攻めてくる敵
朝露に濡れる花が朝の空気をより美味しくしている。
アリアの護衛として傍にいるリュートは今庭園にいた。
アリアはアルバトロスから教わったのか花の世話が趣味のようで毎日必ず庭園に来ては甲斐甲斐しく世話をしている。
「元気に育ってくださいね」
屈託の無い笑顔でそう花に話し駆けている。
疑問に思って聞いた事があるが話し掛けてあげると元気に育つんですよ?との事だった。
そこはリュートが知る世界とは全く違ったものだ。
色取り取りの花が華やかに演出し笑顔で水を差す少女。
対するは剣を手に争いに身を投じ続け暗い世界に生きた男。
だが今は同じ場にいる。
――不思議なものだな。
「どうしたのですか?」」
水をやりを中断しアリアが首を傾げながらリュートを見てそう問う。
「何がだ?」
「なんでしょう。なんだかとても優しい顔なのに少し悲しそうな、複雑そうな顔をしてたような気がします」
なるほど自分では分からないがそのような顔をしていたのか、と笑った。
「よく見ているな、自分では気がつかなかったが言われればなるほどそうなのかもしれない。人をよく見てるんだな」
「あ……いえ」
アリアは顔を赤くして俯く。
「自分が見てきた景色とここは全く違うと思ってな」
「景色ですか?」
周りをキョロキョロと見渡すアリア。
「ああ、戦ってばかりだった気がする。花をまともに意識して見たのも護衛になってからが初めてかもな」」
「じゃあこれからはもっと見てくださいね」
ふふ、っと上品に手を口に当て笑う。その笑顔が朝日に照らされ、まぶしく映る。
「そうだな」
目を細め釣られて笑った。
沢山壊してきた。剣を手に。
「じゃあリュート様もしませんか?」
アリアは水差しをリュートへと差し出す。
「俺がか?」
「はい、剣を持つリュート様も素敵ですけど花を育てるリュート様の方もきっと素敵ですよ?」
破顔した。
俺が花を?
想像してみたのだ。
大剣を背負った真っ黒尽くめの男が笑顔で水をさして……
ないないないない……うん無いだろう。素敵所か怪しい雰囲気満載で怖い気がするんだが……。
「いや……俺は――」
「はい、どうぞ」
ずいっと手渡されてしまうリュート。つい受け取ってしまった。
その顔は笑顔で心待ちにしているようだ。
――以外に押しが強くないかこの姫さん?
全くの無垢な笑顔だ。だがその期待の籠もった「さぁやりましょう」と告げるような目を見てると二の句が継げない。
――くっ
結果。
その場には巨大な剣を背負い威厳に満ちたコートに身を包んだ男が花に水を差していた。
ここにナターシャがいれば驚愕に目を見開き、キファがいれば背中を向き笑いを堪えていたことだろう。
「アリア」
そんな場に一人の闖入者。
リュートは男を見る。金髪碧眼。アリアと同様の髪に目。細身の体に長く艶のある金髪。
整った顔にアリアの様に白く透き通った肌は絵から飛び出てきたような美男子そのもので白双牙の物とは違う作りだが白い軍服を纏っている。
「お兄様」
アリアが顔に笑顔を浮かべて男へと会釈し挨拶する。
「今日はどうされたんですか?」
「陛下に報告と妹の顔を見にね。護衛を雇ったらしいじゃないか? 大事な妹を守ってくれる護衛さんに挨拶をと思ってね」
「それなら俺だ、あんたがアルバインさんかい?」
兄、他に兄弟の居ないアリアが兄と呼ぶのならそれに近しいもの以外あり得ない。そうリュートは思って訪ねてみた。
「よく分かったね。僕はアルバイン。リュート君であっていたかな?」
リュートよりも少し歳上に見えるであろうアルバインは優しい笑みを浮かべリュートへと答えた。
その声は男にしては高く、優しい声音がリュートの耳を撫でる。
「一度会いたいと思っていた。丁度いいな」
リュートの口調は目上の者に対して使う物ではない、だがこのアルバインも例に漏れずそういった事に拘りはないようだ。
「ああ、僕もさ。僕は東方のジンロンに配属されているからね。なかなか会いにこれないかと思ったけどやっと来れたよ」
ジンロン、ナーガディアン国東方の領都でミクトランテ帝国が攻め込んでこれば戦端を切り開く場所になるだろう。
そんな場所に王位継承権を持つものが配属されているのだ。よほど優秀なのだろうと一人リュートは納得しながら聴いていた。
「妹は人見知りなくせに寂しがりやだからね。護衛で傍に居る君が気を裂いてくれればありがたいね」
「気にするようにしておくよ」
もう!お兄様は!そうアリアは顔を赤くしながら兄をぽかぽかと叩いている。本当の兄弟の様に慣れ親しんでいるのだろう。
リュートはその光景に胸が温かくなった。
「挨拶もできたから行くよ。これでもちょっと忙しい身の上だからこれからすぐ陛下に面会しなくちゃならないんだ」
そう言ってアルバインは去って行く。
不思議な男だ。
リュートは去りゆく彼の背中を見て思った。
優しい声音、その柔和な表情。そのせいか相手の心にするりと言葉が入って行く気がする。
それはリュートにとっても同様で彼に対して好感を抱くに十分だった。
―――☆―――☆―――☆―――
「ついに攻めてくると?」
「はい」
アルバトロスは玉座に座りアルバインの持ち帰った情報を聴いていた。
ここは謁見の間、公式の場であるここではそこに家族の情は挟めない。
それが分かっている二人は淡々と業務をこなしていく。
「潜り込ませていた間諜が知らせて来ました伝達時間の差違も含めて考えると1週間程でジンロンへと到達すると思われます」
「敵兵力は?」
「およそ1万程だと思われます」
1万……ここ4つの領地と王都ナーガディアン。これらを総動員してなんとか7千と言った所。
向こうの行軍による疲れを考えたとしても3千の差は埋まるかどうか。
しかし総動員してそれである。ジンロンに籠もって戦う事はできず野戦を覚悟しなければならないだろう。
さらに考えるべきは練兵の問題である。
ミクトランテが西方へと侵略の手を伸ばし始めると軍備を増強し訓練はしてきたがナーガディアン国は戦をして来なかった国である。対してミクトランテ帝国は戦争を繰り返してきた屈強な国。練度の差はある。
全く手が出せない数ではない。士気さえ高く保てれば。
思考を巡らしアルバトロスはその場で告げる。
「討って出るしか道はないな。それも儂自らが立たねばなるまい」
「はい、戦力差や練度を考えると全力で迎え伐つ必要があるかと」
「急ぎ出兵の準備を。兵をジンロンへと集めよ」
そもそも国力では勝てる筈はない相手。全兵力を出されれば国が滅亡するのは必至なのだ。
だがら少しでもその長く国を保つ為。ただそれだけの為にアルバトロスは出兵する。
例え滅びようともアリアの傍には猛者がいる。アリアだけは生き残る可能性は高い。それが国を想うアルバトロスにできた我が儘であった。
そのアリアの顔と大剣を与えた者の顔を浮かべながらアルバトロスはジンロンへと向かうのだった。




