戦場へ
アルバトロスがジンロンへと向かい1週間が経過した。
その間アリアの顔は暗い。父を、兄を想い憂いている。
表情は硬くなりリリスやキファ、ナターシャが声を掛けても元気が出ることはなかった。
そしてその三人も同様だ。国が亡くなるかもしれない。その瀬戸際。
リリスも理解ができている分けではないのかもしれないがこの地が無くなってしまうかもしれないのは分かる。
リュートはそんな少女達を前に一人目を瞑っている。
アリアには分からなかった。リュートが何を考えているのか。
だが今までとは違いこれは本当の戦争だ。
個人の力では何もなせない。
リュートは実際の所騎士でも兵士でもない。
白双牙を与えられたとは言えそのかずは20人程。
万に届く戦争に何かできるはずもなかった。
お父様……お兄様……
アリアは毎日の様に祈祷を捧げている。祈る神は何処か。
アリアが知るよしもないが攻めてくる敵はミクトランテ。神が手を貸すとすればそちらであろう。
それを知らないアリアは祈る。すがらなければ、何かをしなければ落ち着かなかった。
「お兄ちゃん……」
リリスが暗い表情でリュートへと口を開いた。
「みんな居なくなっちゃうの?」
どう答えたら良いのか分からなかったのかもしれない。
優しいような、悲しいようななんとも言えない顔で間を置いた後やがて一言。
「大丈夫だ」
だが具体的な事は何もなく、そう答えリュートはリリスの頭を撫でた。
不意にナターシャが口を開いた。
「リュート殿……私達に何かできないのでしょうか?」
「俺の仕事は姫さんの護衛だ、それに何かできたとしても20人弱の人手でできる事はないだろう、精々一兵卒として当たる位しかな」
言い終わるとアリアの顔をじっとみて。リュートは続けた。
「この後が俺の仕事なのだろうと思う。アリアを生き延びさせる為にな。その為にアルバトロスは兵としてでは無く、護衛として雇ったんだろう」
大剣を与えアリアの護衛につけたのはアリアだけでも生き延びさせろ。そう言う事なのだろうとリュートは言う。
万を超える相手だ、一騎当千の力を持っていたとしても兵との連帯も取れない者に何ができるだろう。
そして戦争の兵力と当てにしているのだったらそのように依頼されていた筈だ。
声を受けアリアは俯く。
分かってはいた。
世事に疎いアリアとて大国ミクトランテ帝国を相手に勝てる事はないだろうと。
そんな中自分を護る強者を付けた。
お前だけでも生きろ。それはそう言われているようなものだ。
アリアはそんな父の想いが嬉しくもあり悲しくもあった。
父の想い、そして何もできない自分。
リュート様なら……
訓練場で見た力、一人で1千を倒したとも聞いた。
彼なら何でもできてしまうのではないか?国を救う事すら。
馬鹿な考えです。
頭を振った。アリアは頭によぎった考えを消す。
リュートの強さを垣間見、その姿に見惚れた。
だがその情念が恐らく過大評価してしまっているのだろうとアリアは考え口には出さなかった。
だが完全にその考えを消せる事もなく、一人何度も反芻していた。
そうしてる内に日は沈み月が空へと登る
そんな折、アリア達の元へ一人の兵士が駆け込んできた。
アリアへの報告であろうそれを口頭で伝えに急ぎやってきたのだ。
「陛下が倒れられました」
その一言が心臓を打つ。
アリアの顔がみるみる白くなり。元々雪の様に白い肌が最早青く今にも倒れそうだ。
お父様……
視界が一瞬の内に暗くなる。
駄目!
アリアとて王族。報告を聞かなければ、そう思いながらなんとか足に踏ん張りを入れ兵士へと訪ねる。
「状況はどうなったのですか?」
「はい、1万と思われていたミクトランテ軍と野戦にて交戦中、突如両翼からさらに合わせて1万の軍が現れ我が軍を強襲しました」
「そのまま混戦、後陣へと控えられていた陛下も巻き込まれ。怪我をされました」
アリアは続きを促す。父が倒れた。その事実はアリアにとって何よりも重くむせび泣きたい。だが今そんな事は彼女に許されない。
「怪我の容態は?」
「はい。現在促進魔法にて治療中ですが傷は深く。この三日程が峠との事です」
促進魔法。代謝を促し体の回復を早める魔法。通常の怪我があれば一日もあれば治るがそれを使ってもと言うことはよほど酷い怪我を連想させた。
「そうですか……分かりました……下がって休みなさい」
「は!」
見れば兵士の顔も憔悴仕切っている。ジンロンからここまでおよそ一日。早馬で駆けて来たのだろう兵士は見るからに疲れ果てていた。
お父様……
一人アリアは父を想う。気を抜けば涙があふれそうになる。それをぐっと堪えながらリュートへと訪ねた。
「リュート様……お父様に会いには行けないでしょうか……?」
そうであろう。父親が生死の境にいる。様子を見に行きたい。看病したい。そう想いアリアはリュートへと訪ねた。
だが。
「駄目だ」
冷たい声が響いた。大げさなまでに冷たく。
想いを断ち切るかの様に、甘えを許さないかの様に。
行けば危険が増える。護衛としても、またアリアの為を思ってもそこに行くべきではない。
アリアも分かってはいる。
だが感情が、心が言うことを効かない。
貯まった感情が堰を切り、目からあふれ出てきた。
それを見たリュートはナターシャ達へと目配せした後部屋を出る。
一人にしてやろう。
その気持ちはその場の全員が同じくする所であった。
「リリス、お外に出ていよう」
そうナターシャは言いリリスを外へ連れ出す。キファも無言でその場を去った。
―――☆―――☆―――☆―――
リュートは一人庭園にある椅子へと腰を下ろした。
月明かりが辺りを薄く照らし庭園を美しく演出している。
この庭園はアリアやアルバトロスが世話した庭だ。
彼らが作った庭。
リュートは星空を見ながら思い出していた。
夜空に浮かぶはアルバトロスの顔。
その顔は驕りを知らず優しげな目。
王宮で暮らして暫くたち、リュートはアルバトロスを尊敬していた。
リュートはかつて沢山のものを手から零した。
そしてアルバトロスの手はリュートのそれよりも大きくこの国そのものを慈しむように包んできたのだ。
その尊敬できる男が居なくなってしまうかもしれない。
だがリュートにできる事はない。
ただアリアを護る事がリュートの役目だ。
他にできる事はない。
嫌なものだ。
できない事もある。かつての青年はそう言い放った事がある。
だがその言葉は決してリュートにとって好ましものではない。
(本当にそうなの?)
かつての声が聞こえる。
(私はグレイの事誰よりも知ってる。グレイならもっと上手くできる)
買いかぶりだと言った。
(グレイなら沢山の人を助けられる。望めばどれだけでも……)
望めばどれだけでも……
本当にそうなら……
どれだけ良いだろう。
頭の中で何度も反芻する。
リュートは1千の兵を打ち破った。
だが遠い昔3千の兵士に破れ去った。
成人となりあの頃よりも遙かに強くなっていたとしても。その事実が頭を擡げる。
できるのだろうか?
今はあの時とは違う、依頼としてアリアを護る事が最優先となる。
そして強くなったとしても今度の相手は1万。
失敗すればアリアの身も危険所か命すらない公算が高い。
できるかもしれない。では駄目なのだ。
やがて夜は明けて来た。
様々な事に考えを巡らし、気がつけば空は白んじて来ていた。
答えは出ず。明るくなって来た空を見上げている時。
リュートの元へナターシャが走り寄ってきた。
酷く慌てている。
「リュート殿! アリア王女殿下が!」
消えた!
そう告げるナターシャ。酷く焦り息を切らしつつもリュートにそれを告げる。
「この紙が机に」
リュート様。
言いつけを破り申し訳ありません。
父の元へ参ります。
馬鹿な私に構わず、この国を出てくださいませ。
確かに馬鹿だ。……俺が。
歯噛みし、軋むように奥歯が鳴った。
何やってるんだ俺は。
人の心など読み切れるものではない。
普段気弱で臆病とも言えるアリアが父親の生死を前にして飛び出していく。
リュートには考えられなかった。
「白双牙は?」
「居ません。恐らく王女殿下の護衛に回っているかと思われます」
やはり……
通常であれば白双牙は指揮系統を統一しリュートの指示を仰ぐ必要がある。
だが正規の軍と言うわけではないのだ。リュートは指揮を任されたからといってそのような事は言い含めていない。
「キファを呼んで護衛を頼んだ後向かったと言うことか」
「どうしますか?」
ナターシャの顔は青い。アリアの身を案じているのだろう。
「追いかけるぞ、ナターシャ、リリスをステラおばさんの所へ預けてこい。あの人なら国に留まっている筈だ。その後でジンロンへと向かう城門にこい」
「わ……分かりました」
ナターシャが急ぎ駆けて行く。
(本当にそうなの?)
再び脳裏によぎった。
できると思うのか?
(グレイなら沢山の人を助けられる。望めばどれだけでも……)
本当に……?
だがもし俺にできるなら……
リュートは拳を握り空を見た。
―――☆―――☆―――☆―――
ジンロン東方へと出て暫くゆく先。
そこにナーガディアン軍の野営地がある。
辺りは既に暗くなっており。
遠目で敵の軍の野営地が松明により明るく照らされている。
「お父様!」
本営の宿所から声が聞こえてきた。
野営地へと到着したリュートとナターシャは外で待つダガー、キファと話しをしていた。
リュートが到着する少し前、アルバトロスが亡くなったそうだ。
本営の宿所からはアリアのむせび泣く声が外まで届いている。
ナターシャとキファは涙を堪えるかのように俯き拳を握っている。
「それで状況はどうなんだ?」
リュートは冷たい声でダガーへと訪ねる。
「ああ、どうも王子様が裏切り者だったらしくてな、王子の手引きで誤報を伝えられちゃんじゃないかって噂だな」
「アルバインが!?」
声に驚きが現れる。
報告には上がっていなかった。アルバトロスが止めたのだろうか。
リュートには話した所そのような事をする人物には見えなかった。
もっとも裏切りから遠い人物だとそう見えていたのだ。
何よりアルバトロスはアルバインを実の子の様に思っていた。
「ああ、何が起こってそうなったのかは分からん、だが実際に寝返ったのは確かだ」
リュートは拳を握りしめる。その手からは血が伝う。
「で? どうすんだ?」
逃げるか?
ダガーはそう告げている。
だがリュートは。
「いや、王を失った今士気は乱れている、そしてここに姫さんが来てしまった」
「祭り上げられる?」
「ああ、指揮を執るものが必要だ。騎士も居るだろうが御輿が必要だろう、今のアリアが拒否するとは思えないな」
「だが依頼主が死んだ今ここに残る必要はないんじゃないのか?」
ダガーも勝てるとは思って居ない。少なくとも忠誠を誓った相手が負けの決まった戦で命を落として欲しくはない。
逃げてくれ。ダガーの片目からはその想いがありありと伝わってくる。
「リュート様」
声がし、皆が振り向く。
目の前にはアリア。
頬には涙の跡、だがその目は決意に満ちていた。
「申し訳ありません、リュート様の言いつけを護らず……来てしまいました」
リュートの目を見、アリアは告げる。
「いいさ。話しはできたのか?」
「はい、それでリュート様には申し訳ないのですが……私はここに留まります」
「そう言われたのか?」
「いえ、父は逃げろと……」
「ですが私も王族の一人、こんな時に……一人逃げる訳にはいきません」
「だが、お姫さん。勝てる芽はないぜ?」
ダガーがそう告げた。
「はい、ですが兵を見捨てる訳にはいきません。私が少しでも役に立てるなら……」
「死ぬぞ?」
リュートが冷酷に告げる。現実を見ろと。
「……それでも私は……ここに残ります」
その決意は揺るがない。父を失って自暴自棄になった訳ではないのだろう。
そこにあったのは王族としての責任感。
15歳の少女が父を失い、目の前に死が迫っているのにも関わらず言うのだ。
周りの為、責任の為逃げないと。
「ですから依頼は破棄とします。リュート様は――」
「リリスはな」
「あ?」
アリアの言葉に被せ、関係の無い話しをリュートは切り出した。
「リリスはステラおばさんが大好きなんだよ」
「この国が無くなればリリスが悲しむだろうな」
こんな時にリリスの心配である。ダガーは苦笑するしかない。
そういって踵を返しリュートは去って行く。
「依頼は守るさ……アルバトロス」
ダガーの耳に小さく、掠れるような声でそう届いた気がした。
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