~エピローグ~グレイと言う名の青年
ズキリと腹が痛む、手で触れると血が流れている。
右手に持つ大剣プロミネンスは柄を残し粉々に砕け散っている。
大剣プロミネンスはレイスから貰い、そしてレイスによって壊された。
グレイはプロミネンスの柄を手に持ち、呆然としている。
「は……ははは……」
不意に乾いた笑みがこみ上げた。
そう、レイスによってレイスへの想いを、家族を壊された。
そしてそれは出会いからして仕組まれていた。計画的な破壊。
滑稽だ。
そう思わずには居られなかった。
――俺はなんて滑稽なんだ。
そうとは知らずレイスを信頼してきた。
レイスを頼みに、レイスに導かれるままに。
そしてその結果がこれだった。
レイスに言われれば是とする。
グレイは完全にレイスに依存し、レイスの傀儡のような者となっていた。
それが信頼していた相棒、プロミネンスを破壊され気がついた。
「ははははははははははははははは!」
だからグレイは笑った。
自分の滑稽さがおかしくてたまらない。
――なんて馬鹿なんだ俺は、何かが護れよう筈もない。誰かを救えよう筈もない。
自分が決めてきた。
その実グレイはレイスから与えられた価値観を鵜呑みにしてきただけだ。
レイスが与えた価値観、その根底から考えられる決断は全てレイスが決めてきたようなものだ。
ならグレイは何一つ自分で決めてこなかたったのではないか?
例え真実がそうでなくとも、今のグレイにはそう思えた。
「ふむ、おかしくなってしまったか。じゃがそれが良いじゃろう。冷静なまま死にゆくのも辛かろう」
「ははははははははは……は……」
乾いた笑いが徐々に意志を持ち始めそして途絶えた。
初めてかと思われる程の大声での笑い、天を仰ぎ一人笑った。
かつてない程の大声で。
そのせいだろうか、グレイの頭を急速に冷やしていく。
溜まったものを全てはき出していくように。
自らを責める心の声が消えて行き、もう一つ、聞こえてくる声が言うのだ、叫ぶのだ。
――だからどうした!
レイスに影響は受けただろう。
レイスに依存はしていただろう。
だが心の底に渦巻く黒い情念は本物だ。家族を奪われた復讐なのだから。
レティを、アイシャをセレスを、そしてリリスを護りたいと想う心は本物だ。
かつて護れなかった贖罪なのだから。
レイスは立ちはだかる、敵として。ならばゆこう。我が道を。
手に収まるものを護り、目の前を阻むものは打ち倒す。
それが、それこそが今のグレイなのだから。
グレイはこの瞬間、レイスとは別の道をゆく事を決めるのだった。
そしてグレイの中から何かが解き放たれる。
呪いが解けるように。
檻を壊すように。
グレイの中にあるのは二つの想い。
黒い情念が命の炉を燃やし、護りたいと想う心が形を成す。
グレイからの圧力の変化にレイスは敏感に感じ取る。
「むっ?」
レイスは距離を取り、警戒を深める。
グレイの体からは魔力があふれる。
堰を切ったかのように。
右手に荒れ狂う魔力を装填する。
睨むは敵。レイスだ。
青年は祖父、父、そして友だった者の名を叫び腕を振るう。
「レイスぅうううううううううううううううう!!!」
重力の歪みが刃を成し。振るった先から広がってゆく。
突如現れた攻撃に、しかしレイスは慌てず光る長剣を重力の刃へとぶつける。
だが。
「押し込まれるじゃと!」
衝突する光の剣と重力の刃
光の剣は全てを切断する。
しかし重力の歪みとて全てを消滅させる。
その結果。
衝突した莫大な力がその場で形を保てず爆発した。
そしてその余波がグレイ、レイスをはじき飛ばす。
「がっ!」
吹き飛ばされたグレイは広間の入り口、階段側へと吹き飛ばされ頭を強打する。
立ち上がろうとする。
だが体が動かない。
足に力が入らず起き上がれない。
視界が歪み景色は二重に映される。
魔力は荒れ狂っているのに。
ぶれる目に移るは幾重にも重なるレイス。
その手には新たに作り出したのか光の剣を手にしている。
「恐ろしいのぉ、成体へとなりかけたのかの、体はまだじゃろうが心が大人へと近づいたと言うところかの」
「たったそれだけの変化であれだけの力を発揮する。だからこそ今お主は殺しておかねばならぬ。成体となればお主を止められるものは居なくなってしまうかもしれんからの」
ずり……ずり……
足を引きずりながらレイスは近づいて来る。レイスとて無事ではなかったらしい。
だが。
万策尽きたか……
グレイは薄れゆく意識の中そう思った。
荒れ狂う魔力はしかし、体がついて行かなかった。
そして乱戦、強打。摩耗した精神と体の許容量を超えた魔力がグレイを蝕び、そして強制的に意識の糸を切る。
「駄目~!!」
レイスの耳に声が届く。
階段から足音が聞こえたと思えば見えた人影がグレイへと多い被さってくる。
「お兄ちゃんは殺させない!」
赤い水の影響か……
不意にレイスは一人思う。眠らせた筈のリリスが一人目覚めグレイを追ってここまできた。そういう事だろうと。
「どきなさい、グレイは殺さねばならぬのじゃ」
「グレイじゃないもん! お兄ちゃんはリュートだもん!」
そういってリリスは立ち上がると両手を天へとかざす。
リリスの魔力が、リリスとグレイの周囲へと散る。
そしてリリスが結果を作り内部から光りが爆発する。
その光はレイスの視界を覆い。視力を奪う。
一瞬の輝き。
そして次レイスが目を開けると目の前には誰もいなかった。
結界を利用した転移魔法。
「逃がしてしもうたか」
そうレイスは一人独白する。
しかしその声の中に悔しさ以外の者が混じっていた事を知る物は誰もいなかった。
そうしてレイスはプロミネンスの残骸へと目を向け。
その場を立ち去るのだった。
ねぇグレイ。
――声が聞こえる。
沢山……沢山助けて貰ったよ。
痛かった……辛かった。でも全部グレイが護ってくれたよ。
だから沢山笑えたよ。
毎日毎日、笑っていられたよ。
ねぇグレイ。
――とても悲しそうな声がする。
知ってたかな?
グレイが笑う時ね。凄く凄く悲しそうな顔で笑うんだよ。
きっと無理してたからかな?無理に笑おうとしてたのかな?
私が本当の意味で笑わせたかったけど。
もう無理だから。
ねぇグレイ。
――とても優しい声がする。
笑って。
心の底から笑って。
貴方が笑ってくれるのが私の幸せだから。
だから……ね? 笑って。
それで……幸せになって。
「……ちゃん」
声が聞こえる。
「兄……ちゃん」
次第に意識が晴れていく。
「お兄ちゃん!」
薄く目を開く。
目の前にはリリスの顔がぼやけて映る。
そして雨雲が広がっている。
気がつけば雨が体を打ち冷やしている。
「濡れてるぞリリス」
「お兄ちゃんもだよ?」
「そうか……そうだな」
苦笑しながらグレイは答えた。
「うん!」
リリスは笑っている。グレイの無事を喜んでいるのだろうか。
「ここはどこなんだ?」
「う~分からない。リリスのまほ~を使ったらここについたの」
首をこてっと倒し唸りながらリリスは言う。
グレイは辺りを見まわすが見覚えはない。
見たこともない地。
だが今はさほど気にならなかった。
グレイは過去を振り返る。
奴隷島での生活を。
レイスとの訓練を。
傍によるレティを。
三人での生活を。
そして……家族の温もりを。
それら全てが偽りだったとしても。
それは暖かかった。
だがそれは失われてしまった。
天は曇り雨水が頬を打つ。
だが頬を伝うは雨水だけか。
リリスには分からなかった。
全くの見知らぬ土地、ここでグレイと呼ぶ者はいないだろう。
アイシャとセレス、彼女達と再会できるのかすら分からない。
グレイと言う名の青年は、あの青年の生まれた地で死んでしまったのだろう。
青年は未だ知らない。
これから何が待ち受けるのかを
ミューゼの復活。それが何を示すのか。
何も知らず作られた道を突き進んだ青年は何も成せなかった。
そして失った。その名と、家族と、絆を。
そうしてグレイという青年は死に、リュートと言う男が物語を紡ぐ。
だがその物語が始まるには、長い時を要する事となる。
物語は未だ始まらない。
第1幕 グレイ編完




