リュートの存在は民に告げられていない。
だがどこからともなく噂という者は出てくるものだ。
こうなった以上その内名前がばれるのも時間の問題だろう。
リュートは複雑な想いを感じながらその話しを聴いたのだった。
アリアはその渋い表情を見ながら思い出したように、言わなくちゃいけないのでした!と考えながらリュートへとおずおずと話した。
「あの……」
「どうした?」
「今日の夜には王宮内でパーティがあるのでリュート様も出席して貰わないと行けないのです……」
戴冠式からのパレード、儀式と国民へのアピールが終わった今度は王宮内で親睦を深めなければいけない。
その中で噂の渦中にあるリュートとアリアが出席しなければ意味はない。
いわばパーティはアリアのお披露目であると共にリュートのお披露目でもある。一介の護衛だった者が客将となる。形だけであったそれは今や本物となり、今後も力を貸して貰う以上リュートを紹介しないわけにはいかない。
アリアの想像通りリュートの眉間に皺が深まり渋い顔がもはや渋面を全面にだした者となっている。
だが本人も必要性は分かっているのか顔に笑みを作りそれが苦笑となる。
ああ、分かったよ。そう告げるリュートの両腕をそれぞれナターシャとキファが押さえる。
その目は煌煌と輝いていた。
「「さぁ、お着替えの時間ですよ!(っす!)」」
お……おい……。そう戸惑いの声を上げるリュートを二人は引きずるようにして部屋を出て行く。
その後王宮のとある部屋で男の叫び声が聞こえたとか聞こえなかったとか。
「アリアお姉ちゃん」
「なんでしょうか?」
「お兄ちゃんていそうのきき?」
何も言えなかったアリアであった。




