旅立ち
「……はぁ……はぁ」
乱れた息を整えようと大剣を構えながら深く呼吸をする。体は重みを増し普段の通りには動けない。
少しでも呼吸を。
だが迫り来る敵がその時間を許してくれる筈もない。
目の前には異形の者、生身の生き物なのか、剣で薙いでも不快な金属の音を奏で切る事が叶わない。
雷は受け流され、唯一有効だった重力の歪みもやがて魔力の枯渇により手は既にない。
幸いにして身体能力の点で劣っている訳ではない、攻撃を避ける事ができなければ既に事切れていただろう。
だが決定打になり得る手がない。
俺は徐々に攻撃を避ける事に集中せざるを得なかった。
「そろそろ限界のようじゃの」
そう言い放ち異形の群れから一人の男が前へ出てくる。
右手に光る長剣を持ち。
ゆっくりと歩み寄ってくる。
「どうしてなんだ!?」
俺は理解できない……何故こんな事になっているのか。
「後はお主が死ねば全て上手く行くんじゃよ」
知らない。俺は何も知らなかった。
その結末がこれなんだろうか。
そして男が間合いへと踏み込んできて。
俺の目の前に光りの筋が走った。
「さて、準備はできたかの?」
レイグラントへと戻ったグレイ達はレイスに請われ旅の準備をしている。
連れて行きたい所がある。人魚の里でそう話しを受けていたグレイ達はレイグラントへと戻ってきてから少しの休みを挟み、再び旅立ちを迎えようとしていた。
レティ、アイシャ、セレス。この三人も砦での一件が気になり同行することとなっている。
当初里に残る予定だったセレスだが、グレイのあの姿にはセレスも見ている。だからこそ今回の旅への同行を願いで、断るものも居なかった。
グレイと一緒に居たい、そういう意味もあるのだろうが。
そうして今旅の準備を終え馬車に乗り込もうとしている。
道を知るレイスが御者を行う事となり、皆が馬車へと乗り込みそしてレイグラントを出る。
馬車が都市を出て道を行くもゴトゴトと馬車の揺れる音が耳に残り口を開くものが居ない。
実の所里を出た後の皆の空気は決して明るいものではなかった。
その原因はレイスとグレイだろう。
レイスもグレイも何かを考え込むように一人で居た。
レイスが何を考えてるかは分からなかったが、グレイはおよそ自分の身の上を考えてるいるのだろう。その結果里からの道中は口を開くものが少なく重い空気を生み出していた。
(このままじゃ駄目ですね。この空気を何とかしないと)
少女達の中で一番の歳上であるセレスは一人そう思う。好いた相手が悩んでいるのだ。何か力になりたい、そう思ったのであろう、グレイへと話し掛ける。
「グレイ様、何を考えていらっしゃるのです?」
そう言うと他の少女二人も視線をグレイ達へと向ける。
皆考えていた事は同じなのだろう。
「……え? あぁこれから少し自分の事を考えていたんだ。自分が何者なのか。今考えても仕方の無いことなのかもしれないけど考えずには居られなくてな……」
それを悩む、と言うのだろう。だがグレイ本人にも分かっている通り、答えの無い堂々巡りをすることは不毛であろう。
「三人の美女を前にして一人無言でいるなんて許されないですよ」
そういってセレスはからかうような笑みを向ける。
グレイは苦笑混じりに応える。
「そうだったな、お前達の事についても考えないとな」
「そうだよ! ちゃんと考えくれないと嫌だよ」
「私は既にお父様から許可がでてる」
空気を変えるのは今だろう、レティとアイシャも話に混じってくる。
そう、三人の事も考える、そうグレイは言ったのだ。
「分かってるよ、ちゃんと考えるから」
「三人共でもいいのですよグレイ様?」
「っへ?」
爆弾発言であろう。
驚いてグレイはセレスを見る。
「あら、グレイ様、人の貴族や亜人の部族などでも妾を持つ事は珍しくないのですよ。貴族は分かりませんが優れた血を残すと言う意味でも複数の女性を囲う者も少なくないのですから、勿論甲斐性は必要ですけど」
そんな甲斐性が俺にあろうものか。そうグレイは思わずには居られないがグレイの驚きとは対照的に残る少女二人は思いの他真剣に受け止めている。
「グ……グレイがそれでいいなら……」
「問題ない。お父様にも妾がいた」
以外に普通の考えだったようだ。
「……それも含めて考えてみる、と言うか……いや……いい」
別種の亜人同士で子供ができるのか?そう思わずには居られなかったが子供を作ると言う言葉が事の顛末を想像させ質問できなかったグレイであった。
実の所他種族同士で子を成す事はできる。生まれる子供は親となった者のどちらか一方の形質を発現させ強く影響がでた方の亜人となるのだ。
そして今まで考えてこなかったグレイとは違い少女三人は恋愛に疎い訳ではない。それ位の事はとっくに調べた事だったが。
「はい、グレイ様でしたら問題ないと思いますよ。強さという面でもそうですし大切な者をないがしろにする人では無いと私は思ってますから」
「本妻は私」
そうアイシャが口火を切る。
「わ……私が一番最初に好きになったんだもん」
「あらあら……ふふふ」
三人の凄惨な笑みが互いを牽制しその目が違いを突き刺している。
一旦の決着を見るかに思えた少女達の戦争が幕を開けた。
なにわともあれ、そうして馬車の中に漂っていた空気が変化したのは間違いなく、グレイは苦笑しつつも少女達に感謝するのであった。
だがその場の4人は気づいていなかった。一人御者で4人に背を向けるレイスの悲しそうな表情で前を見ているのを。




