竜の守護者
しんと静まりかえったその場では声を発する者は誰もいない。
静寂の中黙祷を捧げている。
徐々にすすり泣く声が聞こえ始める。
その者は優しく微笑んでいたもの。
その者は優しく包み込んでいたもの。
その手の平には国そのものを納め、そして外敵から国を守る為に散っていった。
ナーガディアン国王、アルバトロスは大勢の文官、騎士、兵士達に見守られナーガディアン国の地へと戻り埋葬された。
アリアは葬儀の中、気丈に振る舞っていた。
父アルバトロス亡き今、彼女に弱音を吐く事はできなかった。
国を背負う重圧、それをひしひしと感じながら父の葬儀を行い、終えると同時一人アリアは部屋へと戻る。
ジンロンでの戦は終わりを告げた。
だがアリアには失った者が多すぎた。
父、兄。二人を同時に失ってしまったのだ。
こうして一人でいるだけ胸に穴でも空いた気持ちになる。
若干15歳の少女はそうして唯一人国を背負う事となってしまった。
「……はぁ」
もう何度目か分からない嘆息。
寂しい。
アリアの胸中はそれに尽きる。
もうこの国の王族はアリア一人となってしまった。
もともと城の外にさえ滅多に出る事のなかった彼女はまるでこの世界に一人だけの様に錯覚してしまう。
そして今寂しいと思うのはそれだけでは無いだろう。
さほど長くは無かったがいつも傍にいてくれた護衛はいない。
色々と忙しく、まだ彼にお礼も告げていなければ話すべき大事な事がある。と言うのに彼は戦争の後アルバインの亡骸を抱きどこかへ行ってしまったのだ。
いつの間にかずっと傍に居てくれた者がいなくなった。
それだけでアリアの胸は寂しさで埋もれて締まっている。
既に自分でも気がついている。それだけ彼の存在が大きく膨れあがっていた事に。
顔がみたい。いつもの優しい笑みで心に空いた穴を埋めて欲しい。
だがどこにも彼はいない。
自然目線が窓へと向かう。
じっと窓の外を見ていると巨大な大剣を背負った男が窓に映った気がした。
――もしかして。
そう思った途端アリアは駆けだしていた。
王女殿下?
そう声を掛けられるが気にしている場合ではない。
窓から見えた場所へアリアは駆けて行く。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
この辺りに彼は居たはず。そう思って見渡してみる。
だが誰もいない。
見間違いでしたのでしょうか……
自分が恥ずかしくなってしまう。幻を見るほど彼に陶酔してしまったのかと。
そんな事を考え一人で赤くなっているアリアの目に庭園の花が映る。
そういえば……
彼は良く護衛から外れる時は庭園の椅子でくつろいでいた。
そう思いだしたアリアは庭園のテラスへと足を運ぶ。
足を向けそこへ向かうと自然アリアの頬に笑みが浮かんだ。
いました。
巨大な大剣を下ろし。椅子に座った男――リュートは空を呆けた顔で見上げている。
彼を見つけただけで沈んだ心が浮かび上がってくるようだった。
だがこちらに気づかないリュートを見ていると何故か寂寥感が内から込み上がってきたのだ。
自然に声がついで出た。
「こんな所で何をなさってるんですか?」
リュートは声に反応しアリアへと振り向くと笑顔を浮かべ告げてくる。
「思い出していた」
何をでしょう?そう訪ねる前にリュートは答えを言ってくれた。
「お前の親父さんをだ。尊敬できる人だった」
「ありがとうございます」
亡き父を褒められ。嬉しくなった。
「まぁこっちに来て座れよ」
相変わらず王女、もう直に女王となる者に告げる口調ではない。
だがアリアには不快な気持ち全く無く、当然の事と思って居る。
さらに言えばその言葉には暖かみがあり、逆にもっと聴きたいと思ってしまうのも理由だろう。
はい、アリアはそう答え、男の対面へと座った。
そして顔を見る。
長く黒と白の混じる髪とその目は狼のよう。だがその目は今優しさであふれている。
ただじっとリュートはアリアの顔を見ている。
「アルバインな」
沈黙をリュートが破った。
「は……はい」
「操られていたかもしれん」
「そうですか……」
あの優しい兄のような人だった人が裏切った。アリアには何か理由が無ければ納得できなかった。そういう事もあるかもしれない。
内に意識を傾けそうになってアリアははっと気づいた。まだお礼を言ってなかった。
「あの……」
「どうした?」
「国を救って頂いて……ありがとうございました」
「ああ、成り行きだったけどな」
くすっとアリアは笑顔を浮かべた。成り行きで国を救ってしまう。そんな事ができる者がいるだろうか。だが言わなければと、アリアは真剣な表情になるとリュートへと告げた。
「あの……言わないと行けない事があります」
父の死の間際。真実を聞いた。
伝えておかないと。
父は伏せていたがアリアはそう判断していた。
「どうした?」
「その宝剣です」
「そういえば、何か訳ありそうだったな?」
大げさなまでに下賜の儀を行った、その場には参列可能な重鎮を全員呼んでいた。半ば無理矢理。強引なまでに理由を付け足しリュートに与えたのだ。
「その宝剣はこの国を建国する際、初代国王を導いた戦士がかつて用いた剣だそうです」
「そうか」
「ですからその剣を持つと言うことはそのまま王を導く者、その権限を持つ者を表わします。王族だけに伝えられていた伝承ですけど」
「そうか、そういう事だったんだな」
おおよそ気づいていたのだろうか。リュートに驚く様子はない。
「驚かないんですか?」
「ん? ああ、そうだなその権限には驚くがおよそ与えた理由は予想がついている。まぁ普通の人では振れない剣が宝剣なんだおおよそな」
「そうですか。リュート様にお聞きしたいのですが――」
彼こそがそうなのだろう、アリアは確信しつつも訪ねる。
「――リュート様は竜人様なのですか?」
「ああ」
なんら渋る様子もなく、リュートが肯定を返してきた。
その先に告げる言葉はもう見つけていた。
「ではこれからも私の傍に居て貰えないでしょうか?」
一見すると告白にも見える。少女の心中は分からないがそこにはもう一つの意味がある。
この国の名はナーガディアン。
その意は。
「私をどうか導いてください竜王様」
ナーガ(竜王)そしてガーディアン(守護)
ここはかつて竜人が守護した国。
戦争は始まったばかり。未だミクトランテ帝国は十分な国力を持ちナーガディアンを滅ぼそうと狙ってくる。
神の名を冠する国ミクトランテ帝国、そして勇者、狙うは竜王の守護を意味する国。
最早知らぬ存ぜぬでは通せない。
リュートは拳を固め目を瞑り。しばしの時が流れる、
そうして次に目を開けたリュートは首をゆっくりと縦に振ったのだった。
そしてこの日、ナーガディアン国に建国以来となる竜の加護が与えられた。




