砕け散るは絆
コツ……コツ……コツ
歩く音が反響する。
神殿の赤い水で満たされていた地下をレイスが先導し三人は降りて行く。
地下はグレイの想像とは違い明るかった。
地下の壁へと描かれている紋様、その紋様に赤い水が伝い発光しているのだ。
グレイはその様な光景は見たことがなかった、幻想的、と言えるだろうその光景はグレイの知る限り地上のどこを探してもみたことはなかった。
レティはその光景に目を奪われ壁を呆けた表情で見ている。
「ここじゃの」
レイスがそう言い立ち止まる。
階段の終わり。
グレイとレティがその先を見ると広間が広がっていた。
「ここは?」
レティがそういい、二人はレイスを追い越しと共に広間の中心へと歩いて行く。
広間の中央。そこには何かがあった。
巨大な骨。
そう形容するのが最も近いか。
二人はそれが何なのか不思議に思い動かぬレイスを追い越し近づくのであった。
その骨のようにみえるそれは圧巻。
全長15メートル程はあろうかというその巨大な骨は人型の形で横に座している。
「これは……?」
そうグレイは呟く。
「昔話をしようかの」
だがレイスその疑問を無視し突然一人話始めた。
昔昔、大地に二人の神が降り立った。
自分達の作った世界を見たかったのか、どこからか逃げてきたのか。それは定かではない。
一人は男、名をミクトランテと言った。
一人は女、名をミューゼと言った。
降り立った二人の神は見聞を広げる為、旅をしていく。
旅をする内二人は嘆き、悲しんだ。
そこに有ったのは戦争。そしてそれによる荒廃
戦争を嘆いた二人の神は各々思う。
ミクトランテはこの世界を壊し作り直そうと。
ミューゼはこの世界に愛を伝え再生させようと。
二人の神は決裂し、行く道を違えた。
そしてその神達は世界を巻き込む巨大な諍いを起こした。
ミクトランテは世界を壊す為。
ミューゼはこの世界を護る為。
それぞれが互いの目的の為、世界を変えて行く。
そして生まれた。
亜人
魔物
壊す為、或いは護る為、その為に亜人が作られ魔物が生まれた。
生み出されたそれらは互いを壊す為ぶつかり合う。
そして二人の神が起こした争いは留まる事を知らず、人の行うそれよりも激しくやがて世界を荒廃させていく。
人々に死が訪れ動物は死に絶えて行く。
誰もが世界が滅ぶ、そう思われた時それは現れた。
どちらかの神が生み出したのか、元々その世界にあったのか。
その姿は亜人と似ていた。
だが違った。
それは巨大な生物の群れを連れ自身もそれに近い姿を取り全てを滅ぼす
亜人を
魔物を
そしての牙は神へと向かう。
神二人にそれが加わった諍いは世界の終わりだった。
混沌とした大地は荒れ狂い世界は終焉へと近づいていく。
それの率いて来た生き物も神によって滅ぼされ、それも直に力尽きると思われたがそれは最後の力でミューゼに刃を突き立てた。
神は不滅、だが力は弱まる。そのままそれの手により封印された。
人はその巨大な生物を「竜」と呼んだ。
そして率いたそれを「竜人」と呼んだ。
「そう、そうして残ったミクトランテにより世界は終わりを迎え新たな世界が始まったのじゃ」
グレイとレティは黙って聞いている。
「グレイ、お主はその竜人族の末裔じゃ」
だがレイスの言う事でもグレイには信じられない、そんな伝承など聞いた事もなかったのだから。
「だがこの世界に竜はいない。空想の産物なのだろう?」
グレイは言う、そうこの世界に竜は存在しない。だが名前は存在する。
「そうじゃ、今ではの、じゃが火の無い所に煙は立たん。
かつて存在し、死を振りまき神を殺した竜人、それがお前の一族じゃ」
「その話では世界は滅びたんだろう?何故そうだと分かる?」
「さて、そこじゃ、滅びを免れた者がいる、一人は滅ぼした張本人破壊神ミクトランテ、そしてもう一人はそこで封印されておる大地の守護神ミューゼ様じゃ」
「ミューゼ様は封印こそされては居るが意志があり、そうして選んだものへと力を授け導いているのじゃ」
「じゃがそれも終わりじゃろう……これで封印が解けたんじゃからの」
「何を言って――」
「グ……グレイ……」
レティが苦しげ片膝をつけ、胸に手を当てている。
「おい! 大丈夫か?」
レティの傍へかけよりグレイはレティの様子を見る。
「分からない……胸が苦しい……」
「うむ、目覚めの兆候じゃの。ミューゼ様の目覚めに共鳴しておるのじゃ」
「だから何を!」
「あぁあああああああああ!!!!」
レティが叫ぶ、苦しげに。
そしてレティから光の翼が放出され徐々に翼が増える。2枚だった翼が4枚に……そして6枚に……
かつて無い光量を発しながら6枚の翼はレティ自身を包み込む。
「一体何が……」
「見ておればええ、お主の役目は終わったのじゃから」
分からない。グレイには何も分からなかった。
自身が竜族、レイスの言葉、レティは苦しみ翼に覆われる。
その状況の変化について行けない。
だがたとえそうでも事態は過ぎ去って行く。
レティを覆っていた翼がまばゆい光を放ったと思うと翼が徐々に開かれていく。
「レティシア様、お目覚めになられましたか」
そういってレイスがレティの傍まで寄ると膝を立て騎士の礼を取る。
「はい。私は第一級天使、個体名レティシア、自身の稼働を確認しました」
「何よりでございます」
「現状を確認。母神ミューゼ様の再稼働まで残り2234日、残存生命が二つ、内一つを英雄レイス=ロズウェルと認識、他一体を敵と認識、危険度SSSランク種族名『竜人』の幼生体と確認します」
「はい。左様でございます」
「現状確認より第一優先目標を母神ミューゼ様の守護と設定、30秒後母神ミューゼ様と共に次元転移。竜人の排除は英雄レイス=ロズウェル、貴方と下級天使に任せる事とします」
「畏まりました」
事態はグレイを置き去りに過ぎて行く。
そうしてレティシアが手を振りかざすと
突如そこに現れる。
人ではなかった。
人の形をとってはいるが金属の光沢を身に纏ったような全身。
顔はあるがそこに目は無い、鼻は無い、口は無い。耳もない。
のっぺりとした顔、そしてその体を持った不気味な生き物なのかも分からないもの。
ただその背にはレティシアと同じ光の翼が一対。
それが何匹も現れる。
何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も……
レティシアとレイスをグレイと阻む壁のように幾重も出現していく。
その数は200を超えた。
だがグレイの目はそれよりもレティシアを捉え続けて居る。
人が変わったような口調。
そして竜人と言うのがグレイであるとするならレティシアはグレイを敵と言った。
誰よりも長く一緒にいたレティシアの豹変。
それはグレイにとって最も重要な事だった。
だが僅かに見えるレティシアはグレイに一瞥もすること無く手を掲げると光を放ち自らの周囲を覆っていく。
そしてそれが収まった時。
その場にレティシアと骨は無くなっていた。
「行け!」
レイスのその一言でそれは始まった。
その異形の者達――天使達がグレイへと攻撃を仕掛ける。
あるものは光の羽を放ち、あるものはグレイへと突進する。
状況は分からないままグレイは否応なく戦闘を強いられる。
頭は動かぬまま、それでも訓練と戦闘を重ねてきたグレイの体は反応する。
咄嗟にプロミネンスを引き抜くと光の羽をかけずり回って避け、自らへと当たる羽を次々とプロミネンスでたたき落としていく。
だがその一つ一つの威力がこれまで知る光の羽と比較にならずまとめて浴びれば一瞬で命を散らすであろう。
そんな羽が幾度も幾数もグレイを襲う。
そしてそのグレイの進行方向へと塞ごうと天使達は押し寄せてくる。
前には天使、後ろには光の羽。
「がぁああああああああ!!」
グレイは叫びプロミネンスを横一閃。
だが明らかな異質な音が鳴り響く。
金属を打ち付けるような音が木霊する。
肉を切るそれではない。
まるで剣がぶつかり合うようなその音はそのまま切れなかった事を物語っていた。
結果、立ち止まるを得なかったグレイへと光の羽が襲い来る。
咄嗟にプロミネンスを盾に構えるも幾つかが大剣で防げずグレイの肩へ命中し爆発する。
ドンっと言う爆発音を立てグレイは吹き飛ばされる。
痛みが体を支配するも歯を食いしばり必死に耐える。
そうして吹き飛ばされるグレイへと今度は天使達が接近、殴りかかってくる。
勢いをつけたその天使達の突進を辛くも大勢を立て直しつつ剣で防ぐも大剣事さらに体が飛ばされる。
「ぐぅ……つ」
身体能力が高く力が強かろうともグレイの体重は人のそれである。
勢いの乗ったその攻撃に吹き飛ばされるのは仕方がなかった。
そしていくらグレイが強かろうとも相手に傷を負わせられなければ勝てる道理はない。
状況は最悪。
味方はいない。
退路は塞がれている。
四面楚歌、そのような状況では余力を出し切るしかなかった。
そうグレイが咄嗟に判断すると、重力の歪みを大剣の周りに発生させる。
一点への攻撃力、瞬雷同様グレイの最大威力を誇りそして継続できる。
グレイは天使達の集団へと飛込み大剣を一閃する。
空間をえぐり取るようなその剣線が天使達へとぶつかり、しかし今度は天使の胴をはね飛ばした。
よし!
グレイはそう思うが残される時間は少ない。
重力の歪みを生むには大量の魔力が必要になる、
必然通常では最後の切り札、そういう類いの魔剣技。
常時発動するとなると今のグレイでは持って数分だった。
それを知るグレイは天使達へと飛込むと次々と剣を振る、
薙ぎ、払い、袈裟切り、また逆へ。
大剣を手に縦横無尽にかけずり回大剣を振るい、天使達を駆逐して行く。
その様子を見たレイスが一人呟く。
「やはり侮れんの。幼生体であれなのじゃからな」
そう呟くレイスの声と表情に若干の悲しみが含まれてはいたがそれに気づいたものは居なかった。
「……はぁ……はぁ」
乱れた息を整えようと大剣を構えながら深く呼吸をする。
少しでも呼吸を整える為グレイは深く息をつく。
グレイの魔力は既に尽きようとしている。
重力の刃。
その圧倒的な切れ味を生む代わりに莫大な魔力を絶えず放出するのだ。
年々魔力量が増えては居るがこの魔法を常時扱うにはまだまだ足りない。
魔力の通りが悪くなり大剣を覆う黒い輝きが鈍りやがて消えた。
必要な魔力を生み出せなくなったのだ。
重力の歪みから解き放たれたプロミネンスからは黒い刀身ではなく元の銀の輝きを取り戻す。
だがその無理を押した成果はあった。
お陰で目の前にはかなりの天使達の骸が転がっている。
200を超えて居ただろう天使達は全て切り捨てられていた。
だがまだ残っている者がそこにいる。
「よくやったが限界のようじゃの」
レイスの顔は笑っていない。
自分の孫だと言い憚っていたレイスはグレイを睨んでいる。
そしてレイスが魔法発動鍵を詠んだ。
「神の息吹」
光の魔力が足下から吹き上げレイスを覆い尽くす
そのまま一歩ずつ歩みだし、徐々に光は薄れていく。
そしてそこにグレイの知る顔はなかった。
執事の服はそのままに、手には光を放つ長剣を持つ。
そしてその顔は。
20代。
顔の造形は似ているが明らかに若返っている。
白髪だった髪は金となり顔に皺はない。
そのレイスが告げる。
「ここまでじゃ」
グレイは未だ信じられない。
何故レイスが……自らの育ての親とも言える相手が?
その心が訪ねずには居られなかった。
「じぃさん……どうして……?」
「のぅグレイ、英雄とは何じゃろうの?」
レイスは答えない、答えず質問で返す。
「……は?」
「英雄じゃ、わしが英雄と呼ばれていたのは知っておるじゃろ」
「英雄は……英雄じゃないのか……? 戦争や魔物討伐などで誰も成し遂げられない事を成した者をそう呼ぶんじゃないのか?」
そうグレイは思う。
「違うのじゃよ、いや、ある意味ではそれが正解なのじゃがな、英雄とはもう一つ意味がある。わしらにとっては……じゃがの」
レイスは表情を浮かべず、ただ淡々と告げる。
「なんだ、何がいいたい」
「英雄とは亜人の一種、英雄、勇者、魔王、大司教――神が生み出した亜人の中の最終進化の果て。超人種と言われる4つの種族の一つ。神の先兵となり破壊、又は救世を行う、それが英雄の真実じゃ」
最早グレイは何を聞いても驚かなかった、驚く事がありすぎた。
「っは……それでじいさんは神の意志で俺と居たと」
「そうじゃ、目覚める前のレティシア様の保護、そしてお主の監視じゃ」
たったそれだけの事そうレイスは告げる。
「俺を育ててくれたのもそれが理由か……」
「そうじゃ、監視の戯れと心得よ」
嘘だ!
「俺に戦い方を教えてくれた、剣を与えてくれた」
「途中で死んでしまっては困るからじゃ、ここで封印を解いて貰わなければならなかったからの」
嘘だと言ってくれ!!
「もっと早く連れてこれば良かっただろう」
「お主の血が目覚める必要があったのじゃよ。幼生体のままでは門を開けても封印は解けなかったからの、じゃが完全に成体となってしまっては困る。神を殺せるような力を得た後では逆に全てを壊されかねん。じゃから一度死にかけ、竜化し成体へと近づいた今が好期だったのじゃよ」
全て嘘だったのか。だがそれでもグレイはすがるように訪ねる。
「レティ……は?」
「レティシア様はもう完全に覚醒された。お主が今まで話していたレティシア様は羽化する前の表層意識でしかない、もうその意識もレティシア様本体と同化された、お主と会うことももう無いじゃろう」
ズキリと胸が痛んだ。もう会えない。その事実はグレイの心を抉る。
心を寄せてくれた彼女と少女達。グレイは好意の果てに結論を出すと約束した。
だがその約束をした一人とはもう会えない。
「さぁ、もう話はいいじゃろう、死に行く前に真実を聞けた。それでいいじゃろう」
グレイの胸中を置き去りにレイスが投げやりに告げた。
「疾く死ぬが良い、グレイ、いや、竜人の末裔リュートよ」
光の剣を携えたレイスがかつて無い速度で踏み込む。
神速。
そう呼べる程の踏み込み。
現在のグレイを超える程の速度でもってグレイの懐に入り込み、その駆ける力全てを乗せた横薙ぎを振るった。
咄嗟に反応の間に合ったグレイがプロミネンスで防御する。
だが光の剣はプロミネンスを意に介する事なく振り切られた。
まるで抵抗を感じていないかのように。
時が緩やかになった気がした。
グレイはその時の中、忘れ得ぬ音を聞いた。
ビキ……ビキビキビキビキビキビキビキビキ
プロミネンスにひびが走る。
光の剣で防いだ筈の場所から。
そしてそのひびは大剣の幅広い刀身を埋め尽くしていく。
そしてレイスから受け取り幾多の戦場を共に駆けたプロミネンスは。
粉々に砕け散った。




