人魚の里
1週間程の旅が終わり、グレイ達の目の前には海が広がる。
里が見えてきてセレスは一ヶ月と少しぶりとなるその光景に心を躍らせる。
グレイにとって海は奴隷島からの脱出以来だがその時とは違う目的の為か海の広さに圧倒されていた。
潮風が鼻腔をくすぐり。気分を高揚させる。
だが実際に村へと入るとそんな浮き立った気持ちは消し飛んだ。
空気が重い。
里へと入ってグレイが感じたのは寂れた印象だった。
時刻は昼間、この時間ともなると子供は外で遊び、男は仕事をし、女は家事で賑わっているものだ。里の規模によってもそれは違うだろうが、その空気は重すぎた。
辺りを見渡しても人気の無い空気にセレスが顔をしかめる。
「これは……」
遅かったの?
セレスは里の雰囲気からそう思わずにはいられない。
「大丈夫だセレス、家は崩れていないと言うことは攻め込まれた訳ではないのだろう」
グレイは村を滅ぼされた経験がある。その経験がまだ大丈夫だと告げる。
「うん、それに魔力探知で見ると人の反応があるよ」
そうレティが報告してくる。
「はい……」
「そうじゃの。ここで見ていても仕方がないからの長の所まで案内してくれるかの?」
「分かりました。こちらです」
セレスに案内されるがままグレイ達は村の奥にある一軒の家へと入る。
「お嬢様!!」
一人の男がセレスを見ると声を上げる。
「戻られたのですね!」
「はい、レイス様とその一行を代表するグレイ様、レティシア様にアイシャ様です」
「良かった。ご無事で何よりです」
そう言って男がレイスへと向き直る。
「レイス様ですね。私が今この村を代表しております。ガランと申します」
「うむ、色々教えて貰えるかの」
「はい、10年程前から神聖ミクトランテ帝国から攻撃を受けるようになっていたのですがここ最近ま前族長のマーリンの力もありなんとか防いでいたのです。ですが業を煮やしてきたのか先々月3000人もの軍を起こし、村にへと攻め込んできましたマーリンが討ち取られたのもその折りなのです」
神聖ミクトランテ帝国、神であるミクトランテを崇める教皇が納める大国で率先して亜人狩りを行う事で有名な国である。アイシャ達バンパイアを迫害した主な国でもある。現在最も普及した宗教でもあり、それ故亜人達への迫害が根強い理由でもある。…が、かといって亜人に嫌悪があるわけではない。ミクトランテ教によれば亜人を主神であるミクトランテへと捧げると言うことを良しとし忌み嫌っている訳ではない、ただそれ故に熱狂的な信者は亜人を「狩る」事を良しとしている。亜人からすれば供物として扱われている分より唾棄すべきもので有るかもしれないが。
閑話休題
亜人達の敵と言って差し障りない相手である。迫害の経験を持つアイシャは怒りを噛みしめ、レティの目には恐怖が映る。セレスの表情にも影が宿る。
そんな表情を見つめつつグレイは黙ってレイス達の話しに耳を傾ける。
「こちらの兵力はどれくらいなのじゃ?」
「今では500が良いところです」
6倍もの戦力差。普通人族同士の争いまともな戦になるのは2倍までだろう。人族よりも屈強な者が多い亜人だとしても精々3倍。つまりこれは既に戦の体ですらない。虐殺、蹂躙と言った類いの者だろう。数の暴力。どんな者でもそれに勝てる者はまずいない。
それが分かってかレイスはため息をつく。
「6倍もの戦力差。まともな戦ですらないの」
「6倍……」
あまりの開きにレティとアイシャが息をのむ。
「そうです。ですから来ては貰えない者だと思いセレスティアを使いに出したのです」
「どういう事ですか? ガラン様?」
聞き捨てならないとセレスが口を開く。
「我々はもう駄目だ、6倍の戦力差に勝てるとでも? だから皆で決めてセレスティアを逃がす心算で送り出したのだ」
「そんな……私だって戦えます!」
「ふむ、マーリンの娘じゃからの。血を残すと言うつもりじゃったのか」
「はい、我々は衰退はしたがセレスティアは人魚族の王族。今でこそ族長の娘としか扱われてないがれっきとした王の血が流れているのです。だからこそセレスティアには逃げて欲しかったのですよ」
「だが俺達は来た」
グレイが口を挟む。
「グレイ……」
「いまは過去の話でも、つもりの話しをしにきたのでもない。これからどうするかを話すべきだろう」
「それはそうですが6倍の戦力差など……」
「じゃがどうするのじゃ何か案はあるのか?」
「分からん、戦なんてした事はないしな。6倍と言うのはどれ位の数字なんだじいさん?」
「そうじゃの、およそ3倍までがぎりぎり戦の圏内だったと言うところじゃな、それ以上となると虐殺にしかならん」
「なら戦にしないようにするしかないと言うことか?」
「そうじゃな、そうなれば良いがの」
「そんな事できる訳がないじゃないですか!」
「なら滅ぶのか?」
絶句する。
「放っておけば滅ぶ、戦をすれば滅ぶ、なら別の方向を探すしかない。無理難題でも少しでも可能性のあることをするべきだろう」
若さ故か、グレイは諦める事を許さない。
「ここから逃げる事は?」
「できません、既に軍は近づいてきています。女子供を連れては無理ですし何より漁をしなければ食料が足りません」
「食料……なら敵方の食料を奪うか失わせばいいんじゃないのか?」
「それができればあるいわ……向こうもこちらには奪うだけの食料が無いことは分かっていますからね、ですが3000人が集まる軍に飛び込むなんて無茶できるわけ………」
敵のまっただ中に飛び込むのだ。誰ができる。
「だから俺達が来たんだろう」
「はっ?」
「危険があるなら俺がやる、じいさんどうだ?」
「そうじゃのグレイであれば可能かもしれん。それと指揮官を殺せればさらに可能性も高まるじゃろう」
そういってレイスは可能性を示す。
「そうか、ならその方向で行こう、後の事は任せたじいさん」
そう口にするとグレイは部屋を出て行く。
グレイの有無を言わせぬ口調と雰囲気が反論を許さなかった。
「あの方はいったい?」
「何気にする必要はない、あやつは自分とこの村の境遇を重ねておるのかもしれんの。腕は確かじゃ、じゃから諦めるのはあやつが失敗してからで良い」
そうしてレイスとガランが中心となって作戦を立てていく。
決行は明日の夜。闇に乗じてグレイが指揮官を暗殺しアイシャが兵糧を焼き払いレティとレイス、セレスが支援すると決まっていた。
アイシャも潜入すると話しを聞き反対するがアイシャ自身により断られた。
「私だって亜人の一人、できる事をしたい」
そう言われてグレイには何も言うことができない。
それに実際旅の途中で見せて貰った影魔法は確かに斥候に向いていた。
闇に乗じてと言う一点のみならアイシャの方が適任だろう。
グレイ自身自分が過去と重ねていると言うことは分かっている。
似た想いを抱く者の意志をねじ曲げる事はできなかった。
グレイは今与えられた部屋でプロミネンスを黒塗りしている。
暗殺には不向きだがいざと言う時の為に持って行く。いつもの黒づくめの戦闘服に腕の肌色を隠す為黒いローブを羽織る。腰には何本かのナイフを差し内半分はナイフから鉄製のワイヤーが伸びている。
遠距離に普段使っている雷系は目立つ魔法は使えない。重力系の魔法も攻撃は無理だろう。
だからこそと投擲用にナイフを用意してある。
準備を進めるグレイの元へセレスが訪れる。
「セレスか? どうした」
「ささやかですけど宴会の場を用意したので皆さん来てくださいと。他の方も今呼ばれている筈です」
「そうか、ありがとう、今行くよ」
そう言って部屋を出ようとする。
「グレイ様」
呼ばれ振り向く。
「村の為に……本当にありがとうございます……一番危険な事を引き受けてくださって……」
「好きでやってる事だ」
確かにそうだ。
自分の為だ。
「だから気にするな」
「ありがとうございます……」
セレスはグレイ抱きしめていた。
明日には無くなってしまうかもしれないその体温。
それは暖かかった。
自分より少し年下のこの青年は3000人の敵が居るまっただ中に飛び込むのだ。
生きて生還する事がどんなに難しい事かセレスにも分かる。
そう想いながらグレイの背中を抱きしめていた。




